ACT.47 箱崎姉弟と結衣 4
『・・・来たのはいいけど、なんて言えばいいのよ』
喫茶店たかのすの入口の前に立ちすくんでいた私、箱崎奈緒は勇気に諭されて・・・いや、脅されて・・・それもおかしいか?
なんやかんやあってこの喫茶店の前まで来て、立ちすくんで、ボヤいてしまった
結衣とは同じ学校だから面識があるにはあるが、まともに話したことはないし、むしろ嫌がらせをしていた側だから会話が思いつかないのは無理もない
あれでもない、こうでもないっと考えていたら、喫茶店のドアが勢いよく開く。開いた風圧でこっちが倒れそうなぐらいに
『箱崎さん!待っていたよ!さあ!入って入って!お礼したいから!』
そこには、すごく明るい笑顔の鷹見結衣がお出迎えした。コチラが有無言わずに腕を引っ張られて、喫茶店に入らされ、紅茶・・・いや、レモンティーや菓子が用意されたテーブルに座らせられる
『勇気君からメールで見たよ!箱崎さんが見つけてくれたんだって!?私のキーホルダー!いやー私もうっかりしてて、落ち込んで学校も休んじゃってね』
一瞬何を言っているのかわからなかったが、勇気が許さないと言った意味がよーくわかった。私の弟が違う意味で可愛いと思った。随分陰湿というか、残酷な状況を作ってくれた
このまま話を合わせてエンブレムを渡すか、いや、作ったエンブレムと捨てたエンブレムは見ればわかる程違う
磨いたとか、綺麗にしておいたとかそういう言い訳も出来ないわけじゃない。だけど、この鷹見結衣という人間は見抜くにだろう
私はいろんなことを考え、言葉を詰まらせて・・・結局なにも言わずにエンブレムを渡した
渡されたエンブレムを受け取った結衣は、不思議そうにそのエンブレムを見るが
『ありがとう、見つけてくれて』
勘づいた上で感謝の言葉を言ってきた結衣に、そのまま状況に流されて、真実を伏せれば追求されることはない。人を傷つけて騙したまま、自分は何一つ損をしないで
違う、あの時なんでエンブレムを作る気なったのか、手の擦り傷を作ってまでやったのは自分が許せなかった
『違うの、結衣さん!それは私が作った偽物なの・・・本物は川に投げ捨てたの』
結衣に自分がやったことを全部話した。本物の見える偽物のエンブレムを作ったぐらいで、到底許されないと思った。どんな罵倒も憎まれ口でも暴力に振るわれても甘んじて受け入れる気でいた
真相を知った結衣は最初は驚いて聞いていたが、静かに、穏やかな表情で聞いてくれていた
『箱崎さんは私に会うのも、私と話すのも辛いはずなのに話してくれた。だから泣かないで』
泣いてたようだ。結衣に指摘されるまで気がつかなかった
『私は箱崎さんがやったことは、決して許さない。だから罰として、私と友達になろうよ。箱崎奈緒さん』
ちょっと何言ってるのかよくわからなかった
『勇気君から前々から話を聞いてたから、友達になりたいなってずっと思ってたんだ。丁度いい交渉材料かな?って。箱崎さんは私に許してもらおうと思わないし、私も許す気がない利害一致だよ』
『なんか嫌な言い方というか、表現というか』
『それに、勇気君は言っていたんだ。お姉さんを救いたい、もう一度笑顔になって欲しい。思い上がりって思われるかも知れないし、何様だよと思うかもしれない。だけど、少なくとも私は箱崎さんが心の底から笑ったことを見たことない。友達に囲まれて、親しい友人がいるのに楽しいそうに見えない』
図星だった。いや、気づかない振りをしていた。真里が変わってしまった時から、私は自分自身のありのままの姿を抑えてきたからだ
「結衣ちゃんよく見ているもんだね」
「まあ、中学も同じクラスだったからね。ただ、他の人が見てもわかるぐらい、私は笑っていなかったし、楽しそうに見えなかった。ただ、指摘してきたのは結衣だけだったけど」
それから、結衣と他愛のない話をレモンティーを飲みながら続けた。勇気とはどういう関係なのか、いつ出会ったのか、どういう車が好きなのか・・・ただ、ホークマンの話題を触れないほうがよかった。ヤベェーぐらい語る語る
ただ、その会話の時間が久々に楽しいと今でも言えるし、なんでこの人ともっと早く出会わなかったのだろうか、なんで仲良く出来なかったのだろうかと。勇気が惚れる理由がわかった気がする。私も男の子だったら結衣に惚れていた
話の話題は真里の話になった
『箱崎さんだけじゃない、真里さんも救いたい。今の状況は間違っている』
『わかっているけど、私じゃ真里は変えられない・・・結衣さんとも友達になれればいいんだけど』
それは叶わないというのは、二人ともわかっていた。真里と結衣は根本的に合わない人間性であり、結衣はともかく真里は反発してしまうのは目に見えていた
真里も私にとっても掛け替えのない人には変わりないが、結衣と友達という関係になれば、おそらく真里とは友達として破綻する
「そういえば、その頃の結衣ってロングヘアーって知ってる?」
「そうなの?今の結衣ちゃんの長さだとセミロングって言うんだっけ?・・・髪の長い結衣ちゃんも似合って可愛いと思うけど・・・なんか関係あるのか?」
「大あり。結局、真里とは友達として決別することになった」
結衣にエンブレムを渡して、後日のこと。真里と話し合った結果、荒れた、大いに荒れた。真里が
口喧嘩なんかじゃない、一方的な罵倒の言葉と暴言、終いには刃物を出して振り回してきた真里だが、結衣が止めに入った
その際、振り回された刃物で綺麗な髪の一部がバッサリ切られてしまうが、並外れた身体能力を持つ結衣はその力をもって刃物を掴んで取り上げ、真里の顔に平手打ちをして倒した
『私の友達にこれ以上傷つけるなら、今までのように黙ってやられっぱなしじゃない。遠慮なく徹底的に倒す!』
宣言・・・その姿は堂々と、周囲は畏怖を感じただろう。私も感じた
刃を素手で掴んだ右手から血が流れ、刃物を放り投げる。倒した真里を見下ろしながら言うんだから
『安道真里。あなたに奈緒の友達を名乗る資格はないよ』
結衣は私の腕を掴んで、その場から離れた
『裏切り者!!!!』
それが真里が私に対して、最後に言い放った言葉だ。憎悪に、そして悲しげに
それから真里と会話も、会ってもいない。その出来事から数日後、真里は転校して行ったからだ。以降音沙汰もなく、もう関わることはないだろうと思っていた
「んで、そこからは順風満帆な中学校生活だった訳か」
「いや、結構波乱と忙しい日々だったような。嫌がらせした相手とか、傷つけた相手とかに謝りまくったし、その過程で恨み言とか散々言われたや。結衣と一緒に入れば、人助けとか手伝わされるし・・・だけど、私自身がありのままの自分でいられるようになって、再び車と向き合うことができた」
そこからは勇気とお父さんと仲直りし、榛奈自動車部に出会って、そして中学卒業後は結衣と共に榛奈高校に入学して、自動車部に入って、加奈達と阿部に出会って・・・勇気も榛奈高校に入学して、徹也が転校してきて阿部と仲直りすることになって・・・
「だけど、安道真里は再び奈緒と結衣ちゃんの前に現れた」
「どういう経緯で自動車部にいるのかわからないけど、結衣に対しての復讐だとしたら」
行衛という人物があちらにいる時点で結衣の弱点はバレている。やることは想定がつく
そこからはしばらく黙ってしまった。聞いた阿部もどう返答するか迷っているようだった
「奈緒がメカニックとしての資格・・・いや、車好きである資格がないと思ったのはそういう過去のいざこざがあったせいか」
「でも、話して思い返してみれば、そんな悩みなんてどうでもよかったかもね」
少なくとも、結衣とそしてここに一人、今の私を好きって言ってくれる人がいるんだから
「私は結衣を信じる。真里なんかに負けない」
「・・・やっといつもの強気な奈緒らしい言葉が出たな」
勝気で車が好きで、メカいじりが特技で手先が器用な女で結衣の親友、それが箱崎奈緒という人間だと再認識する。誰にもそれを否定させない