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兆し

 ───こんなところか…。

 久我と双子はザナスの街の対空防御力を調べるために、街中を歩いて回っていた。

 その結果、ザナスは対空防御力は殆どないという事が判明する。

 唯一と言っていい対空防御は、冒険者ギルドの屋上に設置してある4基のバリスタだけであった。


「これだけじゃな…」


 まだ空から攻められると決まったわけではない。だが久我は空への備えを怠るべきではないと思っていた。

 ――今回は空からじゃなくても、いつか空から攻め込まれないとも限らない。このザナスにはザナタイトという唯一無二の鉱石が採れる鉱山がある。それに目をつけて我が物にしようとする輩が現れてもおかしくはないのだ。

 そしてザナスにはマリルとリリルの大切なハリードがいる。久我は自分がいない時に攻め込まれた時に、簡単に落とされない様に備えておこうと思っていた。


「兄ちゃん、どうすんだよ?こんだけじゃ無いのと同じだぜ?」


「そうよね。たったの4基のバリスタだけじゃ…」


「いや…冒険者ギルドにバリスタが備えられているという事は、ギルドは空からの攻撃を想定はしているという事。ハリードやギルドに相談してみよう」


 バリスタを増やすというのが可能なのかどうかはわからない。だが提案くらいはしてみるべきだ。

 後は、事が起こった際どれだけの冒険者が実際に戦力になるのかどうかだが…。

 ハリードは鍛治師の中にも戦える人は多いって言っていたが、当てには出来ない。予備の戦力程度に考えておくべきだ。


 久我達は昼食と相談の為にギルドに向かう。


 ギルドに入り食堂でテーブルに着く。手短に注文を済ませ料理が来るのを待つ。


「対応…してもらえるでしょうか?」


「…厳しい…だろうな。最悪、俺からの依頼って形にするしかないだろうな…でもそうすると出せる報酬に限りがあるから、人数を集められないんだよなぁ…」


 何か起きているわけでもない。攻めてくると確定しているわけではないからだ。ギルド発注の依頼には出来ないだろう。久我発注の依頼となると予算が厳しい…。


「鍛治師の人達には、じっちゃんから言ってもらえれば、準備くらいはしてくれそうだけどな〜」


 ハリードは鍛治師の仲間に慕われており発言力もあるらしい。自らが名工であり、更には伝説の鍛治職人の息子で最後の弟子ともなると、特に若い鍛治師から師事して学びたいと集まってくるほどのようだ。

 ハリード自身は弟子を取るというより、一緒に生活して勝手に技を盗んで行けという昔気質なやり方のようだが――ハリードの家の生活スペースが、1人で住んでいるにしては充実していると思ってはいたのだが――今は住み込みの弟子はいないみたいだ。


「職人連中は確かに俺らに言われるより、ハリードに言われた方が良いだろうな」


 運ばれてきた料理を口にしながら、話し合う。

 この後どのようにギルドに頼もうか考えていると、他のテーブルにいる冒険者の会話が聞こえてきて、その中に気になる事があった。


「ザナスに着く前に、酷い目にあったわ」

「本当本当」

「お前らくらいのパーティーで何があったんだ!?」

「こっから1時間くらい行ったとこら辺でな…見たことない虫の魔物に襲われたんだよ」

「これがまた硬いのなんのって…必死こいて倒したけどさ」

「あんなんが何匹もいたら、ひとたまりもないね」

「そりゃ災難だったなあ…新種か?それとも()()()か!?」

「わっかんね〜。倒した素材はある程度持ってきたから、後でギルドで鑑定してもらうよ」


 ───これだ!!

 昆虫の魔物…それなら飛べる魔物も多いだろう。昆虫の魔物なら数も多いはずだ…そもそもが群れを作っている種もいるはず。

 今回は虫か…確定ではないが、久我の直感がコレだと告げる。


「マリル、リリル…聞いてたか?」


「何が?」

「聞きました」


 マリルはオリちゃんとご飯を食べるのに夢中で、聞いてなかったようだ。

 リリルはさすがだな。


「攻めてくるのが、おそらく虫の魔物だって話」


「虫〜?」


「硬いみたいだぞ」


「虫なんて火魔法で一発だよ。ノープロノープロ!」


 ──ノープロブレムだと?コイツの自信はどこから溢れてくるんだ…本当にコイツは大物になりそうで困る。


「火魔法か…ザナスの外なら問題ないけど、街に燃えた虫が落ちるのなら問題ありだな」


「うえぇぇ…そっかぁ。面倒くさそうだな」


 火のついた虫が落ちて街が燃えたら意味がない。魔物は撃退しました…だけど街は灰になりましたでは話にならない。

 ――だが火が有効である事は間違いではないだろう。飛んで火に入る夏の虫なんて言葉があるくらいだ。火で撃ち落として下で消火する…人数的にも実現は難しいだろう…。


『お腹側はそんなに硬くないんじゃない?虫系の魔物をひっくり返して倒すなんて常套手段だし。それに空から来るなら、丸見えじゃない』


『真上まで来られたらな』


 ずっと黙っていたミネルヴァからの突然の提案に、久我が反論する。

 確かに真上まで来られたのなら、お腹は丸見えだが、真上に来られる前だと狙うのは簡単ではない。

 バリスタにいたっては真上は攻撃の範囲外だ。

 通常の弓で真上を攻撃するのも危険極まりない。外した矢が街に降り注ぐ事になる。


『でもザナスの外で全て倒せるとは限らないでしょ?』


『そうだな。というか多分無理だろうな。陸から来てくれるならザナスは守りやすいんだけどなぁ…空から数でごり押しされたらザナスが戦場になるのは避けられんわな』


 ――となると、商人や町人など一般人には避難してもらった方がいい。ザナスには鉱山の洞窟という避難場所自体は恵まれている。だがいつ来るかわからないのに避難というのも現実的ではない。


「どうすっかな〜…」


 久我が頭を抱えて悩んでいると、先程の虫の魔物に襲われたという冒険者パーティーが、素材の引き取りにギルドのカウンターに歩いて行った。


 ──とりあえず、あの冒険者が持ち込む素材の鑑定結果を後で職員に聞いてみるか…。


 冒険者パーティーの鑑定を待つ間に食事を終わらせる。鑑定の終わった冒険者パーティーにニコニコ顔でギルドを出て行った――高く売れたのだろうか?

 結果を聞くべく窓口に向かう。

 窓口で職員にギルドカードを提出して、


「あの…さっきのパーティーが昆虫の魔物の素材を鑑定に出したと思うんですけど…結果って教えてもらえます?」


 突然の質問に職員は怪訝な顔をする。だがギルドカードを確認して、久我がAランク冒険者だと気付くとすぐに態度を改め対応する。


「Aランクのクガさまですね。Aランクの方が何を聞きたいんでしょうか?」


「金額が聞きたいんじゃないんだ。その素材の魔物がこの辺にいる魔物なのかそうじゃないのかが聞きたい」


「なるほど…先程の素材はキラー・ヘラクレスビートルの甲殻と角ですね。この辺りではまず見かける事はないですね。はぐれだと思われます。」


 ──やっぱりか…。


「ありがとう。そいつって強いんだよね?」


「はい。魔法を使える者がいない近接攻撃だけのパーティーだと、かなり苦戦すると思われます」


「…そうか、ありがと」


「なぜそのような事気にされるのですか?Aランクのクガ様なら問題ない相手だと思いますが…」


「…一匹ならね」


 久我は少し思案してから、


「その虫の魔物が大軍でザナスに攻めて来るかもしれないんだ。信じられないかもしれないけど」


「…たしかに信じられません。ですがAランクの方が悪戯に言う事でも無いと思います。ギルドマスターに話を通しますので、ギルドマスターと話していただいてもよろしいですか?」


 ──願ったり叶ったりだ。

 思ったより情報の共有の徹底が出来ている。


 職員が席を外して10分程待つと、戻ってきた職員が案内するのでついて来て欲しいと言う。職員に連れられギルドの奥に進み、職員専用の階段を登って二階に上がりギルドマスターの部屋の前まで案内された。


「こちらでギルドマスターがお待ちです」


 礼を伝え、ドアをノックする。


「──入りたまえ」


「失礼します」


 ドアを開け部屋に入る。そこには自分のデスクに座る女性のドワーフがいた。


「お前がクガか…噂は聞いてるよ。まさかザナスにいるとはね。私がザナスのギルドを任されているポーラだ。よろしくスーパールーキー」


 名乗った覚えのない二つ名が、ここザナスのギルドにまで届いていた。

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