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ハロー、ヒーロー&ヒーロー  作者: 紺屋 十一
7/8

2 人間と人間でないもの2

 高太郎が高崎伊鶴に出会ったのはその補習からの帰り道のことだった。

 はじめ高太郎を彼女を一般的な観光客であると誤認した。寂れ果てたとはいえ日輪町は歴史的に重要な地域の側にあり、さらに彼女はその小柄な体躯に不釣合いな巨大なポラロイドカメラを覗き込んでいた。しかしそのレンズが向く先には田畑だけが広がっている。自然を撮りに来たのだろうか。しかしそうであれば、もっと適切な地域がアクセスしやすい場所にある。日輪町ほどの山奥に停車する列車は一日につき十本に満たない。

「それ、アラジンじゃない?」

 同年代だというのもあったが、話しかけたのは興味本位だった。もしくはそう仕組まれていたものかもしれない。高太郎の運命はここを起点に切り替わる。ここを起点に否応なく激流のほうに流されていくことになる。

 少女はレンズから顔をあげてしばらくこちらをぽかんと見た。まるできつねにつままれたような表情。

「あ、ああ、そうか、君もここにいたんだったね」

 綺麗な声だった。宝石のような、と表現すると過剰だが、どこか洞窟の奥にとてつもなく長い時間秘められている水面のような、奥深く澄んだ声。

「君もって? 僕のこと知ってるの?」

「いや、いいんだ。勘違いだよ。それよりこの子のこと知っているの?」

「当然だよ。ポラロイドのSX-70でしょ? 名機だ」

「まじかー! うんうん、そうなんだよねー。やっぱり初代のこのガチャガチャ折りたたむ感じが最高だよね!」

「一眼なのも推せるよね。正面から見たときの真摯さが意外にカメラって感じで」

「おお! 君いけるクチだね! 知らなかったよ、勉強不足だなー」

 高太郎はその発言を当然のように、SX-70の一眼レンズについての発言だと判断した。

「でもフィルム高くない? こんな田舎撮ってなんかあるの?」

「それはカメラマンの腕と感性次第だよ」

「もっともだ」

「君こそ夏休みなのに制服なんて着てどうしたの? 部活?」

「いや、まあ、それは成績と先生の心象次第だよ」

「ナルホド、補習か」

「う、うるさいな!」

「そうか、君ほどの人が補習ね。なんだか笑っちゃうな」

「残念ながらアンティークカメラに詳しくても成績には反映されないんだ」

「そういうことじゃないんだけどね、まあ、いいか。……わたしは高崎伊鶴。イタリアの伊に鳥の鶴で伊鶴。君は?」

 なんだかその名前が、彼女にはとても似合っているように聞こえた。鶴。彼女のイメージにぴったりだ。なんだか雪の中に一人で佇んでいそうな、白い孤高の鳥。

「僕は棗高太郎。植物の棗に高いって書いて棗高太郎」

「そっか、じゃあわたしと結婚すれば高崎高太郎で高々だ」

「なにそれ? もしかして口説かれてる?」

「あ、いや、はは。そういうわけじゃないんだ、ただ面白くって。気に障ったかな」

「いや」

 彼女のような美少女に言われて不快に思う男子も少ないと思ったが、高太郎は黙っていた。言えるはずもない。

「実はわたしは、結婚する人が決まってるんだ」

「驚いた。その歳で? 今の彼氏?」

「まあ、そんなとこだね」

「一途なんだね」

「魅力的でしょう。結婚する?」

「やめておくよ。彼氏に悪い」

「よかった。実は快諾されたらどうしようかと思ってたところなんだ」

「なら言わなきゃいいのに」

「やらなくてもいいことをやっちゃうのがわたしのタチなんだよ」

「なるほどね」

 なら仕方ない。その最も極端な例を高太郎は知っている。

「ここには観光で?」

「そうだね」

「明後日の夏祭りには参加する?」

「そのつもり」

「もう夕方だし、泊まるとこないならうちくる?」

「わお、口説くってよりただのナンパだね」

「そ、それは誤解だよ。実はうち旅館なんだ。棗旅館ってとこ。泊まるとこ無いなら母さんに言って部屋開けてもらうけど」

「そっか。早とちりしてごめん。申し出は嬉しいんだけど、別のホテルに予約を入れてるんだ」

「それって蒼山荘・桜間のこと?」

「うわ、ストーカー説も出てきたよ」

「ここの人ならみんな知ってる」

「君がストーカーだってこと?」

「この近くにはうちと桜間しか無いってこと!」

「ごめんごめん。冗談が過ぎたね。なんだか初対面な気がしなくてね」

「いいよ、怒ってない。暇だったらうちにも訪ねてよ。お茶くらいは出せると思う」

「恩に着るよ」

「それと、そろそろホテルに向かったほうがいい。この辺は日の入りが早いし、電灯もないからすぐに真っ暗になる」

「ありがとう。なかなか刺激的な時間だったよ」

「僕のほうこそ。じゃあまた」

「うん」

 それが棗高太郎と高崎伊鶴の出会い。始まりは小さく、何事もなく。しかしこの時、すでに因果の歯車はきしみ始めていたのだ。ただその流れがまだ着色されておらず、高太郎には見えていなかっただけで。

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