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ポーラの来訪

「このクワガタの素材は下取りでいいのかい?」


 ギルドマスターのポーラからの提案だ。


「いえ、持ち帰ります。ハリードがいらないと言った時は下取りに出させてもらいます」


 ポーラとしては、珍しい昆虫の素材をギルドで買い取りたかったのだが、久我はハリードに持って帰るとハナから決めていた。

 珍しい昆虫の素材で、何を作ろうか妄想していたハリードに、世話になりっぱなしの礼の代わりに貰って欲しかったのだ。


「なんだい…ウチはハリードの次かい」


「申し訳ないです」

「そりゃじっちゃん優先だろ」

「おじいちゃん、虫の素材楽しみにしてたから…」


 ずっと黙ってポーラとの会話を聞いていた双子が参戦してくる。


「ったく、これだから鍛治師ってのは…ハリードの奴がいらないって言ったら、すぐに持ってくるんだよ。間違っても違う鍛治師や商人に流すんじゃないよ」


「約束します」


 テーブルに広げた、ジャイアント・スタッグビートルの素材を持ち帰るためにまとめていく。

 荷造りが終わると久我はポーラに改めて、


「バリスタとクエストの件、宜しくお願いします」


「過度に期待するんじゃないよ。バリスタもどれくらい設置出来るか分からないしな」


 久我は了承すると、ハリードの工房に戻るために冒険者ギルドを後にした。

 ギルドを出ると、辺りは夕暮れ時になっており工房や武具屋は店じまいを始めている。

 出店などでは夕飯のおかずにと持ち帰るのだろうか、大目に買っている人も多く見受けられる。


「兄ちゃん、アレ買って帰ろうぜ」

「私も賛成です」

「ピィーッ」


 キッズ達が買おうと言い出したのは、チキンバードの揚げ物…日本で言う鶏の唐揚げだ。

 久我も久しぶりに唐揚げが食べたくなり、キッズ達に釣られる。


「ハリードのつまみにもなるしな。買って帰るか」


「「やった!!」」


 屋台でチキンバードの唐揚げを20個程購入して、リリルに渡す。マリルに渡すと工房に着く前に無くなってしまいそうだからだ。薄暗くなったザナスの大通りを裏道へと抜けて、石畳の道をハリードの工房へと急ぐ。

 工房に着く頃には、あたりはすっかり暗くなってきていた。


「ただいまです」


 工房に入りドアに鍵を掛け、居住スペースへと作業場を進む。

 居住スペースに入ると、案の定ハリードが晩酌を始めていた。


「おう。どうじゃった?」


「ただいま、じっちゃん。今日はバッチリ虫倒して来たぜ」

「おじいちゃん、ただいま。これお土産!つまみにどうぞ」


「チキンバードの唐揚げか!ありがとよ。お前らも食いたかったら、手ぇ洗ってきた飯にしろ。で、久我よ…どんな虫じゃった?」


 そう言ってチキンバードの唐揚げを一つ口に放り込んで酒を煽る。

 マリルとリリルは昨日のように手を洗いに走って行く。それになぜかパタパタとついて行くオリちゃん。


「これがその素材です。ポーラに見てもらったんですが、ジャイアント・スタッグビートルって言う魔物らしいです」


 戦利品のジャイアント・スタッグビートルの大顎と甲殻にあたる上翅、それに翅をハリードに土産だと言って渡した。

 ハリードは大顎の一つを手に取り、ノックする様に叩いて硬さなどを調べ、次は上翅、翅の順に素材を色々調べていた。


「初めて見る素材だが、なるほど…中々良い素材じゃねえか。面白い物が作れそうじゃぜ、ありがとうよ。だが、こんだけ硬い奴が大群で押し寄せて来るんだろ?勝算はあるのか?」


「ポーラに頼んで、街にバリスタを増やしてもらえる事になりました。それと襲撃時には緊急クエストとして冒険者を集めてもらえると」


「そりゃ実際に攻め込まれたら、ギルドもボーッとはしてないだろうよ」


 言われてみれば、襲撃時に緊急クエストを出すのは当たり前なのでは?当然の事だが、強力してもらえることが嬉しくて、そこまで頭が回っていなかったことを反省する。


 手を洗い戻ってきたマリル達と共に夕食をとる。

 その時ふいに、工房のドアをノックする音が聞こえてきた。


 コンコンから始まり、ドアを開けに行く頃にはドンドンとドアを叩く大きな音が響いていた。

 ──はいはい今開けますよ。鍵を開けドアを開けると、そこに立っていたのは、ザナスのギルドマスターであり、ハリードのいとこのポーラだった。


「あ…さっきはどうも」


 久我が突然の予期せぬ来客に呆然としていると、


「ハリードはいるだろ?邪魔するよ」


 返事をする前にズカズカと工房に入ってくる。

 久我がハリードに確認するから待ってくれと静止するのも無視して、居住スペースへと入って行く。

 ハリードと共に食事をとるマリルとリリルを見て、


「知らない間に、随分と家族が増えたもんだね」


 と皮肉を言うポーラ。だが嫌な感じは全くしない――これがハリードとポーラのコミュニケーションの取り方なのだろう。

 ハリードは酒を煽ったまま、手を上げるだけで挨拶を済ませる。

 ポーラの突然の来訪には全く動じてはいない。


「アタシももらおうかね」


 勝手知ったると言わんばかりに、ポーラはグラスを棚から取り出して、ハリードの飲んでいる酒を自分のグラスに注ぐ。

 そのグラスを傾け一息に飲み干すと、大きく息を吐き出してから、チキンバードの唐揚げを1つつまむ。


「あ〜!勝手に食うんじゃねえよ」

「私達の唐揚げ!」

「ピィーッ!」


「おっと、すまないね」


「用事は何じゃい?」


 それまで黙って酒を飲んでいたハリードが口を開いた。


「コイツらの面倒を見てるなら分かるだろ?」


 ハリードは黙って目を閉じた。ポーラの真意を計りかねるからだ。久我たちを何か疑ってかかっているのかもしれない…だが本人達がいるであろう時間に訪れたと言うことは、そうではないのだろう。

 ハリードは右目だけを開き、ポーラに答える。


「虫の事か?」


「それ以外に何があるさね」


「バリスタの事ですか?」


 久我が尋ねる。


「そうだ。バリスタの数が全然足らない。お前ら職人達に協力を要請したい。で、頼むならアンタに頼むのが一番だろう?それとついでにアンタの顔を久しぶりに拝みに来てやったのさ」


「誰も頼んどりゃせんわ。だがバリスタの件は何とかしようかの。コイツらの話じゃ時間もあまりないようじゃしな」


 そう言ってグラスを空けると、ハリードは自分とポーラのグラスに酒を注いだ。

 ポーラも注がれた酒を一気に飲み干して、話を続ける。


「バリスタは角度をつけて設置してくれ。正面から当てるってより、下から腹に当てる感じにしたい。それと代金はギルドに請求書回してくれ」


「当然じゃ」


「ふん…じゃあ頼んだよ。ごっそさん」


 グラスをテーブルに置いて、ポーラはもう用は済んだとばかりに帰って行った。


「ふん。相変わらず勝手な奴じゃ」


 ……ハリードとポーラはいとこ同士なのに仲が悪いのか?いとこ位の血縁だと互いが歳を取ると、さして交流はないのだろうか?

 だがバリスタの件はこれで一応OKだ。後はハリード達鍛治師に任せるしかない。あとはギルド発注のクエストか…これは予算の都合もあるし、緊急クエストという形をとるしかないのは、仕方がないと思うのだが…。


「とりあえずバリスタの事は儂ら職人に任せい」


「はいお願いします。俺達にはどうしようもありませんから」


「クエストの事はどうしましょうか?」


「俺も考えてたんだけど、ギルドも予算の問題もあるだろうし、常時冒険者を募集は出来ないと思うんだよね。せめていつ攻めてくるかが分かれば…」


「女神のねえちゃんは、何て言ってんの?」


「特に何も言ってないな。ミネルヴァにもいつってのは、わからないんじゃね?」


『そうね…近いうちとしか分からないわ』


『おわ!?ビックリした。ずっと念話してこないから、なんか別の事してるんかと思ってたわ…こっちも忙しくて話しかけてなかったしさ』


『多少違うことしてたのは正解よ』


『なぁ、今回はブリジッダとイケッサは参戦して来ないのかな?』


『さあ…わからないわ。イケッサが居ないのなら関わってこないんじゃない?』


 ――ふむ…イケッサが地球人と判明した以上、違う目的で動いていたとしても、ヒーローは遅れて現れるとか言って参戦してくると思ったんだがなぁ…正直参戦してくれると助かるんだが…奴一人で百人力とまでは言わないが、10人分位の働きはしてくれるだろうから。


「ミネルヴァにも、いつってのは詳しく分からないみたいだし、俺達は俺達に出来る事をしよう」


「だな」「そうですよね」

「バリスタの設置やらで胸当ての完成が少し遅れるが構わんな?本当は戦闘に間に合わせたかったんじゃが…」


「仕方ないですよ。そもそも気持ちだけでも充分ありがたい話なんですから」


「気持ちじゃ身体を守れんぞ」


「胸当てが完成してから攻めて来てくれるよう祈るだけです」


 だが、襲撃に胸当てが間に合うことはなかった。

 完成を待たずして、その時はやってきたのだった。

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