リリルとマリル。双子の魔法
◇◇◇◇◇◇◇◇
「出せ!出せよ!」
──クソっ!やっぱり別行動なんてするんじゃなかった。俺たちは一緒にいないと戦えないのに…
「頼む!出してくれ!!」
そう何度も叫ぶ見た目の可愛いらしいハーフエルフは、檻の中で朝の自分の行動を後悔していた。
「ピィ…ピィ…ピピィ…」
「オマエも捕まったのか?珍しい色してるもんな」
そう言葉を掛けた相手は、檻の中の更に小さな檻に閉じ込められていたのは、コウモリの羽の様な形の翼を持ったピンク色のスライムだった。
「きっと妹が助けを呼んで来てくれる。そん時はオマエも助けてやるから、そんな心配そうな顔するなって」
「ピイ!」
話が通じたのか元気よく返事ををしてくれた。
――頼むぞリリル…
「出してくれ〜」
不安を押し隠す様に彼は叫び続けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
昼下がりの大通りを俺はリリルの兄の情報を集めるため港へと急いでいた。
早足で歩く俺の後を黒いローブを身に纏ったまだ幼いハーフエルフのリリルが駆け足で追いかけてくる。
『気の利かない男ね』
『やかましい』
だがミネルヴァの言う通りだ。少々気が急いたせいかリリルとの距離が開いていた。ここでリリルとはぐれては元も子もない。
──仕方ない。
「ほら、手を出して。リリルが迷子になっちゃ意味ないから」
そうやって手を差し出すと、小さなハーフエルフの少女は顔を赤くして、恥ずかしそうに一瞬躊躇ってから俺の手を掴んだ。
――小さい手だな。こんな小さな手の子が半身とまで言えるはずの双子の兄貴を攫われて、一人で頭を下げて回って助けを求めてたなんて…不安で蹲って泣いてたっておかしくないってのに…。
「絶対助けてやるから」
小さく呟くとリリルには聞こえたのか、涙ぐんで頷いた。
なるほど立派な港だ。無数にある漁船と、沖に停泊している外洋に出る為の大きな船のものだろうか…何艘もの艀が桟橋で荷物の積み下ろしをしていた。
「どの漁師が目撃したって?」
リリルは辺りを見回して
「あ、あの人達です!」
集まって網の補修をしている人達が目撃者の様だ。
「お仕事中にすいません」
俺が声をかけると、日に焼けた屈強な漁師達は訝しげに俺を見る。だが俺の陰に隠れる様に居たリリルをみつけると、すぐに話し出した。
「嬢ちゃん、助けは呼べたようだな。良かった心配してたんだ」
「はい、こちらの冒険者のクガさんが引き受けてくださって…」
「兄ちゃんやるじゃねぇか。本当なら俺たちが助けてやりたかったが、俺たちは戦えないからな…海に出る魔物ならまだしも海賊崩れ相手じゃどうにもならん」
──海の魔物より厄介てことか?
「犯人に心当たりがある様ですね?」
「ああ、ここらで海賊の真似事をしてる厄介な奴らさ。ならず者の集まりで数も多い。憲兵達も手を焼いてる連中だ」
「何処にいるか分かります?」
「あそこの崖の裏が小さな入江になってて、そこに洞窟があるんだが、そこが奴らの根城になってる。だが舟で近づこうものなら無事じゃ済まないぞ」
そう言って漁師が指差した入江は高い崖に囲まれた小さな入江になっていた。
――となると侵入経路は一つか…
俺は漁師に礼を言いリリルの手を引いて、入江の崖の上へ急いだ。
「クガさんこの崖からは無理ですよ。高すぎます」
──いや、勝算はある。奇襲をかけるにはこれしかない。
『ミネルヴァ!本当にこのマント大丈夫なんだよな?この高さイケるか!?』
『大丈夫よ。飛び降り自殺は出来ないって言ったでしょ?』
『リリル抱えててもか!?』
『当然』
──覚悟を決めるか──
「リリル、しっかり掴まれよ」
「キャッ」
腹を括った俺は徐にリリルを抱き上げると、一思いに崖から飛び降りた。
「南無三!」
「キャーーー!」
──!
────!
重力に任せ凄まじい勢いで加速をしながら落下を続ける。
見る見る地面が近づく!
――これ死んだんじゃね!?
そう思った瞬間、ただ風圧にたなびいていた飛竜のマントが一瞬光ったかと思うと、突然の浮遊感――空気のクッションに飛び込んだかの様な、風が下から持ち上げてくれた様な不思議な感覚に包まれ、リリルを抱えた俺はスタッと静かに着地していた。
――飛竜の加護スゲェ!まるでイスから飛び降りた位の衝撃しかなかったよ
「こ、怖かった…死ぬかと思いました」
「それは俺のセリフでもあるのさ」
「!?」
『私は大丈夫って言ったけど!?それより気をつけない。気づかれたわよ』
言われて洞窟に目をやると中から、誘拐犯達がワラワラと出てきた。
「オイ兄ちゃん達。どっから入り込みやがった」
ガラの悪そうなならず者達が各々武器を構えながら俺たちを囲む。
「ちょっと空から舞い降りただけだぞ」
「殺されてえのか小僧!」
「オイ、そっちの嬢ちゃんはさ昼前に攫ってきたハーフエルフと同じ顔してるな。…双子か…これはツイてるぜ」
「双子セットなら高く売れるぜ〜ケヒャヒャ」
不気味に笑いながら、皮算用してる様だ。
「リリル…俺から離れるなよ」
震える小さな手で、マントをギュッと掴む。
――よし、やるか。だが人はまだ斬ったことないし、出来るなら殺人は犯したくない。甘いかもしれないが日本人として、そう道徳を教えられて育ってきたのだから。
俺はバルムンクを鞘から抜かず納刀したまま腰から外した。
片刃の日本刀と違って両刃のバルムンクは峰打ちが出来ないんだよね。鞘でぶっ叩いてやらぁ。
「小僧が一丁前に御大層な剣持ってるじゃねえか。ソイツもいただいて金に変えさせてもらうぜ」
そう言いながら一斉にならず者達が襲いかかってきた。
──躱すとリリルに当たっちゃうかもだから全て打ち返すか。
カトラスや手斧で切りかかってくる男達を、武器を弾いては納刀したままのバルムンクで殴り、弾いては突き弾いてはぶっ叩き、数を物ともせずならず者達を返り討ちにしてやった。
「弱い…弱すぎんぞオッサンども」
「スゴイ…」
目を丸くして驚くリリルを尻目にまだ意識がある男はもう一発ずつ打ち込んで気絶させていった。
『やっぱ、剣聖の魂のおかげなのかね〜?圧倒的じゃない』
「剣聖マナ・ブラックリーバさんありがとう」
そうバルムンクに向けて呟く。
バルムンクが鈍く光った気がしたが、気のせいだろう。
気絶したならず者達を小舟にあったロープで縛り上げる。コイツらは後で憲兵に突き出してやろう。
それよりもリリルの兄貴を探さなきゃ。
俺は再びリリルの手を引くと洞窟の中に歩みを進めた。
「…せ〜」
――なんか聞こえたな。
「出しやがれ〜!」
「マリル!!」
どうやら無事の様だ。
「リリルか!?ゴメン、俺がお前を待たずに港に行ったせいで…」
「ううん…無事で良かった」
うむ、感動の再会だね。
「さ、少し檻から離れて」
そう言って檻にバルムンクで一太刀浴びせる。
簡単に切られた檻からリリルと同じ顔をした紺色のローブを纏った男の子が出て来た。
――本当に男の子なのか?可愛すぎるだろうが。
「助けてくれてありがとう。俺はリリルの双子の兄のマリル・キルキス」
「俺はアキトシ・クガ。リリルの依頼を受けた冒険者だ。詳しい話は後にして先ずはここから脱出しよう」
「な、なぁ…コイツも連れて行っていいか?助けるって約束したんだ」
「ピイィィ」
そう言ったマリルの手にはピンクのスライムが入った小さな檻があった。
「逃すなりは後でしよう。とりあえず出るぞ。しっかりついて来な」
そうして俺とリリルマリル兄妹。そして謎のスライムは洞窟を出た。
だがそこには先ほどのならず者とは別の海賊の様な出で立ちをした男6人が待ち構えていた。
「何処に行こうってんだ?ああ?」
──コイツらが首謀者。この群れのリーダー格か。
また鞘でぶんなぐってやるか…と思っていたら
「クガさん…私達にやらせてもらえませんか?私怒ってるんです」
「そうだぜ兄ちゃん、ヤラレっぱなしは嫌だからな。2人揃った力を見せてやる」
「ガハハハ!ガキが一丁前に何言ってやがる」
──イヤイヤ、凄い魔力の高まりを感じるぞ。奴らは気付いてないのか?少し後ろに下がろう。
『物凄い魔力ねぇ、さすがはハーフエルフね』
ミネルヴァも驚くレベルか…ヨシ!
「スライムは俺に任せろ」
「ありがと兄ちゃん」
「行くよマリル」「おう。ここは海…水が豊富にあるからアレだな」「だね」
そう言って2人は高速詠唱を始める。そして詠唱が終わり2人の魔力が青く輝き出す。
「「喰らえ!水殺龍陣殺!!」」
――名前!魔法の名前!!お前ら可愛い顔してなんつぅ物騒な名前魔法に付けてるの!?殺って二回も付いてるよ!どんなネーミングセンスしてんだよ!
『スゴイ魔法ね〜名前は物騒過ぎだけど』
ミネルヴァも同意見のようだ。
2人から同時に放たれた魔力は海から水龍を模した大量の水を喚びだし、その水がまるで生きた龍の如くリーダー格の海賊もどき達を水の牢に閉じ込めた。
そしてそのまま圧し潰すかのように水が圧縮され、ゴムボールサイズになった水と元海賊崩れたちはそのまま圧縮を続け最後にはパシャッと音を立てて霧散した。
――ええぇぇえ?何コレ何コレ。この双子の魔法怖すぎる。アッサリ殺しちゃったし。可愛い顔して怖すぎる。
この辺は日本人との価値観の差か…
俺がスライムの入った檻を抱えて震えていると、海の方から心配した漁師達が漁船で迎えに来てくれた。
どうやら崖から飛び降りる俺とリリルを目撃して心配して来てくれたらしい。
漁師達の船に乗り込み俺たちは港に戻って行った。
ちなみにロープで縛り上げた奴らは、後から憲兵達に連行されたそうだ。