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走劇のオッドアイ  作者: かさ
SGT地区大会編
60/121

ACT.56 それは暴力的な速さ(アルトVSアルトワークスR)

スタートラインには先行アルト、後追いアルトワークスR

1セット目と同じポジションだが、状況はかなり違う。判定ポイント的に榛奈自動車部が圧倒的に不利だが、ドライバーのモチベーションは全く違う。ワークスRに乗っている真里は相変わらずの近寄り難い雰囲気だが、アルトに乗っている結衣の雰囲気は熱気のように、圧倒させる気迫を感じさせられる


「・・・徹也、この状況は予想通りだったのかしら?」


病院を抜け出して、ヘトヘトにベンチに座ってる自分に、包帯を巻きながらリリス先輩が聞いてくる。結衣のこの状態は予想通りだったのか


「可能性はありました。感情になるトリガーと条件もわかっていたんですが・・・ただ、どうしてもそれだけでフローモードに入れるかどうか不明確だったんです。結衣の条件は今まで前例がないものだったので・・・ほぼ賭けでした」


以前、勇気が一緒に車に乗って練習してた際、結衣は勇気やオレの声が聞こえてないぐらい集中していた。フローモードに入れる素養のある人間はそういう傾向がある


「大丈夫かしら、あの雰囲気だから言えなかったけど・・・またPTSDの発作が起きたら」


結衣のPTSDは、車の極端の接近、接触で発作が起きてしまう。接近に関して言えば見なければ問題はないが、今回の相手は悪質なプッシングを仕掛けてくる、それだけは避けられないが


「そもそも結衣は精神面はかなり強いんですよ。恐怖をなんとか耐えれるぐらいには・・・まあ、そこは天秤で例えましょうか?自身の恐怖心か、沢山の人達に期待されるか。この場合だと期待されることに天秤が傾いたというべきか、自分は沢山の人達に期待されているという認識を持つことで、恐怖を押し退けた」

「そんなことで・・・いや、結衣らしいのかしら」

「割と、人の心ってあり方次第なんですよ・・・まあ、簡単とは言いませんが」


レースは始まろうとし、勇気や奈緒はしがみつくようにモニターを見る


「徹也先輩、このレースのオペレートは・・・?」

「いらないだろうな。ただ、たぶん最初の一周はヒヤヒヤするぐらい、スローペースかもな」

「え?大丈夫なんですか?」

「今までと、身体能力と動体視力・・・スピード感覚が違うから結衣は困惑する。たが、相手はもっと困惑していると思わないか?勇気?」


勇気は頷く、こう言われて、おそらく自分と同じ事を考えているのだろうが奈緒は違っていた。わからないのだろう


「でも、真里がそのペースダウンしてる隙を突いてくるんじゃ?同じフローモードなら、慣れている真里が有利じゃ?」

「そう思うだろうな。だがそうならない、あの手のレベルのドライバーならわかるんだが・・・まあ、レースが始まればわかるさ。オレや伊東先輩、そして安道真里にとっては相性最悪のスタイルだからな」


スタートシグナルが緑になり、2台がタイヤスキール音を響かせながら走り出す

挿絵(By みてみん)


走り出して、アルトの速度が100km/h台から200km/h近く出てから自身の変化に気付く。200km/hってこんなに遅かったっけ?これならもっと奥までフルブレーキング出来るのではないかってぐらい

打ち合わせにない、未体験のタイミングのフルブレーキング、タイヤの激しいスキール音と体に重力のGが一気に来る。行けるには行けたが、ややラインを外して立ち上がりは鈍かった。が、後ろのワークスRはアンダーステアでラインを外しており、少し離していた

そこからのタイトセクション、自分が知る既存の理想の走行ラインと減速のタイミング、今の調子で出来る走行ラインと減速のタイミングに思考のズレが出ていた。なぜだが今までだったら最適ではないモノが、今ならそっちで走る方が速いと感じる、戸惑っていた


「もしかして、加奈ちゃんと同じ走りが出来る・・・?」


確証はないが、出来る。この状態の私なら先日の加奈ちゃんのような走りが出来る自信がある、それを最適な最速の走りに変えれば・・・何も恐れることがない

後ろにいる真里の動きがわかる。見ていなくても、どこにいるかわかっていたが視覚で見えるものが増えたおかげで前より位置情報が正確にわかる、わかるなら、防げる

もう、瞳を閉じなくとも怖くない、2度もプッシングを食らうわけにいかない


〈おい真里!今ならプッシングを仕掛けられただろうが!!さっさと潰していまえよ!!〉

「出来るならやってるわよ!行衛!!仕掛けようにも、付け入る隙が全くないのよ!?」

〈嘘つけ!?あんなペースならペナルティプッシングは容易に出来る間合いに入れられるぞ!?〉


実際に結衣の後ろを走ってない行衛にはわからない、これは今、結衣の後ろを走っている私にしかわからない、確かに今の結衣の走りに何一つ死角がない、ペナルティプッシングを仕掛けようにも確実に不発になるか、回避される予感を感じさせられる

これは私と同じフローモードに入ってるに違いない。しかも私とは違う、尋常じゃない集中状態

おそらく、このペースダウンはその状態に慣れてないことによるもの。それだけなら付け入る隙があるはずなのに、なぜだが結衣の走りに死角も隙が全くない。視られている



「徹也の言う通り、真里が仕掛けてこない・・・」


1週目の終盤ハイスピードセクション、展開は思っていた通りになり、ワークスRを操る真里は気づいたのだろう。理屈ではなく、本能かドライバーとしての勘というか


「・・・なるほど、私も同じ立場なら同じことをしてるけど・・・抜こうとすれば確実に負ける」

「リリス、わかるの?」

「うん。杏奈、結衣の超空間認知能力を知っているわね?」

「目を瞑っていても全開でコースを走りきれるぐらいの超人技よね?それがどうかしたの?」

「たぶん、それがこの均衡状態になっている原因なんだけど・・・なんというか上手く説明しずらいし、どうしてそうなるのか・・・」


説明に困っているリリス先輩と目が合い、代わりに説明する


「今の結衣は目を閉じていない。超空間認知能力は目を開け時に本領発揮するんですよ、目を閉じて走れるのはただのオマケに過ぎないんです。結衣は、見ていなくてもおおよその相手の位置は把握出来るんですが、目を開けたことで、サイドとバックミラーの視覚情報が追加されて、より精度が上がる。それに今は、フローモードで視野が広がり、動体視力も上がっている状態。ほとんど死角が存在しないどころか、相手からしてみれば、視られている感覚なんでしょう」

「視られている感覚?」


今ひとつピンと来ていない杏奈先輩


「一見では、結衣はペースダウンして走っているように見えますけど、取っている走行はラインが、真里が仕掛けづらいラインとタイミングなんですよ。ジャマードライバーの、フェイントやリズムを狂わすような駆け引きが通用していない・・・というか、仕掛けられない。結衣は勘でやっているか、わかってやっているかはわかりませんがね」

「相手からすれば、見透かされいる・・・ということか」

「ええ、加奈が超攻撃的な超アグレッシブドライバーだとしたら、結衣は駆け引きすら無力化させる超ディフェンスドライバーというべきですかね・・・ただ、少し懸念することがありますけど・・・目を開けたことで、もう一つ使えるようになるものがね・・・」


1周目の最終コーナーをクリアし、ホームストレートに差し掛かった時に、結衣から通信が入る


〈大体わかってきた・・・徹也、何か注意することとかある?〉


大体わかってきた・・・戦術的な意味合いでの注意やアドバイスは求めていない、というか意味がないのは結衣もわかっているはず、別の意味合いだろう


「結衣、次の周かこの周で決着をつけられるか?」

〈・・・今の状態なら、やってみる〉


周りは、そんなことが出来るのか?という雰囲気だった、先行逃げ切りのノックダウン、5秒以上のマージンをとらないとならない。相手がスピンや、大きなミスやミスを誘発される駆け引きを使わなければ難しい


「ホークイリュージョンを狙う気?いや、でも徹也がその状態じゃ・・・勇気は?」

「いや、姉さん。僕も一応原理はなんとなくわかるけど、徹也先輩のようなことはできないよ。その徹也先輩もあの状態じゃ・・・」


確かに、頭がクラクラして視界もくすんでいる状態じゃ、まともなオペレートなんて出来ない


「結衣のやることは一つ、速さで逃げ切る」



2周目のグリットラインを通過し、ホームストレートから最高速が乗った状態でのフルブレーキングコーナー、今までにないぐらいの領域の速度で突っ込む

タイヤのスキール音、ナノマシンブレーキの作動音に、アルトの車体が前かがみになる。アクセルを徐々に踏み、前輪で車体を旋回させるように

後ろの真里も、そう変わらないタイミングのフルブレーキングでついてくる。だが勝負を動いたのタイトセクション入った時だった、道路幅いっぱいに使う、ガードレールからもはや数センチからアウトインアウトに抜ける、それもややアンダーステアで外に膨らみ気味に

数センチ単位で車が迫ってくるせいなのか、それとも速度が出ているせいなのかタイトセクションで見ている観客がコーナーを曲がる度にガードレールから逃げているのがわかる



「モナコのモンテカルロのような市街地コースだと、F1ドライバーはタイヤをイン側の壁に掠めてでもタイムを縮めて走る。おかげで白文字のロゴがなくなっていたりとか聞くけど、鷹見結衣は近いことをやっているわね。数センチ単位ならともかく、もはや数ミリ単位かつ、ギリギリ制御を失う寸前のコーナリング速度を操りきっている、悔しいけど、私や宗太でも到底真似出来るもんじゃない。出来るとしたらうちの渉ぐらいかしらね・・・」


タイトセクションで、コーナー一つクリアするたびにアルトとワークスRの差が開いていた。圧倒的にコーナリングは鷹見結衣が操るアルトが上である


「相手の安道真里は、F1ドライバーの運転をするような相手しているようなもんか・・・ハイスピードセクションやホームストレートの直線ならスリップストリームとナノマシンブレーキで差を詰めれれるかも知れないけど、タイトセクションは実力がハッキリ出てしまう・・・1セット目のケツを追い回していたのに・・・勝負は決まったようなもんかな?」


宗太は鷹見結衣が勝つのを確信していたが、私は懸念がある。その走りに対して、果たして車が持つのか?あそこまで車の性能を引き出す代償は必ずある



第10コーナー、コーナーをクリアするたびにマージンが開かされてしまい、いい所2秒か3秒程か?今の結衣にタイトセクションでは勝ち目がない、信じられない速度で曲がって、信じられないコーナリングをする相手では・・・しかし、第14コーナーを抜ければハイスピードセクション、まだ勝負は終わらない、終わらせない!

そう思っていた、第12コーナー、アルトの動きがまるで身震いしたかのように見えた。そして消えた

消えたというより、翔んだのか、そう見えたのか理解が出来なかった、曲がれるはずのない速度でアルトがコーナーを曲がっている。体と本能が警告していた、アレと同じことをするな、アレを追うなと。確実にお前は死ぬと

第12コーナーを抜け、すぐに第13コーナーを進入するアルトが見えた

まるで翼が生えた鳥のように、そして、鷹のような鳴き声のエキゾーストを響かせながらその鳥は翔ぶ

他の人がどう見えたのか、そんなことは知らない、だが私にはそう見えた。だが見蕩れているわけにいかない、ハイスピードセクション、ここでならまだ勝負出来ると確信あった、第13コーナーを抜けると、既にアルトは目の前からいなくなっていた。第14、第15コーナー、もはや視界にすら映らない距離まで突き放されていた、いくらアクセルを開けようが自分の出来る限界ギリギリのコーナーリングをやってもなお追いつけない。一方的な、それは速さの暴力。そして勝ち目がないことを認識してしまい、アクセルを緩めてしまっていた

イヤホンのむこう側で、何か喚いてるような声が聞こえていたが・・・もう、どうでもいい



結衣のアルトが2周目のグリットラインを通過した時点で、大差が開いており、勝敗は決していた。途中で安道真里のワークスRが戦意喪失したのか、大幅なペースダウンしたのも原因だが、結衣のあの速さにはどのみちついてこれないだろう。なにせタイムが1分29秒台、先日加奈と結衣が叩き出したタイムを大幅に塗り替えるという驚愕のことを結衣はやっていた

観客席は歓喜の声が上がり、メンバーも喜んでいた・・・ただ、オレと阿部を除いて


「徹也、結衣ちゃんのあの車体が身震いするような走りは、想定にあったのか?」

「いや、ただ予感はあったな。正直、車を大事にし、車が大好きな結衣にとっては皮肉の力とも言えるがな・・・」

「あんな走りをしていたら、車そのものが耐えきれない。正直、決勝戦でメカニックトラブルがなければいいんだが」


よく、阿部は気づいたものだ。結衣の本来の超空間認知能力は、駆け引きの無力化、そしてもう一つ、車の能力を余すことなく使いこなすことも出来るが、それは車に多大なる負荷を与えてしまう。タイヤの磨耗とブレーキ、もっと酷ければ駆動系にも負荷がかかっている。車を使いこなし、速く走れば走るほど、車を傷つける


「とは言え、フローモードに入っていなければ出来ない芸当だ。今は、勝てたことを、素直に喜ぶべきだろう?阿部」

「・・・オレは少し複雑かもな、奈緒と結衣ちゃん、そして安道真里の関係がますます良くないものになるんじゃないかなって」

「・・・そいつは簡単な話じゃないからな、勝負ごとで立ちはだかってくるなら容赦はしない。それにな阿部、オレは少し安道真里というドライバーを少し勘違いしていたよ。見捨てるには惜しいな」

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