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アーマードール・アライブ  作者: 幾谷正
死せる英雄と虚飾の悪魔
14/44

§3 HEART TO HEART(5)

この章を投稿するのを忘れていたので後で追加しました! 今まで前後のつながりが分けわかんなくなっててごめんなさい!(2019.05.22)

 桂城(けいじょう)留理絵(るりえ)に招かれた文楽とフェレスは、彼女の部屋に揃って上がり込んでいた。


 女子寮とはいえ同じ訓練生。そこまで部屋の内装に変わりはないはずと思いきや、まるで同じ間取りとは思えない様相だった。


 明るい色の壁紙に、凝ったデザインをした木製家具。調度品の一つ一つも鮮やかな彩りのものばかりだ。家具の選択だけで、ここまで雰囲気が変わってしまうのかと文楽は思わず感心してしまう。


「お待たせ、愛生(あおい)君。紅茶しか無いけど良かった?」


「ああ。構わない」


 しげしげと興味深そうに文楽が部屋を見回していると、お茶の用意を載せた盆を持って、部屋の主である留理絵が姿を現す。


「さて。これで、誰も邪魔者は来ないわね」


 扉を閉めながら、留理絵はにやりと薄気味の悪い笑みを覗かせる。


 文楽の本能が、速まる鼓動に乗せて全身にくまなく緊張と警戒を送り始めた。


「このときをずっと待ってたのよ!!」


「……どういうつもりだ?」


――やはり何か裏があったか。


 同級生の少女だったはずの存在は、肉食獣のようにぎらついた眼光で文楽とフェレスを睨み付ける。薬が切れかかったときの中毒者がちょうどこんな感じだ。ときどき隊長もああいう目をしていた。


 文楽は腰を低くして身構え、彼女の次なる行動へと備える。


 同時、留理絵が猫のようなしなやかさで跳躍した。


「もう、我慢できないっ!!」


 留理絵は身構える文楽――の横を綺麗に素通りして、彼の横で首を傾げていた仮装人形(アバター)の少女――フェレスに、獲物に飛びかかる猫のごとく襲い掛かった。


「フェレスちゃぁあん! ぎゅってさせて!! ぎゅって! ぎゅううううっ!!」


「き、きゃああああっ!?」


 ついさっきまで才色兼備な優等生だったはずの少女は、今や完全な野獣と化して両腕でフェレスに抱きついている。


 酒に酔った隊長も、よくこんな感じで女性隊員に抱きついては引っぱたかれていたなと遠い記憶に思い起こされる。


 いや、現実から目を背けている場合ではない。


「……桂城、説明しろ。これは、どういうことだ」


「ずっとフェレスちゃんのことが好きだったんだよ!!」


「人の話を聞け!! それで説明のつもりか!?」


 留理絵は文楽のことを完全にスルーしてフェレスに激しい頬ずりを続ける。


 されるがままの仮装人形(アバター)は、困った表情で自分の操縦士に助けを求める。


「ぶ、文楽さん! 助けてください!」


「言ったはずだ、フェレス。自分の身は自分で守れ。俺はこの状況に呆れるので忙しい」


「そんなっ! ひどいです!!」


 下らない結末に文楽はため息交じりに胸をなで下ろしつつ、二人の様子を見守る。


 単にじゃれあっている分には問題も無いだろう。ただ体中をあちこち触ったり、頬ずりをしたり、服を脱がそうとしているだけ――


「桂城。待て、さすがにそれはよせ」


「あ、やっぱりここから先は別料金? いくら払えばいい?」


「そんなシステムは無い。あと口元のよだれを拭け」


 フェレスにずっと引っ付いていた留理絵は、渋々といった表情で両腕を放す。


 一連の騒動の後には、ほくほくと満足そうな笑みを浮かべる少女と、服を半分ほど脱がされた状態でさめざめと泣く仮装人形(アバター)の少女だけが残った。


「……なるほど。これが人形偏愛者(ピグマリオン)という人種か」


「ふふふ。実は私はこういう人間だったのよ!」


「できることなら知りたくなかった」


 さすがの文楽もどん引きである。


「まさかとは思うが……最初からこいつが目的で俺に近づいたのか?」


「ほら、言うじゃない。『将を射んとせばまず馬を射よ』って。その故事にのっとって、君と仲良くなるためにまずはフェレスちゃんと親密になろうと思っただけよ」


「俺に学がないのは認めるが、そんな嘘に騙されると思われているなら心外だな」


「はい、嘘です。最初からフェレスちゃんへの不純な行為が目的でした」


「あからさまに言われてもそれはそれで困る」


 周囲の目が無いところで、フェレスに襲いかかるのが彼女の目的だったらしい。


 自分の不安が全くの見当違いであったことに、文楽は呆れを覚えながらも安堵する。


「ほんとフェレスちゃん可愛いなあ……人形と結婚できる法律とかできたらいいのに」


「君の場合、まず性別の方が問題だろ」


「じゃあ、愛生君が私と結婚する? そうすれば君もフェレスちゃんも私のものだ」


「何言ってんだお前」


 なぜか得意げな表情の留理絵に、文楽は冷め切った目線を送る。さっきまで「君」と呼んでいたはずが「お前」に変わっていることに、言った文楽自身も気づいていない。


 文楽はほとほと呆れ果てた表情で座布団の上に腰を下ろす。泣き止んだフェレスも、やや留理絵と距離を置いたかたちで同じく腰を下ろした。


 やっと室内に落ち着きが戻ってきたところで、文楽は改めて室内の様子を注視する。


 ふと室内を見渡してみれば、本棚には教科書や参考書に混じって一風変わった蔵書が散見される。どうやら戦前に書かれた貴重な紙媒体の本らしい。


 『ガールズ(ウント)ヴァンツァー』『ロボットだけどAI(アイ)さえあれば関係ないよねっ』『中量二脚でも恋がしたい!』等々――なんだかよく分からないタイトルばかりだ。


「なるほど、よく見ればやたら先鋭的な趣味をしてるらしいな」


「今や失われて久しい戦前の貴重な文学作品の数々よ。良かったら貸してあげるけど?」


「興味は無い。文章を読むのは苦手だ」


 留理絵はテーブルの上に紅茶の注がれたカップを文楽とフェレスの前にそれぞれ並べる。身のこなしはたおやかで礼節を(わきま)えた美人なのだが、中身が〝あれ〟と分かった今は変な薬とか入れられてないか若干不安だ。


「〝文を楽しむ〟って名前なのに、もったいないなあ」


「この名前は、別にそういう意味じゃない」


「そうね……確かに本来の意味の方が、君にはぴったり合ってるし」


 文楽――それは、日本に古来から伝わる絡繰(からくり)人形を使った劇の名前。隊長は自分にこの名前を与えるとき、そう由来を説明していた。


 見えない刃の切っ先を、喉元へ突き立てられているのを文楽は感じる。


「そろそろ聞いてもいいわよね。君は一体、どこの誰なの? 愛生文楽君」


「どこの誰、と言われても……お前の興味の対象はフェレスじゃなかったのか」


「一番目はね。でも、君にも興味があるのは事実よ」


 留理絵はテーブルに身を乗り出すと、文楽の目の前にまで顔を近づけて押し迫る。


「軍人の娘という立場で、成績も優秀で、パイロット適性も今期でトップ。そんな完璧な私ですら仮装人形(アバター)付きの機体は与えてもらえなかった……なのに、どうしてどこからか転校してきた君がいきなりフェレスちゃんを与えられたのか、ずっと疑問だったの」


「なるほど。お前の首席としてのプライドを傷つけたのならば謝罪する」


「そんなちっぽけな私情は関係無いわ。ただ、私もフェレスちゃんと(ただ)れた青春を送りたかったとは今も切実に思ってるけど。ほんと羨ましい! まじで許せない!!」


「それについて謝罪するつもりは一切無いからな」


「でも、この疑問は君の操縦を目にして全部納得できた。あんな高度な操縦、普通の訓練生には……いいえ。それどころか、この基地に駐屯してる正規の操縦士全員を含めても、できる人間一人だって居ない」


「お前は俺の耳を褒めてくれたが、そっちも良い目をしているようだ」


「これはあくまで私の妄想だけど……君はもしかして、機甲人形(アーマードール)を操縦して戦った経験がある人なんじゃない?」


 瑠璃(るり)のような深い色の瞳にじっと見つめられて、文楽は何も答えられないでいる。


「少なくとも、今まで一度も機甲人形(アーマードール)に乗ったことが無いなんて、あり得ないと思う」


「……その妄想とやらは、誰かに話したのか?」


「ううん。人が必死に隠そうとしてることを言い触らすなんてしないわよ。私自身、本性を隠して生きてる人間なんだから」


「なるほど。初めて信頼できる言葉をお前の口から聞いたな」


 ここまで追い込まれてしまっては、言い逃れもできそうにない。


 確認を求めるように視線を送ると、フェレスは黙ったまま頷き返す。文楽は深く息を吐いてから、静かに言葉を続ける。


「俺が今回の誘いを受けたのは、お前が味方になってくれるかどうか確かめるためだった。味方として信用できるなら事情を話してもいい」


「味方って、何か敵が居るの?」


「この訓練学校という環境、そのものが敵と言ってもいいな……例えば普通教育の授業であるとか、そういったものだ」


「えっと……それはつまり、勉強を教えてくれる友だちが欲しいってこと?」


「ここの文化に従って言えばそういう言い方になる。それに、正体を隠す手伝いをしてくれれば有り難い。お前は今まで巧妙に本性を隠してきた人間だ。非常に心強い」


 文楽の意外な申し出に、留理絵はくすくすと押し殺したように笑いを零す。


「なーんだ、もう。深刻な顔するから、どんな話かと思って緊張しちゃったじゃない。もちろん私はオッケーよ。その代わり、フェレスちゃんのことたまに貸してね」


「本人が良いと言えばな」


 隣に座るフェレスは必死に首を横に振っていたが、この際無視することにした。


 文楽は居住まいを正して、ゆっくりと自分のことを語り始める。


「結論から言うと、お前の想像通りだ。俺は南部の戦線で、操縦士として戦っていた」


「えっ、南部から来た人だったの! 東京の死線(デッドライン)をどうやって越えてきたの!?」


 現代における東京――それは日本国内における最大規模の汚染地帯だ。


 そして同時に、日本に生き残った全ての人類にとっての最終攻略目標でもある。


 関東に存在する最大規模の電波塔、天空樹(スカイ・ツリー)を中心とした一帯は、電波密度が非常に高く、かつての人口密集地帯には数多くの機甲兵器が未だ多く集まっている。


 結果、関東を境目として、日本の南部と北部は互いに別の国と言っていいほど分断されてしまっている。年に数回、日本海側の陸路を通って物資の行き来があるだけだ。


「南部から送られてくるなんて、よほどの高官じゃない限りあり得ないわ。輸送にかかる経費も危険性も馬鹿にならない」


 輸送ルートが存在すると言っても、決して安全というわけではない。ゲーティアの襲撃に備えて機甲人形(アーマードール)による厳重な警護を要する上、別地点に囮を出撃させたりと大がかりな輸送作戦を展開する必要がある。


「東海地区の戦場でそれなりの働きはしたからな。もっとも、その戦いで乗っていた機体を失い、世間では死人として扱われることとなってしまったわけだが」


「死人として扱われてるって、それって、まさか……」


 その条件に当てはまる人物の名前に、留理絵は行き着いてしまったのだろう。


 顔を真っ青にして、教室では見せたことの無い慌てふためいた表情で大声を上げる。


「な、何かの間違いでしょ!? ただの思春期特有の過度な妄想から来る脳内設定だったりとかしない!?」


「言ってる意味はわからないが、証拠と言えるようなものならある」


 文楽は首から下げているネックレスを襟元から引き抜くと、留理絵に示した。


 指輪に刻印されている名は、〝嫉妬〟の大罪を司る海蛇の怪物――


機甲人形(アーマードール)〈リヴァイアサン〉。これはその認証印、レヴィアの形見だ」


「ほ、本物の〈蛇遣い(アスクレピオス)〉……実は生きてるって、えええっ!?」


 極度の恐怖を味わったかのように、留理絵は口元を激しく震わせながら声を漏らす。


 震えを抑えるように、テーブルに両手を叩き付けてから大声で叫んだ。


「あ、愛生君! 自分がどれだけすごい人間か、分かってないの!? ……で、ですか?」


「少なくとも、お前がいきなり敬語になるほどではあるらしい」


「だって〈蛇遣い(アスクレピオス)〉って言ったら教科書にも載ってるような英雄じゃんですよ!?」


「英雄なんて言われ始めたのは死んだことにされた後だ。空っぽの墓に敬意を表されたところで、俺には何の関係も無い。それと無理に敬語を使うな。お互い、友人として付き合うはずではなかったか」


「そ、それは確かにそうでありますなんだけど……」


 まだ動揺が収まっていない様子の留理絵は、ふとフェレスに問いかける。


「その、フェレスちゃんは最初から全部、事情は知ってたのよね?」


「え? はい、もちろんです」


「その……緊張とかしないの? 伝説的な人形遣い(パペット・マスター)が自分の操縦士(パートナー)なのよ?」


「あまり考えたことはありません。だって、文楽さんは文楽さんですから」


「そっかあ。フェレスちゃんはいい子だなあ……ああ、嫁にしたい」


 動揺を抑えるためなのか、留理絵はフェレスの頭を優しく撫でながらひとまずの落ち着きを取り戻そうと試みている。


「で、でも、そんなとんでもない事情隠し持ってたなんて……愛生君、目立たないようにもっと普通にしてた方がいいわよ」


「〝普通〟か……剣菱(けんびし)にも言われたな」


 文楽は遠くを見るような目で、カップに注がれた紅茶の水面を見つめながら続ける。


「俺が居た南部の戦場では、お前達が言うような〝普通の人間〟は皆、戦場の中で擦り切れて、様々なかたちで戦場から姿を消していった」


 仮にそうやって戦場の過酷さに耐えきれず死んでいく人間を〝普通〟と呼ぶのなら、人類はゲーティアの手で滅ぼされるのが当然の種だというようなものだ。


 文楽の言葉は、暗にそういった意味を(にじ)ませていた。


「ご、ごめんなさい。私、軽率なこと言ったみたいで……」


「いや、責めるつもりは無い。ただ理解して欲しかった。俺には戦場の噴煙よりも、この平和という空気の方が息苦しいと感じている。ここに来た日から、ずっとそうだ」


 水中を自由に泳げる魚も、一度(ひとたび)陸に上がれば(おぼ)れてしまう。空を自由に飛べる鳥も海の中では水底へ落ちてしまう。きっと同じことなのだろう。


 正体を隠す必要が無い、普通の世界で育ってきた同世代の友人。


 そんな留理絵だからこそ文楽は初めて肩の荷を下ろして本音を漏らすことができた。


「でもどうして、あの〈蛇遣い(アスクレピオス)〉がこんな訓練学校に?」


「身分を抹消された以上、戦場へ戻るにはこうするしかなかった。訓練学校に入り、もう一度正規の操縦士として軍へ入り直すしかなかった。それがここに居る理由だ」


「そこまでして、もう一度戦場に行きたいの……?」


 留理絵は唇をぐっと噛みしめると、決心した様子で文楽に正面から問いかけた。


「えっとさ……軍人を辞めて、平和の中で生きていく選択肢は考えなかったの? 普通学校に入って、別の道を探すことだって後方(ここ)でならできるのに」


「……お前は、本当に嫌なことばかり気が付くな。桂城」


 文楽は留理絵の言葉によって、自分の本心に気づかされたような気がした。


 東海州が奪還されたことで戦後という概念が輪郭を持ち始めた今、戦いを忘れて生きる道は選べたはずだ。


「ただ、平和の中で生きていく自分が思い浮かばなかった。自分がこの世界に居ると自覚した瞬間から、俺は戦場に居たんだ」


 〈蛇遣い(アスクレピオス)〉の名と共に戦い続けることは、文楽にとって自分という存在の証明そのものだった。〈リヴァイアサン〉の操縦席だけが〈蛇遣い(アスクレピオス)〉にとってこの世界でたった一つの自分の居場所だった。


「じゃあ、いつか戦いが終わる日が来たら、君はどうするの?」


「俺は、死ぬべきだったのに生き残ってしまった人間だ……この世界に戦いがある内に戦いの中で死ねればいいと、願っているのかもしれない」


 自分はきっと、終わらない戦いを続けることより、戦いを奪われてしまうことの方が怖いのだ。口に出したことで、初めてそう自覚することができた。


 心からすっと(もや)が晴れていくような気がした。


「そんなのおかしいです!」


 だがそんな彼の本心を否定したのは、怒りが(にじ)むフェレスの大声だった。


「文楽さんは平和のために戦ってきたんでしょう? なのに、その平和が要らないなんて、そんなのおかしいです! 自分が料理を作って自分だけ食べないみたいで!!」


「その例えの方がおかしい……大体、お前もそう考えたことはないか?」


「私、ですか?」


「世界が平和になったとき、俺のような兵士も、機甲人形(アーマードール)も必要無くなる。こうしている間にも、戦いは少しずつこの世界から消えていく……俺は、全てが消え失せた後で生きていく自信が無い。平和な世界で自分を見失っていくことに、耐えられそうにない」


 室内の空気がしんと静まりかえり、フェレスは言葉を失って(うつむ)いてしまう。


 だがそんな空気の中、留理絵が耐えかねたように口を開いた。


「愛生君……なんかさ。それって、調子に乗ってない?」


「な、なんだと?」


「だって、昨日今日戦場に出てきた人間がドヤ顔で『俺は戦争に向いてない』とか言い出したら、文楽君だって『素人がなにナメたこと言ってんだ』って思うでしょ?」


「それには同感だが……」


「それに、どんなことでも長く続ければ上達するって言ったのは愛生君自身よね」


 文楽は首を傾げながら、ふと気が付いたことをただたどしい口調で言葉にする。


「つまり俺は、平和という環境に対して素人だと、お前はそう言いたいのか?」


「そう、その通りよ! 愛生君はまだ何も分かっちゃいない! オープニング始まる前のアバンだけ見て、勝手に作品の評価決めてるようなものよ。どうせ否定するなら、最後まできっちり味わい尽くしてからにするべきよ」


「お前の言葉がときどき分からないのは、俺が後方の文化に慣れていないせいなのか?」


「それは……えっと、うん! そういうこと!」


「桂城、どうして目を逸らした」


「とにかく! 私が君の級友として、勉強と一緒に平和の中で生き抜くコツってものを教えてあげるわ。文句ある!?」


「文句はないが疑問はある。そんなことを教えて、お前に何の得がある」


「得とかメリットとか、そんなの関係ないわよ。ただ、せっかく前線の人たちが後方の平和の為に戦ってるのに、後方に居る私たちが辛気くさい顔してるのはダメだと思う」


「……なるほど、そんな風に考えたことはなかった」


 留理絵の理路整然としていない、感情任せの言葉が不思議と胸に落ちる。


 今まで目の前の敵しか眼中になかった文楽は、後方という存在を振り返ったことなど一度としてなかった。二つは決して無関係なものではなく、無視することなどできない。


 自分の重大な見落としに、ようやく気が付いたのだった。


「分かった。〝普通〟のふりができる程度には俺も努力したい」


 文楽は観念したように、ため息交じりに降参の意を示す。


 それまで黙り込んでいたフェレスが、ぱっと顔を明るくして笑顔を作る。


「すごいです、留理絵さん! 頑固で意地っ張りな文楽さんを説き伏せるなんて!!」


「おい、フェレス。お前、人のことを何だと思ってるんだ」


 人形の思わぬ反乱に、文楽は抗議の意を示す。


 そんな二人の争いを置いて、留理絵が勢いよく手を上げて叫ぶ。


「それでは愛生君! 平和への第一歩として、フェレスちゃんの語尾を『にゃん』にすることを提案します!!」


「……それに何の効果がある」


「フェレスちゃんが萌え萌えになることで、心が穏やかになり人類は平和になります」


「だそうだ。やってみろ」


 文楽にじろりと睨まれたフェレスは、小首を傾げながら答える。


「わ、わかりました……にゃん?」


「いいわよ、フェレスちゃん! 世界一可愛いよ!!」


 大興奮の留理絵とは対照的に、文楽はこめかみに手を当てながらどす黒い空気を周囲に漂わせている。


「……桂城、駄目だ。穏やかになるどころか闘争心を無性にかき立てられる。具体的に言うと、あいつの額に思いっきり手刀を叩き込みたくなってきた」


「ええっ!? ひどいです!」


「そっかー。愛生君は好きな子のことはいじめたくなっちゃうタイプだったかー」


「もう一回やらせてください文楽さん! 今度はもっと上手くやりま……やるにゃん!!」


「うるさい! とにかくそのワケの分からん語尾をやめろ!」


 今まで味わったことのない、騒がしくも穏やかな時間――これを平和と呼ぶのだろうか。


 この空気に慣れていけるのだろうかと、微かな戸惑いを胸に抱きながら思うのだった。


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