ACT.50 奇跡を信じて
少し時間を遡り、意識を失った徹也が運ばれた病院にて
「過労ですね。誰も気づかなかったんですか?よくこれで限界の運転できたもんだと思いますよ」
「うーんまあ・・・下手に止めたら、ヒートアップするタイプなんで、様子見していたというかなんというか・・・あははは・・・」
診察した医師は徹也の状態を呆れながら言い、母親である山岡華は苦笑い気味に受け答えするしかなかった
「とりあえず、今はじっくり休ませることですね。解熱剤と点滴を打っていますから、明日には意識が戻ると思いますが・・・入院して、様子を見ましょう」
それは、明日の試合には出れないという医者のお墨付き宣告である
病室のベットには、徹也の意識は戻らず、点滴を打たれていた
試合終了後、徹也が救急車に運ばれた際に、付き添いに母親である華さんが行くことになり、着替えや必要なものをアパートから病室に持ってきて欲しいと白羽の矢が私、小柳加奈に刺さった。しょっちゅう徹也の部屋に出入りしていたから、衣服などの置き場所はわかっていたし、徹也自身も整理整頓をしっかりしていたのが助かった
「しかし、どっちが勝ったのかよくわからん有様ね・・・勝って病院送りとか、結衣と同じ遺伝子を持っているだけはあるか。らしいと言えば、らしいか」
先程まで熱で苦しんでいた徹也の寝顔見ながら、結衣と徹也は似ているんだなと思い、神也や他のSSR計画の人間達とは似てない
目に見える全ての人救うために、自分を傷つくことを厭わない結衣。最善の手段を最後まで諦めず模索し、結果過労でぶっ倒れたこのバカ
少なくとも他のSSR計画の彼らには、ここまで殊勝な姿勢は見られなかった、見たことがない
「徹也。次の対戦相手、あなたと結衣にも因縁がある相手なのに、このまま眠ってるわけにはいかないでしょ・・・」
先程、結衣とメールのやり取りをして、安道真里と行衛康彰が次の対戦相手にいることを知った。行衛に関して言えば、去年顔合わせしているが、徹也とも因縁があるのはアルカディア機関の情報にもなかったから驚いた。安道真里は結衣や奈緒から話は聞いていたが、まさかドライバーとして立ちふさがって来るとは
まともな勝負を挑んでくるとは思えないし、結衣もそう思っているのを承知の上で挑むだろう。ハッキリ言って、結衣だけではラフで攻撃的な走りに対する相手の対処には経験不足過ぎる上に、フラッシュバックの発作を起こせば終わりだ。勝負するまでもなく、勝敗は見えてる
「このバカ、さっさと起きなさいよ。アンタがいないと、勝ち目がないでしょうが」
徹也の左手を思いっきり握りしめて、反応して起きないかと期待する。徹也が苦悶な表情を浮かべてきたので、さらに思いっきり握り締めてみると、もっと苦悶な表情をしてきた
「なにこれ楽しい。ほれほれ起きろ起きろ・・・」
寝ている徹也をからかって、気を紛らそうとしたが
「起きてよ徹也。私は、もう二度あなた達と走りあうことはない。最後に結衣と全力で競えてよかった・・・だけど、その結衣があんな連中と戦って負けることになったら、悔しいよ」
計画の後始末が終われば榛奈高校、榛奈自動車部にいる必要がなくなり、無関係な存在になる。小柳加奈という人物の記録はどこにも残らずに。それでも、自分がライバルと認め、友達とも呼べる関係になった結衣に、ライバルであるが故に勝ち続けて欲しいという願望
神に願うかのように、徹也の手を力強く握り締める。彼の目覚めと、結衣を助けて欲しいという願いをこめて
数分後
「あらら?これは、起こさないほうがいいかしらね?」
担当医師の話を聞いてた華は、病室に戻ってみたら。徹也の手を握りながら加奈が眠ってしまっていた
「相当疲れていたのかしら?・・・それにしても、徹也も随分懐かれたというか、好かれたというのか」
「徹也君の人間性の要素が大きいですが、もしかしたら遺伝子的な相性も良いのでしょう。加奈とホークマンの子供達は」
「遺伝子的な要素ってあるものなんですか?森先生」
華と一緒に病室に入ってきたのは森先生
「人間の本能というべき要素というべきでしょうか、遺伝子的に相性がいいというのはありますからね。ホークマンと加奈の父親は親友と呼べるほど仲がよかったですからね。彼の遺伝子パターンがもっとも近い徹也や結衣に惹かれる傾向はあり得る。また、この二人も加奈に惹かれる傾向はあります。現に結衣とは意気投合し、親友とも呼べる仲ですからね」
「それは、心理士の先生とは思えない発言ね」
「心理士の先生は副業みたいなもの。僕は元々、遺伝子学専門の研究者ですからね。彼たちの制作に関わりましたし」
森先生が来たのは、バイタルチェックと様子を見に来たからだ。SSR計画で制作された人間の健康状態を確認と安全を守るのが森先生のアルカディア機関の人間として役目である
「徹也君に関して言えば、あまりにも謎だらけなんですよ・・・制作の時に彼の寿命はせいぜい10年が限界だと結論が出たのに関わらず、現在も生きている。それ故に、健康状態の確認は必要不可欠なんですがね」
「親としては嬉しいですけどね、この子が本来ならとっくに死んでいてもおかしくないと聞かされた時から心配で仕方ないんですよね・・・いつ、この子死んでしまうのか」
「・・・プロト0、山岡徹也君は将来テロメアに異常が起きことを予想され、機関にいる間にも起きていたのに関わらず、現在は普通の人間と変わらない・・・大きな病気でもかからない限りは、真っ当な人として寿命を全うすると思います」
「・・・一度、予想を外してるから、どうも信用が」
「それを言われると弱りますね・・・」
意地悪く反応する華に、困惑してしまう森先生
「そもそも、アルディア機関が保有している演算ユニットは、当時でも、現在世界各国で保有スーパーコンピューターの性能を凌駕する性能で、不確定要素が少ない予想が外れることは可能性は極めて低いはずなのに・・・徹也君だけじゃなく、SSR計画で生み出された子供たちの一部には、予想されないスペックを持つ者まで現れ始めた、何かしらの奇跡が起きたとしか考えられない・・・」
「研究者が奇跡と呼ばせるとはね・・・というか、信じてるものなんですか?」
「人体や、生命というのは実に不思議なことがありますからね・・・少なくとも、僕は奇跡というのを信じてますし、奇跡に賭けることもありますよ。僕たちは神様ではなく、ただの人間なんですから。人間だからこそ、奇跡を起こせるし、信じれる」




