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ラプラスの魔物 第二魔物 7

「…貴方…!」


蓮花は手に持っていた屑籠をがたごとと落とす。

「やぁ。久しぶりか?久しぶりなのか…?まぁ、久しぶりだね。御手洗 蓮花嬢。」


蓮花の目の前には、びゅうびゅうと風が吹く高校校舎の屋上の柵上で、片足立ちで遊んでいる『人間?』が居た。


「…朧さんの、お父様ですね。こんな場所にどうしていらっしゃるのです?」


柵をぴょんぴょん跳ねながら、落ちかけたりするのを止めたりして、遊びながら滄助は答えた。


「探し物さ。なかなか見つけにくいものでね、色んな所を探しているんだが、全く見つからない。」


蓮花は屑を拾いながら問うた。

「何を探していらっしゃるんですか?もし良ければ、私も手伝いますけど…。」


びしりと滄助は蓮花に指を指す。

「うん!勿論君に探して欲しかったんだ!それにそう言うと思ってたしね。やたらに心優しいから、君。」


滄助は柵上で完璧にバランスを取った。そしてその周りには長方形の豪奢な宝飾がなされたカードが『20枚』浮いていた。滄助が口を開く。


「…蓮花嬢はタロットカードって知ってるかい?」


そんな問に、蓮花は直ぐに答えた。

「ええ。占いとかに使うカードですよね?」


滄助は満面の笑みで言った。

「うん。そうだよ。概ねそれであってる。まぁそれで良いや。タロットカードはね、全部で22枚あるんだ。だけれど、その内の2枚が家出してしまってね…。」


蓮花が訝しげに問うた。

「…カードって、意思があるんですか?」


妖しく笑いながら滄助は答えた。

「人間の作った物には、基本魂が宿っているからね。勿論タロットカードだって意思があるよ。……まぁこのタロットカードを作ったのは、『前の僕』だけどね。」


蓮花はその言葉を反芻しながら言った。

「『前の僕』…朧月夜 真理の事ですか。」


その刹那、本当に小さく、小さく滄助は呟いた。


「…君は本当にあれを呼び捨てにするんだね。…僕が仕向けた事だが。そうだよ!蓮花嬢。良く知っているね。それなら話は早い。これ代々『ラプラスの魔物』を継ぐ正統な後継者が持つ魔法なんだよ。」


蓮花がまたもや問うた。

「じゃあ、朧さんは?あの人も『ラプラスの魔物』の力を持っているじゃありませんか。」


滄助は言った。


「彼奴は…そうだよ。確かに正統な後継者だが……彼奴の覚醒の仕方が、とても歪で余りにも残酷過ぎたから、表の心はタロットカードの魔法を使いたいと思っていても裏の心は嫌がってる。もし使えたとしても、きっと彼奴は一時的にしか使えない。それ以上は滄溟の命を著しく損壊させる原因でしかなり得ない……。」


しかし直ぐに滄助は笑って言った。


「さて、そんな話は終いにしよう。探して欲しいカードは、一番目の『愚者』。夢想、愚行、極端、熱狂の力。『愚者』は愚かで浅はかで、とてつもなく弱者だが、状況によって、そのカードは神にでも成り得る力を持つカード。」


一拍置いて滄助は続ける。


「もう一つのカードは、二十二番目の『大アルカナ』。宇宙、帰還、真実、大地、地球、導師、ソフィアの力。『大アルカナ』は最強のカード。そして世界のカード。だけれど『愚者』と対等に戦える、無限のカード。それは矛盾の歪みを産む…。」


そして笑って相手は言った。


「そういう訳で、探してくれないかい?君を含めて、何時もの4人、でね。」

「蓮花!早く〜!ただでさえ屋上の掃除は時間かかるんだから〜!」


その声に蓮花は振り向くと、大声で答えた。

「ごめんなさい!直ぐに行きます!……えっと、その2枚のカードを………居ない…。」


蓮花が滄助が居たところを見ても相手は居なかった。ただ一つ、残っているのは、屋上のゴムの臭いだけだった。










「こんにちは…って、朧さん。どうしてそんなに不貞腐れて居るんです。タロットカードなんか置いて。」


じとー、っと朧は蓮花を見る。渋々口を開いて朧は言った。

「…占ってあげる。此所座って。」


朧はカウンター越しにある椅子を指さす。蓮花は其処に素直に座ると、淡々と占いの作業をしている朧を見る。

「3枚、カードを取って。カードが逆でもそのままで。」


蓮花は一枚目のカードを取ると、それは『隠者』の表向きのカード。二枚目は『太陽』の逆向きのカード。三枚目は『運命の輪』の表向きのカード。それを軽く見た瞬間、朧は蓮花をじとりと見る。


「…………蓮花ちゃん。」

「な、何でしょう?」


少し蓮花は狼狽えて答えた。直ぐに朧は言う。

「君、父に会ったろ。」


朧は少し口調を崩して、怪訝な顔をして蓮花に言った。蓮花は冷や汗をかきながら目線を外す。


「え、や、まぁ、そうですけど…会いましたよ。」

「探し物かい?」

「……えぇ、そうです。」


蓮花は最早隠せないと悟り、素直に白状する。朧はだらりと椅子にもたれて、呟くように言った。


「いやぁ、ねぇ。君が父親に会った事は、何となく分かっていたんだよ。あの人の気配は嫌でもわかる。けど、ね…流石に前の事があったから、暫くは手を出してこないと思ったんだが……。…一応聞いておこう。あの人は何を探してた?」


蓮花は直ぐに答えた。

「タロットカードです。一番目の『愚者』のカードと、二十二番目の『大アルカナ』のカードです。」


朧は即答した。


「……『知恵者』が『不注意』で物を無くし、それは『成功』に終わると……何もかもあの人の筋書き通りで腹が立つなぁ…それに『不注意』なのかも分からない。全く…。あぁ、そうだ。探し物は誰と探せって言ってた?」


蓮花がぼんやりと考え始める。


「私を含んで何時もの4人で、と言っていました。と言うことは…。」

「黎明も連れて行かなくちゃ行けないのか……!」


朧は悔しそうに言った。けれど、と蓮花が言った。

「黎明を連れて行かないという選択肢もあるのでは?3人でも見つかるのでは。」


朧は椅子にきつくもたれて即答した。

「3人で行ったとして見つかる確率は0%だ。」


苦しそうに、まるで何かみえているように。


「あの人は確率だ。運命だ。この世のありとあらゆる存在で有り得る存在。だから、あの人が4人で探せと言ったのなら、100%で見つかる。それだけ。」


朧は大層不服そうに呟いた。本当に、小さく。

「…頼むから、頼むからあの子だけは……幸せに生きて欲しいのに。」


そして朧は遠くを見て言った。

「…蓮花ちゃんも、黎明があの時何かに取り憑かれてたのは分かったでしょ?」


蓮花は即答した。

「まぁ…分かりましたね。私の事を『お姉様』と呼んだり、朧さんの事を『お兄様』と呼んだり…。」


朧は蓮花の話を聞いて言った。


「……私達は戦争で親を亡くした。私はもう、死んだという事実を受け入れているが、黎明はまだあの時幼かった。たった4歳だったんだ。突然の別れに、突然の違う環境。受け入れられないのも仕方ないと思ってたんだ。だから、代わりに守ってやろうと思ったんだけど……あの子の近辺はちゃんとした環境におけて良かったと思ってるよ。けど、やっぱり心の傷は癒えなかった。」


朧は続ける。


「……それに、私自身は私の親の死体の内情を知っていたけれど、まだあんなに幼かったあの子には言えなかったんだ。あの子の心の奥底にはまだ、『自分は親の死体を見ていない。けど、居ないから死んでいる。けど、死体を見ていないから死んでいない。』という矛盾した感情が残ってるんだ。」


だから、と朧は苦しそうに言った。


「……あの子は術にかかりやすい。心の傷が深い者ほど、術にかかりやすいから一時的に操られてたんだ。それに、もう死んでいる父上に会わせるなんて、何が起こるかわからない。今度こそ、あの子の心が死んでしまう……!」


するとりんりん、と鈴の音の後に神無月が現れた。

「…どうした。何か悩み事か、朧。其処まで顔を顰めているのはなかなか滑稽だな。」


朧は少し笑って言った。

「そんな呑気なモンじゃ無いんだけどね。」


蓮花が神無月に言った。

「黎明の事です。両親の、お父様の事です。」


神無月は大体の内容を把握した様で、朧に鼻で笑った。


「このシスコンが。」

「しっ…しすこん…!」


朧が有り得ないと言う顔で神無月を見た。蓮花は恐る恐る口を開く。

「あのですね…朧さん。」


朧は蓮花の方へと顔を向けた。蓮花は言いづらそうに仕方なく言った。

「……自分がかなり重症のシスコンって、気付いて無かったんですか……?」


朧は頭を抑える。

「嘘だよ。皆嘘を言うのはやめて。私シスコンじゃない。not シスコン。」


突然の英語に、蓮花はくすりと笑った。

「まぁ、それで良いですよ。納得して上げます。」


神無月は蓮花に言う。

「良いんだぞ?別に此奴がかなり重症のシスコンで、割とその事実に気付いて無いって言っても。」


蓮花は至極真面目そうに神無月に言った。


「今、朧さんは悩み事をお持ちなんですよ?朧さんがかなり重症のシスコンでちょっと私は『やばいな』と思っている事を言ったら、絶対朧さん発狂してしまいますよ。」


朧はしゅん、として言った。


「うぅ…皆、酷い…私、そんなにシスコンなの…?」

「そうだな。」


神無月は即答した。だからこそ、と蓮花は続ける。

「黎明を守れるんじゃないですか。それに、あの子もそんなに弱くありません。絶対、黎明は『兄様は過保護莫迦』って思ってますよ。」


朧は顔を少し上げて言った。

「…そう思う?」


蓮花は答える。最後だけ、とても小さく。

「えぇ、凄いと思いますよ。……私には、もう無いので。」


朧はそれを聞いて笑う。

「そっか…そうだよね…なら、良いんだね…。」


朧は緩く笑った。









「で。」

「やぁ。」


蓮花は荷物を持ったまま、というか握り締めたまま、朧を睨んだ。朧は高校の校舎の前でにたにたと笑っている。周りには、黄色い声と歓声。


「……こんな事、前もありませんでした?」

「気のせいじゃない?」


朧はすっとぼけて言った。そして、蓮花は片眉上げて言った。

「まぁ……これでも食らえ!」


一切ぶれない足は、朧に直撃する筈だった。


「うふふ…蓮花ちゃん、能ある鷹は爪を隠すという言葉がある様に、私はちゃあんと体術が使えるんだよ。」


朧は片腕を使って上手く防御するが、蓮花はそれに狼狽えず、フェイントをかけて思いっ切り朧をひっくり返した。


「神無月さんに聞いたんですが…。」


投げ飛ばされた朧は静かに言った。

「……何でしょう。」


蓮花はスカートの埃を払う。


「朧さんは投げられるのに弱いと聞きました。」


朧は酷く低い声色で言った。

「……シメル。彼奴、絶対シメル。」


蓮花が平然として返した。

「あの人は能力がありますからね。どうなんでしょう。」


朧はゆっくりと起き上がると、蓮花に言った。

「じゃあ、行こうか。」


蓮花は不思議そうに尋ねた。

「何処にです?」


朧は即答する。

「……ちょっと付き合ってほしい。」


にたり、と笑って。それは、彼の父とそっくりで。









それは蓮花と朧が出会う、30分前の事だった。蓮花がもう1人の朧月夜に会ったのは。

「今日、探してくれるのかい?」


屋上で屑拾いをしていた蓮花は、振り向きざまにその問に答えた。

「そのつもりです。」


蓮花が一拍置いて言う。

「……黎明の前では姿を現さないで下さいませんか。お願いします。」


相手はにこやかに答えた。何処からか出した蛍石を触りながら。


「勿論。あの子に術をかけたのは僕だ。よわい、よわい、可愛い術。あんな可愛い僕の子供には、それぐらい手懐けると思ったんだけどねぇ…やっぱり弱いなあ…。でも、本当に可愛い子だ。滄溟みたいに生意気じゃないもの。」


くすくすと相手は笑う。蓮花は屑籠を持ちながら、何処か話の噛み合わない相手を見ていた。相手はぼぉっと蓮花を見て言った。


「今日はお友達は居ないのかい?苺飴朱嬢だっけ?可愛らしい子だよね。」


蓮花は随分と冷めた声で言った。

「……流石に貴方が居る場所で、あの子を連れてくる事は無理ですよ。」


フェンスに腰掛けて相手は目を細めて笑う。

「そりゃまた随分と警戒されたモノだ…。」


其の笑い方は、朧とそっくりだった。蓮花は口を開く。


「やっぱり、朧さんにそっくりですね。」

「そりゃあ、親子だからね。彼奴本人は言われることを尽く嫌がっているけれど。」


滄助は即答した。そして、夕陽を見上げて言った。


「『前の僕』は……この千年の因縁に終止符を打つ為に、僕を転生先とした。僕と、蓬莱を。だけど、それはあんまりじゃないか。だって、僕だって生きたいんだもの。結局千年の因縁は、君達が打ってくれたんだけどね。」


そして続けて滄助は言う。


「……魔力超過の人間は、死んでも魔力最高時期のままだって話は知ってるよね。心霊みたいに生きなくちゃいけない。勿論、死のうと思えば死ねるけど…かれこれ蓬莱は長く生きているけど…いや、存在しているけど…どうしてか、知ってるかい?」


蓮花は少しの間の後、口を開いた。

「…この世の全てを知りたいのでは?」


滄助はにたりと笑った。

「そうだよ!正解!でも、でもね。本当に大切な事はね、沢山知識を持っている事だ。全てなんか要らない。世界の歪みなんか覗いて見たら、頭がおかしくなっちゃうよ。」


そうやって相手は蓮花に微笑んだ。









「うっしゃー!着いたー!」


朧は学校校舎の裏側で、小さな庭に忍び込んで叫んでいた。蓮花は咎めるように言った。

「……そんなに声を出してると、見つかっちゃいますよ。」


朧は振り向かずに蓮花に言う。

「大丈夫!すぐに終わるから!」


朧は木が数本茂っている場所に向かうと、どうやら目的の物が見つかった様で叫んでいる。蓮花が傍に寄ると、其処には蜘蛛の巣の様な物がかかっていた。2本の虹色の線は枝にかかっている。朧はそれに手を添えると、呪文を唱える。


「求め、探す者に道標。望まぬ者に雷を。」


綺麗な淡い水色のリボンは、その2本の虹色の線にかかり、何時の間にか消えていた。朧は自慢気に笑った。


「これでタロットカードを探しやすくなったよ!やったね、蓮花ちゃん。」


そんな顔を覗き込んで、蓮花は言った。

「……帰りましょう、朧さん。」


少しだけ朧は狼狽すると、そのまま口を開く。

「…え、あ、勿論だよ。どうしたの?」


蓮花は直ぐに言った。

「…朧さん、疲れてるでしょう。」


朧は知らぬ存ぜぬで通す。


「私が?全く疲れてないよ。」

「いい加減にして下さい。」


蓮花は苛立ちを隠せず朧に言った。そして続ける。校舎から出ようとして朧の手を引く。


「疲れてるでしょう、って言ったのはですね、魔法の使い過ぎではないですか?最近色んな事が立て続けに起こりましたよね。取り敢えず家に帰ったら休む事。良いです……うわっ!」


朧はそのまま、綺麗に、倒れる。直ぐに寝息が聞こえて蓮花は頭をかいた。


「参ったな…。神無月さんに連絡するか…?流石に入れないし忙しいか…。黎明は……来たらシバキそうだし…。どうすれば…。」


その途端、やたら聞き覚えのある声が空から聞こえる。

「やぁ!少年少女諸君!……蓮花嬢は少女だけど、滄溟は青年だよね…じゃあ青年少女諸君…?うーん…分からないな…。」


まぁいい、と滄助は言った。


「テレポートの魔法を使ってあげよう。タロットカードを探してくれる前賃みたいなものだ!」

「…どうも、有難う御座います。」


1人舞い上がっている相手を見て、蓮花はそう言った。すっ、と相手は下りてきて蓮花の頭を撫でる。優しい、あの声で。

「…滄溟を宜しく頼んだ。此奴は無理する質だからね。」


次に目を開けると、其処はもう古書堂だった。蓮花の横にはすやすやと椅子で寝ている朧が居た。


「…なんか、もう、腑に落ちないとうかなんというか…。」


蓮花は一つ呟いた。朧が重そうな瞼をを開けた。

「あ…れんか、ちゃん?よいしょっと…。」


朧は体を上げると、目はぐるりぐるりと金色に回る。蓮花が不思議そうに問うた。

「な、何してるんですか…!魔力の使い過ぎで倒れてるのに…!」


朧は何時もの調子で言った。


「どうせ使うなら、『ラプラスの魔物』の力を全開にしておいた方がいい。この後暫くは大っぴらな事件は起こらないはずだ。それに、長い間全開にしてなかったから、明日の昼ぐらいまでは持つ……もうちょっと時間が立ってから探しに行くつもりだったけど、行くしかないね。」


蓮花が顔を引き攣らせて言った。

「あの……朧さん…もしかして…今日の夜に探しに行くなんて事は……言いますよね…。」


朧はこくりと頷いて、蓮花に言った。

「……6時にここに集合だ。今夜は忙しくなるよ?」


そうやって、無邪気に笑いながら。









「……あのですねぇ、朧さん。」

「はい、何でしょう?」


月明かりの下、彼等は話す。


「…学校に、入るんですよね。」

「まぁ、そうで御座いましょうね。」


黎明が口を挟む。蓮花が続けて言った。


「夜の学校ですよね。」

「そうだな。」


と、神無月。蓮花が目を閉じて顔を引き攣らせて言った。

「…行けるんですか。」


朧は真っ青な顔で言った。

「無理。もう学校前だけど、穹窿高校きゅうりゅうこうこう前だけど、帰りたい。」


にしても、と黎明が口を挟んだ。

「全く、学校に探し物とは…依頼人の方も随分と変わった所に落とされたものですのね。」


黎明には『依頼人が高校で物を落としたという』設定にしてある。朧はがくぶると震えていた。

「…ね、どうしても探さなくちゃダメ?」


神無月が軽く叱責する。

「お前が探すと言ったからだ。それにまだ明るいだろう?夏だからな。」


蓮花も神無月に合わせて言った。

「明るいんですから、そんなに怖くないでしょう。校舎の中も真っ暗ではありませんし…。」


誰も居ないグラウンドの隅で、不法侵入者4名は、会話をしている。朧はようやく覚悟を決めたようで。


「…分かったよ。にしても…何処にあるんだろうか。一応目星は付いてたつもりなんだけど…印があやふやだ。」


開いていた窓から4人は入ると、其処には真っ暗な廊下が広がっていた。何故かあんなに優しげだった夕日さえも、いつの間にか月を抱く闇夜が広がっている。黎明が驚いて言った。


「え…!どうしてですの? 先程まであんなに明るかったのに…。」


神無月が言った。


「恐らく探し物のせいだろう。探し物は魔力を帯びていると聞いた。取り敢えず、探すか。」

「了解しました…って、朧さん。そんなに怯えてどうしたんですか。」


蓮花が何時にも増して何も映さない瞳を見た。そして、朧はゆっくりと言う。

「…何か、居た。ぼろ布みたいな…老いぼれた男みたいなの…。

黎明が朧を茶化すように笑う。


「うふふ…なんですの、兄様。怖がらせるつもり……え。」

「うわ…。」

「本当に、居たな…。」


4人の廊下の果てには、ボロきれの男が居た。ただ、あれを捕まえなければならない。朧がげんなりして言った。


「え…あれ捕まえるの?追いかけるのなら女の子が良いんだけど。嫌がる女の子だとなお良し。」


神無月がそんな朧を見て言った。


「おい、今の発言捕まっても文句言えないぞ。罪悪感とかないのか。」


朧は真剣な顔つきで神無月に言う。

「罪悪感 is 背徳感だよ。神無月。」


蓮花は黎明の耳を手で抑える。とんでもない会話している、このど変態の声を、14にしかならない女子の耳に入れるなんておぞましい。神無月が至極当然の様に言った。


「それなら最初から足掻いて抗ってからの支配欲の方が良いのでは…?」

「あ、神無月ってそっちの人間なのか。」


訂正。ド変態共だ。蓮花のジトーっとした目で2人を見る。

「……あのですね。」


朧がなぁに、と蓮花に問う。蓮花は躊躇も無く朧を吹っ飛ばした。


「猥談してる暇があったら探しません…?朧さん?」


朧はゆっくりと起き上がって言った。

「猥談て…また古めかしいのを持って来て…。というか、蓮花ちゃんってドSだよね…。あと神無月も猥談してた…。」


蓮花は至極当然そうに言った。

「良いですか。私は間違ってもドSでは無いです。私は朧さんが凄絶な事をしたら吹き飛ばすだけです。それに、神無月さんはこれが始めてなので。」


朧は笑顔を引き攣らせながら言った。

「うぅ…腑に落ちない…。」


蓮花は黎明の耳から手を離すと、不思議そうに黎明は問うた。

「何をしていらしたのですか?蓮花姉様。」


蓮花は一拍置いて言った。

「別段知る必要も無いですよ。さぁ、行きましょう。」


黎明がきょとんとして笑う。


「行かなくても良いですよ、蓮花姉様。」

「……え?」


神無月が珍しく表情を崩す。

「成程な…。」


黎明はにっこりと笑った。

「だって、目の前に居ますもの。」


蓮花の額からは汗が流れ、朧は失神している。神無月は呆れて言った。


「そんな訳…。」

「あるんですよね。」


蓮花が恐る恐る顔を上げると、瞬きする度に近付いて来る。

「…うわぁ…。」


蓮花は拳銃に変えると思いっ切りぶっぱなした。神無月は蓮花の前に出て斬りかかる。だが、ボロきれ老人はくるくると回って廊下の階段の方へと逃げた。


「二階に逃げたようだね…。」


むくりと体を起こした朧は、そんな事を言った。

「怖いな…。もう失神しそうなんだけど…。」


蓮花がすかさずツッコミをする。

「してたじゃないですか…!」


朧はやたらに格好を付けて言った。


「いやぁ、何のことかな、蓮花ちゃん。」

「その背後にあるイケメンオーラが嫌に腹立ちます。」


蓮花は朧にそう言った。

「まぁまぁ。2階に逃げたんでしょう?なら追いかけなくちゃ。」


黎明が口を挟んだ。

「色々腑に落ちませんが…まぁ良いでしょう。」


階段に向かって歩きながら、蓮花は言った。

「夜の学校ですか…なかなか久し振りですね。」


神無月が蓮花に問う。

「行ったことがあるのか?真夜中の?」


蓮花は少し微笑んで言った。

「はい。小学校の頃にお泊まり会がありまして。夜の催し物に夜中の学校探索があったんですよ。」


朧は震えながら声を上げる。

「私がそんなの行ったら死ぬしか無いんだけど…。」


黎明が階段の踊り場でくるっと回って朧に言った。

「どうして兄様はそんなに幽霊が苦手なのですの?別に生きていないのですから怖くないですわ。」


朧は黎明に反論した。

「生きてないから怖いの!」


蓮花がそれを見かねて言う。

「死んでたら動かないじゃないですか…あ、着きましたよ。」


4人は階段を上がると、学校らしい空間に出る。蓮花は言った。


「取り敢えず、別れて探しましょう。」

「え。蓮花ちゃん、本気?」


朧は苦しそうに言った、蓮花は1人廊下に向かって言う。


「本気です。…というか…寧ろ、早く探さなくては朧さんも困るのでは?帰れないんですよ。」

「探すね。」


朧は即答すると苦々しく辺りを見る。そして4人はあらゆる方向に別れたのだった。









御手洗 蓮花は戦いていた。大口を叩いた物の、やはり怖いものは怖い。が、少し不気味と感じる程度で、震えるまででは無かった。


「夜の…学校…。……あ。警備員さんとか居たらどうしましょうか…。」


その瞬間だった。地面がぐらりと揺れる。しかし、ぺたんと座ってみると何事の変わりもなくだけれど、ゆっくりと見た窓の外の景色は一変していた。


「な…これは…。」


ぐりぐりと足元の風景さえも変わっていく。走って来た朧は蓮花に駆け寄った。


「蓮花ちゃん!the worldのカードだ!取り敢えず逃げる事を先決するよ!」


朧は蓮花の手をひっつかんで崩れゆく廊下を見る。崩れて行くというのだろうか。否、それは新しい物に作り替えられていく様だった。振り替えって恐怖を覚えながら、蓮花は朧に言った。


「the worldって……これ、大アルカナのカードの力なんですか!さっきまでは愚者が居て、追いかけてたのに……!」


朧は全開にしていた『ラプラスの魔物』を、目を見開いて命令する。


「我が名に於いて命ずる。世の理、規律を逆転せん!」


蓮花と朧が立っている場所以外、全て違う空間に作り替えられている。沢山の彫りがなされた柱は、窓が無く、其処からはアリーナの様なものが見えていた。朧は1つため息をついた後、蓮花に言った。


「……ディア=アズベルク=ワールドズ・キー。」


蓮花はその言葉に反応する。


「その名前は…確かティアの前の名前でしたよね。ええっと…現実の空間と鏡の神、でしたよね?確か少女に殺されたとか…なんとか…。」


朧は説明を始める。


「そうだよ。概要はそれで大体合ってる。ディアは、ティアの強大な魔力が独り歩きした姿だ。腐っても命の神だから勝手に神様が出来たんだね。」


ぽつり、ぽつりとそのまま続ける。

「薄い紫髪の神だったらしい。少女でね、『現実』という空間の神だったんだ。」


蓮花が訝しげに問うた。

「ちょっと待って下さい。私達の世界も、 『現実』じゃないんですか。」


朧が慌てて訂正する。


「あー…ごめんね、言い忘れてた。その『現実の空間』は、魔法やらの概念がない世界。『現実』という概念で凝り固まっていて、『現実』が概念化して世界を作っている世界だったんだよ。『現実』が全て。『現し世こそ夢。夢こそ真』の世界じゃなかったんだよ。」


朧はそしてまた続ける。


「ティアは『現実』の空間を歪め、勝手に世界を作ってしまったんだ。いやぁ、あの時は私もびっくりしたよ。空間を歪めて世界を作るのは簡単でも、それを『世界』として認知され、私の古書堂に置かれるなんて無かったもの。」


遠くを見て朧は言った。


「まぁ、暴挙はそれだけで終わらなかった。鏡の神の力と、現実の空間を歪め、人間を招待しては異世界に飛ばし、其処で冒険をさせ新しい物語を刻みさせる。死んだら死んだでさようならっていう末恐ろしい事をしてたんだよ。でね、その暴挙に気付いた星の力を持った少女は、ティアを消した。そうなると«アリーナ»も消える。消えたはずなのに……。」


窓の外を覗いて朧は言った。

「何でここに«アリーナ»があるんだ?これは残像なのか…幻なのか…。」


蓮花が不思議そうに朧に尋ねた。

「その…星の力って何なんです?」


朧は何食わぬ顔で言った。

「別に。特に何の変哲もない力だよ。『現実』に囚われたあの世界では有効できるかもしれないけど、ほかの世界では全くの無意味としか言い様が無いね。」


朧はさっ、と手を出すと、目の前の景色は元の風景に戻った。


「え……もどり、ましたよね。」

「戻ったねぇ。戻したねぇ。」


朧はくすくす笑いながら言った。

「あんな状態では探すに探せないでしょ……て。」


廊下の向こう側には愚者が居た。朧は眉間に手を抑える。

「……あちゃー……そういう事か。やってしまっなぁ…。」


蓮花もその意味を汲んだように言った。

「成程。愚者は夢想の力も有るんでしたよね。それに、大アルカナには世界の力もあるのなら…二つの力を合わせて空間を蘇らせるか何かさせるのは可能だと……。」


そして、と蓮花は『金華』を変形させ刀を構える。

「これを倒せば半分位は元の世界に戻ると。そういう事ですね、朧さん!」


朧はにっかりと笑って言った。

「最っ高に合ってるよ、蓮花ちゃん!」


蓮花はしゃん、と刀を構える。…もしかしたら、このカードは、この2人を敵に回したのが仇なのかもしれない。

この、一心同体の神と霊能少女を。








黎明は夜の校舎を難なく歩いていた。彼女は、学校というものが、これが初めてだった。


「これが…クラスルーム。講堂という場所は何処でしょう…!」


何一つだって怖くない。大体あの兄は怖がり過ぎなのだ。

「…あら?」


黎明の目の前を薄黄色の煌めいたベールが通り過ぎる。きらきらと黎明の前に星が落ちた。

「無くしもの?待って下さいまし!」


手を伸ばした瞬間、朧の姿が見えた。黎明は叫ぶ。

「お、お兄様!」


しかし直ぐに訂正した。それは、自分の兄では無かった。

「…では無いのですね……。無くしものの、力。」


少年期の茶色のチェックのポンチョ、と言うよりはマントを着た少年は言った。

「ばれちゃったかぁ…。」


それは黎明が見てきた聞いてきた姿と声と同じだった。黎明が悲しく俯いた。


「お兄様の声で話されると、少し切なくなりますわ…。」


相手は馴染みのある声で言った。優しく、あやす様に。

「ごめんね。之で逃げられると思ったから。けどね、けどね。」


一拍置いて偽朧は言った。

「君のお兄様の記憶を見てから、こんなのでは逃げられないと思ったんだ。それに、君の心も。…伝えたい事が、あるのでしょう?」


黎明の瞳からぽろぽろと雫が落ちる。咽び泣くわけでもなく、嗚咽を上げるわけでもなく、静かに雫は落ちた。ゆるりと黎明は口を開いた。


「分からないのですわ。伝えたい事が。」


それに、と黎明は付け加える。

「言ってしまうと、お兄様が消えてしまう気がして…そんな訳ありませんのにね。」


偽朧は微笑んで言った。

「君のお兄様は、そんな事じゃ消えないよ。だって最強だもの。ねぇ。」


だから、さぁ、と偽朧はあのうざったらしい顔と砂糖飽和状態の甘ったるい声で言う。何から何までそっくりだった。


「言いなよ。それがどんなに綺麗じゃなくても。」


その言葉に誘われる様に黎明は言った。感情を振り乱しながら。


「私は、あの頃に戻りとう御座います…!あの、あの、十年前のマグノーリエに!まだ兄様が、お兄様がぶっきらぼうで、そして物凄く優しかったあの頃に!不器用すぎて優しかったあの兄様に、もう1度会いとう御座います!う、あぁ…。」


偽朧は崩れ落ちた黎明に言った。

「どうして会いたいの?」


涙で濡れた瞳を開ける。

「…兄様は、最近全く笑わなくなりました。嘲笑しかしなくなって…。でも、蓮花姉様が来てらしてから兄様にはやっと本当の意味で笑って下さいました。」


けれど、と黎明は続ける。

「何処か、離れてしまった気がするのです。そんな訳ありませんのね。……あの、一つ、お兄様に見立てて言っても宜しいでしょうか…。」


偽朧は何も言わなかった。黎明は手を突き出す。

「魔道式展開。魔法陣準備。」


黎明の手に小さな魔法陣が現れる。逃げた者を捕まえる小さな魔法。ぼろぼろと涙を流して黎明は言った。

「…私は、お兄様が、心配で御座います。けれど、今はただ有る時間を共に生きたいと思いますわ。……捕獲魔法『チェジア・クロニクル』!」


細い針の様なものが、偽朧を貫いた。繭を作るようにくるくると針は回ると、黎明の手にはカードがあった。

「カード…無くしものは、カードですのね…。」


黎明は校舎から見える星空を眺めた。数ある星は、蒼玉の瞳を貫いて黎明の記憶を揺さぶった。しかし、彼女の頬は緩んでいた。









「さっきからちょこまかと!」


朧はそう叫ぶと、ところ構わず魔法を打ち込む。蓮花はその様子を見ると、片眉あげて言った。


「恐らくそれじゃ当たりませんし…うーん…それに、これ、どうするんですか。」


幻想世界と学校が入り交じった上に、黒い場所がいくつもある。虚無の世界が顔を出しているのだ。愚者は魔法弾が当たっているのに、傷一つもつかないのだ。


「弱点ですから、神無月さん呼んでこなくちゃですね。呼んできますね。朧さん一つで何とかなりますよね?」


その言葉を聞いて、朧は真顔で胸元から懐中時計を取り出すと、それを地面に落とした。歯車が至る所に見えて、時は止まる。そして笑顔で言った。


「さぁ!神無月を探しに行こう!」

「それだけの為に止めたんですか!?」


というか、と蓮花が呟く。

「大体時を止めている間に愚者を倒せるのでは?」


あー、と朧は続ける。


「愚者は夢想の住人だから、あんまり時を止めても意味が無いんだよね。」

「そうだな。そして、早くしないと倒す機会を失うぞ。」


いつの間にか蓮花の背後には神無月が立っていた。特に驚く訳でもなく蓮花が言った。


「え。どういう事ですか。」

「君、驚かないんだね。凄い。」


朧がその様子をみて半笑いする。蓮花は至極真面目に言った。

「別に驚かないでしょう。人の匂いを覚えていたら。」


朧が不思議そうに尋ねた。

「君は犬か何かなのかい?」


蓮花は否定する訳でも無く言った。

「いや…でも…お母さんの匂いとか、近縁者の匂いって、落ち着きますよね。あんな感じです。」


成程、と朧は言った。


「黎明の頭に顔を置いてぼんやりする時間が一番好きなんだよね。あの子の髪ってね、すっごくいい匂いでさらさらなんだよねぇ。」

「何か今変態チックな発言が出たぞ。」


神無月がさらりと言う。

「いつもの事ですよ。あ、それで愚者の弱点は何でしょう?」


何て事も無さそうに蓮花が問うた。神無月が自分の口を指さして答える。


「弱点か?…やたら現実的な事を考えることだ。あと、言うのも効果的。本当は空間を歪めて弾き出すのが一番なんだが、それをすると世界中の人が死ぬからな。」


え、じゃあ、と蓮花が言った。朧がそれに合わせて時間停止を解除する。


「明日、私テストなんですよ。でも全く勉強してなくて、まぁ別にしなくても100点取れるので勉強するつもりは皆無なんですよね。」


すると愚者は目に見えて苦しみ出す。神無月が蓮花に問うた。

「何の科目なんだ?」


少し微笑んで蓮花は言った。

「国語の古典です。読解も出来るんですが、古典なら勉強しなくても余裕で100点取れますから。」


すると愚者は倍苦しんでいる。蓮花が半ば焦りながら言った。

「…ちょっと待って下さい。え?これって現実的な事を言えばいいんですよね。」


朧が答える。

「まぁ、神無月の目は本物だからねぇ。」


蓮花はそのままの感情で言った。

「じゃ、明日私は100点を取るんですか。」


愚者の様子を見て、朧は言った。

「その様だね。…うん、凄い。」


蓮花が言う。

「もう捕まえられるのでは?」


そうだな、と神無月は続ける。

「朧、宜しく頼んだ。」


はいはい、と仕方なさげに朧は言う。

「それでは…捕獲魔法『アルチア・ツベツリン』!」


一瞬で愚者は塵になり、粧飾を施されたカードが朧の手にあった。きらりと金色の目が光る。


「…父上が、居る。屋上に。蓮花ちゃん行くよ。神無月、適当に黎明に理由を付けておいてくれないか。直ぐに終わる筈だ。6分28秒後に戻る。」


朧は蓮花の手を引っ張る。最後の階段を登り、彼が鍵解除の魔法を使ってドアを開けた時だった。

「やぁ、遅いじゃないか。本当に。」


何時もよりも冷たい声で言った。何時もの柵の上に相手は月をバックにしてヒタヒタ笑っている。その近くまで2人は寄った。

「幾つか質問しても宜しいでしょうか。」


相手はにこやかに答えた。

「良いよ。幾つかだけね。」


朧はさっと、蓮花の手を離した。何処か、危険を感じる様で。


「…5年前、私は父上を見かけた事があります。何度も、何処でも。視線を感じた事さえあります。父上は、もう五年前には居たのですか。」


くすくすと笑って相手は言った。


「あー…あれねぇ!気付いて欲しかったのに、無視を決め込むのだもの。あれはね、肉体探しをしてたんだよ。別に創っても良かったんだけど、それにお前の力も『侵食』出来ていなかったし。体は上手いこと『侵食』出来たけど、まだ出来て居ないからね。」


朧が目を見開く。思いっ切り怒気を父親に向ける。


「貴様ァ……貴様それでも父親か!…この、最低糞野郎が……!」

「それはお前に言われたくないなぁ…!」


明らかに戦争が始まりそうだ。蓮花はそれを唯、傍観していた。今、自分にできる事など数少ない。ならば、状況を読むのみ。


「……。」


蓮花の瞳は思考の海に陥った。即ち、今は父親が肉体を取り、力ーーー『ラプラスの魔物』を『侵食』した。という事なのか?その答えは相手が言った。


「合ってるよ、蓮花嬢!やっぱり賢いなぁ!君には推測、洞察力、観察力が完璧だ。霧の街の名探偵は名乗れるよ!」


蓮花はしどろもどろして言った。

「…どうも、有難う御座います。」


話を逸らすなら今の内。

「この忘れ物はどうしましょう。明日渡せば良いでしょうか?」


蓮花の内側を探り出す瞳で彼の人は言った。

「…君の温情に免じて此処は去ってあげよう。忘れ物は…いや、無くしても居ないそのカードは、明日の放課後渡してくれ給え。それじゃあね、愚息よ。」


くすくすと笑って滄助は消えると、朧は明らかに怒り出す。

「悔しい悔しい…!こんな事があってたまるか!悔しい…!悔し過ぎる…!」


喉に何かが詰まる。朧は目に少し涙を乗せる。ぎりぎりを歯を噛む。蓮花が真顔で言った。


「落ち着いて下さい。そういう時は、愚痴ることが一番ですよ。あと、冷静になる事も。」


朧は深呼吸して言った。

「…あ、うん…そうだよね。」


事の次第はね、と朧は屋上から下る階段を降りながら言った。


「簡潔に説明すると、父は、五年前から今日にかけて完璧な体が欲しかったんだ。己の魔力に耐えかねる体がね。だからそれを今は手に入れた。『侵食』を使って。『侵食』は後で説明するけれど。その力で私の、『ラプラスの魔物』の力も奪った。」


朧は一つ話を区切って言った。


「即ち、今あの人の手にあるのは『ラプラスの魔物』の力と、『侵食』…飲み込む力だ。……魔法使いは大体固有魔法を持っている。私なら『ラプラスの魔物』。黎明は体が少し弱いから『マクスウェルの悪魔』しか持つことが出来ない。お師匠様なら『闇夜を濡らす鴉』だ。」


それで、と朧は話を続ける。


「…朧月夜 真理は『あらゆる物を照らし、放出する力』。だから、創造の力だ。それに対して父が持っていたのは『侵食』の力。……正式名称は、『深淵の魔物』。父の力はあらゆる物を飲み込める。力、他人の体、魂、挙句の果てには生死の有無さえ飲み込める。それが、『深淵の魔物』。」


蓮花が話を制する。


「ちょっと待って下さいよ。それって朧さんの固有魔法が取られたってこと…?」

「ご明察。だけどあの魔物の力は今、私の手元にある。神の力を分離させたって考えるのが一番納得。だけど、そんな事が出来るのか…?」


朧は蓮花の問いに即答すると、神無月が居たあの場所に戻る。顔色を見た彼が言った。

「…その様子だと1本取られた様だな。」


朧が冷たく言い放った。

「…まぁ、そうだけど。」


取り敢えず、と蓮花は言った。


「帰りましょう。黎明を放ったらかしにして、バレたらやばいですよ。」

「特に私がね。」


朧はむすっとして言う。するとその声の主は一気に朧を震え上がらせた。

「兄様!此処にいらしたのね!探したのですよ!」


神無月がポーカーフェイスで言った。

「忘れ物が屋上に逃げたからな。追いかけたんだ。すまない。」


朧が何とか訂正する。

「さぁ、夜なんか外を歩く時間じゃない。ワープホールで飛ばすからね。」


蓮花が目を開けると、土足のままで自分の部屋に立っていた。蓮花は頭を抱えて言った。何処か笑って。


「あんなに急ぐなんて、何かあったんですね。……本当に素直じゃない人。」









「に、兄様!いきなり飛ばすなんて…!」

「そう言う割には特に焦って無いんだね。」


朧と黎明は古書堂の前に立っていた。黎明が誤魔化す様に言う。

「…別に、何もありませんわ。」


ただ、少し、と小声で言う。

「…お兄様の妹に産まれて、とっても大変でしたけれど、とっても幸せですのね、と。」


くすりと朧は笑って黎明の目を隠す。

「何かまた、変な物見たんじゃ無いだろうねぇ…?」


黎明は朧の手を退け兄の顔を見ると、一つ言った。


「兄様。」

「あ、やば」


い、を言い終わる前に、黎明は朧の顎に思いっ切り頭突きをする。


「おまっ!ちょっとは手加減というものをだね…!」

「しない!気持ち悪いですわ!変態兄貴!」


朧は綺麗な笑顔で答えた。

「え?変態なのは名誉なんだけど。やっと気付いてくれた?」


黎明は朧を冷ややかな目で見つめた。


「……明日のリビングは血だまりですわね。」

「ごめんなさい。」


朧は謝る。黎明が腕を組んで言った。

「夜食を作って差し上げます。もう夜が遅いので軽い物ですわね。」


はいはい、と朧は適当に返事をして暗い店内に入って行く妹を見て言った。

「……可愛い、可愛い私の妹。…本当に可愛いなぁ…。」


しみじみと朧は言った。黎明は少し振り返って言った。


「早く入らないと扉を閉めますわ、兄様。」

「はいはい。」


朧は2度目の適当な返事をすると、夜に嗤った。









「…やっぱりここに居ましたか。」


授業が終わった御手洗 蓮花は、屋上の景色に溶け込んだ相手に言った。胡散臭そうに彼の人は目を開けると、渋々口を開く。


「ごめんねぇ…蓮花嬢。考え事のし過ぎで頭がやられたよ…。」


だけれど、と言って体をむくりと起こす。

「蓮花嬢、それに見えるはマカロンだね。」


蓮花はバッグの中から小さなタッパを取り出した。


「そうですよ。食べます?」

「頂けるのかい?」

「元々差し上げるつもりでしたから。」


タッパを開けて蓮花は滄助に差し出す。滄助は美味しそうにぱくりと食べる。


「あー…!もう、甘いものって最高!ブドウ糖が頭に回ってくる感じがするよ…!」


あ、と蓮花はバックの中からカードを取り出した。

「これをどうぞ。…忘れ物でも、無くし物でも無かったそうですが。」


にたりと滄助は笑った。

「…ま、そうしなくちゃ駄目だったからね。」


蓮花が一拍置いて問うた。

「…本当は、朧さんの事、愛しているんでしょう。滄助さん。」


背中を合わせて滄助は答えた。


「そりゃあ父親だからね。…本当はね、僕の息子や娘に産まれなくちゃ、あんな人生を歩まずに済んだ。可哀想な、それでいて可愛い可愛い子供たちだよ。」


そういえば、と滄助は言った。


「黎明は金髪でしょう。あの子は凄いんだよ。隔世遺伝でね、『前の僕』の次の次の娘は、金髪であの蒼い瞳だったんだ。名前は凍蝶いてちょうと言ってね。そんな名前だから、あの子にも綺麗な名前を付けた。滄溟は…まぁ、見ての通りだよ。本っ当に莫迦で阿呆で小賢しいやつだよ。」


あぁ、もう、本当に。

「僕の、僕の、子供になんてならなかったら、本当に本当に幸せになれたのに!」


蓮花が口を開いた。


「…そうかもしれませんね。けれど、滄助さんの愛は、きっと伝わっていると思いますよ。私はとても幼かったですから。もう母親の顔すら、父親の顔すら覚えていません。例え朧さんが貴方のことを恨んでいたとしても、父親として見ていたとしても、貴方の事は覚えている。だから。」


滄助が微笑む。

「…そうかな。幸せなんだろうか。今、あの子達は。」


蓮花が声を上げて笑う。

「うふふ…。えぇ、幸せですよ!私も、あの人達も、幸せです。」


蓮花は微笑んで言った。

「だから、気にし過ぎはダメだと思います。それこそ朧さんに『過保護』って言われてしまいます。」


滄助がくすりと笑ったのは、蓮花には直ぐに分かった。と同時に気配が無くなるのも、蓮花には分かった。蓮花は立ち上がって言った。


「……親子共々、朧みたいな人ですね。」


それは夏に珍しく、涼風が吹いた。

色々書いてて楽しかったです。まだまだお話は続きますよ…!

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