ACT.55 ヒーローとしての資質を持つ者の領域
気づけば、辺り一帯が青空だ。立っている地面も青空を鏡のように映し出す、ウユニ塩湖と言えばわかりやすいか
その空の上には一羽の鳥が飛び交っている。鷹だ
そして、目の前に一つの扉、何の変哲のないただの扉が立っていた
その扉に触れようとすると、扉は私の元から離れ、触れることができない
「ああ、いつものか・・・」
いつか頃だったか、物心着いた頃だろうか?なにか物事に集中すると、こういうイメージが浮いてくるのだ。美しい青空と鏡面の地と鷹、そして触れられない扉。それが一体何を意味をしているのか、自分でもわからない
どことなく、エキゾースト音が響いていた。これはアルトの音だ
「そうか、私。気を失っているんだ・・・覚まさないと」
目を覚ますと、ピットガレージのベンチで座っていた
「・・・そうか、徹也が催眠をかけたのね」
発作を止めるために、森先生に教えてもらったいた催眠をかけられていたこと思い出す
「結衣先輩!大丈夫なんですか!?」
「大丈夫だよ、勇気君。落ち着いた」
ピットレーンの方を見ると、右手首を抑えながらアルトから降りてくるリリス先輩と駆け寄る上村先生に杏奈先輩
相当無理をしたのがわかる。そしてジャッキアップし、タイヤのローテーションが変更作業をしている所を見ると、まだ試合は終わっていないのがわかった
立ち上がり、アルトの元に歩いていく、戦う為に、走るために。だが、勇気君は肩を掴み止める
「結衣先輩、まさか走る気なんですか・・・?」
「・・・うん、リリス先輩があの状況だと、もう1セット走るのは無理だと思う。私が走らないといけない」
「そんな、体が震えている状態でですか?」
勇気君に指摘されて今頃気付く、体は震えていた、恐怖をまだ感じていたのだ。止める理由はわかる。この状態で走れば確実に事故を起こす
「それでも、私は逃げるわけにいかない」
勇気君は何か言いたいようだったが、言いたい言葉飲み込み、何も言わずに手を離す
「・・・気をつけてください」
「・・・ありがとう、勇気君」
一度私の行動を賛同した以上、自分に止める資格はないことと、強情になっている私を止めるのは無理だと察してくれたのだろう・・・どんな結末になっても、今の真里から逃げるわけにいかない
ピットレーンに行くと、リリス先輩、杏奈先輩、上村先生がコチラに気付く
「結衣、大丈夫なの?」
「大丈夫です、上村先生。ご心配をおかけしました・・・それよりも、リリス先輩が」
リリス先輩は苦しそうに右手首を抑えていたが、私を見るなりニコリと微笑む
「こんな痛み、結衣の苦しみに比べたら大したことはない。安道真里の後ろを走ってわかった。この勝負の決着は、結衣が付けるべき」
「リリス、徹也が来るまでの時間稼ぎしてたんじゃ?」
「いいえ、杏奈。徹也自身が走るなんて答えていない、言葉を詰まられせていたわ。徹也でもアレの相手は手が余る」
リリス先輩がヴェルサイ側のピットレーンを見ると、真里もこちらを見ていた。敵意と憎悪を剥き出しに
背筋凍るような感覚、体の震えは更に酷くなるが、それでもアルトのドアに手をかけるが、力が入らない。走り出す勇気が体が拒否している。歯を食いしばり、力なく震える右腕を左手で掴む
ここで戦わなければ、いけないのに、願うならそんな力と勇気が欲しい・・・!!
気がつけば息遣いも荒くなってきた、発作が起きかけていた、こんな時に!こんな時に!!
/結衣ーーーーー!!!!!!!!!!!!!負けるなぁぁぁーーーーーー!!!!!!!!\
観客席から声援というか、怒号。もう物凄い大きいとかじゃなく、うるさい音がレース場に叫び、響いた
この強く攻撃的で頼りになる声は、私が走りの全力をぶつけられる人、そしてライバルであり、大切な友達、小柳加奈が観客席の一番上でメガホンらしき拡声器をもって叫んでいた
/結衣!!こんなところでなにくよくよ落ち込んでのよ!!上を見ろ!!!アンタを応援してくれる人達を!アンタが負かした私の姿を!!!\
『他のご迷惑になりますので、拡声器での声援はご遠慮ぐたさい・・・繰り返します』
/うるさい!!もう少し続けさせろ!!!\
会場のアナウンスで注意されるが、加奈ちゃんはお構いなしに続ける
/結衣!!アンタは私に勝ったのよ!私に勝った人間がこんな所で負けるな!勝者として勝ち続けろ!責務を果たせ!結衣が勝つことを期待している人がいることを忘れるな!!\
響く。加奈ちゃんの言葉と声に重みのある響きを感じた、しかし不快ではない、むしろ力が入る。加奈ちゃんの言うとおりに観客席を見ると榛奈商店街や見知っている顔が見える・・・気付かなかった。真里のことや、行衛のことで頭がいっぱいで周りが見えていなかったことを実感する
「「「結衣姉ちゃん!!!頑張れぇぇぇ!!!」」」
観客席の最前列で、ノブ君にゴロー君とマミちゃんの仲良し3人組に、いつも遊んでいる近隣小学生達がありったけの大きな声援を送る
「そうだ!結衣ちゃん負けるな!!」「私たちも信じてるよ!」「結衣ちゃん頑張れー!!!」「結衣先輩負けるなー!!!」
小さい子供の声援に続いて、榛奈町の大人達や小、中学生の後輩達が応援し、観客席、いやレース場が私を応援する声に包まれる
「す、すげぇ・・・というかあそこにいるの兄貴か?兄貴のチームも結衣ちゃんを応援してる」
「お父さんにお母さんも声出してる・・・」
阿部君と奈緒ちゃんも作業の手が止まってしまい、唖然としてる。それだけじゃなく、先輩達も上村先生も勇気君も、そして対戦相手のヴェルサイ学園側もその勢いに怯んでいる様子がわかる
「それが、鷹見結衣という人間が積み重ねてきたもの、救ってきたもの、そして力だ」
声援でアイドリング音に負けないように、ハッキリした声でやってきた。頼りになるチームの柱が、フラフラと、顔色が悪いけど
「「「「「「徹也!!」」」」」」
チーム全員が一斉にその名前を言う、待っていたと言わんばかりに
「時間稼ぎにありがとうございます、リリス先輩、無理させてしまって」
「いや、こんなの大したことないわ」
痛いのを抑えて、強がって笑うリリス先輩
「杏奈先輩、上村先生に言いたくないことを言わせてすみません」
「まったくね。だけど、私はリリスを信じていたからね」
誰よりも、リリス先輩を信じて、恩師である上村先生に言いたくないことを言った杏奈先輩
「いろいろ無理を言ってすみませんでした上村先生」
「ホントにね・・・だけど、無理に付き合って正解だったかしら」
この声援と光景を見ながら、間違いでなかったと感じていた上村先生
「勇気、よくオペレートをやってくれた。本当によくやった」
「でも、僕は真里先輩のフローモードの可能性を見抜けず、結衣先輩を・・・」
「そうだな。だけど、相手がフローモード入る前までは、いいオペレートだった」
落ち込む勇気君に、責めることなく、よくやったと褒める
「阿部と奈緒、手が止まってるぞ。もたもたしてる場合じゃないぜ?ローテーション作業を続けてくれ」
「いやいや褒め言葉なしかい!?」
「まあ、そうね。私たちの役目をやらないと」
呆気に取られていた阿部君と奈緒ちゃんは作業を続行する
そして、徹也は私を元に寄ってくる。近くに来れば来るほど、顔色が悪さがわかる、よく立っていられるものだ
「結衣、今の気分はどうだ?悪いか?」
「うんうん、なんというか・・・暖かさを感じる・・・いや、むしろ熱いぐらい」
徹也に指摘されて気付く、体の震えがない、恐怖心も・・・むしろ、気分が高揚している
「そうか、よかった・・・あー、頭がクラクラして上手い言葉が見つからねぇな」
徹也は頭を掻いて、かける言葉を探している
「さっき言った通りに、この声援と応援の声はお前が作り出したもの、積み重ねてきたものだ。ホークマンに憧れ、その信念で行動してきたものが今ここで実を結ぶ。結衣が勝つこと、走ることを望んでいる人達がこんなにいるんだ。それにあそこで怒号をあげた加奈も、伊東先輩達のラッシーチーム、オレたちが負かしたチームの思いも願いも夢を背負って戦わないといけない、それが勝者としての責務だ」
「勝者としての責務・・・加奈ちゃんも同じことを言ってた」
それは、昨日、自分がチームメンバーに対して言った言葉でもあった。忘れていた
「・・・うん、まあ・・・もっとわかりやすく言えば。こんなに応援されてるヒーローがここで負けるわけないだろ?お前は榛奈町のヒーローなんだからな、ヒーローは応援で立ち上がるものだろ!」
ヒーロー・・・自覚はなかったが、そうか・・・私は榛奈町のヒーローなんだ
徹也の意味もわかる、ヒーローは応援で立ち上がる、まさしく王道的な展開だ
「結衣、安道真里との関係はあらかた聞いた。過去のいざこざがあったにしても、今は目の前の相手を意識するな。恐怖を忘れろなんて言わない、むしろそれは大事なものだ、結衣が結衣である為に」
「私が、私である為に?」
「そうだ、恐怖を忘れるものや意識しないドライバーは車は大事に出来ない。だけど負けるな!みんなの期待を背負ったオレ達のチームのエースドライバーは、負けない!」
徹也の言葉と、この声援と加奈の激励と言える怒号・・・そうだ、私はこんなに期待されていたんだ・・・そしてヒーローであるならここで負ける訳にはいかない。ミスターホークマンも、この声援と期待に応えて勝ってきた・・・尚更だ
体に力が入る、体が燃えるように・・・声援の声が徐々に小さく感じ、今ならなんでも出来そうな感じだ・・・集中が出来る
美しい青空と鏡面の地と鷹と扉・・・そのイメージが見えた、手をかざすと扉に触れることが出来た。初めて触れることが出来た
運営スタッフに拡声器を取られ、やむ得ず伊東先輩達がいる観客席に座る。私の結衣に対する激を飛ばしたおかげで今も結衣を応援する声援が止まない
「加奈。この状況を作るためにあんなことしたのか」
「まあ、徹也の入れ知恵だけどね部長・・・結衣にガツンと言いたかったからよかった」
正直言い足りないぐらいだったが・・・効果は絶大だった。伊東部長もそれに気づいたようだ
「おいおい、結衣ってあんな雰囲気だっけ?すげぇ・・・」
「ドライバーじゃない私でもわかる・・・なんというか結衣ちゃんの周りの大気が震えてるというか。加奈がフローモードに入った時よりもすごいというか・・・徹也、これを知っていたの?」
「可能性は極めてあったらしいですよ桜井先輩。ただ、優しすぎる性格で、闘争心が欠けていたというか・・・引き金になる感情のトリガーが、結衣の場合が難しいというか」
声援が鳴り止まない観客席から離れた位置に見ていたが、レース場の雰囲気で凄さを実感しているが、それ以上に榛奈自動車部の鷹見結衣の持っている雰囲気に鳥肌が立っていた。宗太もそれに気づいた
「おいおいおい、明音ちゃん。ありゃマジかよ・・・雰囲気が渉の奴と同格ときやがった」
「ええ・・・それ以前に、よくこの声援の中でプレッシャーに押しつぶされずに、それどころか、大勢に期待されることでモチベーションが上がってフローモードの領域に入るなんて・・・まったく、なんで徹也の元には逸材ばっかり揃うわね」
「先日戦っていた小柳加奈ちゃんだっけ?、それにオレたちの知っているフローモードの感情のトリガーが全く異なる。オレたちは闘争心と強い対抗意識によるトリガーだけど・・・誰かに期待されることを認識することで入る・・・ヒーロー的な特性というべきなのか、鷹見結衣ちゃんのあの様子は」
「でも、ここまで人に応援されるなんて・・・カリスマ性というか、人に愛される人柄なのかしらね?」
「あんな可愛い子なら俺でも応援するし、口説く」
くだらないことを言い出した、宗太の顔をどつく
「く、くだらねぇ!!なんだよこれ!!うぜぇ!!!」
レース場は結衣を応援する声一色で、行衛は荒れ、ヴェルサイチームに全員に動揺していた
もっとも、勝負事に不誠実な行衛という男には、こういう応援とか、展開は大っ嫌いである
まるで自分とは正反対だと、改めて思い知らされる。だからこそ憎い、結衣には誰にも好かれる魅力があるのに、奈緒を奪った結衣が憎くて仕方ない。私の憎悪と怒りはますますこみ上げ、結衣のいる方向を睨む
結衣も私の方を見ていた、しかしその表情と瞳には先程までとは違うものだった。恐怖に恐れていない、青と金色の瞳が強く輝いているように見えた。そして感じる。結衣も私と同じ領域、いやそれ以上の領域に入ったことを
結衣はコチラを見ながら、何か言っている。口の動きで何を言っているのかなんとなくわかった
「真里、今度は負けない」
そう、言っていた