ACT.85 須田良輔VSヴャルキリ
ミラー越しから後方を確認するが、後ろには何もいない…と思った瞬間、どこからともかくレクサスとクラウンが現れた
まるで透明な存在が浮かび上がるように
〈逃げるぞ日本人!速度さえだせば、チキンな日本のポリスなんざ簡単に撒けるさ!〉
レクサスとクラウンがこちらに接近したことに、こちらも法定速度を無視してアクセルをフルスロットルで逃げ出す
その考えが愚かだと、すぐに思い知らされた
ふと、ミラーを見ながら信じられない光景を見る、いや目が離せなかった…
レクサスとクラウンが変形し、まるでGTマシンのような形態になってこちらを猛追してきた
こちらがフルスロットルで逃げているのに関わらず、数秒で追いつかれる
「オイオイなんだよそれ!?」
レクサスとクラウンが監視役の銀のセダンを一気に囲むと、ワイヤーらしきものを射出して銀のセダンを破壊した
銀のセダンは原型を留めない形に、バンパー等の樹脂系パーツは粉々に、破片が飛び散り、タイヤとホイールが吹き飛び、オイルなどの液体が道路中にぶちまかれる
日本の高速機動隊がこんなことをする訳がない、日本の警察ではないのはわかった…そしてさっきの警告…それでようやく気付く
「こ、殺される!?」
理由も動機も考える暇がなく、体が反応する…高速道路を降りてレクサスとクラウンを撒く
本当に後先考えずの行動、生物的な逃亡本能だとだった。あの速度域で車が破壊されれば本当に命の保証がない
一般道に降りて束の間だった、再びオーディオから音声が流れる
〈盗難車の搭乗員に告ぐ、直ちに停車せよ。停車しない場合、実力行使を持って制圧する。これは脅しではない、停車しない場合の生命の保証はしない〉
姿を現したのはWRX…そして、例によってGTマシンのように変形する
何度かパトカーに止められたことはあったが、ここまで淡々と、そして冷徹な声で、停車命令を出すようなことは今までにない
ヴィシュヌの敵対組織なのか?もし大人しく捕まったらオレの命の保証があるのか?
否、莉々を救うまで捕まるわけにはいかない…逃げ切ればチャンスがあるはず、リスクを承知に一般道でフルスロットルで逃げる
これでも元走り屋だ、荒事の走りなら自信がある…それに、旧型とはインプレッサ、そしてさっきのレクサスとクラウンのような車であるなら、フルスロットルでもこちらを追いつくような大パワーなら、急なコーナリングを曲がり切れるわけがない
というか、公道で扱いきれるパワーじゃない
WRXとのカーチェイスが始まった途端、その考えが愚かだと言うのを思い知らされる
交差点を信号無視で何度も曲がり、WRXを己のドラテクで撒こうとするが…全く通用しなかった
ピッタリ、後ろを追従してくる…細い道をこっちはギリギリの速度で踏んでいるのに関わらず、どこまでも、どこまでも追いかけてくる
この辺りの一般道は、配送トラックのルートで走っていた為に熟知していて、ブレーキングタイミング、コーナリングもドンピシャで走っているのにWRXにはオレの走りが一切通用しない
WRXを操っているドライバーの実力か、WRXの性能なのか…おそらく、どちらもオレの方が劣っているのだろう
認めたくない現実に、思考も能力は鈍る。このシチュエーションで自分が走りで負けることなんて信じられない
そして、どうしても逃げないといけない必死さが、使命感が判断を鈍らせた
T字路に差し掛かると、真正面に同じタイプであろうGT-Rが待っていた
「2台目!?クッソ!?挟み撃ちかよ!?」
選択肢、通れる道は一つだけ、GT-Rを避けるように右折する
そして誘導されたと、曲がった先の光景を見て思い知らされる
3台目、今度はC-HRが進行を阻むように待ち構えていた、距離にして100メートルもない…このまま走れば接触する
そうなった場合こっちはただで済まない、道路脇にも逃げ道がない、後ろにも2台の車が待ち構えてる
取れる選択肢は一つ、止まる以外なかった
前後3台の車に囲まれる、前後のそれぞれの車から黒いスーツ姿を着た人間が降りてくる
後ろのWRXやGT-Rの運転席から降りてきたのは、明らかに未成年…というか高校生ぐらいじゃないかって、若いドライバーであった
どうしたものかと考える。迫ってくる3人に対してどうすればいいのか…思わず助手席をみると、この車を奪った際に使った工具一式から、カッターナイフを取り出す
WRXのドライバーは自分より背丈が低い女子だ、車の運転ならともかく、腕っぷしなら女子なんかに負けやしない
あの女子を人質にして、奴らの車を奪って何が何でも逃走する、そんな考えがまとまる
大きく息を吸う…落ち着け須田良輔…お前なら出来ると、自己暗示をかけるように…祈るように
丁度、女子が近づいてきた瞬間に、ドアを一気に開け掴みかかろうとする
距離は数メートル、カッターナイフが届く距離…
背景がひっくり返った…下が夜明けの空と太陽…上がアスファルト…鈍い衝撃が体を襲い…そして、意識がなくなった………
「…死んでないわよね?加奈?」
「まさか、そんなヘマはしないわよリィン」
インプレッサから降りてきた窃盗犯を迎撃で投げ飛ばして、気を失わせた
カッターナイフによる凶器で、私を判断に襲いかかった判断は正しく、理性のある判断だった故に誘導出来た
この3人の中で最も小柄かつ女性、それが一番に近づいてくれば確実に襲いかかる選択肢が出来るのは予測できた
窃盗犯の誤算は、私が近接戦闘のプロフェッショナルであることだっただろう
「リィンの言う通り、やはり日本人か…銀のセダンに乗っていた連中は外人だったのよね?」
「ええ、確保した隊長達の話だとね。銀のセダンはやっぱり監視役だったらしいわ。詳しい話は拠点でじっくり聞くけど」
「監視役か…」
窃盗犯の襲いかかった時の表情に何か引っ掛かりを感じていた。あの必死さは一体何だろうっと…
いやまあ、銀のセダンが粉々に破壊されてる光景を見れば、殺されるかもしれないという、恐怖はあっただろうけど
徹也であれば、心理を読み取ることが出来ただろうが…
「…ところで、何やってんのよ神也」
気絶している窃盗犯の上着を脱がしていた神也
「この男、やっぱり手酷い暴行を受けていたようだな。この体中の痣を見ろよ、今さっき着いたような痕じゃない」
神也が窃盗犯の上半身を脱がすと、体中に酷く痣があった
「よく気づいたわね神也」
「なまじ眼がいいからな…動きと体の動作さえ見ればな」
「動きって…今のホンの一瞬よね神也?」
リィンが驚くのも無理がないが、神也の未来を視る眼は、動体視力と知識があって成り立つ。身体の僅かな動きや動作から、どういう状態なのかぐらいは見抜けるのだろう
「よくこの身体で動いていたもんだ、ほとんど満身創痍みたいなものじゃないか?」
「大方、暴力で脅されていた…って所かしら、とりあえず、彼を治療も含め、事情聴取しないとね」
「すぐに警察に引き渡さないのねリィン」
「そうね、奴らがどういう組織ぐらいは私達も知りたいところだからね。場合によっては、組織の摘発も、特務機動隊でやらないといけないかも知れないし…」
今後の事を話していると、隊長から通信が入る
〈そっちは確保成功したようだなリィン〉
「ええ、とりあえずの身柄は私達、特務機動隊でいいのよね隊長?」
〈ああ、後始末地元警察に任せる。それより奴らから情報を聞き出せたぞ、奴ら、とんでもない組織に属していたようだ〉
「組織?一体どこの?」
〈リィンなら聞いたことぐらいならあるじゃないか?奴らは”ヴィシュヌ”だ〉
”ヴィシュヌ”…神也と私には聞いたことにないた単語であったが、リィンはなにか知っているような反応、驚いていた
「アラブ系の犯罪組織であるヴィシュヌが日本来ているなんて…公安の情報にもなかったわよ?」
〈どうにも、きな臭い…可能な限り確保した犯人達から情報を得れればいいんだがな。ハッタリでヴィシュヌの名前を出すのも少し考えづらい、これまで奴らは自動車窃盗を行っていたという情報はオレも知らない〉
「どこかの海外のギャングかマフィア、反社会組織だと思ったけど…よりによってか、どっちの管轄で事件を任せるか揉めそうね」
〈そうだな、難しい話は御免だな〉
隊長とリィンの指示の元、窃盗犯の日本人男性と外国人2名を特務機動隊の拠点に搬送することになった
高速道路で確保していた外国人2名は、抵抗していたらしいが、隊長と島田によってあっけなく鎮圧され、意識を失ったまま拘束、搬送されていた
相手が悪かったとしか言えない
高速道路で拠点で戻ってる最中
〈加奈、窃盗実行犯であるアイツ…どう思う?〉
「どうしたのよ神也、プライベート回線なんて…なにか気がかりかしら?」
〈まあな…なんというか、オレと似たような雰囲気というか、信念を奴から感じて…な。直接手をかけた加奈はどう見えた?〉
神也も、私と同じことを気になっていたようだ。アレは普通ではない
「…せめて徹也がいればねぇ…アイツなら、心情と心理を読み解けるんだろうけど」
〈確かに、兄さんなら名探偵になれそうなものだ…〉




