ACT.106 stGTライト級一回戦 蒼鷹高校VS儀臥学園 2
ピットに戻ってくるアルトを全員で迎え、結衣が降りてくるが
「おっと!?」
降りて足を付けた瞬間に、倒れそうになる結衣。そういう時の行動は優輝は早かった、オレたちが支えようと動作する前に結衣を支えた
「あ、ありがとう優輝君…」
「大丈夫ですか結衣先輩!?」
「うん、物凄く疲れた…」
笑ってはいるものの、疲労困憊であるのは目に見える程である
「そりゃ、必要以上に神経を使うことをやっていればそうなるわな…よくやった結衣。後はゆっくり休め」
「そうさせてもらうやお兄ちゃん…リリス先輩、後はお願いします」
「任せて結衣、必ず勝ってくるから」
アルトに乗り込み、シートとハンドルの位置調整を杏奈先輩と共に行うリリス先輩
儀臥学園陣営のピットを見れば、流石に逃げ切り作戦は失敗した動揺は見えるがこちらの意図は読まれていないようで、前後のタイヤをローテーションされている
「…ローテーションしたということは、ドライバーも交代か?」
阿部がそう言ったら、ローテーション完了後に案の定ドライバーチャンジしていた
「儀臥学園の相模、典型的なアグレッシブドライバーでstGTの公式戦による1on1でのノックダウンによる勝率は8割を超えている。攻めて攻めて、付け入る隙が出来た瞬間に差し込んで来る」
「少しで油断したら付け入れられるか…リリス先輩の公式復帰戦には重たい相手だな」
「オレが散々練習相手してたんだぞ?リリス先輩なら作戦通りに凌ぎ切るさ」
2セット目、先行はリリス先輩が操るアルト、後追いは相模が操るコペン
シグナルがレッドから…グリーンへ、2台共に激しいスキール音ともに走り出す
スタートから第一コーナー、早速コペンが仕掛けてきた
インを締めるこちらに対し、アウトのラインから攻めに入る
接触ギリギリ、コペンのフロントがアルトのリアにぶつかるんじゃないかってぐらい近づいているのが想像出来る
オーバーテイク出来る程のスペースは、このタイトセクションにはないが、仕掛けて来てからガンガン攻めに入るコペン
付け入る隙が出来れば、間髪いれずに鼻先を入れ込んでくるのだろう…だが
〈第5コーナー立ち上がり、アウト側〉
「了解よ徹也」
リアルタイムかつ、複数の車内モニターしている徹也がコペンの仕掛けるタイミングとどういう手段を使ってくるのか完璧に読んでくれるおかげで容易くブロックし、コペンが思い取りに動けないような走りが出来ていた
それが3周も続いた
コペンを操る相模というドライバーの性格、儀臥学園というチームを徹底的に調べ上げていたとは言え、ここまで相手の走りと行動を看破というか、予測出来る徹也を心底恐ろしい存在だと思えるほど余裕が持てていた
ミラー越しからでもわかるが、コペンの走りに焦りがあるような雰囲気は感じ取れていた。レースの半ばでほとんど手ごたえがないものだから、焦りは理解できる。そして焦りは冷静さを欠けさせて、判断を鈍らせるというのを徹也は読んでいた
その変化が訪れたのは、3周目最終コーナーでホームストレートであった
「…コペンのペースが落ちてる?」
先程まで真後ろについて…否、真後ろに付かせてスリップストリームをやっていたコペンがこちらの真後ろに付かずに横後ろにズレて追走していた
〈どうやら、やっと相手も事の重大さに気が付いたか。コペンのある程度のダメージがモニター出来ますが…エンジンがオーバーヒート寸前だ〉
「狙い通りって、訳ね…ここまで上手くいくとはね」
そう、この作戦は全てこの時の為であった。まず1セット目は全開走行で逃げ切りをさせる。そして2セット目は先行でポジションを守りながら、相手に真後ろに付かせてクールダウンさせずに攻めの走りをさせることでコペンのエンジンにダメージを与え続けていたのだ
このコペン、どうにも冷却系の作りが少し甘いのであった。通常の1on1のスプリントレースなら問題にならないレベルであるらしいが、この夏の炎天下かつクールダウンをさせないように狙えば確実にオーバーヒートに追い込むことが出来るのをわかっていた
奈緒や結衣が最初にこの作戦を快く思わなかったのは、相手のエンジンを自滅に追い込んで破壊するという戦い方故
オーバーヒートしなかった場合も、相手のタイヤにダメージを与えるのも保険として作戦として練りこんでいた
〈こうなると、相手は決断しなければならなくなる。このままエンジンダメージ覚悟で3セット目まで持ち越すか、白旗を上げるか…〉
「次の第一コーナーで、相手の意図がわかる」
このまま続行するか、白旗を上げてリタイヤするか…ああ言ったものの、相手の立場を考えれば選択は一択である
4周目第一コーナー、やや精彩を欠けて、勢いが落ちていたが…コペンは攻めの走りをしていた。儀臥学園側は戦うことを選んだ
〈続けるか、いい度胸だ…というより心情的にそうならざる得ないなかっただろうな〉
「よく言うわね徹也」
徹也はこうなることを確信があった。儀臥学園のエースドライバーの二人は3年生であり今年の夏で引退する者がいることもあちらのチームメンバーの名簿を確認している
最後の大会をリタイヤという形で終わりたくないという雰囲気が、儀臥学園の監督が続行せざるを得ない状況に陥る…決断することを徹也はわかっていた
この監督はそんな非情な判断を…というより、真っ当な人間で指導する立場の人間。チームメンバーを導く人間としてチームとして、教え子を見てきた人間がリタイヤするという判断をしない
〈リリス先輩、ここからはタイヤの温存を考えないペースで行った方がいい。コペンの戦闘力は落ちているけど、追い詰められたドライバーが冷静になれば思った以上に手強いです。油断したら付け入れられる〉
「容赦ないわね…わかった」
ほとんどラストスパートをかけるようなものであり、この状況での全開のペースアップはオーバーヒートしているコペンにとっては堪ったものではない、徹也は容赦なく追い打ちをかけてる作戦を立ててくる
ここで逃げ切れということを言わないのは、徹也の見積もりから逃げ切りでのノックダウンはないという判断か
だが、それはすぐに思い知らされた
4周目ハイスピードセクション、相手のコペンは立て直したのかコーナーを鬼気を迫る勢いで攻め込んでくる
オーバーヒートを起こす前の2、3周目に比べて、より一層に。全力で逃げるこちらに追従してくる
攻め込む選択をした以上、儀臥学園陣営は何が何でもこのセットでノックダウンをさせなければならないという背水の陣のような状況かつ、危機的な状況に陥っているコペンを操る相模というドライバーの技量と判断力…いや、気迫が私を逃がさない。私が操るこの美しい蒼色のアルトを
オペレートレンズでアルトの視点とマシンの状態を複数の画面を展開して、モニターしながら使い、レース状況をリアルタイムで把握するのが、このツールの使用用途かつ目的であるが、それ以外にも様々な機能が詰め込まれていた。その中でサーモグラフィック機能…ようは物体の温度を測ることが出来る
前日のコペンのモニターした際、エンジン温度を測ったときに相手のマシンの弱点に気が付いたのだ。コペンはエンジンの冷却系の作りが甘い…長期戦に向かない仕様であった
1on1のレースは、インターバルを含めて最大15周前後、超短距離かつ、短期決戦仕様、初手から全開モードで走ることを前提とした作りするのはなんら問題はない。それどころか理になっているし、それがセオリーとして考えられている
「しかしまあ、こんな上手く事が運ぶとはね…」
「それはリリス先輩の手腕がありますよ。ただ、追い詰められてヤケになった相手は厄介ですよ杏奈先輩」
「そうね…マシンのポテンシャルダウンしてもあの走り。徹也がマトモな勝負を避ける訳ね」
「マジでドライバーは紛れもなく一流ですからね。今日はマシンに恵まれなかった以外は」
「でも、どうしてあのコペンの冷却系が弱いのかしら?儀臥学園レベルなら、施設もスポンサーも資金面でも悪くないはずよね?どうしてそんなことになったのかしら?」
杏奈先輩の疑問はごもっともなのだが、コレはある要因が働いた結果である
「事前調査で、あのコペンが仕上がったのは丁度一か月前。空力パーツの可変機構を急遽採用した経緯があるんですが…元々、可変機構のノウハウがなかったのと、データ収集も十分でなかった」
「ありあとあらゆるシチュエーションを行なっていれば、冷却系の弱点はなかった?」
「テール・トゥ・ノーズの接近戦が続くシチュエーションが多い1on1は、後続車にマシンの負担がかかるのは仕方ないとして、冷却系にダメージ与える目的で執拗に真後ろに付かせられているという状況なんて、思ってもいないでしょうね」
「とは言え、オーバーヒートを起こすようなマシン作りになったにしては…ノウハウと時間…」
杏奈先輩はどうやら思い出したようだ
「ああそうか…儀臥学園のコペンと私達のアルトは地区大会の時点では、可変機構を採用していないのにどうしてその差があったのかなって疑問に思っていたけど…アルトを改造している時点で可変機構を前提に作っていたわね。だけどあのコペンは…」
「杏奈先輩が考えてる通り、あのコペンは突貫工事のような形で可変機構を採用し、改造した…採用に至った経緯は明堂学園がライト級に参戦し、地区大会突破したことで各名門チームは打倒明堂を想定した。その結果、今大会の大半のマシンは可変機構を採用した車両だらけ」
「でも、そのせいで事前の対策と十分なデータ収集が出来ていないチームもいるし、あのコペンのように目に見えない弱点を抱えているマシンもあるってことね…それが要因って訳か」
明堂学園が参戦が、今大会をいろいろと狂わせていた
「儀臥学園の監督やクルー達もかなり優秀なはず。徹也、もしかして先日のプラクティクスから仕掛けていたのかしら?」
「それが、この状況を作り出した伏線。まずマシンスペックをこちらは晒すさずに、儀臥学園や他のチームと劣るタイムを叩き出していた、そして直前の1セット目の結衣の走りが油断と慢心を作り出すように誘導した。一回戦で儀臥学園に比べたら無名に等しい蒼鷹高校…元々心のどこかで慢心があったのをさらに増大にさせた。慢心と油断は視野を狭くする」
決して、こちらプラクティスは手を抜いた訳ではない。コースの攻略を専念した走りし、タイムを出すこと優先にしていなかったことを見極める機会はあったことは、付け加えておく
「知らず知らずに、儀臥学園は徹也の策にかかってしまった訳ね…ホント人の心理を逆手に取ることに関しては、徹也の右に並ぶ奴はいないわね」
「いやー、褒めて頂けるのは嬉しいんですがね。うちの母親にその手じゃ勝てる気がしないし…ここ最近、この観る眼に対して自信が粉々に打ち砕かれたことありましたからね…」
母親に敵わないのはともかく、違和感を感じつつも小柳さんと加奈の正体を正確に見抜けなかったのは、オレにとって自信失わされるには十分な出来事だった
レースはラストラップになるが、均衡は崩れることない展開になり、そのまま2セット目のレースは終わった




