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様付け禁止

 

 ――星法器が光ってる…確認してみると、また少し光る液体が増えてる。


 久我は宿に戻っていた。自室で胸元の淡い光に気づき、星法器を手にとり、真ん中の球体を確認していた。

 今回の防衛戦を勝利したからなのか、皆から祝福されたからなのか理由はわからないが、星法器には淡く光る赤紫色の液体が、少しだけ増えていたのだ。


 ──と言うことは、指示達成か!?でも、指示は魔物の巣の殲滅だったよな…ゴブリンの時は、まだ達成されてなかったし…確認してみるか。


『おい、起きてるかぁ〜?』


『…おはよう、久我』


 今はもう夕方だけどな。ゆっくり休めたようで何より。


『星法器の光る液体増えてたんだけど、マス目はどう?指示達成になってる?』


『──え!?嘘!?ちょっと待って!確認してくる。折り返すわ』


 そう言い、駆け出す音と共に念話が切られた。

 10分程バルムンクを磨きながら待っていると、


『光ってる!光ってる!達成されてる!何で!?巣は!?』


 ──知らんがな。アンタが分からん事を俺が分かるはずがない。


『分からんけど、転送魔法からトロール出てこなくてなったじゃん?もしかして、1つの巣のトロール全滅させたのかもな』


『…そうね…楽観的すぎるかもだけど、そうかもしれないわね』


 理由は分からないが、ミッションクリアだ。

 これで一旦、神界に帰れるな。


『準備が出来たらいつでも連絡して』


『夕食までには戻る。準備よろしくな』


 神界の個室の方がのんびり出来るからな。

 マリルとリリルに伝えて、準備を急がせよう――宿を引き払って、ギルドに一言伝えたら人目のない所に行って転送だ。


 神界に戻る事を双子に伝えると、2人はとても嬉しそうに準備を始める。

 宿屋の主人には、部屋を引き払う事を伝えてある。双子に先にギルドへ行っていると伝えてから、宿を出る。

 辺りは薄暗くなり始め、ローランの町にも夜の雰囲気が漂い出す。

 その雑踏の中を歩いて冒険者ギルドのドアを開けた。


 ギルドの中は、昼過ぎ程ではないが、まだ祝勝会の様な酒宴が続いていた。

 冒険者達を軽く躱し、ギルドマスターのガクトに繋いで貰う。

 すぐさまギルドマスターが奥の部屋が歩いてきた。

 そして、今夜町を離れることを伝える。


「次はどこへ?」


「まだ決まってないんです。急に遠くのギルドに現れても、不審に思わないでもらえると助かります」


 ガクトは両肩を竦め、

「どうやら、ワケ有りのようだな――あのイケッサとか言う冒険者もランクアップの手続きしたら、すぐに居なくなるし、ワケ有り謎だらけの奴ばかりだ」


 ──今回の功績で、イケッサもAランクに昇格したらしい。奴に至っては、スリーランクアップだ。


「ま、俺としちゃあ、ギルドに敵対しない限りは、文句はねぇよ」


「──助かります。では…行きますね」


 マリルとリリルがギルドに来たのを見計らって、ガクトに別れを告げた。


 マリルとオリちゃんを先頭に、リリル、久我と続いてすっかり暗くなり、夜の帳が下りたローランの町を離れて行く。

 ゴブリンの巣の殲滅――トロールの夜襲と裏で糸を引いている謎の存在。イケッサとの共闘とランクアップ。イケッサが、女神に召喚された地球人。

 滞在した期間は短いが、色々あった町だ…感慨深いものがある。


 先頭を歩くマリルは、

「次の指示は何かな〜?」

 鼻歌交じりで、次の指示を楽しみにしているようだ。危険な指示が来ないとも限らないのに緊張感のない奴だ。


「私は早く、お風呂に入りたいです」

 さすがリリルは女の子。何よりもお風呂に入りたいらしい。


「ピィピーピィ」

 オリちゃんは、多分美味しい物が食べたいんだろう。


 俺は自室の柔らかいベットで眠りたい。宿のベッドも悪くないんだけど、神界の自室のと比べるとね…。

 街道を町を背にして進んで行く。30分程歩いた所で、人気はなくなった。

 ここら辺でいいだろう――街道を逸れて林の中へ。


『じゃあ、頼む』


 久我の合図で、ミネルヴァが転送魔法を使う。

 久我たちの足下に魔法陣が現れ、光りだす。光が身体を包み込み、一瞬の浮遊感があり、光がおさまると景色は一変する。もう慣れたものだ。


「ただいま、女神のねーちゃん」

「ミネルヴァ様すみません。ちゃんと挨拶しなきゃダメでしょマリル!」

「ピィー」

「ただいま。全員無事だぞ」


「お帰りなさい。みんな本当にお疲れ様でした」


 ミネルヴァが、マリルとリリル、オリちゃんを撫でている。2人はくすぐったそうだが、嫌ではないようだ。


「さ…お風呂の準備出来てるから、入って来なさい。美味しいご飯が待ってるわよ」


 ワッと歓声を上げ、マリルとリリル、オリちゃんはお風呂に走って行った。


「俺は、順番まで部屋で待たせてもらうわ」


 ――自室に戻り、ベッドに腰を掛ける。


 ───ふぅ…疲れた。風呂の順番まで少し寝ようか…

 そういえば、イケッサも女神に召喚された人間なら、この神界に来てたりするんだろうか…てか、もう1人の女神ブリジッダ様は今も居るんだよな?――会いに行ってみたら、ダメなんだろうか…。


「ミネルヴァ…聞こえる?」

 同じ神界にいるミネルヴァに念話を繋ぐ。この建物は途方もなく広い――どこに居るか聞いてから動いた方が効率的だからだ。


『何?部屋で待つんじゃないの?』


「聞きたい事あるんだけど…どこにいる?」


『…今はダイニングルームにいるわ』


「オッケー。すぐ行くわ」


 部屋を出て早歩きで、ダイニングルームに向かう。ボードゲームがある部屋じゃなくて良かった。あそこは遠いから…。


 ダイニングのドアノブに手を掛け、一呼吸置いてからドアを開ける。

 すると、夕食の準備は完璧に整っていて、ミネルヴァが自分の席に座っている。皆が来るのを待っていたのだろうか。


「で?聞きたい事とは?」


 久我はドアを閉め、席に座るのを待たず、立ったままで質問をぶつける。


「いや、イケッサって、こっち…つまり神界に来てたりするんかなと思ってさ」


 ミネルヴァは、ふぅ──と息を吐く。やはりあんまり聞いて欲しくないのか?


「そりゃ来てる事もあるでしょうね。そもそも召喚された時は、ココに召喚されるわけだし。今いるかは分からないけどね」


「あ…言われてみたらそうだな。んじゃ、もう1人の女神様には会いに行ってもいいのか?」


「──まだ…やめた方がいいわね…そのうちに声が掛かる事もあるかもだけど」


 ──ん〜そうかぁ、今はまだ会えないのか。会って話してみたかったんだが…。

 ミネルヴァの事や、イケッサの事。それにブリジッダ様サイドの目的とか…教えてくれるとは限らないけど。


「そっか…じゃあいつか会える日を楽しみにしとくか」


「ごめんね」


 ミネルヴァが謝る事じゃない──大丈夫大丈夫と手を振り、自分の席に腰を掛ける。

 2人の間に妙な沈黙が流れる。

 ――やっぱミネルヴァにとって、ブリジッダ様との事はデリケートな話題だったようだ――聞いておきたかった事とは言え、軽く地雷を踏んだ気になる。

 久我がモヤモヤして所在なくしてると、不意にドタドタと廊下を走る音が近づいて、ダイニングルームのドアが開かれた。


「腹減った〜」

「ピュイ〜」

「マリル!ノックしなさいよ。行儀悪いよ」


 風呂上がりの腹ぺこキッズが雪崩れ込んでくる。


「リリルだって廊下走ってたじゃんか」

 マリルの反撃に、面食らったリリルが俯き顔を赤くする。


「良いのよリリル。ここはアナタ達の家だと思ってくれて。畏まらなくていいわ」


 ミネルヴァが、2人にリラックスして自然体でいて欲しいと伝える――マリルは最初から自然体だが…奴は大物になる気がする。


「さすが女神のねーちゃん。話がわかるね」

「あ、ありがとうございます、ミネルヴァ様」


「…リリル…私の事も様付け禁止ね。久我みたいに、お姉ちゃんって呼んで」


 悪戯っぽく笑うミネルヴァの突然の提案に、リリルは豆鉄砲を食らった鳩のような顔になる。

 少し躊躇し、顔を真っ赤にしながら、


「お、お姉ちゃん…」


「────!!」


 ──ミネルヴァのハートを撃ち抜いたようだ…胸を押さえて悶えている。

 ――わかる…わかるぞミネルヴァ…俺にだけは、お前の気持ちがよくわかる…きっとミネルヴァは今、キュン死寸前だったのだろう…なんか息が荒くなってるし…あの可愛いリリルが顔を真っ赤にして、照れながら呼んでくる…最初の破壊力たるや凄まじいものがあるのだ。

 ――俺もミネルヴァも、よくキュン死しなかったとさえ言える。


「ありがとうリリル。これからそう呼んでね」


 頬を染めたミネルヴァと、顔を真っ赤にしたリリル…2人を見てると…アカン何かヤバイのが目覚めそうだ…。

 そうだ!邪念を振り払う為に、冷たいシャワーを浴びよう。


「俺、風呂入ってくるから先に食べてて」


 そう一方的に伝えて、急いでダイニングルームを後にした。

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