見つからぬ根拠
ザナスのギルドマスター、ポーラはドワーフの女性でいかにも重戦士といった出で立ちだ。
漫画やアニメのドワーフだと、メイスやハンマーのような鈍器や戦斧で戦うイメージだけど、実際はどうなんだろう?
「掛けてくれ。で…虫が攻めてくるという話だったな?」
ソファに腰掛ると、さっきとは別の職員がお茶を運んで来た。その職員が退室するのを待ってから話を再開する。
「昆虫系の魔物が大軍で襲ってくると思います。いえ…昆虫だけとは限りません。空を飛べる魔物全てに可能性があります。ただギルドでこの辺りにいない虫の魔物を倒して、素材を下取りに出した者がいるのを確認したので昆虫系の可能性が高いかと…」
「虫の大群ねぇ…本当なら緊急事態だが…その情報の出所は?虫の可能性の事は聞いたが、攻めてくるってなると他に何か根拠があるんだろ?」
──鋭い。さすが女だてらにギルドマスターの職に就いているだけはある。
ただ、ボードゲームについては説明しても信じては貰えないだろう――どう話せばいいのか…。
「…一種のお告げ…みたいなものです…」
「ハーハッハ!お告げだぁ!?そんなもん信じろってのか?」
「うまく説明出来なくてすみません。だけど真実です。この辺りに居ないはずの魔物を狩ってくれば信じてもらえますか?時間がないんです…間違いなく近いうちに、どんな形でかは分からないけどザナスは攻撃される!少しでも早く準備しないと!」
「…Aランクがそれだけ真剣に言うってことは、全くのデタラメってわけじゃなさそうだね。一応ギルドは空からの攻撃を想定してはいるが、オマエさんの言う事が本当なら、ウチのバリスタだけじゃどうにもならないだろうね」
やはりポーラは頭が切れるようだ。久我の話す事を全て鵜呑みにするわけではないが、馬鹿げた話だと切り捨てる事もしない。ギルドの責任者として万が一の可能性を考えている。
「もし俺が証拠となる様な、魔物を狩ってきたら信用してくれるますか?ギルド発注のクエストを出して冒険者を集めてもらえますか?」
――おそらくだがターゲットが冒険者を減らすことなのだから、冒険者は多く集めない方がいいのかもしれないが、少人数で事に当たって全滅なり大多数を損失していては意味がないのだ。
「オマエさんの言う事を信ずるに値する証拠があればな。備えるくらいはしてやるさ」
「分かりました。根拠に足る物を見つけてみせます」
そう言い久我は立ち上がり部屋を出ようとする。双子も慌ててそれに付いて行く。
「そうそう、オマエさんに連絡を取りたい時は何処に連絡すれば良いんだい?宿は何処にとってる?」
「宿なんてとってないよ」
「私達はおじいちゃんの家に泊まっています」
「おじいちゃん?身内でもいるのかい?」
「いえ…ハリード・スミスさんの所に厄介になってます」
「あん?ハリードだぁ!?」
「なんか文句あんのかよ?」
「いやぁスマンスマン。ハリードとはいとこでね…母親のノーラには可愛がってもらったもんさ…てことはアンタ達双子のことかい?…ハリードが面倒みてたハーフエルフってのは…」
「そうです。私達は本当のおじいちゃんだと思ってます」
「そうか…あのハリードがこんな子供に慕われるなんてねぇ…そうか…ありがとうよアンタ達」
「別に礼なんて言われる筋合いねえよ。俺たちじっちゃんのお陰で生きてるんだから」
「…そうかい。すまなかったね」
ポーラは優しい顔で謝罪し、マリルもそれを受け入れると久我達はギルドマスターの部屋を出た。
――さて、何とか襲撃の証拠になるものを見つけなきゃだな。
ギルドを出てその足で街を街道に向かって歩く。冒険者パーティーの話では、街から一時間程行ったところで虫の魔物に襲われたと言っていた。
ハリードに何も言わずに出てきているため、探索の時間や帰りの時間を考えると、あまり時間がない。
久我達は少し早めに歩いていく。
早歩きで40分ほど進んだ辺りで探索を開始する。
いつもの様に久我を先頭に三角形に散って探索していく。オリちゃんには空から見て回ってもらう。
途中、何処にでもいる狼の魔物や猪の魔物など獣系の魔物とは数回戦闘になった。強い魔物ではあるが、虫の魔物でも飛行能力のある魔物でもない。空を飛んで警戒してくれているオリちゃんの方には何の異変もないようだ。
「いね〜なぁ、虫の魔物」
「いませんね」
「ピー…」
……探せど探せど虫の魔物は見つからない。杞憂だったのかと久我は焦って探索するが、獣系の魔物と出くわすだけで虫系の魔物の気配は全くなかった。
「…はぐれだったのかなぁ…」
「諦めずに探そうお兄ちゃん」
「顔に似合わず諦めるのが早いぜ」
「…顔は関係なくね!?てか諦めの悪そうな顔してる俺?」
『してるわね』
『ぐ…ミネルヴァには聞いてない』
双子の励ましに気を持ち直して、探索を続けていく。
だが日が落ちる寸前まで探したが、虫の魔物は見つけられなかった。
「…仕方ない。一旦ハリードの家に戻ろう」
「腹減ったぁ」「私もお腹ペコペコ」「ピィッ」
日がほとんど落ちた街道をザナスへと急いで歩く。
帰り道も一応辺りを警戒しながら歩いて行くが、やはり昆虫系の魔物は見当たらなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「「ただいま〜」」「ピィ」
「…遅くなりました」
ハリードに遅くなった事を怒られやしないかと、ビクビクしながら居住スペースに入って行く。
ハリードはやはり一人で酒を煽っていた。
「おぅ…遅かったじゃねえか」
──ヒィィ…やはり怒ってるのか!?
「虫が来る証拠が掴めなくてさぁ」
空気を読まずにマリルが遅くなった理由を話す。こういう時のマリルの空気の読めなさは実に助かる。さすがは大物になる気配をプンプン漂わせているだけはある。
「虫だぁ!?例のザナスが危険どうのこうのって話か!?」
「そうなの。今日ギルドで聞いたんだけど、冒険者のパーティーが見た事もない虫の魔物に襲われたんだって」
「その虫の魔物が、この辺りで見かける事はまずない魔物らしいんです」
久我は昼間に冒険者ギルドであった事を、一からハリードに伝えた。
その話を聞いたハリードは、グラスを置いて腕を組み何やら考え混んでいた。
――何かハリードには思い当たる事もあるんだろうか?
「虫か…変わった素材が手に入りそうだな。甲殻なんかは防具に持ってこいだし、爪なんかは変わった武器が作れそうだ」
「じっちゃん期待させといて、そりゃないぜ」
「?何を期待したんじゃ?」
「おじいちゃんが虫と聞いて考え込むから、何か心当たりがあるのかと思ったんだよ」
「ほほ…それはすまんかったな。変わった素材が手に入りそうだったでな」
「ハリード…俺が元いた世界ではそれを、捕らぬ狸の皮算用って言うんだよ」
「なぬ?上手い事言うもんだ」
「じっちゃん…」「ピィィィィ」「おじいちゃん…」
普段扱わない、昆虫系の魔物の素材に思いを馳せていたハリードに、双子とオリちゃんががっくりと肩を落とす。まあ、鍛治師として一流であればあるほど、頭の中で珍しい素材で作る武具を考えてしまうのは、仕方のない事だとも言える。それが職人の性というものだ。
「とりあえず飯にするぞ。ほれ、手を洗ってこい」
双子が手を洗いにキッチンに消えて行く。
「…で、実際どうなんじゃ?虫で確定か?」
──!!ハリードは双子の前では、わざととぼけていたみたいだ。
「確定とまでは言えませんが、俺は虫だと思っています。ギルドマスターにも信じてもらうために証拠を掴みに行ったんですが、空振りでした」
「そうか…ポーラにも会ったか。アレは冒険者として優秀な奴じゃ。それなりの根拠さえ見せれば、必ず動いてくれるぞ」
「従兄弟…でしたね。明日も探しに行ってみます」
「ワシら職人にやれる事はあるか?」
――まだなんの根拠も示せていないのに、ハリードは信じてくれるのか…。
「空から襲撃があった時に、一般人の避難誘導と護衛をお願いします」
「そんなんは勿論の話。儂ら職人の中には戦える奴も多い。魔法は苦手な奴が多いがの。矢や投げ槍とかの消耗品も掻き集めておくよう話をつけておく。だからポーラを動かせるだけの証拠を持ってこい。ギルドが動かにゃ人手が足りんからの」
「わかりました」
ハリードは久我の話を疑う事もなく、虫の魔物が攻めてくるものだとして動いてくれるようだ――頭が下がる思いだ。
「メシメシ〜」
「スープ温めるね」
「ピッピー」
キッズ達が手洗いから戻ってきた。
ハリードはグラスに酒を注ぐと一息で煽り、
「さあ腹一杯食えよ。食っとかねえと、いざって時に力が出ねえからな」
ハリードの言葉に双子は元気に返事をして食事を始めた。久我は1人洗面所に向かい手を洗う。
『気持ちに応えなきゃね』
『…だな』
久我はテーブルに戻り食事を始めた。
――――――――
食事が終わり双子が眠りについた後、久我は一人で鉱山を見回りに行くとハリードに伝えた。
「松明持ってけ。鉱山はザナタイトのお陰で明るいが、松明を持ってない奴は盗掘と勘違いされる可能性があるからの。間違えられたら面倒だ。万が一間違えられたら儂の名前を出せ」
「ありがとう。そうさせてもらいます」
久我はハリードから松明を受け取ると、1人足早に鉱山に向かう。
鉱山に着くと、至る所に埋まっているザナタイトの小さな結晶が青緑色に光を放ち幻想的な光景を生み出していた。
「スッゲェ〜。メチャクチャ綺麗だ。」
『本当に綺麗ね…幻想的で神秘的…こんな光景があるのね…』
『なんだよ?神様なのに知らなかったのかよ』
『知識としては知っていたわよ。ただ私の力じゃ何か楔がなきゃ下界を見れないから…もちろん今は久我が楔よ』
『…神様でも好きなところ覗けるわけじゃないんだな』
『それができたら、久我達が必死に色々探して回ってないでしょ…私が探して教えるだけで済むんだから。創造神様なら好きなところ見られたでしょうけど』
――言われてみれば確かにそうだ。それが出来ていれば、トロールの巣やら今回の虫のいる場所だって、わざわざ俺たちが歩いて探す必要はないわな。
ボードゲームをクリアして、完全なる神になれれば出来るようになるのかな…。
久我は松明を片手に鉱山を探索して行く。夜も深い時間だが、鉱山の洞窟では鉱夫が採掘を行ない、夜警の兵隊が至る所を巡回していた。
洞窟の中も松明がいらないほどの明るさはあるが、盗掘と勘違いされる可能性があるので松明は手放せない。
次から次へと洞窟の中を調べ、鉱山をどんどん上へと登っていく。そしてついに、なんの成果もないまま山頂の開けた場所まで来てしまった。
その場所を、都市部から見て裏側に当たる場所を見るために進んで行く。裏側に当たる場所は断崖絶壁とまでは言わないが、かなりの急斜面になっていた。
「ここからは来ないと信じたい」
『希望的観測ね』
『奇襲をかけるならアリだと思うけど、都市部に対しては攻めにくいと思うんだよね。山道が曲がりくねってるし』
『それもそうね。ただ前回と敵が同じだとすると、厄介なのは転送魔法ね。地の利なんて一瞬でゼロにされるわ』
『たしかに街の中に転送の出口作られたら、それだけでアウトだな。必死に考えてるのが馬鹿らしくなって来た』
『…出来る事をするしかないわね』
――そうだ…出来る事をやるしかないんだ。とりあえずこの山頂部にもバリスタが設置出来るならした方がいいだろう。
それを実現するためにも、ポーラを納得させるだけの根拠となる材料がいる。
久我は鉱山を下山を急ぎながら、朝イチから街道の探索を開始しよう考えていた。
そしてハリードの工房に着くと、朝に備えてすぐに眠りについた。




