第2の指示
今日は2回目のルーレットを回す日だ。
目覚めてすぐにソレを考える。
マリルとリリルとオリちゃんが仲間になってくれた事で、責任感が増す。
──出来るだけあの子達を危険な目に合わせたくない…だがあの子達も覚悟を決めて俺について来た。
その覚悟を無下にして、安全な神界で待ってろなんて俺には言えない。
……今日のマス目はどんな指示をしてくるのやら…危険が少ない指示だといいな。
そんな事を考えながら、身支度を整える。
――どうせあの双子の事だ。先にダイニングルームで食事を始めているのだろう。
部屋のドアを開け、廊下へと一歩足を踏み出す。そして部屋に振り返り、次はいつ、この部屋に帰ってこられるのか…全員でまた帰ってこられるのか…そんな不安を押し込める様に、俺はドアを閉じた。
廊下を進み、ダイニングルームのドアを開ける。
――やっぱり2人は先に食べ始めてる。
「おはよ兄ちゃん相変わらず遅いな」
「おはよう…お兄ちゃん…」
「ピーッ」
毎度毎度…起こしてくれたっていいじゃないか…
「ボサッとしてないで久我も早く食べなさい」
ミネルヴァに促され席に着く。
双子は次のルーレットの事など、まるで気にもしてない様に元気に食事中だ。
――疑惑のスライム、オリちゃんはリリルの膝の上で、こちらも食事中。
その光景を見ながら、微かに微笑むミネルヴァも静かに食事をしている。
じゃあ俺もいただきますかね。バスケットに入ったパンに手を伸ばし、スープに浸しながら口に運ぶ。あまり行儀が良くないが、朝はこの食べ方が食べやすい。
食べながら双子に、俺とミネルヴァは念話で会話が出来ること、ボードゲームのルール、転送は人目のないところに跳ばされる事を説明する。
「転送魔法も結構不便なんだな」
マリルが愚痴ると、
「ロストマジックなんだから仕方ないでしょ!?」とリリルが呆れながらつっこむ。
「ごめんね。ボードゲームから転送する時も、魔力は私の魔力を使うんだけど、ボードゲームがオートで転送してるから、私の方で調整が出来ないのよ。帰りは私が魔法を使ってるから、問題ないのだけど」
それは仕方のない事だよな。ボードゲームの指示した場所が、アクルスみたいにハッキリした場所を指示に出してくるか、わからないのだし。
──食事を終え、各自個室に荷物を取りに戻る。そして、ボードゲームのある、あの途方もなく広い部屋に集合する。
「揃ったわね、準備はいい?」
全員前回のマス目に立ち、準備が整った事を伝える。
すると、ミネルヴァが、例の人◯生ゲームで使うようなルーレットをいつのまにか手にしている。
「なんか緊張すんな」「ドギドキしてきました」
双子もソワソワしている。
俺が目で合図すると、ミネルヴァが一息でそのルーレットを回した。
1から10の数字が目で追えないスピードで回る。パタタタタタと小気味良い音だけが響く。
――少しの間、早く回り続けたルーレットが徐々にスピードを落としていく。
パタパタ…パタ…パタ……
[6]
「6か〜、どんな指示出るんだろな」
「緊張しますね」
そんな2人に、
「数字なんて関係ないよ多分。俺の勘では数字は関係ない」
そうルーレットを否定する発言に、ミネルヴァは何も言葉を発しない。
「さ、6マス進むぞ〜」
俺たちは、双子が数を数えながら進むのに合わせてマス目を移動した。
すると前回と同じようにマス目が、淡く光りだして文字が浮かびあがる。
[魔物の巣を殲滅せよ]
──!なんかおっかないの出たな…出来るだけ双子を危険に晒したくないのに…場所の指定は!?
「なぁミネルヴァ…これ場所の指定ないけど、何処の事なんだ!?」
「……さあ?何処なんでしょうね」
オイィィ、やっぱりかぁ…これ下手したら何箇所も叩かなきゃいかんのかな…
双子もそのザックリとしたボードゲームの指示に無言になっていた。
マス目に更に強く光りだして、魔法陣が浮かび上がる。転送が始まったのだ。
「全員無事に帰って来なさい。これは神からの命令よ」
双子が頷き、「行ってくる」と俺が言った瞬間に、俺たちの身体は転送魔法の光に包み込まれていた。
刹那の浮遊感───光が消え眩しさがなくなると、俺たちはどこかの森の中に転送されていた。
「着いたな。まずはここが何処なのか?からだな。」
「相変わらずスゲェは転送魔法」
「そんな事よりお兄ちゃんが言うように、状況の把握からだよ」
オリちゃんを抱き抱えたリリルがマリルを諭す。――双子でも頭の出来は違うな…マリルの肝が座ってるともとれるけど。
「うわぁぁああぁぁ!!」
───!!!悲鳴!?
俺たちは悲鳴の聞こえた方角に走り出す。
木々の合間を縫うように走り抜けると森の中の街道に出る。その街道沿いの少し森のひらけた場所で、魔物の群れが馬車を襲っていた。
──間に合え!
走りながらバルムンクを抜き、さながら走り幅跳びの様に跳躍する。魔物の群れを飛び越えて、襲われていた馬車との間に、馬車を背にして立つ。
突然現れた人間に魔物の群れは、一瞬驚いてから警戒態勢に入る。
その手には短剣や手斧など様々な武器が握られている。弓矢を持っている奴までいる。
『ゴブリンとハイゴブリンの混成の群れだわ!個々は弱いけど数が多くから気をつけて!』
ミネルヴァの念話と共にまわりを見渡す。
……すでに数人犠牲になっている。
遅れて双子が追いついてきた。
「数が多い!2人は離れて戦うなよ!それと弓矢を持ってる奴から叩いてくれ!オリは危ないから隠れてろ!」
俺はそう叫びながら、近くににじり寄ってきたゴブリンを数匹手早く斬り殺す。
マリルとリリルは、敢えて2人で魔法を唱えずに個々で魔法を放っている。
……世界樹の杖の試し撃ちじゃないよな……
マリルは風の魔法で数匹まとめて首を飛ばす。
リリルは土の魔法で数匹まとめて押し潰す。
──相変わらず、可愛い顔に似合わずエグい殺し方をする…アイツら怖い。
圧倒的に物量では負けていたが、個々の戦力では此方が圧倒している――みるみる数を減らすゴブリンの群れ。
馬車の周りのゴブリンをほぼ制圧した時、
『久我!後ろよ!』
ミネルヴァが叫んで、俺は振り返ると馬車の中から、血に濡れたロングソードを持った、一回り大きいリーダー格っぽいゴブリンが出てきた。
『ダークゴブリン!?』
――俺は間に合わなかったのか…その喪失感と原因を作ったゴブリン共に対する怒りが、ごちゃ混ぜになって俺の心を支配する。そうか…コイツはダークゴブリンと言うのか…
───殺す。
振り下ろされたロングソードをバルムンクで往なす。
その動作と同時に、バルムンクをソレの腹に突き刺し、そのまま頭のてっぺんまで斬りあげ、バルムンクに付いた血を振るって払い、鞘に納める。
そしてもはや半分ずつの肉塊となったゴブリンに向けて手のひらをかざし、魔力を集める。
燃え尽きろや…「ファイア」その言葉と共にその死体は激しく燃え上がり、肉の焼けるニオイを撒き散らしいた。
リリルとマリルも無傷で戦闘を終わらせて、俺の元に走ってくる。
「生存者を探そう…」
そんなものはとうに居ないと分かっていたが、俺たちは近辺を探して回った。見つけたのは無残にも殺された人達の亡骸だけだった…
俺がもっと早く着いていれば、誰かは助けられたかもしれない…なぜもっと早く走らなかった…俺ならそれが出来たはずなのに…膝立ちになり茫然自失となる…
「兄ちゃん」「お兄ちゃんのせいじゃないですよ…」
『リリルの言う通りよ…久我は出来るだけのことはしたわ』
──出来るだけの事をした!?
ボードゲームの指示が、魔物の巣を殲滅せよなんだから、魔物が大量にいる場所付近に飛ばされるのは、わかってたんだ…悲鳴を聞いてもっと素早く行動に移せていれば…クソッ!
不甲斐ない自分を恥じ、拳で地面を殴る。俺はまだどこか、ゲーム感覚だったんだと…これが現実で犠牲者が出る事なんて微塵も想定していなかった事に気付かされる。
『久我…後悔なら後でしなさい。先に…弔ってあげて…』
その言葉に力なく立ち上がり、犠牲者を弔うために動き出す。
マリルとリリルに土魔法で穴を掘ってもらい、犠牲者の亡骸を埋める。この世界では荼毘に付すより、土葬の方が一般的らしいからだ。
俺はその墓に誓う───必ず魔物の巣を殲滅すると。
その墓にミネルヴァの光魔法が降り注ぐ――これでこの墓の中の人達はアンデット化する事は無いとのことだ。
それを見届けてから俺たちは歩き出す。
ミネルヴァが言うには道沿いに進むと、村を少し大きくした位のローランと言う町があるらしい。
そこの冒険者ギルドで、魔物の情報収集と、ここで魔物の群れに襲われた人達がいることを報告するのと、主人が居なくなった馬車を届けるためだ。
俺たちは散乱した荷物を集めて馬車に乗せる。
そして馬を引いてローランの町を目指した。