夜襲4 2人の女神
「遅くなってすまない。ヒーローは遅れて現れる…ってな。だが中々ヤバそうな状況じゃねぇか」
銀色に光る槍を構えたその男は、背中越しにそう言って笑った。
──メイの村防衛線を維持する要になってた、イケッサが何故ここに!?
この男が離れたら、押し込まれるんじゃないのか!?
マリルとリリルは?無事なのか!?
「心配すんな。村のトロールは目処がついた。残りは双子に任せといて大丈夫だろう。ってか奴らの魔法どうなってんだ?凶悪過ぎだろ」
確かにマリルとリリルの魔法は、凶悪で強力だが、あの数のトロールに目処がついた?
この男が、削りに削って来たのか?――いや、今は素直に加勢に来てくれた事に感謝しよう。
「すまん…助かった。正直1人じゃやられてた」
「こっから巻き返すぞ。1対1ならいけるだろ?」
そう言うとイケッサは槍をヒュンヒュンと回し、構え直す。
久我も立ち上がり剣を構える。こんなに誰かが心強いと思った事はない。
互いに知り合ったばかり、戦っているところを少し見た事があるだけ――だが2人は背中に憂いなしと言わんばかりに前だけを見ていた。
『…やっぱり…聖槍アスカロンだわ…てことは…』
ミネルヴァが、ポツリと独りごちる。
まず最初に動いたのは、イケッサだ。槍を空気の壁を穿つ様に、連続で突きを繰り出す。
さしものオーガも、その連続突きに棍棒を楯のようにして、守勢に回る。
かたや、久我も白光を纏わせたバルムンクで、オーガの一撃を弾きつつ斬りつける。
オーガも黙ってはいない。二体同時に久我とイケッサに殴りかかる。
だが2人はその攻撃を、お互い半身になって躱すと、計ったかのように場所を入れ替え、相対する敵を変える。
久我が斬り、イケッサが突いて薙ぐ――そしてまた体を入れ替える。
初めて共闘したとは思えないコンビネーションで、2人はオーガを圧倒していく。
──さっきまでジリ貧だったのにな。
久我も、不思議なくらいの闘いやすさに、もう負けはないと確信していた。
「お互いスーパールーキー名乗るだけはあるなぁ!」
「俺は名乗った覚えはねえ!」
2人は笑みを浮かべながら、オーガを相手取る。
そして2人の武器が白く輝きを増す。
「オラぁ、トドメだ!天撃・
白牙!!」
───!!技に…名前がある…だと!?
イケッサが放った「天撃・白牙」はオーガの胴体に、直径50センチほどの風穴を開けて、一撃のもとにオーガを絶命させていた。
──俺も…俺も技名叫びたい!何か、カッコイイ名前はないものか…
『ミネルヴァ!何かカッコイイ名前はないか!?技の名前!』
『…知らないわよ、好きに付けなさい』
──この薄情者がぁ!ならば…剣聖様!剣聖様!我に技名を与え給え!
すると、気のせいか…気のせいだろう。バルムンクが答えた気がした。
「行っくぜぇ〜!絶剣・白夜!!」
久我の叫びと共に、白銀の斬撃が閃光となってあたりを白く染める。その目が眩むほどの、眩しい閃光が収束すると、そこにあったのは、肩口から胴体を真っ二つにされたオーガの死体だった。
――バルムンクから声が聞こえた気がして、思わず叫んだけど、もう少しカッコイイのが良かったなぁ――。
「やるじゃねえの久我。名前に違わぬ派手な技だな」
「いやいや、そちらの槍には敵いませんよ」
「ま、いずれにしろこれで終わったな」
──そう。もう転送の魔法陣は消え去っていて、新たな魔物が湧き出る事は無かった。
何者が転送魔法で、トロールとオーガを送り込んできたのかは、わからない。
だが、一先ずメイの村の冒険者全滅という、最悪のシナリオは回避出来た。
「とりあえず村に戻ろう。マリルとリリルが心配だ」
「あの双子なら大丈夫だろう?広域殲滅なら最強なんじゃね?ってレベルだぞ、あいつら」
「…確かに…可愛い顔して、極悪な名前の凶悪な魔法使うからな」
「それな」
久我はイケッサと共に、駆け足でメイの村に向かっていた。
すると、村の前には尋常じゃない数の、トロールの死体が街道を埋め尽くすほどに転がっていた。
そして、村の方からマリルとリリルが手を振りながら駆けてきた。
「兄ちゃん達、やっぱ無事だったか」
「お兄ちゃん、怪我はない!?」
マリルは相変わらず明け透けで、リリルは真っ先に怪我の心配をしてくれる――だが久我としたら双子の事の方が心配だ。
「俺は、まぁ大丈夫。お前達こそ大丈夫か?怪我はないか!?」
「余裕って言ったじゃんか」
「マリル!お兄ちゃんが心配してくれてるのに!」
──兄妹喧嘩はやめとくれ。無事ならいいんだ、無事なら。本当は離れて戦いたくなかったんだが…
マリルとリリルの話では、他の冒険者達も大した被害は無いようだ――俺が群れを逆流した後、とにかく2人はイケッサと戦線の押し上げをしていたらしい。
ある程度、群れの対処に目処が付いてきた頃、トロールの群れの最後尾を確認に飛んでいた、オリちゃんが大慌てで戻ってきて、何かをマリル達に訴えていたらしい。
それを見たイケッサが「俺も久我の所に行く!援護を頼む。俺が出た後はお前らに任せる!」と言って2人の魔法の炸裂後に、トロールの群れに消えていったらしい。
オリちゃんの様子から、何かを感じてたみたいだったと。
その事は、後で問いただしてやろう。今回俺のピンチを間接的に救ってくれたのが、オリちゃんだったとはな。
影のMVPはオリちゃんだな──あとで美味いものを食わせてやろう。
それよりも、まず村の被害の把握と、怪我人の処置だな。
――それからトロールとオーガの死体も早く処理しないとな…このままじゃ疫病が蔓延してしまう。
その辺は冒険者ギルドに任せればいいだろう。
とりあえずメイの村防衛戦は、俺たちの勝ちだ。
そして夜も白み、東の空が明るくなって来た頃、村人達と協力して被害の把握、怪我人の処置を終えた俺たちは、冒険者ギルドに応援要請と状況報告のために、ローランの町に戻る事にした。
イケッサを捕まえて話を聞こうと思ったが、その時には姿が見えなかった。
メイの村の冒険者ギルドに着き、俺たちが報告する前にも、他の冒険者やイケッサから、応援要請が入っていたらしくて、死体の回収などの部隊が編成されるなど、ギルドの中は大騒ぎになっていた。
「槍の兄ちゃん、見当たらね〜と思ってたけど、先に動いてたんだな。頭悪そうなのに」
「意外と頭の切れる人なのかも」
――コラコラ双子や、一応俺の命の恩人に向かって、そんな事は言ってあげないで…。
冒険者ギルドが収拾つかなくなってたので、依頼達成手続きなどは後でする事にして、宿で休息をとる事にした。
宿の中庭にある井戸で、水を汲み、血や土埃にまみれた体と飛竜のマントを綺麗に洗い流す。
マリルとリリルは、体を拭く程度でいいらしいが、直接敵を斬りつける久我は、返り血など浴びてしまうのは避けられなかった。
――よく見ると、あったはずの擦り傷や打撲のアザなどが、既に治って綺麗になっていた――これも女神の祝福の効果なのか…これも後で確認しよう。
各自部屋に戻り昼まで仮眠をとる事にした。
流石に久我も、双子も、夜通し戦った事で疲れを隠せなかったからだ。
『ミネルヴァ、聞きたい事あるんだけど…』
『…』
『おーい、女神〜』
『……』
――繋がらないな、ミネルヴァも寝てるのか?ま、あとでいいか…と、久我もすぐさま泥のように眠りについた。
――――――――
「やっぱりアレはアスカロンだったのね」
ミネルヴァは、ボードゲームの久我がスタートした地点と、正反対の場所に来ていた。
「私は私なりに、このボードゲームで戦ってるのよ」
そこにいたのは、もう1人の女神――
「久しぶりね、ブリジッダ」
――ブリジッダ・ジアースだった。
「創造神様が亡くなって以来ね。ミネルヴァ――アナタの召喚した彼も頑張ってるみたいじゃない」
「おかげさまでね。アスカロンの彼はアナタが召喚したって事で間違いない?」
「そうよ。私が授けたわ。でも、ミネルヴァとは目的が違うけどね」
「目的が違う?どう言う事?」
「全てを話すつもりはないわ…今はね」
顔を背けながら話すブリジッダと、ミネルヴァの視線は交わらない――意図的に目を合わせないようにしているようだ。
「…今は…か。ならいつか話して貰えるって事でいいのね」
「…そうね」
気まずい沈黙が流れる――ミネルヴァは不思議に思っていた。仲が悪かったわけじゃない。むしろ仲は良かった――姉妹のように育ったのだから。
今のブリジッダの態度には違和感しか感じない。
でも今はきっと話してくれはしないのだろう。
「──わかったわ。お互いクリア目指して頑張りましょう。ゲームはまだ、始まったばかりなのだから」
そう告げて、ミネルヴァは自分のスタート地点がある方に歩き出す。
「ミネルヴァ……」
そう呟き、そのミネルヴァの後ろ姿を、見えなくなるまで見つめていた。




