ACT.53 SGT地区大会 二回戦1セット目インターバル
榛奈商店街チームのピットガレージでは、アルトを定置止めた結衣だが、ドアを開けて倒れ込むように降りるのを駆け寄ってきた奈緒と勇気が受け止めた
「結衣先輩!大丈夫ですか!?」
「結衣!しっかり!!」
結衣の瞳に焦点が合っておらず、涙目で、過呼吸になって、体が震えていた
「奈緒!勇気ちゃん!結衣を医務室に!」
上村は結衣を医務室に連れて行こうとしていたが、結衣は拒否した
「先生・・・大丈夫、大丈夫です・・・」
「大丈夫なわけないでしょ!?そんなに様子で・・・」
精神的にボロボロに関わらず、結衣は理性を保っていた。ここで自分がこの場を離れてしまったどうなるかをわかっていた
「徹也がいない状態で、私も抜けたら・・・メンバー不足で敗北になる・・・それだけは、嫌だ・・・嫌だ・・・!」
焦点にあっていない瞳と震える声で、それでも負けたくないという意志が伝わる
「・・・結衣、少し休んでて。後は私がなんとかする」
耳にインカムを付け、手首の包帯を解き、スタンバイするリリス
「杏奈、阿部、アルトのチェックを!接触時のダメージが支障がないか確認!奈緒と勇気は結衣と一緒にいて、落ち着かせて」
冷静に指示を出すリリスだが、上村が止めに入る
「待ちなさいリリス。流石にあのモンスタードライバー相手にするなら話は変わる。無理をする気なら、私は許可しない。大幅な接触のペナルティー判定を貰っている以上、判定勝ちでも勝算がない」
勝算がない戦いに、リリスに負担をかけたくないという思いが上村にあったが、リリスは首を横に振る
「いえ、安道真里に勝つ方法はノックダウン。それしかありません」
「馬鹿を言わないの。それ相応の荒い走りを要求されるのよ?完治していない手でステアリング操作がまともに出来る訳がない。仮にできても、リリス、あなたは再起不能になるかもしれないのよ?」
前言撤回するようなことを言いたくはない、だが、先生として、顧問としての言葉ではなく、ただ一人の車好きの人間として、リリスの行動を止めようとする
「先生、私は先輩として立ち上がらないといけない。そもそも、私がアルトワークスを壊してこんな怪我をしなければ、結衣にこんな思いをさせずに済んだ。そして、徹也も無理して倒れることも。これは・・・私の責任です」
「それでも、ドライバーとしての命を賭けるまでにあたらない。杏奈、あなたも何か言ってあげて」
リリスの理解者であり、友人である杏奈なら、リリスを止めると上村は思っていたが、杏奈知っている。アルトワークスが本当に壊れた原因も、何を思ってリリスが意地になっているのか
「ここまで言い出して意地になってるリリスを止めるのは無理ですよ。それが嫌なら指導者の立場で止めるしかないですよ?上村先生」
それは、上村がやりたくない行動を知って杏奈は言う。生徒の意見と自主性を尊重し、上から抑えつけることを上村は嫌う
だがまだ足りない。リリスが再起不能になるぐらいならその信念すら曲げる
〈なら、リリス先輩が再起不能のならずに試合に勝てばいい。それで万事解決です〉
リリスが付けてるイヤホンと、ディスプレイのスピーカーから徹也の声が聞こえた
「徹也、聞いていたの?」
〈ええ、リリス先輩。アイに通信を繋げて経緯は聞きましたよ。先輩の意地も。なら、後輩は敬意で応えます。リリス先輩、安道真里がフローモードを使うことはありません。追走で時間稼ぎをしていただければ、活路があります〉
「フローモードを使わない?」
〈相手が結衣じゃなければ使えない、使えたとしても長くは持ちません。リリス先輩なら無茶せずとも、フローモードに入っていない安道真里に追ていくことは可能だと思います。2セット目終わる頃にはオレたちが到着します〉
「なるほど3セット目で徹也が走るわけね」
リリスの言葉に、徹也は言葉を詰まらせていた
〈先生、ダメですかね?〉
「・・・リリス、絶対無理しないこと。動きが怪しくなっら、すぐにリタイヤするわよ?」
ここまでその気になった榛奈自動車部を止めることが出来ないと判断した上村は諦め半分、嬉しさ半分という感じだった
〈杏奈先輩、阿部。3セット目でタイヤローテーションを変える〉
「わかったわ徹也」「わかった」
〈それと、奈緒。結衣を気遣いたい気持ちは分かるが、持ち場に戻れ。お前は、お前がやるべきことをやれ〉
「・・・わかった」
奈緒はやや不服そうな返事と表情をしていたが、自分のやるべき役目と役割を見失う訳にはいかない。結衣があの様子でも諦めていないのであれば、自分もやるべきことをやらなけれならないと
各自、スタンバイを始め、勇気は結衣を椅子に座らせて落ち着かせようとした
結衣は意識があるものの、呼吸は荒く、今にも意識が飛びそうな状態であり、勇気が語りかけてもまともに聞き取れていない
〈結衣、聞こえるか?お前はまだ、走りたいか?〉
ディスプレイの通信から徹也が語りかけ、結衣は小さく頷く
〈そうか・・・チクタクチクタク・・・ハイ!〉
徹也は呪文みたいなことを言った後に両手で手を叩く音をさせると、結衣が意識を失い。倒れそうになるところを驚きながら勇気が支える
「結衣先輩!?」
〈大丈夫だ、勇気。催眠暗示をかけて、少し眠るだけだ。こういう事態に備えて、森先生に催眠のやり方を聞いてたんだよ、これで呼吸は落ち着くはずだ〉
徹也の言う通り、結衣の呼吸は落ち着いた寝息になっていた
「結衣先輩、まだやるつもりなんですか・・・僕のせいですね・・・真里先輩の実力を甘く見積もっていたせいで・・・」
〈それでも走ることを望んだのは結衣だろ?それに結衣はまだ諦めていない。先輩が意地になって頑張っているなら、それに応え、支えるのが後輩としての敬意ってもんだろ?〉
後輩のあり方を説く徹也、自分がそうであったように
〈勇気、オレ達が来るまで、結衣を静かに支えてやってくれ〉
ピットレーンでは、メカニック達が各部チェックを終え、リリスが乗り込んでスタンバイしていた。RPスーツにプラグを差し込み、ナノマシンを起動させ、体にフィットする
「全て正常・・・よし」
「リリスが車に乗り込むなんて久々だけど、本当に大丈夫?」
一ヶ月前に怪我して以来、一切ハンドルを握っていないリリスのブランクを不安している杏奈だが、リリスは自信を持って答える
「仕様と走らせ方は頭に叩き込んでるし、走らせ方も体が覚えてる。案外、体で覚えたことって忘れないものよ?それに怪我をただ漠然と過ごしていない。コースの攻略と、徹也の戦術も教わってるからね」
「・・・その様子と気概なら、勝ちそうな勢いね」
「ただね、私は一度この車を裏切っている。そんな裏切り者がこの車が応えるとは思えない」
らしくない。そう言いたかったが、それは今のリリスにかける言葉じゃない。彼女がこの車をわざと壊した事実は変わらない。それを許してはいけない、慰めてもいけない
「そうね、なら祈るしかないじゃない?許しはしないと思うけど、やらないより、マシでしょ」
杏奈がこういうことを言うとは思わなかったという感じの表情をしてから、リリスはクスッと笑った
「そうね・・・アルト、今は力を貸して」
ハンドルを祈るように、強く握りしめる
榛奈高校側に動きがあった、ドライバーが結衣から金髪の3年生に変更していた。やはり結衣は今ので使い物にならなくなったようだ
「ちぃ、成海リリスか。アイツ怪我して走れないと思っていたが、出てくるとはな・・・」
舌打ちしながら、榛奈高校側のピットレーンを見るうちの参謀、行衛康明。品がなく、悪辣な男。我ながらよくこんな人間と手を組んだというべきか・・・いや、同類だからこそだろう
「どういう相手なのよ行衛?」
「かなり厄介な相手だな、成海リリスは速さと駆け引きに両方に優れている、こっちが後追いならともかく、逃げる展開だとお前の天性の才能だけではな・・・まあ、鷹見結衣のあの哀れな顔を見れただけよしとするべきな」
私と行衛の目的は結衣に対する復讐。行衛自身は目的は果たされた為に、後の勝敗はどうでもよくなっていたが
「足りない、まだ足りない・・・」
私の大事なものを奪った結衣に、あの程度では収まらない、もっと、完膚なきまで潰したい
「・・・3セット目まで持ち込めば、もしかしたら出てきたりしてな・・・くく、だかな、安道真里。お前に成海リリスから逃げ切れるかな?」
気味の悪いニヤけた表情でこちら挑発する、この男は。この男は良くも悪くも私の性格を把握している
「結衣が出てくる可能性があるなら、引き摺り出す。そして、もっともっと苦しめてやる。私はその為にハンドルを握っている」