幕間.信頼に値する判断基準
全国的に珍しく、公立高の自動車部。榛奈高校自動車部
メカニック達はレース活動のマシン以外に、実は一般車両のメンテナンス作業実習も行っている。特に顧問である上村先生はこっちの専門である
主にスポンサーである榛奈商店街に属するお店の車の点検整備を無償で行っている。所謂スポンサー特典というものだ
点検整備は基本整備から、板金は勿論、洗車やワックスがけ、そして実験的なこともいろいろやっている。量販店で売られてるような市販の商品を実際に使用してレビューとか、奇天烈なことまで・・・
だが車を預けられてる以上、オイラ達メカニックは本気だ。整備した車に誰かが乗る以上、整備不良で事故や命を落とすような取り返しのつかないことはあってはならない、オイラ達の整備ミス一つで誰かを殺す可能性があるのだから。上村先生というおねぇキャラのオカマな顧問でも、そういう心構えだけは徹底的に叩き込む人だ。整備の腕よりなにより、誰かの命の生死を背負う、ましてやチューニングされたマシンのメカニックであるならドライバーを殺すようなことだけはあってはならない。思い返せば、徹也君はそれを見抜いていたからこそ、榛奈自動車部にいるんだと実感する
2年生に上がって、新学期が始まって1週間後ぐらい朝だった。クラスに転校性がやってくるという話題になっていた、特にクラスの中心人物達を初めてとして
一応オイラは、クラスメイトに話せる人間はそこそこいたが友達と呼べるほどじゃない、あまりクラスに馴染めていなかった。自動車部、当時も兄貴のSGTのチームのメカニックをやっていたのが原因なのだろう、クラスのいい加減な雰囲気には馴染めないのだ。人の生死を預ける環境にあったからこそ、本気でそれに向かい合い続けた結果だろう。物を雑に扱う、ルールを守れない、破る者、自転車、自動車の危険性を軽視する人間には馴染めない、いや相容れない、特に自動車を軽視する人間は敵意すら感じる程だ
まあ、オイラの話は置いておこう。そして朝のホームルームでその転校生、山岡徹也君が来た
最初に見た印象、ホント今頃だからこそわかるが既視感があった。性別も瞳の色も違うのに、徹也君には結衣ちゃんの印象が重なった
「K県の明堂学園から転校してきた、山岡徹也です。これからよろしくお願いします」
あっさり目の自己紹介の挨拶をして、彼はオイラの後ろの席になった
明堂学園の山岡徹也、明堂学園は車好きであるなら誰もが知る、SGT及びレース活動の超名門強豪校、そして山岡徹也という名前も偶然にも覚えがあった、明堂の鉄心という異名を持つドライバー、そして名前を
休み時間、転校生かつオッドアイという珍しい要素を兼ね備えた徹也に話しかけたいクラスメイト達の質問攻めされる前に、オイラを捕まえて人気のない場所へ
「阿部君だっけ?君、自動車部のメカニックだろ?」
徹也君は気づいたのだ、あの教室で、30人以上いるクラスで、挨拶した時にオイラが車のメカニックであることを。ただしこの時のオイラは自動車部に所属はしていなかったが
「自動車部ではないけど、確かに車好きなメカニックだよオイラは。でもなんで?」
「まず雰囲気だな。人の命を預けてきた真剣な雰囲気が感じ取れたことだ。車の整備不良は、下手すれば命にかかわるからな、そういうのをよくわかっている。後、オレが自己紹介したときに明堂学園と名前を喋ったときに反応していたからな、明堂学園かつオレの名前で反応するとなればSGTの競技かレース活動を行ってる者ぐらいだろうしな」
「よ、よくわかるな・・・」
「オレの自慢は人を観る観察眼と洞察力だからな、相手の動きや仕草、表情と発言と口の動き・・・まあ、いろんな要素を観て、何を考えているのか、どういう人間なのかはある程度は見抜ける自身はあるよ。あと阿部君の指先と爪の間黒ずんでいるだろ?それは機械的なオイルに触れている証拠だ。それが君がメカニックであることがわかった理由だ」
エスパーかよ、この時はマジでそんなことを思った
「まあ、レース活動やスポーツ活動の目的意識が高い強豪校ならともかく、公立校で死と隣り合わせということを理解してる自動車部員は、存在として浮いて馴染めないだろうよ」
やはり名門の明堂学園のいただけはあるというべきか、自動車の危険性を正しく理解している。理解してるからこそSGTのドライバーなのだろう
「リスクを理解していない者、そしてルールを守れない者、信頼が出来ない者にレースは出来ないし、ライセンスの許可も下りない。そしてメカニックはそんな奴の命を預けたくないだろうしな」
SGTのドライバーライセンスはルールに関して言えば厳しい、ドライバーの技量どうこうではなく学生として、最低限の校則や社会のルールを守れる人間であるかどうかであるのが基準であり、問題行動や不祥事、犯罪行為、そしてレース中に極めて危険行為とされるようなことを行えば、剥奪か停止処分という重たい処罰を受ける
その為か現在の自動車部系の部活動にはいわゆる不良系のような人間はいない、というか自動車部に入部すら拒否される
「元自動車部というのが正確だね、今はオイラの兄貴のチームに所属してSGTの参戦を目指してるんだよ」
「粗方は事情は聞いてるけど・・・今ってどういう状況なのかわかるか?」
この時徹也君は、オイラが自動車部をやめた理由は聞かなかった。後に聞いたら「何か察してはいたが、深堀する程野暮じゃない。まあ後々に聞き出したわけだし、あの時に聞けばよかったか」ということらしい。確かに奈緒と喧嘩して居づらくなってやめたとか言えないよな
その後休み時間や昼休みを使ってその時の自動車部の事情を徹也君に教えた、時折車の話とか、異名の由来とか明堂学園の事とかも聞けた
話しててわかるが徹也君は相当自動車に対して博識であり、ドライバーでありながら、メカニックとしての考え方も兼ね揃えたタイプはオイラは初めてだった。意気投合するのも時間がかからなかった。まあ、もともと徹也君話上手というのもあるが
「徹也君、オイラ達のチームに入ってみないか?榛奈自動車部より複雑な事情とかないし、どうだろ?」
この時、徹也君をチームに誘ったのはメカニックとして勘だっただろう。この人にはオイラが手をかけたマシンを操って欲しいと思わせるドライバー、信頼に値する判断基準に満たしていた。オイラは徹也君の自動車に対する考えかた在り方がそう思わせたのだ
これはメカニックはそれぞれ判断基準は異なる、例えば杏奈先輩は親友であるリリス先輩より、結衣ちゃんに乗ってもらいたいマシンを作りたいと言う。結衣ちゃんは才能があり、どんな車であろうと速く走らせることが出来る技量的と才能的な判断。無論、結衣ちゃんも信頼に値するドライバーである
「・・・魅力的な誘いだけど、とりあえず榛奈自動車部を観てからだな。悪いけど直ぐには答えられないよ」
「そ、そうか」
この後冷静に考えて、奈緒が徹也君に惚れるのではないかと後々気付いてしまう、徹也君のコミュ力というか話術は。その後はまあオイラの未練たらしい行動をしてしまった
しかし、その行動は杞憂で終わったところか関係修復になるきっかけを作ってもらった。なんやかんや徹也君にオイラが引き抜かれた状態だ。因果なものなのか
そして徹也君は加奈という、難易度高いあの気の強い女子を口説き落としす偉業を成し遂げたんだから尊敬する
ちなみに、徹也君は一目会った時から加奈に惚れたらしい。異性として奈緒は眼中になかったとか




