ACT.39 SGT地区大会 一回戦 3セット目 S660VSアルト〈プレッシャープッシング〉
先行S660、後追いアルトの1セット目と同じポジションにグリットラインに並びシグナルの点灯を待つ
コースチェックなどで時間がかかり、スタートが待たされる場合がある
〈感度チェック、感度チェック・・・〉
「聞こえてますよリリス先輩、モニター見かたは教えた通りですけど・・・」
〈まあおおよそ、わかった。しかし、自作とは言え凄いわね自己判定プログラムなんて〉
モニター繋げてるタブレットにアルトの走行データ、映像等から現時点のおおよその総合判定の点数を自己判定するプログラムを組んで起動させている
優勢か劣勢なのかをリアルタイムで判定してくれる
「もっともプログラムを頼らずとも、試合内容見ていればわかりますけどね・・・こちら劣勢ですよね」
〈・・・プログラムもそう判断してるわね〉
2セット目で一時的に抜かれたのが大幅なマイナスポイントになったのだろう
〈かなり攻め込んだ走りをして点数を稼ぐか〉
「確実に勝つならノックダウンで勝つしかない・・・追い込まれたのはこちらか・・・」
どのみち判定勝負に持ち込む気はなかったが
リリス先輩と状況判断していると、奈緒が通信に割って入ってくる
〈徹也もリリス先輩もなに悲観的な話をしてるんですか!ここまで来たら勝つしかないでしょ!結衣がここまでやったんですから!徹也!負けたら承知しないよ!〉
「何も悲観していないさ。現実を受け止めていたんだよ」
〈それでも前向きに考えなさいよ。あんた明堂の鉄心なんて異名もあるぐらいなんだからさ〉
ああなるほど、そういうことか奈緒
「それで励ましてるつもりか奈緒?心配するな。勝つのはオレ・・・いや、オレたちだ」
〈・・・それが聞けてよかった。やっぱり徹也はそうじゃないと〉
「オレを何だと思ってるんだよ?まあ、期待されるのは悪くない、嬉しいことだ」
通信が終わるとシグナルが点灯し始める
赤・・・黄・・・緑!3セット目がスタート。両者ともタイヤを鳴かせながら走り出しスタートダッシュするS660とアルト
スタートからストレートは距離を一定の距離を保ち、第3コーナーフルブレーキングポイントタイミングにささしかかる
「さて、仕掛けさせてもらうぞ徹也」
S660が動きを見せると、ブレーキングタイミングを大幅に遅らせオーバースピードでコーナーに突っ込み
それに釣られてアルトもコーナーに突っ込む
ホークイリュージョン、徹也の技を初手から仕掛ける
アンダーステアでコーナー外に膨らむS660をMR駆動特権の旋回能力を活かしクリアする
〈徹也!!〉
「叫ぶな奈緒!耳が痛いだろうが!」
ドローンの映像から見ていたであろう奈緒が叫ぶ、耳の中で叫ばれるようなもんだからたまったもんじゃない
ホークイリュージョンを仕掛けてくるのはわかっていたから対策は取れる
制御が難しくなるアルトをサイドブレーキを使い車体を無理矢理に横に向け、FドリでS660と同様のラインでクリアする
〈流石!〉
「調子がいい奴だなオイ!リリス先輩、奈緒からインカム取り上げてくれ」
自分の戦術とドライブテクニックを参考にしているなら、ホークイリュージョンの原理もある程度理解した上で伊東先輩も使えるだろうとは思っていたのと、やるなら初手から仕掛けてくるのは予想していたが、こちらにその技は通用しないと印象つけさせるためにワザと引っかかりつつクリアする
これで不用意には使っては来ないだろうが、油断すれば仕掛けてくるか
「少し離れて様子見するか、それとも積極的に仕掛けていくべきかの二択・・・選ぶなら後者か」
第3コーナーからタイトセクション、第4、5、6、7コーナーをS660の後ろをイン側に積極的に攻めプレッシャーをかける。その距離はもはや数十センチ、S660のペースが乱れれば接触するリスクがあるのを承知の上で仕掛ける
時折、ブレーキフェイントやコーナー時ブレーキングタイミングをずらしたりしてきたが並みのドライバーならともかくそういう走りはどのタイミングで来るかはおおそよの検討はついていたので見抜くのは難しくない
伊東先輩がオレの走りのパターンと戦術を研究していたのと同じく、コチラも伊東先輩の走りを研究しこの時の為に予想を何十パターンも立てていた
そして現在の状況から思考しパターンを拾捨選択する。腕で勝てないなら頭で勝負する、ドライブセンスが皆無な人間は経験と知識なければ車は走りこなせない
「よく攻めてくるもんだ徹也め・・・こちらのフェイントは怖くないってか」
〈上手く見極めているというか・・・まるで仕掛けてくるがわかっているんじゃない?悠一?〉
鈴がモニターで見た感じを伝える
「・・・まさか、あらかじめ予想される行動パターンを覚えているというのか?徹也の奴」
〈ここ数日の徹也の行動を見ていれば、頭がいい上に回転も速い・・・瞬時にパターンを拾捨選択して最適な走りをする。そうじゃないとこの走りは説明がつかないよ悠一〉
明堂学園時代の徹也の走行データを見てきたが、後追い時にデータは少ない・・・というよりあっさりオーバーテイクするから短期決戦でノックダウンするパターンが多いからデータが不足していた
予想されるのは消えるラインからの奇襲を警戒していたが、そんな様子はなくプレッシャーを与えるような走りは想定外だ
第13コーナーまで近接戦を仕掛けるアルトだが、ストレートが長いハイスピードセクションに入るとストレートで勝るS660がアルトを少し離すものの、コーナーからの立ち上がりでアルトが勝り均衡した状態になる
1、2周のレース内容はおおよそ変わらず、タイトセクションでアルトはS660を数センチまで近づいてプレッシャーをかけ、ハイスピードセクションでは離れて様子見のような感じで均衡した状態が続き3周目に突入する
観客席
「あー!徹也の奴何やってんだ!あんなに接近戦出来るならいつもの消えるラインで抜けるだろ!」
「まったくだ、いつもの走りはどうしたんだよ徹也!」
徹也の走りの不甲斐なさに憤る宗太と槇乃コーチ
「いつものテツちゃんならあのぐらいの相手ならどんなコーナーでも、どのラインからでもオーバーテイク出来るはず・・・というか準備してるはずだけど・・・どうしたのかしら?」
「傍から見ればそう見えるでしょうけど、あの2台かなり高度な駆け引きをしてますよ陽葵先輩。互いに牽制し合って仕掛けるにも仕掛けられない均衡状態になってるんですよ・・・あと、そもそも速さの技量そのものがS660の方が上というのもありますけど」
最後は辛辣なことをいう渉
「あいつ、派手なドリフトとか変則的な走りを練習していたせいかそれが悪癖になってしまって速い走りが出来ないからな・・・その代わり頭の回転と車のコントロールする技量でカバーしてるが」
「渉、アンタなら徹也の企みがわかっているんじゃない?」
徹也とは長い付き合いの渉は、彼の走りのスタイルと考えは熟知しているだろうと思って聞いてみる明音
その表情は少しニヤついていた
渉は少し考えてから、口を開く
「徹也に無策でこんなリスクのある走りはしない、2セット目で抜かれて点数的に厳しいと思って保険として点数稼ぎしてるとしてもリスクがありすぎる。接触すれば減点とペナルティがついて勝ち目がなくなるし、あれだけ煽れば相手の闘争意欲を引き出して・・・そういうことか!道理で明音先輩がニヤついてるわけだ」
「そうね、自慢の後輩が私の技に頼ってくれるからね」
「よく言いますよ、すげぇ仲が悪かったのに」
「あら、勘違いしていない?今でも仲は悪いわよ?ただし、最高の後輩としては認めているだけ」
レースは3周目に突入し、ホームストレート
「フロントタイヤが限界で、よく引っ張ってこられたが・・・逃げ切られる前にそろそろ仕掛けないとな」
フロントタイヤの食いつきは3セット目から走り始めの時点でほぼ限界だったが、なんとか誤魔化していたもののボロがバレて逃げ切る体勢になったらどうにもならない
とは言え、あちらのS660もほぼ余力が残っていない筈、それ故にフェイントやペースを乱す走りを仕掛けていたが・・・ここで離されたら勝機はなくなる可能性がある
〈自己判定の点数も変わらずね・・・何か手があるの徹也?〉
「最後の手を使うにはまだ・・・この3周目を凌ぐ手なら一つありますよ、伊東先輩が知らないであろう戦術がもう一つ」
〈悠一が知らない?〉
「伊東先輩がオレの戦術と走りのパターンはせいぜい去年の6月までのデータ・・・それ以降は怪我で練習でも走る機会がほとんどなかったから、最近のデータとしてはせいぜい以前勝負した時ぐらい、しかもそのときはあっちが後追い。ホークイリュージョンと消えるラインの応用技は知らないだろうし、明かしてもいませんからね」
〈ホークイリュージョンと消えるラインの応用技?一体どういうものなの?〉
「これは受けた相手にしかわかりませんよ。まあ、どこまで上手くやれるか」
ホームストレートから最高速に乗った状態から第3コーナーフルブレーキングポイントに突入し、ブレーキを踏んだ瞬間に後ろのアルトに動きを感じるとミラーから消えていた
「ここで消えるラインか徹也・・・こちらイン寄りだとしたらアウトから来るか」
慌てずに進入速度を変えずに第3コーナーに突入するが、その時違和感を感じた
アルトが横にいる感じがない、直視する余裕がないが確実に横にはいないことはわかる
咄嗟にミラーを見るがアルトの姿は見えず、コーナーをクリアして立ち上がる際もミラーを見るがアルトの姿が見えず違和感を感じる
タイトセクション第7コーナーで違和感の正体に気づく、到底信じられない答えを
「鈴、アルトはどこにいるんだ?見えないんだ!」
〈?悠一の後ろだよ、少し左斜め寄りだけど?〉
左斜め寄り・・・そういうことだとしても可能なのか?そんなことが
「オレからじゃ徹也の動きが見えない・・・アイツ、常時コチラの死角にいやがる!」
〈え!?・・・でも直視なら!〉
そう言われ、第8コーナー手前で直視確認するもののアルトが見えないままコーナーに突入する
「おいおい!?見えなかったぞ!?」
〈いや、いま真後ろに・・・あ、今度は同じ位置に・・・〉
今まで真後ろでプレッシャーをかけ続けていたのそういうことか、コチラの見るタイミングを見計らっていたというのか・・・だが見えないだけなら自分の走りをすれば
そう考えていたのが浅はかだと思い知らされたのは、第10コーナー。コチラがアウトよりにラインを取った瞬間にインの隙間からアルトが鼻面を突っ込み並ぼうとし、サイド・バイ・サイドの状態に持ち込む
第12コーナーブレーキングポイントまで並び、僅かに前に出ているコチラが優先権があり強気でアウトから前を取り、抜かれるのを防ぐが後ろのアルトがまた視界から消える
「冗談じゃない・・・!どこから仕掛けてくるから分からないステルス戦闘機かよ!」
流石にこんなことが出来るのは想定外、対応策としたら全力で逃げ切るぐらいだ
守りのライン取りから、速さのライン取りに変更するが、判断が手遅れだったというを最終コーナーで思い知らされる
速さを叩き出す走りに変更したことでアルトを十数メートル突き放すが、最終コーナーのフルブレーキング時にそれは起きた
S660から警告アラート音と共にフロントローターから白煙が上がる
「ここに来てリカバリーモードか・・・!」
最終コーナー立ち上がり、S660とアルトのアドバンテージは十数メートル離れているが、S660はリカバリーモードが発動してパワーダウンを起こしていた
相手の視界から消え続けるステルスアタックとリカバリーモードという窮地により、車の動きから伊東先輩の動揺がわかる
勝利条件は揃った・・・が、おそらく伊東先輩のこれからの行動はおおよそ予想がつく
簡単には勝たせてはくれないだろうな
4周目ホームストレート、リカバリーモードは1分以上作動し続けてナノマシンを冷却し続ける
この周のタイトセクションで決着をつけるしかない
パワーダウンしているS660の距離を詰めるがブロックされ抜くにも抜かれない。流石にストレート抜かれるほど間抜けな腕はしていない
フロントタイヤから白煙を上げながら、第3コーナーフルブレーキングポイントが近づきここでS660が今までにない行動に出る
フェイントモーションから直ドリに持ち込んで、第3コーナーに突入する
観戦席の会場、ピットにいる全員が驚く。まさかこのタイミングでドリフトを決めるS660の姿。だが、それ以上にアルトを操る徹也は驚きの行動に出る。コチラも直ドリからドリフトを決めて第3コーナーに突入する
横並びに、全く同じラインでドリフトしながら第3コーナーをクリアしていく2台
4,5,6,7コーナーも同様にクリアしていく
商店街チーム ピットガレージ
「SGTの1on1の試合でなにやってんのよあの2台!?ドリコンじゃないんだから!」
奈緒がインカムで何か言いそうだったが阻止する
「落ち着きなさい奈緒、これはこれで理になっているのよ」
「いやいや、ナノマシンブレーキが使えない伊東先輩はともかく徹也までドリフトする必要ないでしょ!?リリス先輩!」
「悠一のドリフトの行動はブレーキングに頼らず速度を殺せるのと、バリケードのような役割をはたせる。あの状態から接触しないで抜くなんて出来るもんじゃないけど、同じドリフト横並び状態ならもしかしたら隙が出来るかもしれないから徹也もドリフトで対抗してるんだと思う」
互いに利点を考えれば、そう考えるしかないのだが・・・
「でもリリス・・・S660はともかく、アルトはどうやってんのよ?・・・少なくともあんな横に滑らせるような走りは想定していないし、そんなセッティングはしていない。そもそもあの前輪駆動でなんで後輪駆動のようなドリフトしてんのよ徹也は」
「考えられるとした、タイヤのグリップ力がないからだろうけど・・・徹也の技量があってこそ成り立ってる芸当だとしか」
レースは4周目の第8コーナー、2台とも見事なドリフトを決めるがS660の動きに揺らいでいた
そもそも慣れないドリフト走行と恐れず接近するアルトに伊東自身も動揺が隠せないでいた
「第10コーナー辺りで、リカバリーモードが解ける頃か・・・ここで仕掛けるしかないか!明音先輩、技をお借りします・・・!」
アルトから異様な威圧感を放ち、S660に乗る伊東にもその重い威圧感を感じていた
「なんだ?この壁ようなものが迫る感覚は!?アルト・・・徹也からなのか!?」
違和感を感じていたが、考えてる余裕がない状況。リカバリーモード中をどうにか耐え切らないといけないというので精一杯だった。それが勝敗を分けた
第10コーナードリフト状態で2台ともコーナーに突入する
「オレに対する対抗意識があって難しかったが、精神的に動揺させることでやっと成り立つ。明堂明音先輩直伝の威圧感で相手を押し出す・・・プレッシャープッシング!仕掛ける!」
2台ともドリフト状態でコーナーを曲がるがS660の挙動が乱れる
「く!?操作を誤った!?いや・・・徹也のプレッシャーでペースが乱れたのか!」
MR駆動の車で、しかもドリフト中で挙動が乱れれば立て直すのは至難の技であり、壁にぶつかるか、そのままスピンさせるか
ドライバーとして車を守る行動に出る。アクセルとサイドブレーキを併用して180度にS660を向け、アルトはその横をドリフトで抜けきる
S660は咄嗟に止めた為にエンストを起こす
「ふぅ・・・最悪な事態は避けられたか・・・負けだな」
ここでエンジンを再始動させて立て直しても、到底追いつけるものじゃないと察する伊東
「あの時と逆になった訳か徹也め・・・ははは・・・まさか精神的なプレッシャーで押し負けるなんてな・・・」
〈悠一!大丈夫!?怪我とかは!?〉
一向にリスタートしないせいか、鈴が心配して通信してくる
「大丈夫だよ・・・悪い、負けたよ」
〈・・・走れるんならせめてグリットラインまで走ろうよ悠一・・・よく、頑張ったよ〉
S660の向きを変え、リスタートする
一方はS660を抜いたアルトは、最終コーナーをクリアしホームストレートに、そしてグリットラインを通過する
遅れて、S660がグリットラインを通過した時には5秒以上経過し、勝敗は決した
S660をノックダウンさせた、商店街チームの勝利という形で一回戦一試合目の幕が降りた