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剣聖の願い

 

 ─────。


 不思議な感覚に目を覚ます。薄く開けた瞼の隙間から、白く眩しい光が眼球を貫き、眉間に皺をよせた。

 徐々に白い光に、目が慣れていく。

 開ききった瞳に映る光景は、まさに、


『白』


 ──白、一色であった。


 その視覚から飛び込んでくる情報に、思考が混乱する。

 何故なら、久我は自分がどこにいるのか、まるで理解出来ていなかったからだ。


 ──白い、とにかく白く何もない場所だった――その白さ故に、距離が全く掴めない。広いのか、狭いのか、高いのか、低いのか――どこまでも白いその空間は、平衡感覚すらも狂わせ、自分の立っている足元すら不安にさせる──。

 足の裏に、確かに地面はある。白一色で何もわからないが、その感触だけが、自分が立っている事を確認出来る、ただ一つの情報だった。


 白いだけの世界で、地面を確認し、立っているのだと――それだけが、久我の心の支えになる。


「──ここは、どこなんだ?」


 来た覚えも、見覚えもない場所だ。

 久我は自分が、何をしていたか、なぜこの白い世界にいるのか、必死に思い出していた。


 宿で、みんなで夕食を食べ、自室に戻ったところまでを思い出す。

 その後、昼のゴブリンジェネラルとの戦いで、死を覚悟した事、自分が驕っていた事、マリルとリリルも、個々で魔法を使う時は、普通の名前の魔法を使うんだな──とか、剣聖との邂逅を思い出し、思考を巡らせながら、眠りについた筈だ――そして、気がつけば、不思議な感覚に目を開けて、この白一色の空間――眠った後に、なにがあったのか、全く見当も付かずにいた。


『呼び出して、すまない』


 その声と同時に、白だけの空間に、雫が水面に落ちたように、波紋が広がった気がした。

 そして、その白だけの空間に頼りなく立つ、久我の目の前に、長く黒い髪を1つに縛った、1人の女性が立っていた。

 全てが白く染まるこの空間で、その黒く長い髪は、とても異質なものに感じられた。

 その黒髪を、少しだけ揺らしながら、女性は口を開く。


『私の名前は、マナ・ブラックリーバ。一応初めましてに…なるのかな?』


 ──!?バルムンクの前所持者の?…剣聖──。


 なら、ここはバルムンクの中なのか!? 


『半分、正解といったところだな』


 この白い空間は、バルムンクの中ではなく、普遍的無意識――いや、人間の集合的無意識と言うべきか――バルムンクのチカラを使い、久我の集合的無意識とチャンネルを合わせ、精神を同調させ、互いに認識し、会話の出来る場所を作っているらしいのだ。

 剣聖マナ・ブラックリーバが言うには、ここはバルムンクの中であり、久我の夢の奥底の無意識の中でもあり、どこでもない場所と言えるらしい。

 ――いや、場所など、何処でも良いのかもしれない。

 何故、剣聖はそこまでして久我の目の前に現れたのか――それが最優先確認事項だった。


「どうして──!?なんで──!?」


 疑問ばかりが浮かぶ。


『なに、お互いバルムンクの使い手なだけあって、君と私は相性がいいみたいだ……だから、君には私の声が聞こえていたはず。』


 ――たしかにバルムンクを、ミネルヴァから貰った時にも、声は聞こえた気がしたが…


 剣聖はやはり魂だけの存在となって、バルムンクに宿っていたらしい。

 わざわざ久我の目の前に現れてまで、何を伝えたいのか――


『頼みたい事がある──会いたい人がいるんだ…』


 魂だけの存在となった、剣聖と呼ばれた女性の、バルムンクの後継者の久我への願いとは…


『私には娘がいる。年の頃は――そうだな…あのミネルヴァと言う女神と同じくらい…24か5になっているだろう』


 その白一色の世界で、剣聖は語り続けた。

 邪神討伐の旅に出るために、4歳の娘を置いて、旅に出た事――それがどれだけ、苦渋の選択で、魂だけの存在となった今でも、あの時の娘の、泣き叫ぶ声が、心を締め続け、引き裂け続けているのだと。

 もちろん、娘の心も同様である事も理解していると。


『娘の名前はカナ…カナ・ブラックリーバだ。今何をしているのだろう…幸せになってくれてるといいが…』


 幼い頃は、剣聖の剣術の真似事をして、とてもヤンチャだったらしい。そんな娘の、行く末を案じる剣聖の顔は、とても柔らかく、どこにでもいる普通の母親の顔になっていた。


『娘に会いたいんだ…クガ、君の旅が終わった後でも、道中でも、偶然でも何でもいい──会いたいんだ』


 悲痛なまでの思い──久我は迷わず頷き、同意していた。


「絶対とは言えないかもしれない――でも、きっと会わせてみせる。会わせてあげたいと思う」


 剣聖は瞳を閉じると、久我の思いを噛み締めるように、


『──ありがとう。私も出来るだけ君に力を貸そう…と言っても、魂だけの私に、出来る事は限られているが…あまり期待はするな』


 少しイタズラっぽく剣聖は笑うと、


『そろそろ時間だ…全てを話している時間はない――説明なぞするまでもなく…君は運命に導かれ、時には翻弄されながらも、必ず悲願を成し遂げてくれるとら信じている。──カイモンズを頼むぞ、久我。そしてカナの事も――それから、今日の一撃は見事だったぞ』


 そう言うと、剣聖――マナ・ブラックリーバは、霞のように消えていった。

 と、同時に白いその空間は、久我を中心に圧縮を始め、全てが久我に収縮した瞬間──久我は、ベッドの上で目を覚ました。


「──夢──だったのか!?」


 不思議な経験だった。剣聖の魂と同調したせいなのか、心は何故か少し寂しく、そして少しだけ暖かい、矛盾した気持ちになっていた。


 ベッド脇に立て掛けられていた、バルムンクに目をやると、ほんの少しだけ、鈍く淡く、ぼんやりと光を放った気がした。


「任せといてくれ…必ず娘さんに会わせてやるから。剣聖のお墨付きだしな」


 そう言って、バルムンクに少し触れ、気持ちを伝える。

 もう何の反応もしない神剣に、それでも伝わっただろうと確信し、俺は朝日の昇ったばかりの、外を眺め、あの白い空間の出来事を、思い出していた。


 人の往来の増えていく、通りをしばらく眺めていると、不意に、部屋のドアをノックする音がする。


「お兄ちゃん、起きてますか?」

「兄ちゃん、朝飯食いに行こうぜ〜」

「ピーッ」


 今日は、朝食に誘ってくれるのか――自然に笑みがこぼれ久我はドアに向かって歩き出した。


「今行くから待ってろ」


 その手に、神剣バルムンクを携えながら――

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