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アーマードール・アライブ  作者: 幾谷正
軛解かれし色欲の悪魔
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§3 堕落論(1)


「文楽さん文楽さん! 見てください、本物のお屋敷ですよ!!」


「こんなでかいもの、見るなと言う方が無理だ」


 でかでかとそびえ立っている建物を前に、これで見るなという方が無理な話だ。


 古錆(ふるさ)びのような焦げ茶色をした煉瓦(れんが)と木材で作られた西洋風の洋館を前に、フェレスは上機嫌に叫びながら手招きする。


 近代以前の古めかしいデザインをしているが、実際には2000年移行の建築技術で建てられたものだろう。それでも50年近い時間の流れにさらされ(こけ)むした壁は、骨董品(こっとうひん)めいた雰囲気を醸し出している。


「学生寮よりも建物としては古いようだな」


「本当、まるでお伽噺の登場人物になったみたいです! どうしましょう!?」


「どうするも何もない。まず落ち着け」


 ぺしん。


「ひゃん!!」


 文楽の振り下ろした手刀が無防備なフェレスの額を叩く。


 だが心理的にも肉体的にも、鋼鉄の乙女は全くダメージを受けてはいなかった。


「もう、ひどいじゃないですかー。あ、こっちから裏庭に出られるみたいです! すごいです! 広いです!! 花でも野菜でも育てたい放題ですよ!!」


「……やりたい放題だなお前」


 文楽は冷静に主導権という手綱を手放すことを決意する。こうなっては彼女を止める手段はないだろう。


 とはいえ、もともと西洋風の給仕服を着ているフェレスには、すっぽりと枠に収まったように洋館の雰囲気が馴染(なじ)んでいる。まさに水を得た魚といった感じだ。


「うわー、すっごい。本当に絵に描いたみたいに洋館ね。なんかすっごく殺人事件とか起こりそう」


「人の住処に、そんな物騒な形容するのはやめてほしいものだね」


 文楽とフェレスの二人に遅れて、洋館の入り口に姿を現したのは訓練生の桂城留理絵。そして、仮装人形のレヴィアという珍しい取り合わせの二人だ。


「だってさー。可愛い人形三人もはべらせて同居しようだなんて、文楽くんほんと羨ましいご身分よね。痴情のもつれで刃傷沙汰になってしまえばいいのに!」


「そんなに妬ましいなら君も泊まりにくるといいよ、留理絵」


「ほんと!? レヴィアちゃん、ツチノコ並の太っ腹!!」


「容疑者は多ければ多いほど都合がいいからね。ボクがことを起こすときは(おとり)として役立ってもらうよ」


「刃傷沙汰起こす気なの!?」


 留理絵は大げさに驚いた表情を浮かべながら、レヴィアから大きく距離を取る。


 冗談だとは分かっていても、レヴィアには実際にやりかねないという怖さと冷酷さを持っている。


「でも、学生に屋敷一つ明け渡すだなんて、学長も気前がいいよな……」


 二人の背後から聞こえてきたのは、一際大きな荷物を背負った剣菱雅能だった。宿舎から荷物を運んでくる過程で、既に疲れ切ってしまっている。


 自分以外は女性ばかりだからと張り切って大きめの荷物を手にしたのは良いが、小柄な体格が災いして思うように荷物を運べていないらしい。


 雅能の訝しむような呟きに、留理絵がすかさずフォローを入れる。


「まあ文楽くんって、世間的に見れば〈リヴァイアサン〉の基地襲撃を防ぐことに成功した優秀な訓練生だもんね。勲章の先払いみたいなものよ」


「このままだと、卒業する頃にはあいつオレ達の上官になってるかもな」


 実際、文楽の正体は死せる英雄≪蛇遣い(アスクレピオス)≫だ。死亡による特進分を含めても、彼らに比べて本来の階級は天と地の差がある。


 雅能と留理絵には、〈アスモデウス〉の試験操縦を任されたことと、その見返りに屋敷を借りることになったことは既に伝えてあった。


 〈リヴァイアサン〉襲撃事件が郡河基地に残した傷跡は深く、未だ復旧作業の最中であり、優先度の低い学生の訓練機は長い間修理待ちの状態になっている。そのため訓練スケジュールは滞っており、休講となる日も珍しくない。


 そんな中、戦果を挙げた優秀な学生に試験操縦の任が与えられ、更に報償代わりとしてこのような特別待遇が与えられるという話自体に筋は通っている。


「でも撃墜された〝当人〟と一緒に住むって、なんかおかしな話じゃないか……?」


 雅能の(いぶか)しむような呟きに、当の本人であるレヴィアはいたずらっぽい目線を投げかけながら答えを返した。


「そうかい? こんな素敵な住まいが用意してもらえるなんて、ボクは撃墜された甲斐があったとすら思うよ」


「……なんていうか、笑えない冗談だな」


 レヴィアはさも他人事のように、自分の荷物をふらふらと振り回しながら、のんきに応じている。


 雅能の方は、当人よりも心苦しそうな表情で問いかけを続けた。


「自分を撃墜した相手を、新しい操縦士に受け入れてるって感覚も、どうも理解ができないな」


「このボクを撃墜するほどの操縦士だよ? 新たなマスターと認めるには申し分ないね」


 沸騰した湯にふつふつと気泡が上がり始めるような、次第に熱を帯びていく口調で雅能は問いかける。


「そんな簡単に割り切れるものなのか?」


「まるでボクが、冷血動物みたいとでも言いたげだね」


 海蛇の悪魔(リヴァイアサン)の名を持つ機甲人形(アーマードール)の人格は、皮肉をたっぷり乗せた口調で問いかける。その言葉に滲むのは呆れや悲しみというより、悦びや愉しみといった感情の方が色濃い。


「人形が豊かな感情を持ってることは理解してる。でも、その感情が人間と同じかどうかまでは分からない。人形に心があるって言ったって、それは人形の心だ」


 雅能は、レヴィアと常に一定の距離を維持しながら言葉を返している。どこか、解ききれない警戒心を示していた。


「キミがボクに抱いている感情は、怒りではなく恐れじゃないのかい。雅能」


「確かに、戦場で戦ったときは本当に身が震えた。機甲人形(アーマードール)っていう強大な戦力が、敵にするとあそこまで恐ろしい存在になると思わなかった」


「ボクが言ってるのはそういう意味じゃないよ」


 人形達には確かに自我や感情と呼ばれるものが存在している。


 だが、その形や色が人間と同じものだという保証はどこにもない。


 人形達は人間と外質的に似た形状をしている。


 だが、心の〝かたち〟までもが同じだとは限らない。


「そんな強大な力を持った存在が、どんな理屈で動いているのか、どんな感情を持って生きているのか分からない。その不気味さにキミは恐怖している。何せボクたちは、人の皮を被った悪魔(デーモン)なんだからね」


「怖がってるのは認めるけど、そう脅かさないでもらいたいな」


「ああ、ごめんごめん。謝るよ雅能。人間に怖がられるのって久しぶりだからさ。ちょっと楽しくって」


「そうやって明るくしてられるのも、なんていうか怖いんだよ。前の操縦士のことを気にしてないみたいで。そんな簡単に、忘れられるものなのか?」


「なるほど。例えばボクが、死んだマスターに操を立てて、誰も乗せない人形にでもなればキミは納得がいくのかな?」


「……少なくともそういう発想はできるんだな」


「ボクだって血も涙もない機械じゃないよ。流れ方が人間とは違うだけさ」


 雅能の抱える怒りは見当違いなものだが、仕方なくもある。


 文楽自身が当の≪蛇遣い(アスクレピオス)≫だと知らないのは、不憫(ふびん)にも彼一人だけなのだ。


 レヴィアは同じ人間に以前と同じように接しているだけなのだが、雅能には「死んだ操縦士のことを忘れてしまった」かのように見えてしまうのだろう。


「雅能、キミの人間らしい正直な怒りの感情は羨ましいよ。他人の為に、そこまで怒りを覚えられるなんてね」


「≪蛇遣い(アスクレピオス)≫は、人類の為に命がけで戦った英雄だ。会ったことも話したこともないけど、関係ない人間だなんて思わない」


「だけど、キミの怒りようはなんというか――」


 レヴィアは開いた口をそのままに、言葉を止めて少しの間ぴたりと動きを止める。動きの途中でゼンマイが切れてしまった人形のようだ。


 ほどなくして、何か心のゼンマイを巻き直したのか、自然と唇が釣り上がり、レヴィアの口元に強烈な笑みが生まれる。


「そうか。キミは、そういうことだったのか」


「なんだよ、今の納得は!」


「剣菱雅能、キミに興味が湧いてきたよ」


「桂城といい、あんたといい、どうして肝心な所を言わないんだ」


「そんなの、その方が面白いからに決まってるじゃないか」


「要するに、馬鹿にしてるってことだな?」


 雅能が怒りに肩を震わせ、二の句を続けようとしたそのときだった。


「雅能、レヴィア。お前たち、何をさっきから言い争っている」


 屋敷の玄関に辿り着いた文楽が、扉を開いた状態で止めながら、二人に向かって無感情に呼びかけを続ける。


「早く中に入って荷物を下ろしてくれ」


「あ、ああ……悪いな文楽。気づかなくって」


「いや、()びるならアイツの方にしてくれ」


「あいつ?」


 首を傾げる雅能とレヴィアは、文楽が顎で指す方向へ目線を動かす。


 そこには、ぷくっと餅のように頬を膨らませながら叫ぶフェレスの姿があった。


「お二人とも、遊んでいるヒマはありませんよ! レヴィアさんはご自分の荷物を二階のお部屋に運んで下さい。雅能さんは、運んで頂いた雑貨を荷解いて種類毎に分けて下さい。さあ、一分一秒無駄にはできません! このお屋敷を、一刻も早く私と文楽さんの夢の住まいにするんですから!!」


 すっかり張り切ってしまっているフェレスに、レヴィアが足早に近づいて突っかかる。


「キミとマスターの住まい? 何を言っているんだ。ここはボクとマスターの愛の巣だ。家政婦ごときは軒下にでも引っ込んでるんだね」


「誰が家政婦ですか!? あ、でも、文楽さんのことを『旦那様』って呼ぶのは新鮮味があるかも……あの、どう思われますか?」


「俺に話をふるな」


 文楽は心底嫌そうな顔でフェレスから送られる期待に満ちた目線から、顔を背けるのだった。


 それぞれの荷物を持った各人は、続々と屋敷の扉をくぐっていく。


 今まで済んでいた宿舎もそれなりに広かったと文楽は思っているが、この洋館はその比ではない。扉をくぐってすぐに広がる玄関スペースは、それだけで宿舎の寝室と同程度の広さがある。


 玄関の奥では左右に廊下が伸びており、右には厨房と食堂、左には広間があるらしい。


 曲線を描く階段を上がって二階に出ると、客室が左右にそれぞれ三つずつ、計六人分の部屋が用意されている。訓練生一人が住むには、あまりに広すぎる屋敷だ。


 扉を開いた状態で保持しながら、全員が屋敷の中に入っていくのを見守っていると、ふと脇腹のあたりをつんつんと指で突かれる感触があった。


 目線を下に送ってみると、そこには真っ直ぐ自分を見上げるサラの笑顔がある。


「ねえねえ、お兄ちゃん。サラ、お兄ちゃんと一緒の部屋で寝ていい?」


「部屋の数には余裕がある。なにも同じ部屋をわざわざ使うことはない」


「でも一つのおふとん二人で使った方があったかいし、お洗濯も少なくなるよ?」


「ふむ……確かにそう言われると得策に感じるな」


「やったー!! じゃあ、お兄ちゃんの部屋にサラの荷物運ぶ!」


「サラさん、勝手に決めないでください! 文楽さんも簡単に流されすぎです!!」


 二人の間に割って入ると、フェレスはまるで軍旗を掲げる戦乙女のような勇ましさで、竹箒(たけぼうき)の先端を玄関の床に突きつける。


 そして、堂々と胸を張って全員に向かって言葉を突きつけた。


「文楽さん、私にこの屋敷の一切を取り仕切りる権限を与えてください!」


「権限とは……大げさな言い回しだ、お前らしくもない」


「安全で調和の取れた生活を健全に運営していくためには厳格な規律と権力構造が必要不可欠です!! どうか私にこの屋敷の采配をお任せください!!」


「ダメだよ、マスター!!」


 文楽が言葉を返すよりも早く、レヴィアが弾かれたように声を上げた。


「今ここで頷いたら、キミは一人の独裁者の誕生に荷担したも同じだ!!」


「待て、意味がわからん」


「とにかくダメったら絶対にダメだ! マスターの命令ならまだしも、こんな嘘つき人形の指示に従うなんて、ボクは絶対に嫌だからね!!」


「……とりあえず、お前らの言い分は分かった」


 文楽は自分が戦場に居た頃、自分に命令を下してきた人間達の指揮系統の仕組みについてふと振り返ってみる。


 基本的に自分は部隊の隊長から指示を受け、それに従って任務をこなすだけだったが、どういった流れで命令が動いているかは大まかに記憶している。


 作戦を考える者、判断を下す者、指示を出す者。


 下から見れば皆同じ種類の人間のように見えるが、それらは全て人類の積み重ねてきた経験学に基づいて慎重に分類づけられている。


「立案はお前達に任せるが、権限は俺が持つことにする」


「えっと、具体的にはどうしたらよいのでしょうか……?」


「俺は部屋割りや飯の献立を考えるつもりはない。フェレス、できればお前が考えてくれ」


「つまり、私が全て決めてしまっていいということですか!?」


「そうは言っていない」


 きらきらとした純粋な瞳で問いかけてくるフェレスから目を背け、文楽はレヴィアの方を今度は振り向く。


「レヴィア、お前に異論があるならば聞く。だが、きちんと対案を立ててからだ。文句があるのならお前が自分で部屋割りを考えろ」


「えー。そんなのイヤだよ、めんどくさい」


「それなら、あの働き者に任せることだ」


 文楽が振り返り、レヴィアがその目線を追う。二人の視線の先では、給仕服姿の仮装人形が楽しそうに部屋割りの図面を作成し始めている。どこから手に入れてきたのか、既に屋敷の見取り図を手に入れていたようだ。


 一旦は口ごもったように見えたレヴィアだが、「はあ」と大げさなため息を吐いてから諦めの言葉を続けた。


「マスター。ボクの知っている君は、もっと働き者だったはずだ」


「そうだな。後方に来て、怠けるということを覚えたようだ」


 以前は与えられた命令を、何も考えずただ淡々とこなすだけの日々だった。


 だがこの後方の訓練学校に来てからというもの、むしろ考えることは増え続けるばかりで、今の方が慌ただしく文楽には感じられる。


「変わりゆくキミをこれからも愛し続けていられるかどうか、ボクは不安だよ」


「冷たいことを言うな」


「……冷たいのはキミの方だよ」


「俺が冷たい?」


 レヴィアは問いかける文楽を露骨に無視して、自分の荷物を抱えて階段を登っていく。


 そして相変わらず部屋割りを考え続けるフェレスに向かって、上階から見下ろしつつ発破を掛けた。


「ほら、駄メイド! ボクの部屋はどこなんだ? さっさと素晴らしい采配を見せてみせろよ。いつまで経っても荷物が下ろせないじゃないか」


「駄メイドってどういう意味ですか!? 文楽さん、部屋割りはこの形でいいですね?」


 フェレスは怒った口調のまま、文楽に向かって部屋の構成図を広げて見せつけてくる。「よろしいですか?」という伺いではなく、「いいですね?」という同意を強いる言葉の選択に、有無を言わせないという確固たる決意が現われている。


 部屋の割り振りは、文楽の部屋を中心として、隣がフェレス、反対側がレヴィア、そして向かいがサラの部屋という見事な包囲網の形だ。だが少なくとも、文句が出そうな気配はない。


「階下で家事をすることの多い私が、階段に一番近いお部屋を使わせていただきます。レヴィアさんは朝が弱い方だとお聞きしているので、南西側のお部屋。サラさんは……とりあえずこの位置で大丈夫でしょうか?」


「えー。サラ、お兄ちゃんと一緒の部屋がいいなー」


「それはダメです。よくありません。そうですね文楽さん?」


「そうだな。フェレスの案で決定だ。サラも、今は聞き分けろ。別に俺の部屋に入るなとは言っていない」


「うん、わかった! サラはお兄ちゃんのそういうところ好き!!」


「一体どういうところなんだ……?」


 新しい環境、新しい生活、新しい仲間、新しい同居者。


 様々な思惑がひしめき合う、穏やかなようでいて慌ただしい日常の火ぶたは今まさに切って落とされようとしていた。


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