久我、はじめての依頼とハーフエルフの双子
ちょうど昼飯の時間帯に差し掛かる頃だ。
ギルドのある港へと続くアクルスの大通りの飲食店や屋台は、多くの人で賑わっていた。
ギルドで昼を食べようと思い、足早に人で賑わう大通りを進んでいたが、屋台の匂いに思わず腹が鳴る。
――くうぅぅ、良い匂いさせてんなぁ。
辺りを見回してどこで食べようかアタリをつける。
すると目についたのは、魚介の炭焼きの屋台がある店だ。
日本で言うところのカキやサザエなどが網の上で何とも言えない香りを漂わせている。
──よしアソコに決めた!
「オバチャン、1種類ずつちょうだい!」
「ありがとね〜。店の中で食べてく?」
どうやら、屋台のすぐ裏の店の中で食べる事も出来るようだ。
「じゃあそうさせてもらいます」
「じゃあ焼けたら中に持ってくから。この焼いた貝でとったスープの麺料理も一緒にどう?自慢の味だよ!」
愛想の良いオバチャンの営業に二つ返事で、その麺料理も頼む。通りに面した席に腰掛け、料理が運ばれてくるのを待つ。程なくして屋台のオバチャンが焼きたての貝を持ってきた。
「お待ちどうさま!麺はソレを食べ終わる頃でいいだろ?」
笑顔でうなづいて貝に手を伸ばす。
──アチチ、さすが焼きたてだ。
「ハハ、熱いから気をつけて。飲み物はエールでいいだろ?貝にも麺にも最高に合うよ!」
「いやぁ、まだ未成ね…」──いや待てよ…ここは日本ではない…念のために確認してみるか──
オバチャンに飲み物は後で頼むと告げてから、異世界ナビに繋ぐ
『ねぇミネルヴァ。こっちの成人て何才?』
『何よ。さっきは勝手に切っておいて都合のいい時だけ』
『ごめんごめん。謝るからさ』
『まぁいいわ…18歳で成人よ。飲酒も認められてるわ』
『サンキュ!じゃ』プツッ
一方的に念話を打ち切る。
──ヨッシャ〜!日本では違法でもココでは合法だ。いただくとしよう!
「オバチャーン!やっぱりエールちょうだーい」
「あいよー」
それを聞いていた店内にいた店員がすぐさま木の樽に入ったエールを運んできた。
――さて冷めないうちに食べるとしますか。
まだ少し熱い貝を一つ手に取りフォークで身をほじり、一口で頬張る。
「アツッ、アツッ、ハフハフ…うんま」
貝がまだ口の中にあるうちにエールを流し込む。
「ぷはぁ…うますぎ!」
塩気の効いた貝とよく冷えたエールの相性は最高だ。
次々と貝に手を伸ばしてはエールを飲む。
──はぁ〜幸せ。ミッションに対して何もやってないけど、こんな贅沢してていいんだろうか?
…いや、いいんです!いいって事にしておこう。食後に俺は本気出す。
テーブルの上が無くなるかという絶妙なタイミングで、この店自慢の麺料理が運ばれて来た。
──おお、鼻に湯気と共に吸い込まれる香りが素晴らしい。これは期待出来そうだ。
見た目はほぼフォーだ。黄金色を薄くした色のスープにフォーのような麺。それに香草が散らしてある。
スープをまず一口…うめぇ…貝のダシが効いてるわぁ…そして麺を啜る。麺はフォーと言うより食感はうどんに近いな。日本人の俺には堪らなく美味い。
あっという間に完食だ。
――ふぅ、腹一杯。この世界の食べものが口に合って良かった。食べ物合わないとキツイからなぁ。
さて、ギルドに向かいますか。
「お会計お願い。」
店員に頼むと、これだけ食べて銅貨5枚。うそ!?これが500円!?かなり食べて飲んだのに安いなぁ。この店が特別リーズナブルな店って事じゃないだろうに。
――日本の金銭感覚のままだと夢の様な世界なのかもな〜。
そう思いながら、支払いを済ませると、腹をさすりながらギルドに向けてようやく歩き出した。
――――――――
通りを腹ごなしに散歩がてら歩く。
『いくら成人してるとは言え昼間からお酒飲むとはイイ御身分ね』
『違法じゃないんだから別にいいだろ。』
『私としては早くパートナーを見つけて次に進んで欲しいんだけど』
『わかってるって急かすなよ。それよりミネルヴァは最初の印象と随分変わったよな』
『どの辺が変わったのよ?』
『初めは何処ぞの貴族や聖騎士様だよ!?みたいなお固い話し方だったのに…と思ってね』
『久我はバカなの?最初からこんな話し方してたら神様の威厳もヘッタクレもないじゃない。召喚した神として初めは真摯に対応してたのよ』
『…で。化けの皮が剥がれたと』
『違うわよ!久我とは無礼講って言ったでしょ!?それともずっとお固く話した方が良かったのかしら?』
『それはそれで疲れるから嫌だな』
『そらみなさい。お互いコッチのが楽でしょ』
そんなどうでも良さそうな話をしながらギルドに着くと、何やら午前中とは違って騒がしい雰囲気だ。
「だ〜か〜ら〜、さっきから言ってるだろう!?その成功報酬じゃ誰も依頼を受けてくれないって!」
なにやら女の子が冒険者に断られている。
「でもお金がないからこれだけしか払えないんです。誰か、誰かお兄ちゃんを助けて下さい!!お願いします!!」
――どうやら報酬が安すぎて誰も依頼を引き受けてくれないようだな。
…ふむ…窓口で話だけでも聞いてみるか。
俺は助けを求めて、あちこちの冒険者に頭を下げる少女を横目に、登録窓口に行き午前中に冒険者登録をしてくれた職員に話を聞いてみた。
「何があったんです?」
「あ、午前中の…クガ様でしたね」
すぐに俺だと気づくと事の顛末を教えてくれた。
「あの少女の双子のお兄さんがどうやらタチの悪い海賊崩れの連中に攫われてしまったみたいなんです。それで救出の依頼を発注にきたのですが、報酬が銅貨1枚しか払えないみたいで…」
なるほど…それで誰も引き受けてくれないと。
『珍しい、あの子ハーフエルフだわ』
突然ミネルヴァが念話で呟く。
『ハーフエルフってそんなに珍しいのか?』
『ええ、かなり珍しいわ。人とエルフだと子供が出来にくいってのもあるけど、寿命に差がありすぎて結婚することがまずないのよ』
──エルフは寿命が長いってよく聞く話だもんな。愛した人間が死んでからも何百年と独り残されて生きるのは寂しすぎるもんな――
『ハーフエルフは、エルフの長い寿命を持たない代わりに、物凄く魔力が高い人が多いのよ。つまり魔法が得意な種族ってわけ』
――魔法か…俺は初級魔法しか使えないしなぁ…
俺はふと思い立ち職員に尋ねた。
「その依頼って、Fランクの俺でも受けられますか?」
すると職員は少しだけ思案して、
「本来なら救出依頼はCランククエストになるのでDランク以上の冒険者のみですが、報酬も安いですしクガ様のステータスを見る限りでは大丈夫だと思います。確認して来ますので少々お待ちください」
職員はそう告げ、受注窓口の職員の所へ行き少し話し合った後で奥の方に消えていった。
ひとつ上のランクの依頼まで受けられるっぽいな。
そんな事を考えながら職員を待っている間も、例の少女は冒険者に頭を下げて回っている。
それを遠巻きに眺めていると、登録窓口の職員が戻ってきた。
「お待たせして申し訳ありません。上の者に確認して参りましたクガ様」
「どうでした?」
「許可が下りました。依頼を受けていただけます」
「じゃあ、やります」
「話は通してあるので受注窓口でギルドカードを提出してくだい」
職員に礼を言い受付窓口でギルドカードを渡す。
受け取った職員がカードに依頼書を重ね、スタンプの様な物を押すと、ギルドカードを返してきた。
あのスタンプみたいなのでギルドカードに何を受注してるか記録出来るみたいだな。アレも魔導具なのか?
――いや、今はそんなことよりあの子と話す事のが先決だな。
今も半ベソをかきながら頭を下げて回る少女の下に急いで向かう。
「その依頼、俺が引き受けたよ」
その一言に、驚いた顔をして振り返り、固まってしまった少女は、ハッと気付くと膝から崩れ落ちて、ポロポロ涙を流しながら頭を下げてきた。
「…ありがとう…ございます…」
必死に絞り出した感謝の言葉だ。
とりあえずこの子を落ち着かせて話を聞かないとだな。
「俺の名前はアキトシ・クガ。君のお兄ちゃんの救出依頼を引け受けたところだ。詳しい話を聞きたいから場所を移そうか」
俺は泣きやまない依頼主を連れて向かいのカフェに入った。
冷たい飲み物を2つ頼み話を始める。
「さて、まずは名前聞いていい?」
泣きすぎて目を真っ赤に腫らした少女は
「リリル。リリル・キルキスです。」
「リリルちゃんね。何があったか話してくれる?」
小さく頷き、少し間を置いてから涙を堪えて話し出す。
「双子の兄のマリルと2人で旅をしてて、今日の朝この町に着いたんです。」
――見た感じ12、3歳の子が2人だけで旅!?ワケありか?
「魔物もたくさんいるのに子供だけで良く旅なんて出来るね」
「あ…私達ハーフエルフで魔力がとても高いんです。だから魔法が得意で…」
――なるほど、ミネルヴァの言う通りか…
「それで町に着いて、私はお腹が空いてたし疲れてたから何か食べたかったんですけど、マリルはどうしても海と大きい船が見たいって言いまして…私達山育ちで海は初めてだったから…」
「うん。続けて」
「それで別行動しようってなって私は屋台で色々食べてから港に向かったんです。そしたら私を見た漁師さんが慌ててて、話を聞いたら私にソックリな子が海賊崩れに攫われたって騒ぎになってて…私達は二卵性双生児なんですけど見た目がソックリなんです。」
──このリリルに顔がソックリか。ご多聞に漏れずエルフの血が半分流れてるこの子はとても可愛らしい。
この子にソックリて事は女の子と間違えられたのか?
──?でも魔法が得意なら何で簡単に攫われたんだ?
「聞いていい?旅の道中の魔物が問題にならない程度には魔法が得意なんだよね?ならなんでお兄さんは簡単に攫われてしまったんだろう?」
するとリリルは少し俯いて恥ずかしそうにしながら、ゆっくりと口を開いた。
「私達…私達は一緒にいないと魔法が使えないんです」
「え!?」
「一緒に居たのなら、攫われることは無かったはずです」
「一緒に居ないと魔法使えないのに別行動したの!?知らない町で!?」
「…すいません。町に着いて安心しちゃってて…」
『バカなの?』
…俺にしか聴こえてないけどやめなさい。
でもミネルヴァの気持ちは良くわかる。そんな2人は別行動したらダメだよ〜。
「話はわかった。お兄さんを助けるためにも、まずは目撃者に話を聞きに行こう」
「よろしくお願いします」
――慌ててまた深々と頭を下げるリリルを見て、この子の悲しむ姿はもう見たくないと心底思い、リリルと共に誘拐現場の港へと急いだ。