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アーマードール・アライブ  作者: 幾谷正
軛解かれし色欲の悪魔
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§4 La Variete(3)

 初めての実戦は、戦闘ヘリ型の機甲兵器を数機ほど撃ち落としただけ。


 次の実戦では機甲人形(アーマードール)との戦闘になったが、文楽の操縦補助を行っていただけ。とてもではないが戦闘を経験したとは言い難い。


 桂城留理絵は、予期せぬ形で訪れた実戦に、柄にもなく緊張を覚えていた。


 小さな怯えを声に滲ませながら問いかける。


「それでどうする、レヴィアちゃん?」


 機体に装備されているのは携行用の機関拳銃が二丁、小型実体剣が二本、予備弾倉が二つ。


 最低限の戦闘になら耐えられそうな装備にも思える。だが、拳銃に装填(そうてん)されているのは模擬戦用の染料入り模擬弾。実体剣の方も、刃先が切れることのないよう潰されていて、鈍器としてしか使いようがない、ただの鉄板という有様。


 いくら乗っているのが≪七つの大罪(セブン・フォール)≫の一体とはいえ、それは相手も同じこと。ただの訓練生である自分がこの場にいることが、改めて場違いに感じられる。


「この装備じゃ、無力化するのは難しいわ……」


「それでもやるしかないよ、留理絵」


 レヴィアはそう言うと、多機能推進器の収納空間から二本の小刀(ダガー)状をした実体剣を引き抜き、機体の両手に構えさせる。


 左手側は順手で握り前方へ突き出す形に、右手側は逆手に握り手前へ引きつける形に。左手の小刀で攻撃を制しつつ、右手の小刀で破壊力の高い打撃を狙う心づもりらしい。


「レヴィアちゃん、接近戦も得意なの?」


「まさか。ボクは彼女みたいな格闘戦特化(イン・ファイター)じゃないからね」


「……それでもやるの?」


「戦場ではよくあることさ」


 サブモニタ―に映るレヴィアは、牙のように尖った歯を剥き出しにして、痛快な笑みを浮かべて言い放つ。


「そんな彼女を倒せば、ボクが格闘にも射撃にも秀でた人形知能(デーモン)だと証明できるじゃないか留理絵。羨むべき才能なんて、食らいつくしてやるだけさ」


 言葉を聞いて、心に絡みつく緊張の(もや)が、ふっと薄まり消えていくのを感じた。


 ≪七つの大罪(セブン・フォール)≫とは、機甲人形(アーマードール)という外殻を示すものではない――高い自我と誇りを持つ、優れた人形知能(デーモン)を差すための言葉だ。機体性能は、あくまで彼女達の持つ能力を充分に発揮させるために後から用意されたもの。


 彼女の持つ人格、言葉、そして各種拡張能力(プラグイン)高性能機械(ハイテク)の集合体を統制し、操縦士の能力を十全に引き出させる人形知能こそが、機甲人形(アーマードール)という至高の兵器を司る本質だ。


 武装が劣ろうと不利な状況に陥ろうと、この事実は依然として揺るぎない。


「まずはあの機体の推力をなんとかして潰そう。あの機動力で逃げられたら、ボクたちに追いつく手段はない。ボクは攻撃に集中するから、機体の出力維持は任せるよ。何か質問はあるかい?」


「じゃあ一個だけ……()れてもいい?」


「愚問だね、もう惚れてるくせに」


 済ました表情で答えたと同時、〈リヴァイアサン〉は空域を離脱しようとする〈アスモデウス〉の背を、矢のような速度で追いかけ始めた。


 いくら〈アスモデウス〉が巨大で出力の高い推進機構を持つとはいえ、そもそもが鈍重な機体を無理矢理に動き回らせるためのものにしか過ぎない。単発的な回避機動には優れるが、軽量で高速強襲を得意とする〈リヴァイアサン〉と、航続能力の点では一歩劣る。


「ほんといい機体(からだ)してるわよね、レヴィアちゃん。火傷(ヤケド)しちゃいそう」


「頼むからボクの動力機関(エンジン)は焦がさないでくれよ」


 今にも焼け付きそうな動力機関の心臓を鼓動させ〈アスモデウス〉の背に追いついた〈リヴァイアサン〉は、推力の勢いをそのままに乗せて左手の小刀を一直線に突き出す。


 切断能力を持たないただの鉄板といえ、充分な速度と狙いが伴えば充分な攻撃となり得る。


 だが、追いつかれたことを悟った〈アスモデウス〉は咄嗟(とっさ)に機体を反転させ、振り返って攻撃を受け止める。装甲の隙間を狙った小刀の刺突は、分厚い追加装甲によって容易く阻まれてしまった。


「蛇はしつこいんだよ!!」


 威勢良く言い放ったレヴィアは、続けて逆手に持った右の小刀を(くい)のように振り下ろす。


 〈アスモデウス〉はすかさず両手を交差させて身構える。肘の隙間に小刀の先端が食い込み、青々とした染料が血しぶきのように飛び散った。


「チィっ……浅い!!」


「しつこさなら、私だって自信あるわよ!!」


 レヴィアの執拗な連撃に、留理絵がすかさず続いた。


 〈リヴァイアサン〉の右脚が突如として持ち上がり、上段蹴りとなって〈アスモデウス〉を襲った。


 つま先が機体の脇腹に激しく突き刺さり、砕けた装甲が星屑のように爆ぜる。


「……マスターの言う通りだ。こいつはサラじゃない、別人だよ」


「え、どういうこと!?」


「技のキレがまるで鈍い。とてもじゃないけど【魔獣属】の名を持つ人形知能(デーモン)とは思えない。拍子抜けだ」


 格闘特化の機甲人形(アーマードール)が本来の性能ならば、大ぶりな攻撃など当たることはないはずだ。むしろ後の先(カウンター)を打ち込んできてもおかしくはない。


 人形知能(デーモン)が能力を発揮出来なければ、いかに優れた機甲人形(アーマードール)といえど、過剰な機能を満載して浮かぶ鉄塊にしか過ぎない。


「興味が失せた、終わらせるよ」


 レヴィアはすかさず二発目の蹴りを打ち込みにかかる。


 左の腕は、先ほど肘に打ち込んだ小刀で潰してある。左側面からの攻撃には対応できない――はずだった。


「なっ……!?」


 金属同士がぶつかる重い音が鳴り響き、同時にレヴィアが苦悶の声を漏らした。


 トドメを打つために放った左の蹴りは、機体の胴体部に達することなく*受け止められていた*――〈アスモデウス〉の両肩から下がる、もう一対の腕によって。


 それは機甲人形(アーマードール)のものとは思えない、まさに巨人の怪腕とも言うべき巨大さだった。




「何、これ……」


「まずい、こいつの機操人形だ!!」


 レヴィアの声を聞いて、留理絵はその異様な光景の正体を認識する。


 二対目の腕は、いきなり何もないところから生え出てきたわけではない。


 機甲人形(アーマードール)の胴体ほどもある、〈アスモデウス〉の巨大な二基の推進器――それらが形を変えて巨腕と化し、〈リヴァイアサン〉の蹴りを受け止めたのだった。


 元が異様な大きさを持つためか、二対目の腕は行きすぎと思えるほどの大きさだ。まるで大人が赤子の脚を掴まえているような規模(スケール)の違いがある。


「どうして? 機操人形は封印(ロック)されてるはずじゃ……!?」


「留理絵、しゃべらない方がいい。舌を噛むよ」


 なだめるような声でレヴィアが囁くのと同時、機体が激しい回転を始めた。


 〈リヴァイアサン〉の脚部を捕まえていた〈アスモデウス〉が、その巨腕を振るい機体を地面へ向けて無造作に放り投げたのだ。


 操縦室の上下左右が目まぐるしく入れ替わり、天地の感覚を失う。耐えがたい嘔吐感に襲われるが、歯を食いしばることでなんとか堪え切る。


 地表すれすれの高度で、レヴィアは脚部の補助推進器に点火することで、なんとか姿勢を取り戻した。上下の感覚を取り戻した留理絵は、必死の形相で強がるように叫ぶ。


「うぐっ……美少女はゲロなんて吐かない!!」


「その真っ青な顔は、美少女と呼ぶにはほど遠いけどね」


「人形は三半規管が無くて羨ましいわほんと……どうする、レヴィアちゃん?」


「どうするって、とりあえず死なないように努めるかな」


 サブモニタ―に映るレヴィアの表情が、どこか青白く温度を失ったように見えた。


 頭上で制止したままの〈アスモデウス〉は、まるで糸を引かれた操り人形のように、二対目の巨腕を機械的に突き出す。


 固く拳を握り締められた拳は、まるで鉄球そのもののような威圧感を放っている。


 まるで呪文を唱えるような声色で、〈アスモデウス〉はその名を呼んだ。


『〈胡桃割り人形(ナッツ・クラッカー)〉』


 巻き起こった光景に、留理絵は驚く暇すらもなかった。


 〈アスモデウス〉の巨大な両腕の肘から先が、いきなり機体から切り離され、まるでミサイルのように射出されたのだ。


「ッ――回避だ、留理絵! 粉々に砕かれるよ!!」


 推進器が変形した両腕は、元の機能をそのままに残している。肘に当たる部分には噴射ノズルが口を開け、猛然とした勢いで炎を吐き出している。


 先ほどまで〈アスモデウス〉の巨大な全身に、自由自在な機動性を与えていた化物じみた推進器だ。


 それらは今、破壊の象徴と化して解き放たれた。


「ろっ、ロケットパンチだこれ!?」


「驚くのは後だ!」


 レヴィアはあの巨腕を目にしたとき、「機操人形だ」と断言した。


 量子通信によって人形知能(デーモン)による自在な動作を可能とする遠隔操作端末。


 機甲人形(アーマードール)が既存の兵器と一線(かく)所以(ゆえん)


 それが【機操人形(マリオネット)】と呼ばれる特殊兵装群だ。


 機体によって様々な機能のものが存在するが、〈アスモデウス〉の放った〈胡桃割り人形(ナッツ・クラッカー)〉は見るも明らかに打突型。徒手空拳を得意とする格闘型の機体が、まさか機操人形まで〝拳を飛ばす〟という明快さだとは思いもしなかった。


 両肩から広がる多機能推進器を翼のように律動させて、噴射炎の尾を引いて急速後退。迫る拳の弾頭を当たる寸前のところで回避する。


 攻撃を外された〈胡桃割り人形(ナッツ・クラッカー)〉は、そのままの勢いで地面に激突する。


 直後、凄まじい爆音と衝撃が、〈リヴァイアサン〉の機体を襲った。


「うそっ、爆発した!?」


「……ふざけた見た目だけど、威力はもっとふざけてるね」


 地面に激突した拳は木々を地表ごと吹き飛ばし、地面に巨大なすり鉢状の穴を作り出してしまった。炸薬こそ使っていないが、通常の爆薬兵器と比べて遜色ない――或いは、それ以上の威力だろう。


 地面に打ち込まれたのは片腕だけ。もう一本の腕は未だ推力を失わず、弧を描いて旋回しながら攻撃の機械を伺っている。


「絶対に当たるなよ、留理絵。あれは形あるものを全て破壊する」


強制振動式破城槌(バイブレート・ラム)かあ……参ったわね、あんなの要塞戦に使う代物(しろもの)じゃない」


「同感だね。確かにあれは、機甲人形(アーマードール)の装備としてはやり過ぎだ」


 強制振動式破城槌(バイブレート・ラム)――高周波振動を打ち込むことで、物質に強制振動を起こして破砕する現代の攻城兵器だ。分厚い防壁に覆われた要塞や、巨大質量を破砕するための技術として使用される。


 〈胡桃割り人形(ナッツ・クラッカー)〉の拳に利用されているのは、おそらくそれと同質の技術だ。


 機甲人形(アーマードール)の戦術適性は、機操人形の設計企図によって決定される部分が大きい。


 例えば〈リヴァイアサン〉が持つ〈魔弾の射手〉は、自在な軌道を描くプラズマによって、あらゆる航空兵器に回避不能の一撃を見舞う。その一方、基地施設や電波塔の破壊といった拠点攻撃に対しては不向きだ。プラズマ放射によって施設機能の無力化自体は可能だが、物理的な破壊には至らない。


 しかし留理絵たちが相手にしている〈アスモデウス〉が持つ〈胡桃割り人形(ナッツ・クラッカー)〉は、まさしく破壊力の権化。基地施設を物理的に跡形も無く破壊するためのものだ。再利用可能な誘導弾頭(ミサイル)と言っていい。


 現代の戦場において、誘導装置付きの兵器はゲーティアの呪詛に阻まれてしまうため、武器として使うことを許されない。だからこそ〈アスモデウス〉のような破壊的性能を有する機甲人形(アーマードール)が必要とされる。


「……留理絵、右後方。また邪魔者がきたよ」


「うそっ、敵の増援ってこと!?」


「いいや違う。来たのはただの、足手まといだ」


 レヴィアがうんざりした表情で指刺す先、機体の遙か後方から一直線に駆け寄ってくる一機の機甲人形(アーマードール)の姿があった。


 白磁の装甲に、花びらのように広がるフリージア型の多機能推進器。頭部の両脇から生える羊のような巻き角。第八の大罪〈メフィストフェレス〉。


 〝虚飾〟の名を司る少女は、息せき切った声で二人へ叫んだ。


『留理絵さん! レヴィアさん! 助けに来ました!!』


「やけに早かったな……マスターは乗っていないのか?」


『えっ、まだあの機体に乗っているんじゃないんですか!?』


 〈胡桃割り人形(ナッツ・クラッカー)〉の攻撃を果敢に躱しながら、レヴィアは渋い表情を浮かべている。


 確かに文楽が機体を降りてから、まだ数分と経っていない。基地に戻って機体に乗り込む時間など無かったはずだ。おそらく〈アスモデウス〉が機操人形を発動しているのを見 フェレスは自発的にやって来てしまったのだろう。


 急速で接近してくる〈メフィストフェレス〉へ向けて、レヴィアは苛立った声を投げかける。


「マスターはとっくにボクが助けたよ。キミを迎えに基地へ向かったはずだ」


『ええっ!? ではもしかして……文楽さん、道に迷っているのでしょうか?』


「だろうね。ボクもその説を推すよ」


 機体を隣接させて会話を続ける二機の間を、〈胡桃割り人形(ナッツ・クラッカー)〉が猛スピードで突っ込んでくる。慌てて機体の距離を開けながら、フェレスは張り切った声で続ける。


『でも文楽さんが乗っていないなら安心です。多少手荒ではありますが、だだっ子さんは力尽くでも止めましょう!』


「避けるので精一杯のくせに、随分と威勢がいいじゃないかダメ人形」


『ひどいです! 私だって、やるときはやるんですよ!!』


 言い合う二人の間を引き裂くように、〈胡桃割り人形(ナッツ・クラッカー)〉が怒濤(どとう)の勢いで突っ込んでくる。


 隕石(いんせき)のように駆け抜けた巨腕は地面へ一直線に激突し、再び地面に巨大な陥没跡(クレーター)を作りだす。


 巻き上がった噴煙によって、土砂と噴煙によって、二体の機甲人形(アーマードール)は煙に溶けるように姿が見えなくなってしまった。



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