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アーマードール・アライブ  作者: 幾谷正
死せる英雄と虚飾の悪魔
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§3 HEART TO HEART(2)

 機甲人形(アーマードール)の置かれている格納庫へフェレスを一足先に向かわせた文楽(ぶんらく)は、基地の敷地内でじっと空を仰ぎながら何か考え事をしている。


「更衣室は確か東の方角で、太陽があの位置にあるから……ううん」


 この分では、太陽が沈むまでに目的地に辿り着けるかどうかも怪しい。


「ねえ、ちょっと」


 そんな彼の背中を突き飛ばすように、ふと後ろから声が届いた。


「あんた、もしかして〈蛇遣い(アスクレピオス)〉じゃない?」


「なっ……!?」


 不意打ちのような言葉に、文楽は猫のようにびくりと体を跳ねさせる。


 彼が〈蛇遣い(アスクレピオス)〉であると知っているのは、この学校では学長とフェレスの二人だけのはず。もし、それ以外の人間に自分の正体がバレてしまったとなれば一大事だ。隊長にもバレないように気を付けろと固く言われている。


 文楽は顔を青ざめさせながら、恐る恐る振り返ってみる。


 そこには真っ白な士官服に身を包んだ長身の美女が、腕組みをして彼のことをじっと見つめていた。


「なによ。やっぱりピオ助じゃない」


「げっ、ルーシィ!?」


 呼び止めた相手は、昔からの顔馴染みではあった。だが文楽はそれに気付いて安心するどころか、むしろ顔をますます青くして悲鳴みたいな声を上げた。


 腰まで届く鋼線を束ねたような銀色の髪に、琥珀(こはく)のように透き通った金色の瞳。


 そして額からは硬質な二本の角が、天に向かってぴんと伸びている。


 ルーシィと呼ばれた士官服の女性は額に青筋を立てながら、怒りの籠もった様子で文楽に詰め寄った。


「死人のくせしてご挨拶じゃない、このポンコツ英雄。この美しい私の顔を見て『げっ』だなんて、何? 本当に死人にしてほしいの?」


 言うや否や、ルーシィは文楽の首に腕を回してぐいっと力尽くで締め付けた。


「ちょっ、おい、放せ!! 人に見られたらどうする!?」


「羨ましがられるんじゃない? 私とこんなに密着できるだなんて、幸運に思うことね」


「お前に絞め殺されるのもお前の信者から袋叩きにされるのも御免(ごめん)だ!」


 楽しそうに笑いながら、ルーシィは文楽の体をぶんぶんと振り回す。


 腋の辺りでがっちり固定されているせいで、胸の膨らみがずっと文楽の頬に柔らかい感触を押しつけ続けている。しかし首を締め付けられる苦しさが勝っていて、気恥ずかしさを覚える余裕など微塵(みじん)もない。


「ま、いたいけな英雄をいじめるのもこの辺にしとこうかしら。飽きてきたし」


「そうしてくれ。人形(おまえら)と違ってこっちはか弱いんだ」


 やっとルーシィの腕から開放された文楽は、服の襟元を正しながら一息吐く。


 この後方の基地に来て初めて会う旧知の戦友に、文楽は無意識に安堵を覚えていた。


 〝傲慢(ごうまん)〟の大罪を司る魔王〈ルシフェル〉の名を与えられた〈七つの大罪(セブン・フォール)〉の一体目。


 そして世界で最初に生み出された、人形知能(デーモン)という存在の第一号でもある。


「まったく……手厚すぎるご挨拶だな。お前らしくもない」


「たまにはいいじゃない。せっかくこんな格好してるんだから」


 ルーシィはつまらなそうな顔で、豊満な胸で盛り上げられた軍服の襟元を摘まみ上げる。


 『こんな格好』とは、彼女が着ている白い士官服のことではない。仮装人形(アバター)である彼女の身体(からだ)そのもののことだ。


 彼女にしてみれば、仮装人形(アバター)など〝よそ行き用の洋服〟みたいなものなのだろう。


「それにしても本当に久しぶりね〈蛇遣い(アスクレピオス)〉。東海解放作戦以来だから、半年ぶりかしら?」


「その様子だと、俺が生きていると知っていたようだな」


「お父様から多少はね。でもあなた、顔は北部(こっち)じゃ知られてないからいいけど、名前の方はどうするの?」


「今は、愛生文楽と名乗っている」


「ぶんらく? ブンラクブンラク……ふーん、悪くないわね。呼んであげてもいいわ」


「お許しいただけて何よりだ」


 さしもの文楽もルーシィが相手となっては、全力で(へりくだ)るしかない。彼女は〝傲慢〟の名を持たされた人形知能(デーモン)。そのプライドの高さも並大抵ではない。


「まったく……あんたが死んだって聞いたとき、本当に驚いたんだから。この私に気をもませるなんて、どれだけ不遜(ふそん)なことか理解してる?」


「済まない、心配をかけた」


「こ、この私が誰の心配したって!? ばかじゃないの! ばっかじゃないの!?」


「おい、角をこっちに向けるな。お前のは刺さるから痛いんだ」


「刺してんのよっ!」


 ひとしきり暴れてから落ち着きを取り戻したルーシィは、ばつの悪そうな表情で一つ咳払いをしてから居住まいを正す。


 文楽はどこか怪訝(けげん)な表情を浮かべて、話を逸らすように他愛の無い文句を口にした。


「そっちの調子はどうだ、ルーシィ。健勝(けんしょう)にしていたか?」


「どうかしら。私の機体(からだ)のことは整備士に聞いた方が早いんじゃない」


「……人間の格好してるときぐらい、人間らしい返しをしてみたらどうだ」


「私は私らしくしているだけよ」


 つまらなさそうな口調で言い切ったルーシィは格納庫の方角を振り返ると、偶然通りがかった整備士の一人を大声で呼び止めた。


「ちょっと、そこの整備士!」


「は、はいっ!? 何でありましょうか、ルーシィ様!!」


「私の機体(からだ)、ちゃんとメンテできてるわよね?」


「はい、勿論であります! ルーシィ様のお機体(からだ)は、我々整備員一同全身全霊をかけて整備させていただいております!!」


「そう。ならいいわ、ご苦労さま」


「もったいないお言葉です! 我ら整備士一同、ルーシィ様のお機体(からだ)をお世話させていただけて身に余る光栄です!!」


「分かった分かった。ほら、行っていいわよ」


「はい! 失礼いたします!!」


 整備士の男は、教本みたいに綺麗な敬礼をしてから足早に格納庫へ戻っていく。


 ぞんざいに扱われているというのに満面の笑みを浮かべているのがなんだか不気味だ。


 男の姿を見送ったルーシィは、文楽を振り向き事も無げに言った。


「というわけで、調子はいいみたいよ」


「お前ほどの人形になると人間を使いこなすんだな……」


「ま。今も人類が存在できてるのは、私の活躍のおかげなんだもの」


「隊長が以前、お前のことを『まるで〝オルレアンの乙女〟だ』と言っていた。『火あぶりにされないよう気を付けた方がいい』ともな」


「悪くない(たと)えね。でも、私の装甲は生半可な炎じゃ燃やせないわ。ふふっ♪」


「……お前に人間らしさを求めた俺が馬鹿だったよ」


 人間の体と寸分(たが)わぬ仮装人形(アバター)の姿で出歩いているときも、ルーシィにとっては機械の体が自分にとって本当の肉体らしい。


 彼女は自らが機甲人形(アーマードール)という存在であることを、心から誇りに思っている。不遜(ふそん)すぎる性格のことを差し引いても、フェレスとは考え方に随分と差が感じられる。


 どちらが人形達の持つ一般的な考え方なのか、ふと考えてしまいそうになった。


「そもそも、あんたみたいな人間の方が珍しいのよ。さっきの整備士みたいな反応の方が普通なんだから」


「確かにこの会話をルーシィ教の信徒に聞かれたら、俺は磔刑(はりつけ)にされてもおかしくない」


「ちょっと。人を邪教の神みたいに言うのやめてくれない?」


(まご)うことなき魔王の名前を背負ってるじゃないかお前」


「全然違うわよ! 一緒にしないでほしいわね」


 彼女のことを特別視――あるいは神聖視している人間は、軍人民間人を問わず数多く居る。〝ルーシィ教〟という存在も、具体的にそう名付けられていないだけで、実在していると言って差し支えない。


 第一の大罪こと〝傲慢(ごうまん)〟の〈ルシフェル〉は、人類が生み出した機甲人形(アーマードール)の輝かしき第一号。


 彼女の戦いの歴史は、人類反攻の歴史そのものだ。


 ゲーティアの前に為す術も無く敗北し続けてきた当時の人類にとって、彼女の存在はまさしく神にも等しき畏怖と信仰の対象となってしまったのだろう。


「やっぱり、俺もそろそろ『ルーシィ様』と呼んだ方がいいのか?」


「あなたは今のままで許してあげるわ。(レヴィア)が世話になったしね」


「……正直言うとお前の顔をみたとき、殴り殺されるんじゃないかと思った」


 文楽は姿勢を正して、深々とルーシィに頭を下げる。


「何よ、急に真面目くさった顔して」


「レヴィアのことだ……済まなかった。俺が、迂闊(うかつ)だったばかりに」


「ああ。さっきの『げっ』はそういうこと」


 〈ルシフェル〉と〈リヴァイアサン〉は、どちらも〈七つの大罪(セブン・フォール)〉の名を持つ姉妹機。人形知能(デーモン)である二人もまた、お互いを姉妹のように思っていた。


 一発ぐらい殴られたところでおかしくはない。ぐっと歯を食いしばって黙り込んでいる文楽に、ルーシィはため息を吐いてから柔らかい声で言った。


「ちょっと、頭なんか下げないでよ。傷心の操縦士を殴ろうなんてほど、私も人間の心が分からないわけじゃないわ」


「済まない。そう言ってもらえると助かる」


「それに、一発殴った程度で『許された』だなんて思ってほしくないしね」


 二人はともに戦場で、多くの人間と人形の死を間近で目にしてきた。全てを乗り越え、後ろに残して戦いの道を進んできた。


 だが、ふとした拍子に足が止まってしまうこともある。


 近しい人形の死を受けて、二人はまだそれぞれの歩調で進み始めたばかりだ。


「『立ち直れなくてもう戦えない』なんて甘えたこと言い出さない限り、何も言うことはないわ。悔やむ暇があるなら、あの子の分まで戦い続けることね」


「俺も、思いは同じだ。今すぐにでも戦場へ戻って戦いたいと思っている」


「ふーん……英雄とか呼ばれてるくせに、随分と不自由なのね」


「お前みたいに自由な人形の方が珍しいんだ。大体、〈蛇遣い(アスクレピオス)〉という英雄は既にこの世には居ない。だからこうして、訓練生をやっている」


「なるほどね。訓練生からやり直せだなんてふざけた話、よく受け入れたもんだって感心してたのよ」


 ルーシィはまるで自分のことのように怒りを滲ませて言う。


「でも、ほんと参謀本部ときたらふざけきってるわ。あなたの働きを考えたら、私と同等の地位が与えられたって不思議じゃないのに」


「別に地位が欲しくて戦ってたわけじゃない。それに、俺は元々正式な手続きで操縦士になったわけじゃない。何より若すぎる」


「人間って変なこと気にするのね。私なんて生まれてからまだ十年だけど少佐よ」


 ルーシィはえっへんと自慢げに豊満な胸を張る。その暴力的な肢体はどう見ても二十代のそれだ。


 いくら実年齢が十歳とはいえ、人形知能(デーモン)は生まれた時点で十歳程度の知的能力を有している。ルーシィの年齢は、人間で言えば二十歳程度の計算だ。


「ところで、お前はどうしてこんな後方の基地に居るんだ?」


「私は機体の改修作業に呼び出されただけよ。いかに精神(ソフト)が完璧な私といえど、肉体(ハード)の方はある程度更新しないといけないものね。文句ある?」


「いや。誰もお前を時代遅れ(ロートル)だなんて言わないし、言わせない」


「……あなたって本当、人形の扱いが上手いのね」


「睨まれる意味がよく分からないが……おっと、話し込んでしまった」


 駐機場の方を見ると、既にパイロットスーツに着替え終わった訓練生達が続々と訓練機の前に集まっているのが見える。


 少なくとも彼らの来る方角を辿れば、更衣室にはたどり着くことはできそうだ。


「大事な用事なの? この私と話をすることよりも?」


「次は操縦訓練の授業があるんだ。遅れると教官に睨まれる」


 久しぶりに戦友と会えたのも嬉しいが、機甲人形(アーマードール)に乗って空を飛べることも比べられないぐらいには楽しみだ。不機嫌になるのが目に見えているので、本人には言わないが。


 話を聞いたルーシィは、納得した表情で事も無げに言う。


「ああ、そのこと。だったら別に急がなくてもいいわ。教官はまだ来ないもの」


「どうしてそう言い切れる?」


「だってその教官って、ここに居るんだもの」


「ここって……どこだ?」


「だから、ここよ」


 ルーシィは自分の足下をびしっと指差す。


 文楽は指の差す方向を追って、ルーシィの黒いブーツを見つめ、黒いタイツに包まれた長い脚を辿って目線を上げていき、起伏の激しい白い軍服を通りすぎ、そして額から二本の角を生やした美女と、目線がかち合った。


「ここって……お前、まさか。冗談だろ?」


「お父様に頼まれたのよ。この基地に居る間、訓練生を直々に鍛えてやってくれって」


「なっ……ふざけるな! お前まで俺を笑い物にする気か!?」


「人聞きが悪いわね。哀れな英雄をこれ以上(いじ)めるつもりなんてないわ。出来の悪い生徒は徹底的に(しご)いてあげるつもりだけど」


 ルーシィはにんまりと楽しそうな笑みを浮かべるが、文楽の表情は対照的にどんどん暗く曇っていってしまう。


「それじゃ、また後でね愛生君。私のことちゃんと『ルーシィ先生』って呼ぶのよ?」


「……『ルーシィ様』の方がまだマシだ」


 げんなりした顔で呟く文楽の言葉を颯爽(さっそう)と無視して、ルーシィは格納庫の方角へ向けて歩き去って行くのだった。


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