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戦う理由

「──そうだな…2日。2日くれ…最高の物くれてやる。」


 ハリードが胸当てを作る時間に2日必要だと言う。これでも他の仕事を差し置いて準備してくれると言うのだ。本来なら順番待ちだけで数ヶ月かかるらしい。


「よろしくお願いします。約束は必ず。」


 久我がハリードに礼と約束は必ず果たすと伝える。


「約束?」「約束って何だよ?」


 双子から当然の疑問が湧いてくる。


「ガキは黙っとれ。これは大人の男と男の、一対一の約束じゃ。子どもは知らんでええ。」


「何だよそれ!」「おじいちゃん!」


「2人とも落ち着けって!俺とハリードの個人的な話だ。だから…な?」


「ピッ…ピッ…」


 腹を立てた様子の双子と、双子と久我の間をオロオロ行ったり来たりするオリちゃん。


「ちぇっ」「ぶぅ」


 久我は2人を何とか宥める。話してやりたいが、ハリードの気持ちを汲むと話すべき話ではない。

 2人がハリードに愛されているという話なのだが、当人の目の前で他人が言う事ではないからだ。

 久我は何とか話題を変えるために、朝食にしようと双子をテーブルに着かせる。


 全員でリリルが用意してくれた朝食に手を伸ばす。

 パンとサラダとスープの簡単な朝食だが、実に美味い。双子もご飯を食べている間に機嫌を直してくれたようだ。


「兄ちゃん、今日はどうすんだ?」


「今日は街の外に出てみようと思う」


 ──鉱山は昨日見た限りでは、自然災害はないと思う。街の外からの攻撃の可能性を探ってみる必要があると思うからだ。


「マリルとリリルは街に残っててもいいぞ?」


「ハッ…冗談!」「一緒に行きます」「ピーッ」


「あんまし遠く行くんじゃねえぞ」


 双子とオリちゃんは付いてくる気満々で、ハリードに至っては只の孫を心配するお爺さんである。


「とりあえずザナスに危険があるかどうか調べてくるだけですから。そんなに時間は掛からないと思います」


「ザナスに危険ねえ…本当にそんな事になるんかあ?」


「ボードゲームの指示で出たって事は、どんな形であれ間違い無く、ザナスを守らなきゃいけない状況にはなると思います。物理的になのか、経済的になのか…形は分かりませんが…」


「ふむ…冒険者と武器防具には事欠かんザナスがねぇ…職人連中も戦える奴も多いしのぅ」


「冒険者の数が多いから、狙われるって可能性もあります。おそらく前回がその理由で襲われましたから」


 ──そう。前回と今回の共通点は冒険者が多くいて戦力が整っている事だ。冒険者自体の数を減らす目的で、効率的にやるなら冒険者の数が多い街を狙うのがが自然の流れだ。

 イケッサの助力もあり、運良く前回は冒険者に死者は出なかったのだが…だからこそ今回は、前回より冒険者の数が多いこのザナスが狙われている可能性が高い。


「冒険者の数減らしてどうするってんだ?」


「理由はわかりません。ただメイの村を襲った魔物を裏で操っている黒幕がいる…それだけは確かです。そして十中八九俺たちの敵でしょう」


「…そうか…なら尚更防御力も上げていかなきゃな」


 そう言ってハリードは席を立ち、自室に入っていき数分後に何かを持って戻ってきた。

 その手には灰色のローブと紺色のローブが握られていた。


「ガキどもが戻ってきた時のために、用意しといたもんだ。ほれ…使えや」


 ハリードはそう言うと灰色のローブをリリルに、紺色のローブをマリルに手渡した。


「じっちゃん、ありがと!」

「ありがとうおじいちゃん!」


 2人は嬉しそうにローブを胸に抱くと、マリルはその場で、リリルは物陰で新しいローブに着替えた。

 真新しいローブに着替えた双子の目は、爛々と輝いている。


「軽っ!」

「本当に軽い!」


「そうじゃろう。これには新しい技術が使われててな。ザナタイトを繊維状にしたものが編み込まれとる。ローブだが防御力は中々のもんだぞ?ベースとなる生地は月光蝶の繭を糸状にしたもので編んである。この糸は魔力を高める働きがあってな、しかも軽い。中々市場に出回らんのだが、儂が打った武器の代金の代わりに置いてった奴がおってな。ザナタイトの繊維と一緒に編んでローブに仕立ててもらったんじゃ」


「…それってすごく高価な物なんじゃ…」


「大したことないわ。ガキ共が戻って来んかったらタンスの肥やしになるところだったわい。だから気にすんじゃねえ」


「じっちゃん…」

「おじいちゃん…」


 双子は何も言わずにハリードの胸に飛び込んだ。

 無理もない…2人が帰ってくることを信じて、しかも魔力が高まる素材、少しでも防御力が上がるようにと新技術まで使って、ローブを用意してくれていたのだ。2人にとって何より嬉しい贈り物であっただろう。


「ええい…鬱陶しい!離れんか!」


 だが2人は離れない。ハリードは2人を引き剥がすことをそれ以上しなかった。


『本当に素敵な人ね』


『ああ…本来ならミネルヴァの役目のはずなのにな』


『──な!?何言ってるの!?私は世界樹の短杖渡したじゃない!!』


『ハリードは攻撃面じゃなくて、防御面の心配してローブ用意してくれてたんだぞ。思いやりが違うわ』


『取り敢えずよ!とりあえずバラバラでも魔法が使えるように…』


『はいはい…分かってるって。でも血の繋がりはないのに、本当の家族してるわ』


『…そうね』


 ミネルヴァもハリードの気持ちが本物だと分かっているのだろう。それ以上は何も言ってこなかった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 街を出て、街道を脇に逸れ探索しながら歩いて行く。

 特に変わった様子はなく魔物も雑魚しかいない。

 街道を進みザナスを振り返る。

 ザナスは鉱山に作られた町――遠目に見るとまるで天然の要塞のようだった。

 街へは街道からの道が一本あるだけ。そこも門があり閉じればそう容易くは突破されないだろう。鉱山の頂上付近から裏側は、勾配がキツく登ってくるのは一苦労だ。

 久我は自分が攻め込むなら、どう攻めるかを考える。


「──空か…」


 自分が攻めるなら空からだろう。だが飛行機など航空戦力がある世界ではない。飛行できる魔物がどれくらいいるのかは分からないが、ザナスの弱点と言える弱点は空からの攻撃くらいだろう。


「戻ろう…空からの攻撃に、どれくらいの備えがあるか調べよう」


 そう言い久我たちは来た道を戻っていく。

 空から攻め込まれる確信があるわけではない…ただ何処からか攻め込まれるのは確実である以上、可能性がある事には備えておくべきなのだ。

 久我が厳しい顔で歩いていると、リリルがふと口を開いた。


「お兄ちゃんは、元の世界に帰りたいですか?」


 突然の質問だ。理由をたずねると、自分達はハリードの家に帰ってこられた。だが現時点で久我はボードゲームをクリアして、星法器の力を使って帰るしかない。カイモンズのために戦ってくれているが、本当は帰りたいんじゃないか…帰る手段があるなら、すぐにでも帰りたいんじゃないかと思ったそうだ。


「う〜ん…どうだろ?帰りたくないと言ったら嘘になるけど…今すぐ帰りたいかって聞かれたら、そうじゃない気がする。乗りかかった船とは言え、やりかけた事を、途中で放り出してまで、今すぐ帰りたいとは思わない…かな?」


「どうして…お兄ちゃんには何の利益もないのに、何のために戦ってくれてるの?」


「おれも聞きたかったことだな」


 マリルも妹の質問に賛同してくる。


「別に何かのためってわけじゃないさ…ただ戦う理由は自分の為じゃなくてもいいってだけ。そりゃ結果的に星法器使って帰るんだから自分の為にではあるんだど…」


 久我は一呼吸置いてから、


「ミネルヴァに召喚された時は、勝手に召喚して勝手にカイモンズの未来を託すなよ…とか思ったけど、誰かに必要とされ頼られるのも悪くないなって…俺にできることならやってみようって思っただけ…たいそうな理由なんてないよ。お前らやミネルヴァとも仲良くなったし、剣聖とも約束しちゃったしな」


『………久我…』


「カッケェ…カッケェよ兄ちゃん!」


「お兄ちゃん素敵です。私達も精一杯頑張ります!」


「そうか、ありがとな。ならまずザナスの対空防御力の調査頼むぞ」


 平凡な人生を歩んできた久我にとって、誰かに頼られ、その事を手放しで賞賛された事などなかった。だから頼られる事をこそばゆく思いながらも、只々嬉しかったのだ。


『久我…ありがとう』


『礼を言われると、恥ずかしくなるからやめてくれ』


『そう…そうね。これからも頼んだわよ』


『おう』


 そうして久我達はザナスに戻り、ザナスの街中を調べて周ったのである。

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