ACT.36 SGT地区大会 一回戦 1セット目 インターバル
ラッシーチーム ピットレーン
1セット目が終わり、5分以内のインターバル
タイヤのローテーションやドライバーチェンジの時間として設けられている
S660はジャッキーアップされ、タイヤの前後を入れ替え、加奈は一旦運転席から降りる
「加奈、はい」
「ありがとうございます」
桜井先輩がタオルとドリンクを渡し、受け取る
汗だくの顔を拭いて、水分を摂る
「隠れてあっちのチームの練習を偵察していたけど、まさかあんな練習でこんな効果が出ているとは・・・それにアルトも今日まで手の内を伏せてくるなんてね・・・」
桜井先輩はマネージャーであり、他チームの情報収集も兼ねているが今日までアルトのスペックも不明であり、情報戦では徹也が上手だ
「こちらの手の内はほとんどバレてる状態で、よく耐え抜いた方だよ加奈は」
部長は私の走りを励まし、多田に声をかける
「涼!どうだ?タイヤの方は?」
「リア側もそれなりに磨耗してるが、フロント側は想定以上に磨耗してる、前後に変えたらトラクションに影響が出るぞ?」
「それぐらいなら腕でカバーするだろ加奈?」
「それだけリアスライドしやすくなるし、むしろフロント側にグリップがないとブレーキング勝負で引き離されるのは目に見えてる」
「やれやれ、了解。前後に入れ替えておく」
タイヤのコンディションは良い訳ではなく、相手に手の内がバレてるかなり不利な状況なのに。ワクワクしている自分がいる
気分が高揚したのいつぶりだろうか、結衣がPTSDを発症する前だろうか
あの頃はほぼ毎日結衣と切磋琢磨する走りをしていた日々を久しぶり思い出したからだ
不思議と結衣と波長が合う。最近だと徹也そうだ
SSR計画の為に、ホークマンの子供達の仮想敵としてドライビングテクニックを訓練され、車自体楽しいと感じたことはなかったのに
結衣や榛奈自動車部に出会って車の楽しさ、面白さを知り、期待される嬉しさを知った
小柳加奈として楽しく走るのはこれが最後、勝っても負けても私はアルカディア機関の工作員として戻る
最後だからこそ、最高の相手と最高の走りが出来るこの時を自分の持つ力全てをぶつけたい
「伊東部長、ノックダウンは狙ってみるけど・・・今の結衣相手にそれをやるならこっちの切り札を切るけど・・・いい?」
切り札の単語出すと部長は少し驚いた表情をする
「入れるのか!?あの集中状態に・・・」
「このモチベーションが高い状態なら、行ける。ただ逃げ切られたら3セット目のマシンコンディションは保証しないけど・・・」
「・・・構わない、というか反対してもやるだろ加奈?」
「バレたか」
商店街チーム ピットレーン
アルトもジャッキで車体を上げられ、杏奈、阿部、奈緒、勇気の4人でタイヤの前後を入れ替え作業を行う
「少し加奈を甘く見てましたね。ここまでやるとは・・・」
徹也はデータと私の表情で疲れを見て判断する
「どうする徹也?後追いになった加奈はかなり難敵よ?」
「そうですねリリス先輩・・・オレが相手をすべきでしょうね、抜かれずに走りきる自信はありますけど・・・」
徹也が走る流れになってきたのを、私が待ったをかける
「待ってください、徹也、リリス先輩。私が走ります。加奈ちゃんもそれを望んでる」
ピットレーンのラッシーチームの加奈ちゃんの方を見ながら、自分のワガママを言う
リリス先輩は驚いた表情をする、私が意外なことを言ったからだろう
「めずらしい、結衣がそんなワガママ言うなんて・・・」
リリス先輩は私の方を見ながら、少し考えて
「結衣がそう言うなら、私はそれを尊重するけど・・・徹也は?」
リリス先輩は徹也に意見を求め、彼もラッシーチームの加奈の方をみて
するとアルトの運転席に向かい、バックミラーを上にズラす
「結衣、絶対ミラーを見るな。というか後ろをなるべく意識しなくていい、もしやばかったらブラインドアイで直接的な視界を閉じろ。戦術を仕掛けられるならこちらから指示をする」
「徹也、それじゃ・・・!」
一瞬笑顔になるが、徹也は深刻な顔する
「嫌な予感がする。加奈は何かもう一枚とっておきのカード持ってる。油断するな」
「わかった」
タイヤのローテーション作業が終わり、再びアルトに乗り込みサーキットのグリットラインに戻る
観客席
「うらやましい、うらやましいぞ!徹也ぁ!!!なんであんな可愛い娘ちゃんばっかりの環境でうらやましいぞ!!!!」
「うるせさい宗太!」
双眼鏡でピットレーンにいる女の子達を眺め、妬んで騒いでいる宗太を明音がゲンコツをかます
「しかし、驚いた。データ不足で榛奈高校のドライバーに関しての情報がなかったけど、下手したら強豪名門チームと同格のドライバーじゃない、それぞれのチーム・・・」
「一応、礼司から話を聞いてはいたが想像以上じゃないか。鷹見結衣と小柳加奈か・・・同じ関東エリアなら明堂のスカウトに引っかからなかったのかよ・・・」
「まあ、うちの学校のスカウト基準は大会の戦績が基本だからね・・・実力があっても埋もれてるパターンは結構あるし、徹也だってスカウトじゃなくて一般入試で実力を示して異例の1軍入りしたんだから」
明音と槇乃のやり取りしてるなか、加奈の方を見る陽葵
「ねえねえ、明音ちゃんと渉ちゃん気づいた?あの加奈って子・・・もしかして私たちと同じアレに入ってるんじゃないの?」
「でしょうね陽葵先輩。加奈って奴、素質が俺達4人と同じモノを持ってますね。もっともまだ条件でトリガーが引かれるタイプ」
「強引にフローモードには入れないって訳か・・・でも自然に入れるフローモードでも十分驚異ね。徹也の奴、気づいているのかしら?気づいているならアイツが走ってフローモードを解かせる算段ぐらいはありそうだけど・・・」
「どうでしょうね明音先輩・・・徹也はドライバーの意見を尊重するし、勝つための手段を選ぶより、後悔しない方を選びますからね」
「ドライバーの方が戦うことを望んだか・・・なるほど、1セット目の走りはそういうことか・・・羨ましいわね、ライバルと全力で戦える瞬間が」
商店街チーム ピットガレージ
結衣を見送り、モニターの席に戻る
「徹也、嫌な予感ってどういうこと?」
リリス先輩が先程オレが結衣に言った言葉に質問してくる
「結衣も時折その片鱗を感じるですけどね、闘争心とモチベーションの高い加奈ならその状態に入るんじゃないかって思って・・・極限集中状態、フローモード」
「フローモード・・・?」
「人間が持つ潜在能力を引き出してしまう、極限の集中状態の一つ。ゾーン、ピークエクスペリエンス、無我の境地、忘我状態とか呼ばれてるものです。人間自身、誰もが持ちますがそれを開花出来るのは天才か秀才と呼ばれる人間」
「天才か秀才・・・確かに加奈なら・・・結衣はその状態に入れないの?」
「フローモードに入れる条件は環境や人によって違うですが、基本的に高い闘争心、負けたくないという思いと覚悟が必要になるんですよ。結衣はその闘争心が致命的に高くないから片鱗があってもフローモードには入れないんですよ・・・」