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アーマードール・アライブ  作者: 幾谷正
軛解かれし色欲の悪魔
32/44

§2 阿修羅姫(1)

 ここは国防軍郡河基地の敷地内に併設された訓練学校の教員室。


「君達。自分がどうして呼び出されたのか、見当はついていますね」


 突然の呼び出しを受けて教諭の前に並ばされた三人の訓練生と、一人の仮装人形(アバター)の少女はそろって首をかしげていた。


「おい、文楽(ぶんらく)。お前、今度は何やらかしたんだ?」


「心当たりはない。雅能(まさの)、そもそもどうして俺の仕業だと決めつける」


「そんなの、消去法に決まってるだろ」


 目の前の教諭を差し置いて二人の訓練生はお互いの顔を見ながら言葉を交わしている。


 一人はおかっぱ頭に少女のような幼い顔立ち。小柄な体に少しだぶつく制服を身にまとった訓練生、剣菱雅能(けんびしまさの)


 そしてもう一人、野生動物のような無造作に伸ばした髪、金属で出来たように変化のない仏頂面の訓練生――愛生文楽(あおいぶんらく)


 雅能はじっと文楽を(にら)み付けているが、背の低さと可愛らしい見た目のせいでいまいち迫力がない。


「オレと桂城、そしてお前。何かやらかすんだったら絶対にお前だ」


「なんだと、失敬な。今週はまだ備品を壊していないし、()め事も起こしていない。先週受けた三つの追試だってちゃんと合格点だった。とがめられるようなことは何もしていない。潔白と言って良いはずだ」


「おお、すごいじゃん! お前もやっと普通になってきたじゃないか!」


「当然だ。俺だってやろうと思えばそれぐらいはできる」


 「ふん」と自慢げに胸を張る文楽に、雅能は満面の笑みで称賛を送っている。


 学年一の劣等生と優等生。互い違いの二人だが、何故だか妙に凹凸が()み合っていた。


 一方。二人の隣に並ぶ女子生徒、呼び出しを受けたもう一人の訓練生である桂城留理絵(けいじょうるりえ)が、たまりかねた様子でずれた会話に割って入る。


「ちょっと二人とも、いちゃつくなら後にしてくれない?」


 座学は雅能に一歩及ばないが、身体能力や操縦士の適性など、総合的な評価で彼女は群を抜いている。おまけに品方向性とあって、教師達からの信頼と人望も厚い。人知れぬ欠点を、幾つか抱えてはいるが。


「まったく、時と場合を考えてほしいわね」


「それは私の台詞です、留理絵さん!」


「なんのこと、フェレスちゃん?」


「とぼけないでください! さっきから私のスカートの裾を引っ張ってることです!!」


「あ、ごめんね。良い位置にあったから、つい出来心で」


「『つい』でスカートの中を(のぞ)かないでください!!」


 異国情緒(あふ)れる白黒の給仕服に、両側頭部から覗くくるりと逆巻いた羊のような角。


 仮装人形(アバター)の少女、フェレスに震えた声で訴えかけられて、留理絵は慌ててスカートから手を放す。巧妙に教官からは見えない角度で怪しげに手を動かしていたらしい。やり口が完全にセクハラ上司のそれである。


「ゴホン……それで教官、私達三人が呼ばれたということは、先週提出した兵站学(へいたんがく)の講義の提出課題についてですか?」


 (せき)払い一つしてすぐさま優等生らしい笑顔を顔に貼り付け直した留理絵は教官へと問いかける。こめかみに(しわ)を寄せた陰険な教官は、渋い顔つきで(うなず)いた。


「その通りです。これがどういうことか、説明してもらえますね?」


「課題の内容は『兵站輸送の問題点とその改善案』を考えてまとめるということでしたので、私達三人で意見を出し合って一つの案としてまとめました。全員が同じ内容というわけではないので、別にずるして楽しようとしたわけではないです」


 三人は兵站学の課題を互いにアイデアを出し合い、手分けして制作したのだ。


 兵站とは平たく言えば、前線の兵士たちの元に届く食料や弾薬といった物資全般のことを指している。電気配線を疎かにした機械が機能を果たせないように、兵站を疎かにする軍というのは必滅の運命を辿(たど)る。直接戦闘に関係ない分野であるとはいえ、軍事に携わる人間ならば必ず抑えておくべき重要な概念の一つだ。


 留理絵に続いて、文楽が一歩前に出て言葉を(つな)ぐ。


「食料輸送の維持は兵達の士気に大きく関わるだけでなく、後方の食糧事情をも圧迫しかねない問題です。なので新たな食料輸送の形態について考えました」


「だからといって、この荒唐無稽な案はなんです。食料の代わりに塩と香辛料を送れですって?」


「その通りです。海の沿岸であれば、塩は精錬すればいいので必要ありませんが」


 鋭い目つきで教官に睨まれながらも、文楽は平然と答える。


「戦前の人類が放棄した田畑の作物などを調達することで、ある程度は(まかな)えます。野生動物を狩猟する手もあるでしょう。生育期間の早い植物を持ち込んで、駐屯地で耕作を行う手もある」


「馬鹿げている! 現地調達に頼った兵站計画がいかに愚策であるか、私は散々講義の中で教えてきたはずですよ!! 近代戦争の歴史を紐解(ひもと)けば1ページ目に書いてありますよ!!」


 文楽はきょとんとした表情で目を丸くする。まるで何を言われているのか理解できないといった表情だ。


 待てど暮らせど届くことのない補給物資。飢えて倒れていく兵士達。血走った目で地を()いずる虫を捕まえ、食料とすることで生き長らえてきた日々。


 いくら愚策だと言われたとしても、それが戦場の現実だ。


 そんな文楽の気持ちを代弁するように、雅能が毅然(きぜん)とした表情で助け船に入る。


「ですが、対ゲーティア戦は人類史のいかなる戦場とも異なる原則によって成り立っています。実際、進軍しながら現地で食料調達を行う行軍方法は、騎馬戦闘が主体であった時代では度々見られました」


「では君は、化石のように古くなった戦術論の方が、現代の人間が記した戦術論よりも役立つと、そう言いたいのですか?」


「どちらも〝古い〟という点では同じです。電波通信を封じられている以上、それを前提とした古代の戦術でも役に立つ部分はあります」


 自分が教えてきた講義の内容を、よりにもよって最も成績が良い雅能の口からばっさりと切り捨てられてしまって、教官はさすがに狼狽(ろうばい)した表情を浮かべている。


 正しいことを言ってはいるが、相手の心理や内情というものを全く意に介していない。雅能には生来、こういった部分が言動の中にあった。


「そもそも機甲人形(アーマードール)が戦局を大きく左右する現状、陸上部隊を過剰に前線へ送り込む意味は薄いと思います。その一部を食料調達や耕作といったバックアップへ回した方が、士気の維持に大きく貢献できるはずです。自分は具体的な人員配分、運用計画などについて計画案をまとめました」


 雅能の言葉に続いて、留理絵が自分の書いた分のまとめを指し示して言う。


「私は現状の輸送コストと、この案を採用した際のコストについて考証と比較をしてみました。初期投資がかかることにちょっと目をつむれば、長期的には得になる計算です」


 留理絵は可愛らしくウィンクをして、『目をつむれば』の部分を強調する。


 最後に文楽が、気恥ずかしそうに頬を()きながら小さな声で言った。


「そして自分は、調達できる食料や、栽培できる植物の種目。また、それらの材料からどんな料理が作れるかをまとめました」


「君たち、そんな話をしているわけではない! そもそも、こんな荒唐無稽な案をどうして考えてきたのかと聞いているんです!!」


「うーん。荒唐無稽ですかねえ、これ」


 と。


 青筋を立てて怒る教師の言葉を、暢気(のんき)な男の声が遮った。


「青田教官!?」


「いやあこれ、よくできてるというか、むしろ前線では実際こんなもんでしたよ」


 教師の後ろに立っていたのは、熊のようにずんぐりとした大柄な体型の男、文楽達の担任を担う青田教官だった。


 彼は戦場で負った怪我により前線を退いているが、元々は地上部隊の一人だ。今は、郡河訓練学校の教官として、訓練生たちに戦場のイロハを教えている。


「あの頃はよく、仲間同士で言い合ってたもんです。『食料を送る気がないならせめて塩と胡椒(こしょう)だけでも持たせてくれ』って」


「青田教官。あなたまでそんな……」


 軍事学の教師はたちまち弱気な声になって、「これ以上の口出しはやめてくれ」と目で訴えかけるしかできなくなっている。


 戦場で豊富な経験を持っている彼に「いい案だ」などと言われてしまっては、戦場に出たことのない教師はさすがに黙らざるを得ない。


 青田教官は呼び出された三人の顔ぶれをしげしげと見回すと、わざと嫌味っぽい雰囲気を(にじ)ませて問いかけた。


「それより桂城、剣菱。お前らまさか、成績の悪い愛生を助ける為に、共同作成ってことにしてこいつを混ぜてやったんじゃないのか? 俺はそっちの方に問題を感じるんだがな」


「それは違います、教官!」


 担任教官の意地の悪い質問に間髪入れず答えたのは、問いかけられた文楽ではなく隣で話を聞いていた雅能の方だった。


「そもそもこの現地調達案を言い出したのは文楽です。オレと桂城は、文楽の案に賛成して協力したんです。こいつは世間知らずで常識も無くて突拍子の無い行動が多いですけど、決してズルはしてません」


「そうです、まさのんの言う通りです! 文楽君はちょっと足りてないだけです!」


「…………もしかしてこれは、馬鹿にされているのではないか?」


「落ち込んではだめです、文楽さん! 足りなければ補えばいいんです!」


「足りないことを肯定するな。いや、そもそも俺に何が足りていない」


 フォローになっていないフォローを受けて、さしもの文楽も苦い顔つきになってしまう。


 一方、諦めの表情を浮かべた戦術学の教師は、投げやりな口調で三人に告げた。


「あなた方三人の意図はよくわかりました。レポートは現状のもので受理させていただくことにします。もう戻って構いませんよ」


 解散を命じられた三人は、顔を見合わせて職員室から出て行く。


 歩きながら、雅能は悩ましげに(つぶや)きを漏らした。


「うーん……やっぱりもっと新しいデータを参照してレポートを書くべきだったな。半年前の古いデータしか手に入らなかったから、仕方なくその数値を参考にして計算をしたんだよ。でも、そのせいで信憑性(しんぴょうせい)が薄かったのかも」


「まさのん。真面目なのはいいけど、多分それ注意されたことと全く関係ないわよ」


「え、そうなのか?」


 留理絵の冷静なツッコミに、雅能は心底驚いたという表情を浮かべる。


「じゃあ、どこが駄目だったんだろう。実証性の薄い場所は他にあったかな……」


「なんていうかアレよね。文楽くんに比べれば可愛いもんだけど、まさのんも結構こじらせてるわよね」


「なっ、なんだよ! 〝こじらせてる〟ってどういう意味だよ!?」


「おほほほ。答える義務はありませんことよー」


 留理絵は適当な言葉で雅能をあしらい、廊下を早足で逃げ去る。


 雅能の方も、むきになってそんな彼女の背中を慌てて追いかけていってしまう。


「なあ、フェレス。あの二人はどうして、あんなに仲が悪いんだろうか」


「そうですか? 私には、仲がよろしいようにお見受けします」


「……お前がそう言うなら、そうなんだろう。俺にも理解できればいいんだが」


 文楽は喉に引っかかりを覚えながらも、フェレスの言葉を素直に飲み込むことにした。


 以前までの自分なら、「理解できない」と苛立った言葉で返すことしかできなかっただろう。


「焦らなくても大丈夫ですよ、文楽さん。少しずつでも、慣れていけばいいんです」


「まずは慣れろ、か……お前に言っていたことを、こちらが言い返されることになるとはな」


「ご、ごめんなさい! 偉そうなことを言ってしまって!!」


「いや、そうは思わない。俺には、お前から学ぶべきことが多い」


 郡河基地に併設された操縦士の訓練学校に通う少年、愛生文楽。


 彼は、ただの学生ではない――実際の戦場を経験し、乗機を撃墜されながらも生き延び、そして今ここに居る。


「おい、愛生。ちょっと時間あるか?」


「……何の用ですか、青田教官」


 言葉を交わす文楽たちの背後から、不意に太く重い男の声が掛けられる。


 振り返った先にいた男、文楽たちを擁護してくれた、担任の教官である青田だった。


「さっきのレポート、俺も見させてもらったんだが、ちょっと気になることがあってな」


 青田教官は、不敵な笑みを滲ませながら、そんな一言を切り出す。


 彼は、自分と同じ、戦場の空気を知っている元兵士の一人だ――だからこそ、拭えない不安が冷や汗となって文楽の背中を()でていた。


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