ACT.84 須田良輔の事情
奴らと関わるようになったのは、一ヵ月前だった
唐突に現れた彼らは、須田良輔の日常を破壊し、大切な物を奪っていった
オレ自身もいい人間とは言えない、不良でグレて暴行事件を起こしたり、盗みなんて日常茶飯事、何度も刑務所にも服役したこともあった
だが、奴らはオレとは全く違う正真正銘の悪党だった
一か月前 I県 アパート
仕事終わりに買ってきたケーキを持って、アパートから帰ってきたら、部屋の中が荒らされおり、何があったのか身構えていると大男二人に襲われ、暴行を加えられ、為すすべもなく拘束され、床に伏せられてしまう
「な、なんだお前ら!!?」
叫んだ瞬間に、腹を思いきり蹴られ、鈍く重い痛みが襲う
大男はなにか話しているようだが、全く意味が分からない、というか日本語ではない
「二人とも落ち着きなさい、彼には仕事をしてもらわないといけないのだから」
声の主の方を見ると、妖艶な女性が玄関の前に立っていた…美しく、そして肌の色合い、褐色肌の外国人というのは分かるが
「初めまして須田良輔君、私はヴィシュヌのガーネェヤ。手荒で悪いわね」
腹を思いっきり蹴られたせいで、まともに言葉を発することが出来ないが、ガーネェヤと名乗る女を睨みつけるが、その視線を見逃さなかったガーネェヤはオレの頭を思いっきり掴んで床に押し付ける
「う、うがぁぁぁぁ!?!?」
頭が潰されそうな勢いで捕まられる、細身の女性とは思えない怪力だ
「うふふ…いけないわねボウヤ?お姉さんをそんな睨みつけちゃね?」
激痛と苦しみ、そして笑顔で見てくるガーネェヤと大男達に恐怖を感じる。決して逆らうことは許さないという姿勢、人を人して扱わない
「ボウヤにはお仕事を頼みたくってね?あなた、かつては名を知れた自動車窃盗犯だったじゃない?私達は窃盗を行う実行犯が欲しいのよ、わかるかしら?」
「ふ…ふざけるな…二度とそんなことをしないって、誓ったんだよ…ぐああああ!?!?」
拒否の姿勢を示すと、再び強く頭を握られる
「ボウヤには選択肢はないのよ?どうしてもやりたくないなら、仕方ないわね…ボウヤは2度と妹さんと再会することなくここで死ぬことになるわ」
「!?待て…お前ら、莉々をどこにやった!?」
一緒に住んでいる高校生の妹である、須田莉々の姿が見えないことに疑問を持つ
「ちょっと抵抗したから、そこの彼らが相手をしたけど…生きてはいるわよ…もっとも、ボウヤの行動次第かしらね?」
大男達がニヤニヤしていることで、何をされたのか察してしまった
殺してやりたい、そんな殺意が先に沸いた…だが、ここで変な気を起こせば莉々諸共殺される…つまり莉々は人質なのだ
「…わかった、お前の言う事を聞く…だから莉々には!危害を加えるな!!」
そういうと再び大男に腹を蹴られる
「私達はあくまでも生命の保障だけはするわ、でもゴミのようなボウヤにそんな交渉する権利も立場もないということをわかってほしいわね」
冷酷に、そして理不尽、ひたすら理不尽な要求と脅しに屈する以外の選択肢がなかった
静かに頷いて、奴らの要求に返答した
「ふふ、妹さんもボウヤも、静かに従っていれば解放してあげるわ…解放をね…」
そこから一か月間、彼の要求通りに車を盗み出した
彼が要求したのはスポーツモデルが多く、当然その手の所有者は盗難対策をしており、それでも盗み出せと奴らは言ってくる
他の奴ならともかく、厳重な盗難対策していようがオレにかかれば大したことない
かつて窃盗団に所属していた故に、盗難技術の知識は叩き込んでいた。数年のブランクがあったが、技術と知識は衰えていなかったことに嫌気が指した
2度とこんな悪事をやらないと決めたのに…なんで、どうしてこうなったのか
その一か月で盗み出した車両は10台、いつまでこんなことを続けなければならないのか、奴らは妹を開放する気はなく、窃盗を強要し続けた
少しでも反抗的な態度をとると、奴らは容赦なく暴行を加えてくる
常に監視を付けられ、警察にも、誰にも言えない…助けて欲しかった、オレのようなクズの命なんてどうでもいい…だけど、恩人であり、唯一の信じられる肉親、妹である莉々だけは…
ある日、いつもの通りに外人の大男から目星の車をピックアップしてきた
ここ最近、ヴィシュヌが取り扱っている車種がここ最近近隣に増えたらしく、今回は所謂鷹目のインプレッサを盗み出して来いということだった
夜中の2時、人通りがほとんど少ない時間帯にターゲットのインプレッサを盗むことを決行
ドアのカギを破壊して開け、セキュリティを解除してエンジンをかけようと試みる
ノートPCからハックして、電子系セキュリティを無力化していくが、これまでとは違いやたら厳重であった、厳重であったが付け入る隙があった
この時少し不審に思ったが、盗み出さないという選択肢はなかった。セキュリティを破り、インプレッサを盗み出すことに成功する
インプレッサを走らせて、空き地で監視役達と合流する
「オー、日本人のサルはやっぱ器用だな。その中でもお前は仕事が早いなオイ!」
「まあまあ、このサルは愛しい愛しい妹ちゃんの為に必死だもんな」
ゲラゲラ馬鹿にするように、やや片言の日本語をしゃべる黒人
黒人たちに偽装のナンバープレートを渡され、取り付けるように命じる
「早くしろよサル!今日もお前の妹さんにオレたちの下のお世話をしてもらわないといけないからな」
卑猥で、莉々がこいつらに何をされているのか、どんな仕打ちを受けているのか容易に想像がつく…怒りを押し殺して、ナンバープレートを取り換える
「オイオイ?なんだ?愛しい妹がナニかされているのに、アニキはビビッてなにも出来ないってか?腰抜けのサルめ!」
態度に出さなにように、ぐっと堪える。変な態度をとればこいつらは容赦なくオレに殴り、蹴る等の暴力を振るうからだ。何も言われても、惨めであろうと…それが、今が最善なのだから
盗み出した車両はヴィシュヌのアジトである、A県の港へ向かい、バラして密輸作業を行うそうだ
オレも詳しくは知らないが、そういう作業を行っているらしい
約束の時間は明日の夜中1時、近辺まで向かい、どこかで潜伏して時間を潰す…という流れだ
インプレッサをオレが運転し、監視役が銀のセダンで後ろについてくる。万が一逃げ出さないように、逃げ出した場合、直ちにアジトに連絡して、莉々が殺される…運転してる間も気も抜けない…
一般道から、高速道路を制限速度で目立たないように運転してい気づく
盗み出したインプレッサを運転して違和感があった…盗み出した車だから罪悪感があるのだが、なんというかそういう感覚が薄い…なぜかわからないがこの車に愛着というものが感じられないのだ
セキュリティを破った時から違和感、なんだか胸騒ぎを感じた、何かを起こるような胸騒ぎが
夜明けの早朝、日が昇る高速道路の交通量は大したものではない…だが、A県近くに入ってから道路状況にも違和感を感じた…途中から一切、オレたち以外の車の姿を見ないのだ
配送の大型トラックすら一台も走っていない
「…おかしい、こんなことがあるのか?」
そうボヤいた瞬間に、動かしていないインプレッサのオーディオが勝手に動き出す
〈盗難車のインプレッサに、共犯である銀のセダン。直ちに停車せよ、繰り替えす、直ちに停車せよ。停車しない場合、実力行使で停車させる。搭乗者の生命は保証しない〉




