ACT.44 箱崎姉弟と結衣
私立ヴェルサイ学園
自動車部が設立されたのが去年の夏頃であり、安道真里が先導して作り上げたチームである
ヴェルサイ学園自体にノウハウのないが、小規模なチームや多少性格に問題がいるチームメンバー等やメカニックで集め、学園外の生徒が大半で編成されている。部活というよりはクラブチームに近い
設立されてから日が浅いにも関わらず、2チームで参戦し、2チームともSGTの本戦に出ている異例の戦績を上げている
ピットガレージ
「ドライバーの実力と車両スペックを比較して、ヴェルサイ学園の本命とも呼べるのが行衛達がいるチームだ」
車両セッティングをするメカニック班と、戦略会議を行うドライバチームに別れて行動をする
伊東、桜井、リリス、勇気、結衣、そしてAIであるアイ。ディスプレイ使いながら打ち合わせをする
〈結衣様がセッティングを決めてくれたおかげで、戦術パターンと走行ラインの演算。予想される相手のフェイントタイミングと戦術、ブロックラインのデータはあらかた揃いました。データはコチラです〉
AIアイが表示したデータは、その数3桁を越えていた
〈一応、ご主人様の戦術パターンを参照し、これでも情報は絞ったほうなんですが・・・ご主人様でもないと、この情報量は覚えて捌ききれないですかね〉
「徹也って、もしかしてこれをいつもやっているの?こういう、情報は徹也に任せていたから知らなかったけど」
リリスも知らなかった、徹也の精製した情報量の多さだが、桜井と伊東は先の試合を思い返す
「悠一の走行パターンを全部見極めていたのが、この情報量を全部覚えて、瞬時に拾捨選択判断していたからこそ・・・」
「高速走行しながら、人間離れした思考をしていれば、ぶっ倒れるわけか・・・だが、こんなの一朝一夕で覚えきれるもんじゃないし」
〈AIである、私が直接指示してオペレートする訳には行きませんからね・・・とは言え、もう少し絞り、必要最低限のパターンを覚えて頂くしかないです・・・結衣様が悪質なテクの毒牙にかからないように〉
とは言え、この情報量を使わないのはもったいないと思っている人間が一人が声を出す
「徹也先輩の代わりに、オペレートが僕がやります。この一ヶ月結衣先輩の走りを見てきて、徹也先輩の戦術を叩き込まれた僕なら出来るはず・・・いや、出来ます」
「そうか、勇気君は私達と一緒に練習付き合っていたから・・・」
「この情報量を正しく判断するのは並大抵の観察眼と判断力を要求される。下手にオペレートは返って逆効果じゃない?」
〈リリス様、勇気様の提案は悪くないと思います。勇気様のレポートを拝見しましたが、ご主人と劣らない観察眼持ち主と判断できます〉
レポートとは、徹也の指示で練習終了時に書かされているものだ。些細なことや気づいたことでもいいから文字でも絵でも書けと言われていた
〈ドライバーとメカニックの視点で観れる勇気様は最善の役割です。それでも不安でしたら私と勇気様の二重オペレートという形。私がパターンを絞り、勇気様が判断し、結衣様に指示する〉
意外と勇気を評価する、AIのアイに。リリス達三年生たちは驚いた表情をする
それ以前に、いつも気弱な勇気が積極的に発言するのは珍しく、立候補までしてくるなんて思ってみなかったのだろう
「私も、勇気君なら信用出来るかな。お願いしていい?」
「はい・・・!」
好きな人に頼れた人間の返事は、少し幼く、強い決意を感じされるものだった
「なあ、リリス。徹也がオレに仕掛けたような技って、結衣にやらせることが出来ないのか?」
徹也が伊東に仕掛け、勝敗を分けた技のことだ
「いや、あれは何が起きたわけ?確かに徹也も変わった動きをしていて、最後は物凄い気迫を感じたけど・・・」
〈伊東様が言っているのは、ステルスアタックとプレッシャープッシングのことですね。あれはご主人だから出来る芸当で、オペレート有りでも、結衣様にやらせるのは無理です〉
「ステルスアタック、常に相手の死角に居続けることで、まさしくステルスって訳か」
〈ええ、相手の視界の動き等をその場で分析して覚えてないといけないので・・・ただし、効果は絶大でしょう。いつ仕掛けてくるかわからないという心理に追い込めます〉
「隙を見せれば、消えるラインで仕掛ける。特に初見ではない相手には効果のある技か」
〈そして、プレッシャープッシング。威圧感で相手を怯ませてミスを誘発させる。言ってしまえばほぼ気合ですね〉
「気合であんなこと出来るものなのか・・・いや、というか現実にやられた訳だが」
〈元々は、ご主人の技ではなく。明堂明音様の技を拝借しているものですね〉
「明堂明音って、今の明堂学園のリーダーで。闘争心溢れる走りから、闘走の明音とも呼ばれる人じゃない・・・」
〈その通りです桜井様。ご主人がもっとも尊敬している人物でもありますね〉
「結衣とは正反対のような、感じだもんな・・・闘争心溢れる走りは性格的に、結衣には出来ないか」
時刻は22時を過ぎ、ドライバーチームある程度打ち合わせを終わらせるが、メカニックチームは工具の使う音を響かせながら作業を続ける
「芝先輩・・・お、流石」
アルトの下に潜りながら、作業をしている阿部が足回りの調整をしている芝に声をかけると、次に使う工具を無言で渡す。芝はどんな作業をしているか、どれが必要なのか理解しているからこそ出来る
ドライバーシートに乗りながら、タブレットを動かす杏奈は阿部の作業の終わりを待つ
「阿部、どう?」
「もう少し・・・よし!今出ます!」
アルトの下から阿部が出てると、杏奈はエンジンをかけ、データ入力していたタブレットを車体に繋げる
アルトがエンジン以外の作動音が鳴り、セッティングモードに入る
ECUユニットと車体に巡るナノマシンオイルがフル稼働し、自動でエンジンの回転数やトランスミッションが動く
「セッティング完了まで10分ってところかな・・・」
「杏奈先輩」
ドライバーシートにもたれ掛かって、タブレットと睨めっこしていた杏奈に、結衣が声をかける
「結衣、打ち合わせ終わったの?」
「ええ、勇気君や先輩達はもう少しやるみたいんなんですが・・・」
そろそろ休めとか言われたんだろうなって、思う杏奈
「杏奈先輩、私も何か手伝えませんか?」
「大丈夫だよ結衣、あと1時間ぐらいで終わるから・・・先に休んでてよ。肝心な時に倒れたら洒落にならいもの」
「でも・・・」
杏奈は結衣の気持ちもよくわかる、なにかしてないと落ち着かないのだろう
「結衣いい?あなたはドライバーという重要な役割があって、私達もメカニックという重要な役割がある。言わば、メカニックは車の主治医、医者そのもの。結衣だって病気になれば医者や病院に行くでしょ?」
「ええ、まあ・・・」
「そういうこと。車好きなら自分の車のメンテナンスもやれなといけないとかそう言う人がいるけどね。私はそう思わない、タイヤ交換からワイパー交換の簡単な作業でもプロのメカニックに任せるのは有りだと思うし、正しい判断だと思う」
杏奈は運転席から降りて、アルトに手をかけながら眺める
「私達は最高の状態のアルトでドライバーに走ってもらいたい。メカニックとして腕と知識を身につけ、技術を磨いてきたの誇りと意地に賭けて。なにより、結衣を信じているから、このぐらい苦じゃないの。だから、あなたは休んでなさい」
「・・・わかりました、お願いします」
「ええ、お休み結衣。少しうるさいだろうけど、我慢してね」
信じてくれる、そう言われるのは好きな結衣は喜びながら寝床に行く
メカニックとして誇りと意地・・・結衣と杏奈先輩のやり取りを聞いて、自分には胸を張っていそう言えるのか、そもそも自分に車をメンテナンスやセッティング、チューンをする資格がないのではないかと。安道真里・・・その名前を聞いていなければ、こんなことを考えることはなかったと思う
そう考えながら、左リア側のセッティングをしていると足元に工具を落としてしまう
「あだ!?」
間抜けな声を出しながら、悶絶してしまう。案外痛い
「奈緒!?大丈夫!?」
「大丈夫です、上村先生。工具を足に落としただけなんで・・・あだだ・・・」
「らしくないわね、奈緒・・・呆けていたの?」
らしくないと言われれば、その通りなんだろう。車の作業している時に、そんな姿を見せることなんて今までなかったからだ。心でどこか揺らいでいるのだろうか




