ACT.31 SGT地区大会 予選タイムアタック戦3
サーキット場 ピットゾーン 待機エリア
〈前方車、3周目半分切った所だ。待ちに待った出番だぞ結衣・・・ますます楽しそうだな?〉
徹也は無線のインカムから、状況を教えつつこちらの気分を察する
「あ、わかる?」
〈ご機嫌な鼻唄が聞こえていたぞ・・・なんやかんやお前もその車が好きなんだな〉
「そうだね・・・形も変わったし、エキゾーストも少し変わったけど・・・アル吉の息遣いというのはわかるし、何より以前より体に馴染むような感覚がいい」
〈そりゃよかった、杏奈先輩に聞かせればもっと喜びそうだがな。今はハイスピードセクションで偵察頼んでいるからな・・・〉
「後で感想言っておくよ」
後方からエキゾースト音が聞こえてくると、手前横に設置してあるシグナルが点灯し赤・・・エキゾースト音がグリットラインを越えるとシグナルが緑へ、クラッチをゆっくり繋げ、ピットゾーンをスタートしコースに入り、フルスロットルに踏んでいき独特な過給音を鳴らしつつ、エキゾースト音を轟かせながらストレートを走っていく
ホームストレート 観客席
タイムアタックをイチ早く終わり、本戦出場確定したラッシーチームは観客席で他のチームを見ていた
「商店街チームのアルト、なんだあの音?エキゾーストにしてはこんな鳴るような音するものか?」
「エンジンをバラしていたと思うが・・・その際に仕様変更しても車からこんな音は聞いたことがない、なんかの故障か?」
首をかしげながら不思議がる伊東部長と多田
1周目、アルトはタイト区間をアクセルオンオフしつつゆっくり走っていくがその際にも不思議な音が鳴るのが目立つ
「なんというか・・・鳥の鳴き声みたいな音よね・・・過給器?タービンから鳴っているのかしら?」
ハイスピードセクションに入り、再びアルトがフルスロットルになり独特な音がまた鳴り轟く
すると芝先輩が何かに気づいたのか、顔の表情が変わる
「スーパーチャージャー・・・あのアルト、過給器にターボじゃなくてスーパーチャージャーを採用しているんだ」
「・・・え?芝先輩が喋った!?」
普段無口な芝先輩が口を開いて、声を発したことで一年生達は驚く。半年ぶりに芝先輩が口を開くところを見たがよっぽど驚かない限りは口を開かない人が
「芝、あの独特音がスーパーチャージャーなのか?俺たちが知ってるモノとは全然ちがうような・・・」
「悠一の言う通り、正確には似て異なるモノだしあんな音はオレも知らないが、あの低回転域から高回転域まで繋がって加速していくのはスーパーチャージャー以外ならNAエンジンしかないが・・・660ccの200PSを叩き出すなら過給器のアシストは不可欠だ。それに組んだ杏奈はターボは嫌いだからな、選択肢としてはそれしか考えられない」
「中、高回転域が必要になる660クラスのSGTのレースでスーパーチャージャーの選択肢はむしろデメリットのはずだろ?高回転域じゃターボチャージャー装着車両にストレート勝負でパワー負けしてしまう」
「確かにスーパーチャージャーは低、中回転領域ならいいが高回転域だとターボチャージャーに劣るし、現在のターボチャージャーによってはツインターボ化か、エンジンとECUユニットで低回転域もカバーが出来るが・・・あのアルトに付いているものは普通のスーパーチャージャーと異なるナニかだ。高回転域もキッチリ回っている」
確かに、途切れることなくアルトはフラットに加速しているように見える
「じゃあ、何か?オレたちが知らない技術でも使われているとでも言うのか?芝?」
「・・・アウディのSQ7って知っているか?」
芝先輩が言う車種に首を振る伊東部長に他のメンバーも首をかしげる
「電動ターボというシステムを採用している車でな、わかりやすく言えばターボラグのない過給器システムなんだ。全回転域の過給をモーターでアシストするものだ。それに現在開発中でHKSが電動スーパーチャージャーというのを作っているんだ、こっちはツインチャージャーみたいな構造なんだが・・・恐らくそのどちらかに原理が似ている過給器をあのアルトに搭載されているんだとしたら、あの走りと聞いたことがない音が鳴っても何ら不思議じゃない」
「・・・飛躍した想像かもしれんが、あり得る話かもな。徹也め、どこからそんなもんを引っ張り出してきたんだ」
そう言いつつも、伊東部長の表情はどこか楽しそうであった
最終コーナーのヘアピンを曲がりきり、ホームストレートへ
〈結衣、どうだ?さっきのハイスピードセクションでパターン2だったが〉
「確かにこっちのほうがパワーは感じるけど、アクセルオンオフの反応はパターン1の方がよかった」
〈なるほど・・・今度はパターン3に入れる〉
パターン3に入ると、さらに力強さを感じるが
どこかしっくりこない。噛み合っていないというべきか
そのままホームストレートから緩やかなコーナーへ、そしてフルブレーキングで突入する第3コーナーからタイトセクションを走り、アクセルオンオフを繰り返してみる
「駄目だ徹也、さっきより反応が鈍い。パターン1の方がいい」
現時点で3パターン試して、最初のパターンの方がよかったので徹也に提案してみる
〈結衣、30秒くれないか?今から最適パターンを修正してデータを入れる〉
「わかった、ハイスピードセクションに入るまで時間を稼ぐ。信じてる」
参加チーム専用待機駐車エリア 榛奈商店街チーム
テントの中でレースの状況とアルトのパワーグラフを見ながら、ノートPCと繋げたタブレット両方でECUユニットのデータ修正を行う
「おいおいおい徹也!今からデータを書き換えるのか!?結衣ちゃんの言う通りにパターン1のままで」
「いや、それじゃダメだ阿部。本来のエンジンスペックを引き出さないと前輪駆動であるアルトのコーナーリングにも影響をもたらす。それに修正するのは過給器のレスポンスの方だ」
「電動スーパーチャージャーだとレスポンスが悪いってこと?」
「逆だよ奈緒、むしろ反応が良すぎて過敏だったからあえてレスポンスを落としたセッティングにしてたんだよ。それが裏目に出ちまった・・・パターン1とパターン2の中間で反応をギリギリに絞れば・・・これでどうだ!」
データを入力完了し、エンターキーを力強く押してデータをアルトに送信する
第16コーナーをクリアしたタイミングで、アルトの何かが変わったのがわかった・・・第17コーナーを立ち上がってアクセルをフルスロットルに踏み込むと乗ってる自分も、そして周囲も変化に気づいただろうアルトとエンジンが噛み合い、シンクロした感覚をエキゾースト音で伝えてくる
轟きつつ鳴るその音はまるで
「鷹の・・・鳴き声・・・?」
〈電動スーパーチャージャーとK6Aの組み合わせが独特なエキゾースト音に感じるみたいだな・・・だがこれはいいんじゃないか結衣?鷹と言ったらホークだ〉
「そうだね徹也、不思議に親近感が湧いてきた・・・これならいける!」
〈ああ、ここからは全力でいけ結衣!〉
徹也のGOの指示が出ると、一気に速度を乗せ最終ヘアピンコーナーを立ち上がり重視のラインをとり再びホームストレートへ
独特なエキゾースト音を鳴らしながストレートを駆け抜け、速度は200km/hを超えていた
体が馴染む加速感、先日乗ったR32と殆ど同じ、好きだこの加速感
「徹也、たしか1分35秒17だよね?加奈ちゃんの記録」
〈ああ、そうだ・・・狙えるのか?〉
「このアルトなら行ける!」
第3コーナーもっとも速度が乗るフルブレーキングポイント、200km/h越えのフルブレーキングはRPスーツを着ていても体に負荷が襲うがそんなものに気にしていられない、立ち上がればすぐに第4コーナー
アクセルを踏み込んでハンドルを切った方向に進み曲がっていくアルト
本来のエンジンスペックを引き出せるようになったおかげで先ほどとは大違いのコーナリングが出来るようになった、トルクステアを起こさずハンドルを切った方向に引っ張っていく従順な前輪駆動の動きをし、タイトセクションをクリアしていく
ホームストレート 観客席
ホームストレートで駆け抜けていくアルトと中央スクリーンにドローンの映像を見て、ざわめく観客や関係者
「なんだよあのアルトのエキゾースト、どうすればあんな音が」
「それよりもなんてコーナリング速度だよ!?すげぇ速いぞ!」
「是非とも取材したいなアレ」
と様々な声が聞こえてくるぐらい、インパクトのある車と走りをするアルトだ
「加奈から見て、どう思う?アルトは」
伊東部長がこちらに感想を聞いてくる
「前のアルトワークスとは完全に別物、あんな地を這うような走りと曲がりはしなかったし、車より乗り手の方が変わりましたよ。結衣の走りがより一層洗練されている」
「確かにな、だか結衣はここ数日まともな車で練習してないはずだろ?偵察したときも軽トラだったり、その辺の軽自動車とかコンパクトカーばっかり乗っていたし・・・」
「徹也がなんかしら特別な指導をしたとしか・・・言えることは結衣とまともに勝負するとなると以前のようにはいかないというのは間違いない」
タイトセクションを抜け、ハイスピードセクション
15、16、17コーナーをクリアし、上り勾配かつ緩やかかなコーナーからの最終ヘアピンコーナーへフルスロットルで駆け抜け、ここ一番ドンピシャなタイミングでフルブレーキング
コース中にブレーキとタイヤの悲鳴が響かせ、最終コーナーをクリアし最後ホームストレートのグリッドラインに向けてアクセルを踏み込む
そしてグリッドラインを通過した
「徹也!何秒だった!」
グリッドラインを通過し、速度を落としてピットゾーンに向かいながら徹也にタイムアタックの結果を聞く
〈結衣、よくやった。1分35秒17。加奈と同じタイムで一位タイで予選通過だ!〉




