奇襲
俺たちは主人のいなくなった馬車を引いて、ローランの町に着いた。
街道の宿場町という感じで、港町であったアクルスとは違い、活気に溢れた感じではなかった。
『…町全体が重苦しい雰囲気に包まれてるわね』
確かにミネルヴァの言う通り、町人と思しき人達は、誰もが伏し目がちだ…その暗い雰囲気が、馬車の主人たちを誰1人救えなかった俺の無力感と重なって、より暗く感じてしまう。
――マリルとリリル、そしてオリちゃんまでもが、そんな空気を読んだのか、俺に話しかけない様にしている……こんな子供達に気を遣わせてちゃダメだな。
「ごめん…もう大丈夫だから」
2人はその言葉にホッと息を吐く。
「兄ちゃんが元気ないと調子が出ないぜ」
「お兄ちゃん…無理しないでね」
子供の優しさに視界が滲む。
それを誤魔化すように、冒険者ギルドへ急ぐ。
冒険者ギルドへと着いた俺たちは、外に馬を繋ぎ中にはいる。ギルドの中だけは、外の重苦しい雰囲氣とは違い多少の活気が感じられた。
受注カウンターの女性職員に、森の街道でゴブリンの群れに馬車が襲われていた事、馬車の一行は全滅でその場に弔い、荷物と馬車は無事で、ギルド前に繋いである事、ゴブリンの群れは討伐した事を伝えた。
すると、ゴブリンの群れの討伐依頼が出ていたらしく、事後報告でも依頼達成になるからと、ギルドカードの提出を求められた。双子もEランクの冒険者らしく一緒にギルドカードを職員に渡す。
例のごとくカードにスタンプの魔導具が押され、達成報酬の銀貨9枚が支払われた。
――馬車の一行の誰も救えなかったのだから、報酬の受け取りは固辞したのだが認められず、受け取らされてしまった。
護衛依頼を受けていたのではなく、あくまでもゴブリンの討伐報酬だからだそうだ。
報酬を渋々受け取り、依頼が貼り付けてあるクエストボードで3人で情報を集める。
――やはりゴブリン関係とトロール関係の護衛依頼や討伐依頼が多い。
ゴブリンやトロールは、漫画やアニメ同様にタチが悪いらしく、家畜が襲われたり、女性を攫っていく事が多いらしい。
──俺が全滅させてやる…そう心で呟いていると.ギルドの中を驚きと賞賛の声が埋め尽くした。
──何事だ?そう思っていると、マリルが話を聞いてきたらしく、詳細を教えてくれた。
「あそこにいる槍を持った人がそうみたい」
そう言って見た先には、確かに槍を持って、窓口で頭を掻いているイケメン冒険者がいた。
マリルが言うには、あの槍イケメンは冒険者登録初日の今日に、ヴェノムトレントと言う危険な魔物を討伐したらしく、Fランクから2ランクアップしてDランクに昇格したらしいのだ。
──何処かで聞いた話だな。
「お兄ちゃんと一緒だね」「初日に2ランクアップはやべぇわ」
うん!?槍イケメンが窓口の女と一緒に俺の方を見て何か話している。
──うわっ!?コッチ来た!?
何故か槍イケメンが近づいてくる。
「よう!聞いたぜ!オマエも初日に2ランクアップした、期待の冒険者なんだってな。」
……何故知っている。
理由はこうだ。冒険者ギルドの情報は、即座に共有さるらしく、俺がさっきギルドカードを提出した時に、職員には気付かれていたらしい。
それで同じ初日2ランクアップした、槍イケメンに俺の事を教えたらしい。
…この世界の個人情報の取り扱いはどうなってるんだよ!?ったく…
「兄ちゃんはスゲエんだぜ」「そうです。お兄ちゃんのが凄いです!」
――コラコラ双子や…そんなよく知りもしない、他人と張り合ってはいけません。
ただでさえ、俺の話を聞いただけで、馴れ馴れしく話しかけくる奴なんて、怪しすぎるのだから。
「お互いスーパールーキー同士、何かあったら協力しようぜ。」
すごい爽やかな笑顔だな───だが断る!
「俺の名前はイケッサ。またどこかで会ったらよろしくな」
「…クガです。もう会わないと思いますけどね」
そう言うとダサい名前の、槍イケメンことイケッサと名乗る人物は去っていった。
『…あの槍…見たことがある気がする…』
なんだ!?ミネルヴァめ…不穏なこと言いやがって。
「しかしダサい名前の兄ちゃんだったな、イケメンなのに」
「マリルそんな事言っちゃダメ。好きであの名前に生まれたんじゃないんだから」
──リリルもたいがいヒドイ事言ってるぞ。
てか、オマエらはネーミングセンスについては、人の事一切バカに出来ないからな。
とりあえず魔物の巣ってのは、ゴブリンかトロール、もしくは両方で間違いなさそうだ。
この町を拠点に動くとなると、宿とらなくちゃだな。
俺たちはギルドを出て、近くの宿に部屋をとる。
トビウオ亭より少しだけ小さい宿だが、野宿じゃないだけで俺はいい。マリルとリリルも文句はないようだ。
「兄ちゃん、腹減った」
オマエはそればっかだな。オリちゃんもマリルに同意するように訴えてくる。たしかに昼飯時は過ぎてるし仕方ないか。
「じゃあ何か食べてから、森の中を探索するぞ」
──奴らは森にいた。きっと巣もそう遠くはない所にあるはずだ。
ギルド内に併設された、酒場兼食堂のような場所で食事をする。
「兄ちゃん、食べたらスグ探索するのか?」
「いや、窓口で魔物の巣の情報がないか聞いてからだな」
「クエストボード以外の情報が、あるかもですからね」
食事を終え、マリルとオリちゃんは、クエストボードをもう一度チェックに行ってもらい、リリルと俺で窓口に向かう。
職員に、魔物の巣の情報はないか聞く。すると、小規模ながら、俺たちが転送された付近に、ゴブリンの巣が発見されたと報告が入ったらしい。
ギルド発注の依頼を、出すところだったみたいだ。
Cランクの依頼だから、Dランクの俺でも受注できる。
すぐさまマリルを呼び、3人のギルドカードを提出して受注する。
「タイミングが良かったですね」
「まぁ、依頼って形じゃなくても、いいんだけどね」
被害者が増える前に、殲滅出来ればいいのだから──そうは言っても、報酬がある方が良いんだけどね。
ギルドを出て、ローランの町を出る。転送された辺りの森を、奇襲を受けないように、警戒しながら探索をする。
『久我、さっきは言わなかったんだけど、ダークゴブリンが群れにいたのは、おかしいわ』
何がおかしいのか訊くと、本来ダークゴブリンは、ゴブリン族の中でも上位の存在らしい。
つまり、命令する側の立場らしいのだ。そのダークゴブリンが斥候部隊、もしくは外で人を襲ったり、家畜を攫ったりする実働部隊にいる事が、おかしいらしい。
──つまり、さらに上位の個体がいる事になるのか!?
『その可能性が高い。十分に気をつけて』
ミネルヴァからの情報をマリルとリリルにも伝える。
その情報に、2人の杖を持つ手に力が入るのがわかった。
それから森を、奥に10分程進んだところに、ゴブリンの巣があるのを、俺たちは遠目に捉えていた。
そこは洞窟になっており、入口の前に門番のゴブリンが数匹、さらに出入りして作業をするゴブリンが数匹目視出来た。
「小規模って聞いてたけど、結構いそうだな…」
「そりゃそうだよ兄ちゃん」
「ゴブリンは小規模の群れでも、100匹は下らないです」
――そんなにいるのか…洞窟なんだから、強い魔法をドカンとぶち込んでやったら、一撃なんじゃないか!?
その提案は即座に却下された。
攫われた女性が、洞窟内に監禁されている可能性を捨てきれないからだ。
とりあえず作戦会議だ。
俺は魔物に詳しくない…異世界人だからな。
だからマリルとリリルを中心に作戦を立てる。それを補完するように、ミネルヴァから念話が入り、俺が通訳をする。
洞窟内では、強力過ぎる魔法は、崩落の危険があるから使えない。外にいるゴブリンを遠距離から、マリルとリリルの魔法で仕留め、俺が突入。双子がそれを追って援護する事に決まった。つまり奇襲をかける。
──これ作戦でも何でもなくね!?結局、出たとこ勝負じゃんか…
俺が1人不満を抱いてるのに、双子は気付かず、自分達の立てた作戦に、満足そうだ。
『久我は強いんだから、大丈夫!ほら、突入なさい』
……この野郎。
仕方ない。木の陰に隠れながら、各自持ち場につく。
巣に一番近い木の陰におれ。
少し後ろの左にマリル、右にリリル。オリちゃんはマリルのリュックの中に退避している。
マリルとリリルに、ジェスチャーで攻撃開始の合図を送る。
すると、マリルとリリルは別々に風魔法を使い、かまいたちのような風の刃で、マリルは門番を、リリルは出入りしているゴブリンを、音もなく始末した。
それを合図に俺は木陰を飛び出す──ここはスピードが肝心だ。気付かれて敵が集中する前に、どれだけ叩けるかが作戦の要だ。
洞窟の中に、バルムンクの銀色の輝きが、一筋の光となって伸びる。
ハナから全速全開だ。視界に飛び込んでくる、驚愕の表情をして、なんら対応出来ないゴブリンやハイゴブリン、さらには即座に武器に手を伸ばした、ダークゴブリンを斬り捨てていく。
それを追うように、マリルとリリルが突入してきた。
俺がトドメを刺し損ねた奴に、魔法を打ち込んでいく。
後方警戒はマリルのリュックから覗く、オリちゃんの仕事だ。
俺は勢いを殺さずに、奥を目指して斬り続ける。
『久我、一先ず奇襲は成功!だけど戦線が延び過ぎてる。双子が追いつけてないわ』
その言葉に、スピードを落とし双子を待ちながら、その場で群がるゴブリン共を斬り続ける。
─────!!暗闇を切り裂いて、奥から魔法の火矢が放たれた。
「――!捌ききれねぇ」
バルムンクで無数の火矢を捌いたが、何発か直接した。
「チッ!」
舌打ちしたのはいいが、熱さを感じない。ダメージも、少々直撃の衝撃があっただけだ。
『飛竜のマントの耐熱性に感謝なさい。つまりは私に感謝なさい』
──飛竜の加護か!?俺は素直に、
『サンキュー、ミネルヴァ!』と叫ぶ。
『──!調子狂うわね。でも今は奥にいるゴブリンメイジを何とかなさい』
ミネルヴァの念話と共に、双子が追いついてきた。
「お兄ちゃん!」
「奥にゴブリンメイジがいる!」
「アイツらは俺たちに任せて突っ込め!」
双子の言葉を信じ、また走り出す。その俺を追い抜くように氷の礫が散弾の様に弾け飛ぶ。
一声の断末魔すらあげられずに、ゴブリンメイジが崩れ落ちる。それを横目に通り過ぎると、ソイツはそこにいた。
『──ゴブリンジェネラルよ──』
ゴブリンとは思えぬ巨躯に、その手には魔物に見合わぬ斬馬刀。
一目でコイツが群れのボスだと、そう感じずにはいられない存在感を放っていた。