if桃太郎~鬼になった桃太郎
むかし、むかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。
二人は若いころから働き者で、小金を貯め込んでいました。また、二人には子供が居なかったので、貯め込んだ小金を残しておいても仕方がないということで、歳を取ってからは贅沢三昧の暮らしをしていました。
ある日、おばさんが川に洗濯へ行った時のことです。川上の方から大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこと流れて来たではありませんか。
「なんと!」
それを見つけたおばあさんは、いい値で売れると目を輝かせました。幸い川はそれほど深くありません。おばあさんは川の中に足を踏み入れ、流れてきた桃を受け止めると、それを持ち上げて岸へ戻ろうとしました。
「うっ!」
その瞬間、おばあさんはぎっくり腰になってしまい、持ち上げた桃を落としてしまいました。無情にも桃は川下の方へ流れて行ってしまいました。
「そ、そんな…」
おじいさんは今夜の酒の肴に大好物の鮎を捕ろうと、おばあさんより少し下流で網を張っていました。すると、川上から大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこと流れて来たではありませんか。
「これは!」
桃はおじいさんが仕掛けた網に引っ掛かりました。おじいさんは桃が掛った網を引き揚げ、顔をほころばせました。
「これをお殿様のところに持って行けば高く買ってもらえるに違いない」
おじいさんが桃を持って家に帰ると、おばあさんが寝込んでいました。
「ばあさんや、どうしたね?」
「河で洗濯していたら、大きな桃が流れて来てね。それを拾おうとしたら、ぎっくり腰に…」
「その桃というのはこれのことかね?」
おじいさんは拾ってきた桃をおばあさんに見せました。それを見たおばあさんは目の色を変えて飛び起きました。
「おまえ、腰は…」
「そんなもの気にしている場合じゃないよ。早く売りに行かなきゃ!」
桃はお殿様が高く買ってくれました。おかげで二人は益々贅沢をするようになりました。
数年後、村には鬼が現われるようになり、あちこちで悪さやどろぼうを繰り返していました。そんな時、若いお侍さんが二人を尋ねてきました。
「私は桃太郎と申す。あなた方が私を拾ってくれたと父に聞きました」
その若者は数年前、二人が拾った桃から生まれたのだと言いました。若者はお城で何不自由なく暮らし成長したそうです。そして、家督を継ぐに当たり、お殿様から鬼の征伐をするように言われたのだそうです。
「これから鬼が島へ鬼の征伐に行くところです。その前に恩人のお二人に是非、会っておきたくて立ち寄らせて頂きました」
「それはご苦労様です。私たちに出来ることがあれば、何なりと申し付け下さいませ」
おじいさんとおばあさんは、これでまた褒美が貰えるとほくそ笑みました。
「では、きび団子をこさえてくれませんか」
「きび?だんご…。で、こざいますか?」
「はい! この村のきび団子は、たいそう力が付くと聞いています」
今まで散々贅沢に暮らしてきた二人はきび団子など一度も食べたことも見たこともありませんでした。けれど、儲け話をみすみす逃すわけにはいきません。
「承知しました。すぐにご用意します」
二人はそう言うと、何やら相談し早速、団子をこさえました。こさえた団子をとうのひもで十個くくって、若者に渡しました。
「これはどうもありがとうございます。鬼を征伐してきたあかつきには鬼の宝の一つも持って立ち寄らせてもらいます」
それを聞いた二人は有頂天になり、若者を盛大に見送りました。
「ねえ、あんた。きび団子と言われたけど、あんなものを渡して大丈夫だったかねえ?」
「大丈夫だよ。きびなんかよりこっちの方が絶対に力が出るわい」
そう言っておじいさんは、団子に混ぜた丸薬を一粒袋から取り出して見せました。袋には“倍亜虞羅”と書かれていました。
桃太郎は団子を腰にぶら下げて鬼が島へ渡るための船着き場へ向かっていました。すると、お腹を空かせた犬が近づいてきました。
「お侍さん、そのお腰に付けたお団子を一つ私に下さいな」
「かまわんぞ。その代り、私と一緒に鬼の征伐へついてまいれ」
「わかりました」
犬は桃太郎に貰った団子のにおいをかいで怪訝な顔をしましたが、背に腹は代えられません。団子を一つ食べると桃太郎と共に鬼が島への旅を始めました。
しばらく行くと年老いた猿が近づいてきました。
「お侍さん、そのお腰に付けたお団子を一つ私に下さいな」
「かまわんぞ。その代り、私と一緒に鬼の征伐へついてまいれ」
「わかりました」
猿は団子のにおいをかいで怪訝な顔をしましたが、今更後には引けず、団子を一つ食べると一行に加わりました。
またしばらく行くと、今度はケガをしたキジが倒れていました。
「お侍さん、そのお腰に付けたお団子を一つ私に下さいな」
「かまわんぞ。その代り、私と一緒に鬼の征伐へついてまいれ」
「わかりました」
キジは団子のにおいをかいで怪訝な顔をしましたが、薬だと思い一つ食べて一行に加わりました。
船着き場へ着くと一行は船に乗り、鬼が島目指して海へ出ました。
鬼が島に上陸する頃には三匹のお供は団子のおかげで見違えるほどたくましくなっていました。
「さすが、日本一のきび団子。鬼の征伐の前に渡しも団子を食べておこう」
桃太郎は団子のにおいをかいで怪訝な顔をしました。
「きび団子とは異なにおいがするものなのだなあ」
桃太郎もお城で育ったので、きび団子など食べたことがなかったのです。疑うことなく、残りの団子を全部食べてしまいました。
「今日はもう日が暮れた。明日の朝、一斉攻撃をすることにしよう」
桃太郎がそう言うと、一行は岩場の影で眠りについたのでした。
夜明けと同時に目を覚ました桃太郎はすぐに体の異変に気が付きました。体中が燃えるように熱いのです。それに加えて気持ちが高ぶり、興奮状態になっています。三匹のお供も目が血走っています。とにかく体を動かしたくて仕方がないのです。
「これは、きっと、団子の力なのかも知れない。よし! 一斉攻撃を始めよう」
「ワンワン!」
「キャッキャ!」
「キキキィー」
桃太郎とお供たちは鬼の隠れ家目指して猛然と走りだしました。そして、すぐに鬼の隠れ家にたどり着くと一斉に鬼たちに襲いかかりました。
「ひぃぃぃぃ~」
桃太郎たちが鬼の形相で襲いかかって来たので鬼たちは恐怖のあまり逃げ出してしまいました。興奮冷めやらぬ一行はどこまでも鬼たちを追いかけて行き、一人残らずやっつけました。
そうして、息を切らしながら鬼の隠れ家に戻って来た一行は鬼が村々から奪い去った品々を船に積み込み鬼が島を後にしました。
村に戻ってからも桃太郎たちの興奮状態はまだ続いていました。船着き場で荷車に取り戻した品々を積み替えて、お城を目指して進みました。桃太郎はお城へ帰る前に、おじいさんとおばあさんのところに立ち寄りました。
「おじいさん、おばあさん、ありがとうございました。きび団子のおかげで鬼を征伐することが出来ました。これはお礼です」
そう言って鬼が島から持ち帰った品々の一部を置いて、足早にお城の方へ帰って行きました。
おじいさんとおばさんは家の前で腰を抜かしていました。
「いまのはなんじゃったのかのう?」
「ほんに、恐ろしいものを見てしもうた。食われるかと思ったわい」
「けんど、こんなにたくさんのものを置いて行ってくれたしのぉ…。そう言えば、きび団子がどうとか言うとったのぉ」
「まさか、あの時のお侍さんかのぉ?」
「そんなことはあるまい。ありゃあ、どう見ても鬼じゃった」
桃太郎たちが城下に入るとその姿を見た人々は恐れおののき大騒ぎになりました。
「鬼だー! 鬼が来たぞー!」
人々は一斉に逃げ惑いました。そして、鬼が襲ってきたという話はすぐにお城まで伝わりました。鬼の征伐に出掛けた桃太郎が鬼に殺されて、その鬼が恐ろしいケダモノを引き連れてまた襲って来たと。それを聞いたお殿様は息子の敵とばかりに鬼をやっつけるために兵隊さんを町に向かわせました。
鬼が島で鬼を征伐して奪われた品々を取り戻してきたというのに、自分たちを鬼だと言って逃げ惑う人々を見て桃太郎たちは戸惑っていました。そこへお城からやって来た兵隊さんが桃太郎たちを取り囲みました。
「待ってくれ! 私のことをお忘れか? 桃太郎でござる」
「何を申すか! 若様の名を騙る鬼めが!」
「なんと! 私が鬼だと申すか?」
「いかにも。鬼以外の何物でもあるまい。そして、若様の衣服を満ちつけておるということは、もはや、若様の敵に相違ない」
桃太郎はどうしてこんなことになってしまったのか考えました。
「もしや…。もしや、あの団子のせいでは?」
「キャキャキャッ!」
猿が桃太郎にある場所を指して叫びました。そこは茶屋で『きびだんご』と書かれた旗が下げられていました。桃太郎はその茶屋へ飛び込み、客が置いて逃げたきび団子を見ました。
「これは…」
それは明らかに桃太郎がおじいさんとおばあさんにこさえてもらったものとは違っていました。桃太郎はそれを口にしました。三匹のお供にも一つずつ分け与えました。すると、不思議なことに桃太郎たちは鬼の姿から元の姿に持ったではありませんか。その姿を見て兵隊さんたちは驚きの声を挙げました。
「おおー! 若様じゃ」
「若様が生きておられた!」
桃太郎一行はお城へ戻り、これまでの経緯をお殿様に話して聞かせました。
「それでは、お前たちはあの者たちの作った団子を食べてあのような姿になったと?」
「それしか考えられませぬ」
お殿様は少し感がえてから家来に命じました。
「そのものたちを召し捕ってまいれ」
間もなく、家来がおじいさんとおばあさんをお城に連れてきました。
「その方たちが桃太郎にこさえた団子をもう一度作ってみよ」
おじいさんとおばあさんは“倍亜虞羅”入りの団子を作ってお殿様に差し出しました。お殿様がそれを食べようとした時、おじいさんが言いました。
「お殿様、それは一つしか食べてはなりませんぬ」
「はて? それはなぜじゃ?」
「一つ食べると精力が増し、絶大な力が湧いてきますが、二つ食べると熱が出て、三つ食べるとどうなるか分かりません」
それを聞いたお殿様は桃太郎に聞きました。
「お前はこれをいくつ食べたのじゃ?」
「お供のものに一つずつ与え、残りの七つを食べました」
「なんと! 七つ食べたらどうなるのじゃ?」
「それは分かりませんが、若様が鬼になってしまわれたのは七つも団子を食べたせいかもしれませぬ」
「そういうことであったか。ところでその方ら、これをどこで手に入れた?」
「それは鬼が落として行ったものでございます」
「そうであったか」
それから、お殿様は城下の医者に“倍亜虞羅”を調べさせ、精力増強の効果を生かし、子宝に恵まれる薬として改良し家宝として珍重しました。
おかげで、お城では子宝に恵まれ、跡継ぎに困ることなく代々栄えたそうな。
めでたし。めでたし。