ACT.43 嫌だ。
SGTの2回戦以降の試合は、戦略会議が重要になる
タイムアタックでのマシンポテンシャル、1回戦における1on1バトルによるドライバーの技量や傾向で戦力をほぼ晒しだした以上、いかに優位に戦えるのか、正しいセッティングや戦略を導き出すための打ち合わせをするかしないかで、勝敗を大きく変わる
情報戦も制するものが、SGTを制する要因になる一つである
商店街 ピットガレージ
「相手は22型のワークスR、解析結果は中回転域タービン換装。コーナーの多いタイトセクションに絞ったチューンをしていると思われる。コーナリングの映像の車体の動きから、コーナリング性能、重量はこちらの23型のアルトとほぼ互角と見ていい」
桜井が、アイの解析や杏奈達の意見をまとめた上でワークスRのスペックやセッティングを暴く
「ドライバーの安道真里のドライブタイプはジャマータイプと推測、一回戦では先行で走り、後続車をスピンさせて勝利しているけど・・・」
「やり方が接触させてスピンをさせている。そしてペナルティが後続車にかけられている・・・意図的に、AIの判定を利用して後続車に接触させるようにしている・・・随分、悪辣な走りをするわね」
真里らしいドライブタイプと走りだと思いながら、桜井とリリスの話を聞く。結衣、奈緒、勇気
「んで、徹也のデスクトップにあったデータを見ると、行衛の奴も同様の技術を使う。ペナルティープッシング。意図的に相手にプッシングさせるように仕向ける技みたいだ。安道真里がこの技術を会得したか、行衛がオペレートしていたか・・・悪質なテクだが、それを実行できるだけの技量を持っている。実際に勝負してみないとわからんが、実力は結衣と加奈と負けず劣らずかもな・・・」
「でも悠一、タイムアタックの結果は下位よね?」
「案外、そうでもないんだよな杏奈。タイトセクションでのタイムを見てみろよ」
伊東は予選でのタイムアタックの詳細データを表示させ、各セクションでの計測タイムを出すと、タイトセクションではヴェルサイ学園のチームの方が速い
さらに調べると、コーナリング時の最高速度もワークスRの方が上という結果
「タイトセクションの絞ったチューンだけではなく、それを操れる技量もある訳か・・・うーん、先生ならどういうセッティングにします?」
「そうね・・・選ぶとしたら、相手には伸ばせない長所で攻めるか、同じ土台に上がるかの二択」
「一朝一夕にタービンを取っ替えるなんてことはないから、ECUユニットと足回りの調整でストレートのノビと最高速か、コーナー立ち上がりの加速重視にするかの二択ですか?」
「その通り杏奈。私なら前者を選ぶけど・・・相手が相手だからね」
二択であり、もっとも優位に立てるもの選ぶのだが。今回のような悪質な相手だと選択に悩まされてしまう
「タイトセクションで、ああいう悪質なテクを使われることを考えるとな・・・・・なあ、リリス。その手首はどうだ?」
「ちょっと悠一、それは・・・」
手首に包帯を巻いているリリスの手首を見ながら質問する伊東先輩に桜井先輩が咎めようとするが
「わかっている上で聞いてる。この手の使う相手に結衣を走らせるか?いくらブラインドアイで恐怖を誤魔化しても、直接的にプッシングなんてやられたらどうにもならないんじゃないか?どうなんだ結衣?」
「・・・ブラインドアイは森先生の催眠治療と自身の自己暗示によるもので、接近戦で近づく分なら問題ないんですが、強いプッシングなどの衝撃を受ければ暗示が解けるらしく、そういう条件で解けて、発作が起きればブラインドアイでの自己暗示は二度使えないそうです」
「プッシングを受ければ、発作が起きて走行不能になる・・・今回ばっかりは結衣で戦わせるのはダメなはずだ・・・どうなんだ、リリス?」
包帯に巻かれた右手首を見ながら、リリスが口を開く
「医者からは、激しいハンドル操作を行うレースはダメだって言われてる。まだ完璧には骨がくっ付いっていないから・・・徹也も復帰できる見込みもない。だからって結衣に走らせるようなことも選べない」
ここまでの相手のデータとこちらの状況を考え、誰も言いたくない選択肢をリリスも言うのも躊躇うが、上村先生が発言する
「試合放棄という選択肢・・・もっとも最善な選択を考えるとなるとそう行き着く」
「先生!それは・・・」
結衣が上村先生の意見に物申そうとしたが、遮られる
「結衣、さっきの条件で発作が起きたら、ブラインドアイが二度使えなくなるだけじゃないでしょ?二度と車が運転出来なくなる可能性があるというのを」
「え!?上村先生なんでそんなことを・・・」
それは、結衣と徹也・・・そして、森先生以外には知らないはずの情報だ
ブラインドアイを使いこなせるなった時に、森先生の心理学的な推測による受けた忠告であった。もし、ブラインドアイが解けて発作によるフラッシュバックが起これば、精神的に破壊され、二度ハンドルが握れなくなり、車が運転出来なくなる可能性・・・結衣は相当リスクがあるのを承知でやっていた
「森先生から聞き出しておいたのよ。目を瞑ったまま、コースを走るなんて神業にノーリスクな訳がないと思ったからね・・・一回戦とか他の相手ならまだ私も黙って見守るけど、今回ばかりはね・・・結衣、ドライバーとしての生命を賭けてまでやるような勝負じゃない」
ドライバーとしての生命を失う可能性のある戦い。上村先生の言葉に先輩達や奈緒も考えさせられていた
「私は先生として、そして一人のメカニックとしても結衣や皆を信じている。信じて、愛しているからこそ・・・」
「嫌です。絶対に試合放棄なんて嫌です」
普段が優しく、大人しく、少し抜けていも、素直に言うことを聞く結衣らしかぬ物言いに、全員が驚きつつ呆気にとられてしまう
「負けるのも嫌です。試合放棄なんてもっての他・・・予選のタイムアタックで敗北した人やラッシーチーム・・・加奈ちゃんに失礼だよ!これは私のドライバーとしての生命だけじゃない、この舞台に来られなかった人達に対して、応援してくれる人達に応える為に勝たないといけないはずだよ!・・・それに、海王渉にも言われたんですよ、負けるなって・・・!」
立ち上がり、声を荒らげながら言う結衣
「徹也も試合放棄なんて選択は絶対しない、勝つための手段の放棄なんて。どんな相手でも全力でも戦えって言うと思うよ。全力で戦った結果がなんであっても、私は後悔しない」
「でも結衣、今回は相手が悪すぎ・・・」
「だからなんだって言うんですか!信じているなら、勝つことを信じてください上村先生!・・・私は大丈夫・・・大丈夫だから・・・」
もはや勢い任せで言う結衣に、上村も黙ってしまう・・・というか、唖然としている
「・・・上村先生、先輩の皆さん。僕は結衣先輩に同意します」
立ちあがり、結衣の意見・・・いや、覚悟に賛成する勇気
「そういえば、徹也も今の結衣と似たようなことを言ってたな。勝負事に己の夢や野望、願いを掛けて戦っている。負かした相手の想いを背負って勝つづける覚悟がない奴が勝負事に挑むなってな・・・もっとも、ヴェルサイ学園の奴らにオレたちの想いは背負って欲しくないがな」
「それに試合放棄なんて、何為に私達が来たのか。勝つ為の手段を手伝う為たがらね」
伊東と桜井、そして無言で無表情だが、芝も同じ思いである
「リリス、私もここまで言う結衣を信じるよ」
「杏奈、あなたまで・・・」
「ドライバーにここまで言わせた以上、メカニックとしても引けないよ。奈緒、あなたはどうなのよ?」
「こう言った以上、結衣に何を言っても止められないですからね・・・それに、私も逃げるわけにはいかない」
「オイラも試合放棄には反対だ」
試合放棄をしない、賛成多数の状況
「リリス、先生、どうします?まさかこれで引けとは言いませんよね?」
意地悪そうな表情と声のトーンで問う杏奈
賛成意見の全員が二人を見ながら、返事を待つ
「・・・・・ヤバイと判断したら、即リタイヤする。その条件でどうです?上村先生」
「仕方ないかしらね、生徒の意向を蔑ろにする程、私も野暮な人じゃないからね・・・」
やむ得ないという感じで、リリスと上村は同意する
〈話はまとまったそうですね。結衣様、ご主人を引き合い出した以上、私も全力であなたを信用しましょう〉
「AIに信用とか、そんな感情があるのか」
〈信じる心は素晴らしいことだ、教えらていますからねメガネ〉
何故か、阿部に対してはやや辛辣なAIアイ
「話が脱線したわね。とりあえず、結衣一人で今回は戦ってもらう訳だけど、セッティングパターンをどうするかね」
リリスが話を仕切り直す
「最高速重視か、加速重視か・・・いっそうドライバーである結衣に選んでもらうべきかもね」
「いいんですか?杏奈先輩」
「メカニックと戦術的な視点は最高速重視なんだけど、ドライバーである視点からどう見てるかなって」
結衣は少し考えながら、ディスプレイに映し出されているワークスRを見て決断する
「加速重視でお願いします」
「加速重視・・・理由とかはある?」
「いえ、特には・・・強いて言うなら、コーナリングにはコーナリングに対抗する」
特に深い理由がなく、聞いた杏奈はありゃ?って間抜けな声を出してしまい。伊東は少し笑いながら結衣に問う
「目には目をってか、結衣?」
「うーん・・・同じアルトで、似たスペックなら技量で勝負してみたいというかなんというか」
「対抗意識みたいなもんか・・・だけど、そういうのも重要かもな。優位に戦えるという選択は相性だけとは限らないか」
ドライバーのモチベーション、徹也ならそういうことも考慮するだろうなって考える伊東であった




