ACT.46 箱崎姉弟と結衣 3
「私たち、友達だよね?」これが安道真里の口癖であり、私、箱崎奈緒を縛り付ける言葉だった
小さい頃から、真里は人を惹きつける魅力があり、私もそれに惹かれた人の一人だ。徹也や結衣とは違うタイプの魅力というべきなのか
そして、人をまとめるリーダーとして資質を兼ね揃えた人物でもあった
友人もかなりいたが、いつの頃か徐々に嫉妬深く、残忍な性格が裏で露わになったのは。中学に上がってからそれはエスカレートした
自ら手を下さないで、気に入らないものは虐げ、言うことを聞かない友人も孤立化させ、弱った隙を付いて「友達だよね?友達なら頼みごとを聞いてくれてもいいじゃない?」が決まり文句となっていた
真里を止める人も、逆らう人は私を含めていなかった。もしくは避けていたというべきか
「たしか、その頃だっけな?小学の高学年から中学二年の春ぐらいまで。私は車に興味を失せていた頃・・・いや、本当の気持ちを抑えて、車に興味のない素振りをしていたの。今時の女の子を装ってた」
「車好きの女子って、傍から見れば普通じゃないかもな」
「ハブられたくないとか、そういうことだね。そのせいでお父さんとか勇気としばらく不仲だったし、帰宅時間も遅かった。まあ、反抗期だね」
中学一年の頃の話になる、昼休みの教室で真里のグループで愚痴を言い合っていた
その頃、クラスの風紀委員の女子に目をつけられていた私達はなんとか痛い目に合わせられないかと
『確か、あの人自転車通学だっけ?いっそう止まらなくなって焦ったりしない?』
そんな事を提案した真里に、周囲は共感し、実行することになった。手先が器用かつ、車関連に強い私に、実行犯の白羽の矢が立った。人を傷つける意味も、大事になることもわからずに
当時、中学の通学路には長い坂道があって、下り坂では必ずブレーキをかけなければならない。自転車のブレーキワイヤーに切れ目を入れ、丁度下り坂でワイヤーを切れるように細工をした
「まあ、結果的に言っちゃうと失敗したんだけどね」
「そりゃまたなんで?切れなかったのか?」
「いいや、仕掛けは成功したよ?結衣よ。その時、風紀委員を助けて事なき得たの」
細工通りに下り坂で風紀委員の子の自転車のブレーキワイヤーは切れずに、制御不能になっていた
ところが、偶然にも下り坂にいた結衣が、制御不能になった自転車を追いかけて、後ろの荷台に捕まり、両足を道路に引きずることで強引に減速させ、一大事になる前に止めた
「あ、相変わらず結衣ちゃんの身体能力は凄いな・・・それに、咄嗟にそんなこと出来るなんて」
「結衣らしいちゃ結衣らしいよね・・・その頃は、あんまり気にしてなかったけど、私はメカニックの技術で意図的に人を傷つけようとした・・・あってはならないことをやったのよ」
「それでか、さっき言ったメカニックをやる資格がないって・・・その後、どうなったんだ?」
阿部は、特に気にかかることなく、話の続きを促す。いや、気になっているのだろうが続きを聞くことに優先したというべきか
「・・・その一軒を邪魔されたことで、真里のターゲットは結衣になったの。元々、お互い相容れぬ同士かつ、前々から結衣のことを気に入らない真里は、これまでにないぐらい嫌がらせや虐めを行った」
靴や物を隠したりするのは序の口、水をぶっかけたり。段々エスカレートして、あらぬ悪い噂を流して孤立させたりしたが、結衣は平然としていた。変わらず、堂々と、理解してくれる友達がいなくなっても鷹見結衣という人間は相変わらずだった
月日が流れて、二年生に上がった頃。結衣をますます気に入らない真里は、確実にダメージを与える為に冤罪で結衣を嵌めた。結衣は出席停止処分を受けたが不適切処分として、取り消しになった
「いくら叩いても凹まない、ダメージのない結衣相手にして来たことで、徐々に真里の取り巻く環境にも変わってきたの。真里の行き過ぎた行動に良心の呵責というべきかしら、止める者や友達として離れる者が出始めた」
「・・・もしかして、結衣ちゃんもそれを狙って我慢していたのかな?」
「そのうち飽きるんじゃないかって思ってた節もあったみたいだけど、真里が結衣に虐めのターゲットにしたおかげで被害を抑えられていたから、所謂スケープゴートっていう行動かしら」
「悪いことは正す」この信条を持つ結衣が、どうして真里相手に出来なかったのかというと、明確な証拠がなかったのもあるが、ターゲットを自身に向けるという狙いもあったのを、後に聞いた
本当に、結衣には頭が上がらない
「そして、私と真里を決別となり、結衣と友人になったきっかけが起きた」
真里がどこから聞いたのかわからないが、結衣がお守りのよう持ち、命の次ぐらいに大切にしているホークマンのエンブレムのキーホルダーのことを知ったの
結衣は普段それを、鞄の中で無くなさないように管理しているぐらい
話を聞いた私も、流石にそれを止めようとした。真里の様子も正気とは思えなかったから
真里は逆上して、私に食ってかかってきた
『奈緒は私より、結衣の方が大事なの!?』
『そ、そんなことないけど・・・だけど』
『奈緒?友達でしょ?・・・大丈夫、奈緒にしてもらいたいことは簡単なことだから』
真里と私は放課後に河川敷に来て、真里が密かに奪ってきた結衣のエンブレムを私に渡してきたの
『奈緒、これを川に向かって思い切り投げて』
『ま、真里!?』
『大丈夫よ奈緒、誰にもバレない。結衣だって知りようがない』
そう言われても、躊躇っている私に真里はいつもの決め台詞を言う
『私たち友達でしょ?奈緒・・・一蓮托生。それとも、私を裏切るの?』
この時点で友達の関係じゃないって、気が付けば後悔はなかった。私がその言葉に抗える強さがあれば
その言葉に負けて、私はエンブレムを投げた。遠くに、ポチャンっと虚しい音は今でも忘れらない
次の日から結衣は学校に来なかった。余程ショックだったらしい
エンブレムを投げ捨てた次の日、家に帰宅した私は勇気に胸ぐらを掴まれ、壁に押し付けられた。その時の勇気の表情は、数十年一緒に暮らしてきて、見たことのない憎悪と怒りに満ち溢れたものだった
おそらく力技で、弟に負けたのは生まれてその時が初めてだ。というか姉弟喧嘩も初めてだったか
『姉さん!あの河川敷で何を投げたんだ!』
勇気からその単語が出てきて、同様したものの、「何にこと?」ととぼけたが追求は止まらない
『昨日、見てたんだよ。姉さんが何かを投げていたのを。あれ、結衣先輩のエンブレムだろ!?』
『なんで、あんた結衣のことを?という離しなさいよ!』
勇気を振りほどこうとしたのだが、全然振りほどけなかった。いつも気弱で大人しいのに、信じられない力で私を押さえつけていた
今思えば、愛の力なんだろうな。この時はまだ、結衣と勇気の関係は知らなかった
『ええ、そうよ!それでいいでしょ!離せ!』
押さえられて苦しかったのもあるが、勇気の気迫に負けて認めてしまった。それがわかった勇気は私を離した瞬間に、グーで私の顔を一発殴り倒した
「マジかよ、奈緒を殴り倒せる男子がいるとは・・・」
「阿部、それはそれでなんか引っかかるけど・・・話を続けるわよ」
私を殴り倒した勇気は家を飛び出し、その日は帰ってこなかった。どうやら河川敷で探していたらしく、警察に補導されて帰ってきた
結局エンブレムは見つからず、どこかに流れて行ったらしい
「・・・あれ?でも結衣ちゃんってそのエンブレム持っているよな?」
「うん、あれは私と勇気が作った贋作なの」
家に戻ってきた勇気は、お父さんと相談して、この設備ならその気になれば同じものが作れるのという話しを聞いて実行に移した
エンブレムの形を作る程度なら、勇気でも作れたけど、問題は装飾だった
「確かあのエンブレムの鷹の装飾、立体的に見えてるんだよな?」
「うん、元のエンブレムもクリア材の反射で立体的に見えるの。3Dプリンターとかで装飾自体は作れるけど、どうやって立体的に見せているかが難しくて勇気は苦戦してたの。私に比べて器用という訳じゃなかいからね」
三日間、徹夜で挑戦してたけど無理が祟って、勇気は熱を出して体調を崩してしまった
その時に勇気が作業台でエンブレムを作っていたことを知ったの
台の上には数十個の失敗したエンブレムの残骸が散らばって、試行錯誤をしていた様子が見れた
なぜ勇気がここまでするのか、この時点でも理由はわからなかったが薄々感づいてきた。きっと勇気は結衣の事が好きなのだろうと
その時何を考えていたのか、何故行動に移したのか、自分自身でもよくわからず、久しぶりに作業着の袖を通し、勇気がやり残したエンブレム製作をした
装飾部分に苦戦していたようだが、手先が器用さに自信があった私にはそう難しくなかった
立体的に見えるのが難しいなら、装飾自体を立体的に作り、本物と見分けがつかないぐらいのエンブレムが完成させた
『姉さんから、渡してあげて』
エンブレムを完成させたことを勇気に言うと、私が結衣に渡せと言う
行けるはずがない、合わせる顔がないって断ったけど
『でも、完成させたのは姉さんだし・・・それに、それは姉さんの罰だ。僕は姉さんが結衣先輩にやったことは許さない』
淡々とたが、憎悪や怒りとは違う感じのトーン
『それに、僕まだ起き上がれないぐらいの熱あるんだけど』
だったら後日渡せばいいとか、言えなかった。というより言わせないぞという雰囲気の言い方だった




