ACT.104 敬意という名の宣戦布告
浮上島は都市部を再現した人工島のサーキットであるが、商業施設、様々な飲食店やお土産屋やコンビニ等も用意され、ピット作業や緊急時のためのパーツや工具、消耗品も取り扱っている。浮上島で大会が行われてる間は24時間開いている
浮上島B 喫茶店
ミーティングとセッティング作業が終わり、ある人物にこの喫茶店に呼び出されていた
個人経営の”喫茶店たかのす”とは異なる、有名系列店の喫茶店である
「彼らが指定したのこの店なのね?徹也」
「ええ」
夜ということで、付き添いで上村先生について来てもらった
「あのー、なんで私も?」
ついでに結衣も連れてきた
「んー…あちらのリクエストがあったことと、オレの家系の事情が絡むということだな。遺伝子的に繋がっている結衣にも、知る権利がある」
「お兄ちゃんの?」
「ああ、従姉…トオル叔父さんの娘絡みだがな」
店に入り、呼び出した相手の名前を店員に伝え、テーブル席に案内される。二人の男女、一人はよく顔馴染み、幼馴染の相手
「よお、久しぶりだな徹也」
「四ヶ月振りか?そちらも変わらずだな、渉」
ニヤリと、互いに拳を合わせて挨拶をする。呼び出したのは明堂学園のエースドライバー、海王渉である
「色々と話したいことはあるが、今日のオレは顔繋ぎだ。用事があるのは、こちらだ」
「こうやって顔を合わせて話すのは初めてかしら、徹也君」
「…従姉の葬式以来、五年振りですかね。伊集院翠監督」
オレを呼び出したのは、この翠監督である。渉はオレに連絡する為の顔繋ぎ過ぎない
オレと翠監督は同じテーブルで向かい合い、渉と結衣と上村先生は離れて別テーブルに座りそれぞれ対面する
翠監督、いや伊集院翠の会ったのは五年前、当時は伊集院翠は大学生であったか、当時から綺麗な美人だと思っていたが、それがさらに優艶な容姿であるが…目付きで引っかかるものがあった
「…人をジロジロ観察する癖、ハクノと同じね」
「それがうちの母親の教育と、ハクノ姉さんから教授されたものですからね。もっとも、美人に見惚れていただけですがね」
「なるほど、噂通りの人たらし…いや、美人好きなな訳ね」
「誰から聞いたかは検討がつきますが、男はみんな美人に見惚れますよ。それも容姿と心までも美しいのあれば尚更」
山岡ハクノ、従姉にあたり、山岡トオル叔父さんの娘であった人である。そしてオレのドラテクの先生であり、、生きていればstGTの歴史に名を刻み、現在も名ドライバーとして活躍していたかもしれない
そして伊集院翠にとってはライバルであった
「わざわざオレを呼び出しのは、ハクノ姉さん絡みですか?」
「そんな所ね、知っているでしょ?ハクノと私の関係を」
「互いに意識し合ったライバルであるというのは、よく聞かされてました。そして翠監督を倒す為に、ハクノ姉さんはある理論を作り出すことになった…戦術走行理論」
「ハクノだけじゃなく、あなたも関わっているんでしょうが徹也君…その戦術走行理論には現役時代は相当手こずる羽目になったし、私も対抗手段として色々研究することになった」
当時を懐かしむように翠監督は語る、寂しいという気持ちは伝わる
この戦術走行理論を通用するかどうか、ハクノ姉さんはレーシングカート時代のオレに色々試させたりしていたことを思い出す
「まあ、結局はハクノは勝ち逃げしてあの世に行ってしまった訳だけどね」
「いや、勝ち逃げという訳じゃないと思うんですが」
気持ちはわからなくはないが…話す相手が違えば修羅場になりかねない会話ではある。そう話すが相手が違えば
「それで、オレと何の関係が?」
「そうね、ハクノは勝ち逃げした訳だけど…その戦術走行理論、ハクノの力を受け継いだ貴方を打倒することをモチベーションとして、プロとしてやってこれた。ハクノは生前言っていたからね、『私の代わりに徹也が決着をつける』ってね」
「…それは知らなかったですね」
なんちゅう遺言してくれやがったハクノ姉さん
「まあ、まさか監督に近い役割と、オペレートというstGTのルールの隙をついた立場で戦術走行理論を使うとは思っていなかったけどね…けど、同じ立場で打倒するのが私なりのやり方ね」
「わざわざプロを休業してまで、明堂学園の監督の役職に就いたのはその為ですか」
関与していないという訳ではないが、関知しない間だに敵が増えていた。なるほど、この人の目付きで引っかかたのはそれだ。オレに対する対抗意識、明堂のチームメンバーと同様…否、ある意味それ以上か
「…正直、ハクノ姉さんの意志を継いだつもりも、戦術走行理論も受け継いだつもりなかったですが、あの人の教授を受けた者として、その決着に付き合いましょう。もっとも、ハクノ姉さんの名前を出した以上、あの人の為に、アンタにはオレは負けない」
「その言葉を聞けてよかった」
この人をオレを呼び出したのは、宣戦布告なのだろう。数年間待ち望んでいた、決着を付けたいが為にこの人は…自分の青春時代の決着を付ける為に
「…というのが、うちの伊集院監督と徹也の因縁という訳だ」
伊集院さんと徹也の過去の因縁が渉君が話してくれていた。
意外というか…なんやかんや、お兄ちゃん、山岡徹也という人を詳しくは知らなかった為に意外な過去が明らかになった
というか
「そちら浮かない顔をしたているな?」
「うん、まあ…お兄ちゃんからそんなことを聞いたことがなかったから意外というか」
「徹也は過去を引き摺るより、今と未来を考えることを優先するからな、ぶり返したくない話でもあるんだろうけどな」
付き合いが長い渉君は、お兄ちゃんのことをよく理解しているようだ
「渉ちゃん、伊集院監督は誰かの紹介で明堂に来たのかしら?私が知る限りじゃ、槇ちゃんにそんなツテはないと思ったけど」
上村先生が言う、槇ちゃんとは、明堂学園のドライビングコーチをしている槇野さんとのこと
お兄ちゃんも、その槇野コーチとは仲が良いらしいが
「前任の銀堂監督の紹介ですよ。おかげで、槇野コーチは肩身が狭いと言ってますがね」
「なまじ、良くも悪くも人が良すぎて監督という役職には向かないからね槇ちゃんは、それこそ徹也のいいカモにされかねない」
「全く、上村さんは槇野コーチには手厳しい。まあ、最初は伊集院監督も要らないと思っていたんですがね…」
渉君は私に顔に、視線を向ける
「二ヶ月前に会った時は、正直、いい勝負にはなるが、負ける気はしないと思っていたが…変わったな、いい眼をするようなったな結衣、徹也が何を吹きんだかは大体想像がつくがな」
「え…?確かにお兄ちゃんに色々教えてもらったりしてるけど…」
「アイツは、技術もそうだが、勝負の心得を教えるのが上手い…いや、アイツ自身が勝負する者、挑む者として本気で向き合っている姿に周りも影響されるのが正しいか。今の結衣はその勝負する者眼だ」
言われて気づく。確かにそうかもしれない、今日のミーティングでもそうだ
お兄ちゃんは勝負ごとに関しては徹底して、勝つための方法を模索する
だが、手段選ばない訳じゃない。冷酷、冷徹であっても卑劣、卑怯なやり方は使わない
「対戦相手には敬意持った態度で接し、持てる実力を持って全力で叩き潰す。徹也はよく言っていたが、敬意を示すのは最大の宣戦布告であり、楽しみだと言われているのは無意識にナメられているってな…徹也曰くだがな」
「あ…」
地区大会で、渉君と初めて話した時、彼は私と勝負することを楽しみしているということ言っていた気がする
そして、その話は当然お兄ちゃんにも話していた
その時はそんな素振りは見せていなかったが、もしかしてだが
「君と初対面の時の話を聞いていたとしたら、徹也は相当本気で君を鍛えるのは当然だからな」
「もしかして、お兄ちゃんを本気にさせるためにあの時あんな話を?」
「まあ、奴はわかってた上で乗っかってきたかもな…おかげで少し恐いな、鷹見結衣というドライバーがな」
「へぇ?現在stGT最強最速と称えられているあなたが、結衣を恐れるとはね」
「その称号は、徹也があってのものですよ上村さん」
お兄ちゃんや優希君や奈緒からよく聞いていた、レーシングカートから現在に至るまで、公式試合においては無敗、最強最速と称えられる
目の前にいるその男は、私を恐れているという言葉が信じられない
「鷹見結衣、あの時の言葉を撤回する。こちらも持てる力を全てを持って徹底に勝ちに行かせてもらう」
その彼の宣戦布告に偽りはないと思った。何故ならお兄ちゃんと同じ目つきをしているだから
勝利に渇望する者の瞳




