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夜襲2──防衛戦

 その黒く長い列は、大きな一匹の蛇のように、うねりながらメイの村に一直線に伸びていた。

 そしてその蛇の先では、多くの冒険者達がすでに防衛戦を始めていた――そう、防衛戦なのだ。

 少数のトロールが散発的に見かけられる程度と、高を括って、完全に油断していた所を、虚を突かれた形だ。

 殲滅戦ではない――これは最初から防衛戦なのである。



 久我たちは、黒く太い蛇――トロールの群れと、出来るだけ交戦しないように、メイの村へと急いだ。

 刃を交えるのは、列からはみ出し襲いかかってくるトロールだけだ。素早く倒し先を急ぐ。


 マリルとリリルの双子と、久我ではスピードに圧倒的に差がある――その事に久我も、歯痒く思い悩んでいた。


 ──マリル、リリルと離れ、先にメイの村に俺だけ向かうという選択肢もある――だが、その選択はマリルとリリルを危険に晒す事に他ならない。

 久我が2人と離れた後、トロールが2人に狙いを定めない保証など、どこにもないのだから――2人は強い。少々の魔物なら相手にもならないだろう。

 ましてやトロールなぞ、2人から見たら雑魚も同然だ――だが、物量に差がありすぎる。

 いずれ数で押し切られる可能性が高い。


 ───2人は置いていけない。


 ならいっそ、ここで列の横っ腹をぶち抜いてやろうか――2人の協力な魔法と、俺の力を合わせれば群れを分断は出来るだろう…ただ、後続がどれくらい居るのか――全てを捌ききれるとも限らない。

 どうしたものか……


『今はまとまって先を急ぎなさい!』


 突然の女神からの指示だ。


『もっと村に近づいてから、2人の魔法で蛇の頭と首を分断なさい。空白地帯を作ってから、村に行って状況確認よ!列から離れて襲ってくる少数は、村の冒険者で各個撃破が最低条件よ』


 ───なるほど。頭を、俺たちと村の冒険者で挟撃して、ひと息つく間を作り出すわけか──のってやる!


「マリル!リリル!もう少し村に近づいたら、強力なやつを列の喉元に頼む!」


 久我は走りながら叫ぶと、双子はニヤッと笑ってから、元気良く返事を返す。そして何やら相談をはじめた。オリちゃんは気配を察知してマリルのリュックに飛び込んでいく。

 ――こんな状況なのに、すごい奴らだ。


 ──見えた!健闘はしているが、物量差に押され気味だ。


「マリル!リリル!派手に行け!!」


 2人は立ち止まり、呼吸を整える。そして杖を翳して

 詠唱を始める。

 ――普段は詠唱なんてしないのに、前回の海賊の時もだが、強力な魔法を使う時は詠唱するんだな…なんて思っていると、2人は詠唱を終わらせる。


「「紅蓮爆炎殺(ぐれんばくえんさつ)!」」


 ……いや、わかってたけども名前!また「殺」って入ってる。可愛い顔して、なんで凶悪な名前しか付けられないのか…。


『…凶悪ね…指示したのは私だけど』

 ミネルヴァがため息混じりにもらす。


 2本の杖から、それぞれ火矢が放たれ、その火矢は真っ直ぐトロールの群れの喉元に、左右に分かれて着弾する。

 そして着弾地点から、凄まじい炎を巻き上げながら反時計回りに走り出し、渦を描くように、その円を小さくしていく。


 ――ありゃ中にいるトロールは、たまったもんじゃないだろな。一瞬で黒コゲだ。


 極太の炎の渦の柱が高く高く燃え上がり、トロールの群れを分断した。後続も突如現れた炎の柱に、進軍を止めている。


「今の内に村に行くぞ!」


 久我は、バルムンクを鞘から抜きながら、全力で駆け出す。バルムンクの銀色の輝きが炎の赤に染められ、赤い閃光が、村を襲うトロールの背後から一筋の閃光となって伸びる。

 直後、村を襲っていたトロールの群れの一部に穴が空いた。そこをマリルとリリルも追って入ってくる。


「今の内に態勢を整えろ!怪我人は下がって治療しろ!村人も治療の手伝いに当たってくれ!」


 突然トロールの後ろから斬り込んで来た久我に、冒険者達は唖然としつつも、我に返ると口々に「助かった」「礼を言う」などと言い、戦線を立て直し始めた。


「マリル!リリル!重傷者の治療を手伝ってくれ!」


「わかった」「わかりました」


 返事をしながら、戦線の後ろに下がる。双子は中級レベルまでの回復魔法なら使えるらしいのだ。

 攻撃魔法といい、なんとも頼もしい奴らだ。


『来るわよ久我!今回の狙いは家畜や人攫いじゃないわね。明らかに冒険者狙い――じゃなきゃもっと散開してても良いはず』


 久我も同じ考えをしていた。ミネルヴァの指摘通りだ。

 一箇所から攻めてくるから守りやすいが、押し切られたら全滅もあり得る…ハナから家畜や人攫いが目的なら、縦列で来られるより横列で来られた方が、遥かに守りにくいからだ。

 とにかく今は押し切られないよう、一箇所の守りを固めるべきだ。


 やがて炎の柱がおさまり、トロールの群れがまた黒い蛇のように押し寄せてきた。


「来るぞ!!遠距離攻撃出来る奴は味方に当てるなよ!」


 久我の声に他の冒険者も武器を構える。そして方々から魔法と弓矢が放たれる。雨のようにトロールの群れに降り注ぐが、焼け石に水だ。魔法と矢の雨を、抜けてきたトロールが近接武器の冒険者達とぶつかる。


 久我も白銀に輝くバルムンクで、トロールの群れに斬撃を連続で放つ。

 ――今はまだ防衛線は保たれているが、この物量差では…冒険者達も疲弊して、戦線の維持が出来なくなってしまうだろう。マリルとリリルも戻さなくては…今はとにかく手数と火力が足りない。

 久我1人が圧倒していてもジリ貧だ…このままでは――。


「スーパールーキー!」


 すると戦線の外側から、槍イケメンことイケッサが、凄まじい勢いでトロールを細切れにしながら、こちらに走ってくる。

 そして抜かれそうな冒険者のフォローをしながらも、戦線を押し上げている。

 ──正直言って強い!冒険者になりたてとは思えない強さだ。

 尋常じゃない速さ、尋常じゃない膂力、尋常じゃない槍さばき、どれをとっても突き抜けている。

 そこらの冒険者じゃ束になっても敵わないだろう。

 そしてあの槍――僅かながら光っている。


『まさか…見た目は違うけど、アスカロン──?』


 ミネルヴァは、その僅かに光る槍に感じるものがあるみたいだ。だが、今はそれどころではない。いかに犠牲者を出さずに、このトロールの夜襲を乗り切るかだ。

 

「久我!外に散っていた敵は叩いてきた!だが、このままじゃジリ貧だ!お前達は根元を叩きに行け!それまでは俺が保たせる!」


 イケッサは久我達に、トロールの発生源を叩きに行けと叫ぶ。その声と同時に、マリルとリリルが前線に戻ってきた。


「お兄ちゃん!」

「村の人が治療は任せて、戻ってくれって!」

「今は少しでも戦力がいるだろうからって」


 ───久我は覚悟を決める。このトロールの群れを逆流して、その根元にある巣、もしくは発生源を叩きに行くことを。


「マリル!リリル!群れを逆流する!道は作れるか!?」

「余裕!」「任せてください!」


「お前達は魔法を撃ったら、ここでイケッサと一緒に周りのフォローをしながら、少しでも長く保たせろ!ヤバくなったらイケッサと一緒に後退しながら村を守れ!やれるか!?」


「だから余裕だっつーの!兄ちゃんこそ気をつけろよ!」

「お兄ちゃん、無理だけはしないでね!」


「イケッサ!2人を頼むぞ!」


 先程までの闘いぶりを見たからなのか、出会ったばかり、冒険者になりたての槍使いに、双子を預ける事を、何故か不安に思うことはなかった。


「それは構わんが、お前一人で行くのかよ!?」


「まぁな、全開のスピードに2人はついてこられない。ヤバくなったら離脱するさ」


 軽口を叩き、余裕だと言わんばかりの姿勢を見せる。

 そしてマリルとリリルに視線で合図をする。

 2人は俺の意思を汲むと、また詠唱に入る。

 かなり魔力を高めているのだろう――空気がヒリヒリとするようだ。

 そして2人は世界樹の短杖を翳す──。


「「疾風斬殺刃(しっぷうざんさつじん)!!」」


 ───お約束だけども、名前!本当にお前らの頭の中どうなってんの!?「ざんさつ」と「さつじん」て…2つの殺を合体さすなよ…。


 2人の放った、強力な風魔法は名前の通りに、凶悪な風の刃となってトロールの群れを、真っ二つに切り裂いた。


『…相変わらず凶悪な魔法ね…怖い子たちだわ』


「オイオイ、おチビちゃん達凄まじいな」

 女神と槍イケメンも呆れている。


 そして久我は魔法を追いかけるかのように、真っ二つに割れて出来た道に突っ込んで行った。

 右手に持つバルムンクで、トロールを斬り裂きながら白銀の閃光と化していく。

 側から見ていたのなら、暗闇の中蠢く黒い蛇を射抜く、光の矢のようだったろう。


 ──全開のスピードでバルムンクを振って進んで行く――あまりのスピードに視界が歪み狭まる。呼吸を忘れて限界まで加速していく。

 マリルとリリルの魔法も凄まじく、トロールの群れの、最後尾に届くかと思われる所まで、敵を切り裂き

 道を作り続けた。


『嘘…まさか転送魔法?』


 ミネルヴァが驚くのも無理はない。トロールの群れの最後尾には、使える者が居ないはずの、ロストマジックである、転送魔法の魔法陣が描かれ光を放っていたのだ。


 ───転送だと!?転送魔法は、ミネルヴァともう1人くらいしか、使えないんじゃなかったのかよ!

 てことは、もう1人の女神がトロールを転送してるって言うのか!?


『いえ…違う。私達の使う転送魔法じゃない!誰か…別の何者かが、トロールの巣から転送魔法でトロールを送り込んでるのよ!』


 ──黒幕説がビンゴかよ!


 ミネルヴァのその答えは、トロールを操る何者かの存在を証明していた。

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