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ハロー、ヒーロー&ヒーロー  作者: 紺屋 十一
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2 人間と人間でないもの1

 この世には見えるものと見えないものがある。日輪町にあるものなら、例えば高太郎にとって友人、日輪郷中学校、七坂神社、棗旅館、蒼山荘・桜間、寂れた駅舎。見えないものも多い。友情、数字、信仰、人気、法律、運命。それらは実在しないものである。すくなくとも、人間が何かの理由で存在するかのように認識を改めたものであって、本来は世界という巨大なシステムの裏側に胎動する一つの流れでしかない。人間はその激流の筋ひとつひとつを綺麗により分けて着色していったにすぎない。しかし、その認識はある事件によって唐突に塗り替えられることになる。

 見えるものと見えないものの強固だと信じられていた境界が巨大な存在によって破壊された日。その事件はたんに「ゼロ・デイ」と呼ばれる。メディアによって呼び方は異なった。「融和の時」とも、「革命」とも、一部の過激な団体は「人類最後の日」とも。しかし最も一般的な呼び名は「アサダコウヘイ事件」だろう。今では大手メディアがその名を使うことはない。事件の中心人物であったアサダコウヘイは当時未成年であり、のちに強力な報道規制がなされたためだ。しかしそう呼ぶことが何を指すのか明確なほど一般に浸透した理由は、当時彼が国民として認識されていなかったことが最大の要因と言えた。もっと言えば彼は人間ではないと考えられていた。

 当初それは「怪物」と呼ばれた。公的機関が介入したことでその名は「新種」と変わった。その後幾つもの変化をへて現在の近隣種生活省はそれを「近隣種」と呼称した。近隣種。未だその呼び名に忌避感を覚える存在は多い。近隣種。人間の、有機生命体の近隣種族。人間ではないもの。しかし人間に近いもの。

 それはゼロ・デイ以前の辞書を開けば「怪異」という言葉に相当する。その言葉は非常に多様な意味を持つ。例えば妖怪。一般的な人間には認識されていない不可思議の生命体。例えば怪奇現象。人間には視認できない不可思議な物理法則によって引き起こされる物理学の範疇にない物理現象。例えば超能力者。未知のエネルギーを意のままに操る特殊能力を備えた人間。数えていけばキリがない。大きく分ければその三種という程度の意味しかない。

 その存在が巷間に認知された。伝説としてでなく、実在する事件として報道は全国を駆け巡った。それが二十三年前の話。それ以降この世界は非常に微妙な均衡の上に成り立っている。


「棗ェ!!」

 翌週。日輪郷中学校。三年一組。窓の外には陽炎が見える。

「なんすか先生。急に叫ばないでください。びっくりするじゃないですか」

「急にじゃない。三回も呼んだのに無視したのはおまえだろうが」

「あー……すません。ぼっとしてました」

「たく、しっかりしてくれよ。誰のためだけにこんな特別授業してると思ってんだ」

「お給料出ないんすか」

「おまえは知らないだろうがな、近隣種歴史学の先生はだいたいが外部講師なんだ。専門分野だからな。外部の人間にぽいぽい金出せるほど文科省は金持ってねえんだよ。昼飯で消えるわんなもん」

「気の毒に……」

「てめえのせいだろうが!」

「ええ……だって仕方ないじゃないですか。人には得手不得手がありますよ」

「おまえは得意じゃないと駄目だよな? 自分の話だよな?」

「不得意なのは授業を聞くことです」

「胸を張って言うな」

「どんなときでも胸を張れるのは美徳だと思いませんか?」

「思わない。御託はいい。宿題はやってきたんだろうな?」

「もちろんです」

 もちろんやっているはずがない。

「人間の姿をした近隣種の、『能力者型』と『妖怪型』の判別方法について説明してみろ」

 仕方なしに高太郎は過去の知識を総動員する。

「近隣種の分類の二つです。両者に違いはありません」

「それはある種の正解だが、学術的な見解を聞いている」

「難しいことはわかりません」

「小四の内容だ!」

「その発言は小学四年生を軽視しすぎです」

「てめえは中学三年生だろうが……! てめえ宿題やってねえな? あーーもういい。いいか、まず両者の大まかな違いは血統の違いだ。『能力者型』は人間をベースに妖怪が混血するか人間が『加護』や『魔障』を受けることによって生じる。対して『妖怪型』は厳密な意味での人間ではない。妖怪のような異種生命体を指す」

「見た目には分かりません」

「そうだ。『特異点』を発動した時『妖怪型』は肉体の一部が変質することがあるというが、それもそういう傾向があるという話でしかない。そもそも特異点を曝していない状態なら人間の姿と変わりない」

「じゃあ判別なんて無理なんじゃないですか」

「そうだよ! 答えは特殊な機器を用いずに両者は判別できない、だ!」

「な、なんて卑怯な宿題を出したんですか!」

「常識なんだよ! 知らないのはおまえくらいのものだ!」

「図ったな……!」

「教師が生徒を測るのは当然だろ! ……わかりやすく、おまえの場合で説明してやる。プライベートな話になるが、幸い誰も聞いちゃいないしな」

「それは幸いですね」

「おまえまじ昼飯おごれ。いいか、お前は妖怪型に分類される。おまえのお父さんが妖怪だったな?」

 校内で近隣種に関する問題が起こった場合に対処するため、近隣種歴史学の講師は担当する生徒のルーツを特別に知らされている。

「妖怪の父親と人間の母親の間に生まれたのがおまえだ。おまえにもその血が流れている。だから近隣種生活省はおまえを近隣種だと認定している。だが近隣種問題はそう単純ではない。例えばおまえが人間との間に子供を作った場合だ。クウォーターの子供は近隣種か? 大抵の場合答えはイエスだ。しかしその子供は? そのさらに子供は? どう判断される? 人間との混血が続いていけば妖怪としての成分は限りなくゼロに近づいていく」

「でもゼロにはなりません」

「そうだ。それが問題だ。近隣種生活省は妖怪型を特殊な術式を付与した機器によって判別している。その数値が一定値を超えたものを近隣種と認定している」

「数値を超えなかったらその子は人間なんですか?」

「そうだ。だがこの『潜在型』と呼ばれる妖怪型未満の人間は日本人の七割に届くと言われている。純粋な人間などほとんどいないというわけだ。それでも人間と近隣種を明確に区別するのには理由がある。なぜだ、言ってみろ」

「純粋な人間が納得しないからじゃないですか?」

 誰しも自分と違う存在は分けて考えたいものだ。障害者と銘打つように、症状に病名をつけるように。本来健常者と障害者の間に境界は無い。例えば弱視は障害として保護されるが、近視はそうは考えられていない。

「それもある。というか、それが真実とも言える。わかりやすくするため、と言ってしまうと哲学的になってしまうが、要はそういうことだ」

「元も子もないですね……」

「単純に、区別してしまえば保護できる。害があれば対処できる。周りにいる誰かが一人一人に向き合うためだ。だだ近隣種生活省は一人一人の事例に長い時間をかけて向き合っていけるほどのリソースを持っていないんだ」

 それが近隣種と人間を分ける理由だよ、と先生は言った。

「ま、んなもんは些細な問題だ」

「なんでですか? 大事なことだと思いますけど……」

「大事なことだ。ただし近隣種本人たちほどじゃない」

「?」

「こういう言い方は誤解を生みやすいからあんまりしたくないんだがな、この人間社会は本来近隣種の住む場所じゃないんだ」

「よく分かりません」

「分からなくていい。それにそのうち分かる。……今のは失言だ。忘れろ」

 授業に戻るぞ、とだけ言って先生はチョークを持ち上げた。その目に宿る苦渋に満ちた感情の種類を高太郎はまだ知らなかった。なぜならこのまちには正義の味方がいる。

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