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ラプラスの魔物 第二魔物 6

ラプラスの魔物、閲覧数 400人越え 読んで下さった方々 200人越え。第二魔物、閲覧数 200人越え 読んで下さった方々 150人越え。本当に有難う御座います。至極恐悦の至です。これからも精進して参りますので、宜しくお願い致します。これからもあの4人の冒険譚と奇怪譚を宜しくお願い致します!

「…ど…なた、ですか。」


御手洗 蓮花は恐る恐る声を上げた。相手は、その声に反応した。手に持っている本をパタリと閉じて、振り向かずに言う。

「…酷いなぁ、私なのに。どうして聞くんだい?」


相手は少しだけ笑う。

「……貴方、朧さんじゃないでしょう。」


蓮花は『金華』を拳銃に変え、姿が朧気にしか見えない相手に向ける。相手はコツコツと蓮花の前に立った。そして言う。


「いやぁ、なかなか上手くいったと思ったんだけどね。存外無理だったかぁ…。」


蓮花の目の前には、朧によく似た『人間』が立っていた。但し、朧では無い。だが、その圧迫感に蓮花は拳銃を下ろす。

「本当に、誰なんですか!それに、朧さんはいったい何処へ…?」


その人は何食わぬ顔をして言った。

「あー…彼奴は買い物だよ。黎明にお使い頼まれたみたい。」


蓮花はゆっくりと思考を回す。辿り着いた先は、案外簡単なものだった。

「…貴方…もしかして…!」


相手はにこやかに笑う。

「あ、やっと分かってくれた?全く、いつ分かるのか楽しみにしてたけど…まぁ遅かったね。」


蓮花がゆっくりと口を開く。だが、それは完全に開くこと無く。


「貴方、朧さんのおとうさ、」

「何用ですか。父上。」


朧が颯爽と現れて、己の後ろに蓮花を隠す。相手は半笑いで言った。


「あーあ、やっとヒーロー登場だよ。」

「……何用ですかと聞いてるんです。」


朧は容赦無く相手を睨む。相手は平然と返した。

「僕が生きてる事に関しては、驚かないんだね。可愛くない子。」


朧も平然と返す。


「……別に父上が生きていても、特に変な事でもありませんよ。父上にはその可能性は多いにある。」

「少し位無知で愚かな方が良かったのにねぇ……。」


相手はしみじみと答える。


「……父上のお陰で賢くなりましたよ。」

「嫌味だけは上手くなって……。」


それで、と朧は続ける。

「…先程から言ってますが、何用ですか。」


相手は跳躍して朧古書堂の屋根にしゃがんだ。そして道の向こう側を指さす。


「さぁ、滄溟!鬼ごっこだよ!」

「…鬼ごっこ、ですって?」


朧は訝しげに顔を顰める。相手はしゃがんだままで言った。

「そうだよ、鬼ごっこだよ!ほら…見えるでしょう?」


相手はニィィ、と口を歪めると、大層愉しそうに笑った。

「大層愉快!さぁ諸君、精精逃げてくれ給え!右に見えるは地獄炎狼ヘルハウンド!刀も銃弾も通用しない地獄の犬さ!必死に足掻いて、足掻いて、助けを乞うが良い!」


それでは、と相手は霧の様に消えた。朧はそれを聞くと蓮花を古書堂へと入れる。自分も入ってカウンターの奥の席に座った時だった。


「畜生!一本取られた!最悪だ!…そうだ、黎明は大丈夫か…?」


ぶつぶつと朧は呟く。蓮花が恐る恐る声をかけた。

「あの…どうしたんです?地獄炎狼なら、朧さんなら倒せるのでは?」


朧は爪をかんで言った。


「…あの地獄炎狼は、存在していない。あれは本の世界の化物だ。それを無理矢理こちらに持って来ている。だから向こうの世界の地獄炎狼を倒さなくちゃ彼奴は死なない。あの野郎、時空軸を弄りやがったな…!…そうか…もう其処まで力が戻っているのか……!これはかなりまずい。私はどうすれば良いんだ…。」


朧は険しい表情で言った。

「…まぁ、良いだろう。取り敢えず今出来ることだ。蓮花ちゃん、お仕事を頼んだよ。」


蓮花は笑って言った。

「また本の世界に飛ぶんですね?」


蓮花が次に目を開けた時、其処はあの大本棚だった。朧が言う。

「話が早くて助かるよ…あの地獄炎狼には心当たりがある。多分…之だ。」


朧は表紙が黄色のふわふわと浮いている本を持つ。そして蓮花を急かして言った。

「成るべく急ぎで頼んだよ。…頑張って。」


蓮花はこくりと頷くとすっ、と文字をなぞる。視界が崩れかかった壁画の如く剥がれ落ちて、蓮花は大本棚から本の世界へと足を踏み入れた。じゃり、と砂の音がして蓮花は辺りを見渡した。


「…どうやら、昔の英吉利イギリスの様ですね。似てますけど、何処か違う…。」


辺りは煉瓦造りの街で、人は少なく、まだ蓮花の存在に気付いていない。何故なら蓮花は路地裏に居るからだ。ゆっくりと足を進める。

「……大丈夫でしょうか…。」


そして、路地裏から完璧に出た瞬間だった。


「で、伝説の勇者よ!黒髪の女子おなごだわ!」

「……え?」

「本当だ!伝説は、預言は本当だったんだ!」

「………伝説?預言?」


蓮花はきょとんとして辺りを見回す。男性や女性や子供まで、蓮花を取り囲んでいた。


「これで怪物事件も終わらせてくれる!」

「世界が平和になるね!お母さん!」

「ええ!もちろんですとも!平和になるわよ、坊や。」

「やっと救い主が来てくれたわ!」


蓮花はますます不思議な顔をして周りの民衆に聞く。

「あの…『伝説の勇者』って何ですか?私、そんな大それた存在なんかじゃ無いんですけど…。」


すると、1人の男児が答えた。

「あれ?知らないの?『伝説の勇者』って言うのはね、もう何千年も前からある、神様の預言の事だよ!」


女が1人、蓮花に言った。

「さてこんな所ですし、村長の屋敷に行きましょう。」


わらわらと群衆を連れて行きながら、蓮花は家へと入る。村の巨大な屋敷に入ると、優しそうな老婆が現れた。シャンデリアは赤い絨毯をてろてろと照らし、蓮花の目の前には大きな階段があった。


そしてその階段に立って老婆は驚愕の表情に包まれていた。


「あぁ…生きている内に『伝説の勇者』にお目にかかれるなんて…この上ない光栄でございます…。」

「はぁ…。」


蓮花は今ひとつ状況が読み込めて居ない中、曖昧な返事をした。そして老婆が続ける。


「話を聞くと、どうやら今の状況をお分かりになっておられない様子。直ぐに説明いたします。此方へ。」


蓮花は老婆に着いていくと、テラスに出た。テーブルクロスは目がちかちかする程白く、食器は白磁で出来ていた。中には琥珀色の紅茶が注がれている。


周りにはメルヘンチックな甘藍菓シュークリームやら、宝石の様な美甘露マカロンやらが透き通るほど白い皿に置いてあった。

「さぁ、どれを食べても良いのですよ。」


蓮花は目の前にある、幼児の玩具の様な食べ物を見る。どれもこれも、可愛いものばかりだが、何処か偽硝子プラスチックで出来ている様で、蓮花の食欲を誘わない。琥珀色の紅茶も、絵の具で溶かしたような色だ。


「…いえ。今は大丈夫です。」

「あら、そうなのですか。」


蓮花は話を切り替える。

「その…『伝説の勇者』やらのお話を伺いたいのですが。」


老婆は満面の笑みで答えた。

「そうですね!その為に呼んだのですから!ええ、そうですとも!」


老婆は一つ咳払いすると、直ぐに言った。


「『伝説の勇者』は、何千年も前の神の啓示。『この世界の混沌を平和に導き、己が罪を被る者。宝玉を身にまとい、黒髪の乙女であり、黒き衣を身に纏いし者。』と。」


蓮花は苦い顔をしてそれに応える。

「…そうなんですか。黒髪なんて他にもいると思いますが。」


老婆は紅茶を啜りながら言った。


「勇者様は知らぬのかも知れませんが…この世界には黒髪等と有り得ない事で御座います。この世界には、『黒』の色素を持つ者など一人もおりません。故に、神は啓示を下さった!何と有り難き事でしょう!」


蓮花はポツリと呟く。

「本当の神様を知ってたらこんな事言わないでしょうね。」


その呟きを老婆は薄く拾った。

「勇者様は神を知っておられると…!?」


渋々蓮花は嘘をつく。

「知ってますよ。……とてもこの世界のことを大事に思っています。決して自分の理由で、大切な人の為にも人殺しをしない、聖人の方です。」


全て嘘だ。この世界の事を別段大事に思っている訳ではないだろう。あの人は。


「そうでしょう!?私情で人殺しするなどとは最低の行為です!」


ほら、やっぱり。人間とは、何処まで盲信するのだろうか。愚かな事だ。


「…朧さん?」


蓮花は朧の呟きを聞く。だが、それは空耳だった様で。

「勇者様?」


直ぐに蓮花は即答した。

「いえ。何でもありません。」


蓮花は言えなかった。神の、この世をお治めする、神様の。余りに酷い独り言を聞きました、なんて。









「…お腹が空かない…。」


蓮花は通された客間でぼんやりと呟いた。

「あの、蒼い空間みたいですね…。」


彼女はふと思い出した。死の主によって、閉じ込められたあの空間の事を。あの空間は時間が進まない。己が凍てつくのを唯ひたすら眺めるだけの無情な空間。


「…早く帰りたい…。」


蓮花の為にパーティが開かれているのを他所に、ごろりとベッドに寝転がる。今の蓮花の服装は、金色の線が入り、胸元には大き

な赤い宝石が埋め込んである、『伝説の勇者の服装』だそうだ。


「…寂しい。」


どたどたと召使いが走ってくる音が聞こえる。ゆるりと体を起こすと、相手を見た。


「勇者様。パーティが間もなく終わるのですが…どう致しますか。」


蓮花は直ぐに答えた。

「…もう終わっておいて下さい。お願いします。」


はい、と笑顔で退出すると、蓮花は入浴の準備を始めた。

「早く家に帰りたい…。」


そんな事をボヤきながら。









「全く、あの父親もやってくれたものだ。」

「……来るなら来ると言ってくれませんか。背後にいきなり立たれると、お師匠様の首を搔き切ってしまうかもしれませんよ?」

「抜かせ。お前の腕などまだまだだ。」


朧はあの本棚の蔵書の前で、背後に立った蓬莱ほうらい 蚩尤しゆうに振り返らず言った。


「……まぁ、やってくれた物はやってくれた物なんですが。…獏に言われたんですよ。『お前は滄助に会ってないか』、と。其処まで気にする物ですかねぇ…。」


蓬莱は欠伸をして言った。

「……まぁ…なぁ…。獏にも割り切れん節はあるじゃろう。何せ、初恋の相手なのだったからな。」


朧は本を取って、中を覗く。そして続けた。

「父は大丈夫でしょうか。と言うか、何故彼処までの力を持っているんです…。」


蓬莱が返した。


「さぁな。だが、汝等に仇なす者ではないだろうな。父親なのだから。」

「私にとっては脅威でしか有りませんでしたよ。」


朧は頁を切り取ると、ぐちゃぐちゃにする。

「…この箇所は要らない…っと。」


その様を見て蓬莱は呆れて言った。

「そうやって切っていくから世の中に分からん物が増えて行くのでは無いか…!」


朧は妖しく笑って蓬莱に向き直った。

「……良いでは無いですか。分からぬ物を考えるのも、道理という物ですよ。」


蓬莱は明らかに苛立ちながら言った。

「貴様もあの野郎に似てきよって…!」


朧はくすくすと笑った。

「それは嫌ですねぇ…とても癪に障る、が。お師匠様に其処まで言わしめる我が一族は、最強だと思います。」


蓬莱は益々苛立って言った。

「そういう所が似てきたと言っておるのじゃ!」


朧は呵呵大笑した。









「それでは、お願い致します。勇者様!」


蓮花は居心地が悪そうに屋敷を出る。剣も、盾も、色々貰ったが。何一つとして偽硝子プラスチックの様で使えない。


「…触りたくないですね。」


まず、蓮花は人が見えなくなると、盾と剣を森の茂みに隠す。なかなかの高級品だそうだ。恐らく盗賊か何かが盗って行くだろう。そんな思考を回した。


「…それで良い。それで良いんです。だって、これは私の世界じゃ無いんですから。」


どうしても、この世界の者、物、偽物に見える。蓮花はそんな空間に恐ろしさを感じ始めていた。歓声も、勝利を確信する声も全て、全て。そんな微睡みの思考の中で、斬り込む悲鳴が聞こえた。


「嫌ぁぁぁぁ!やめて!来ないでぇぇぇぇ!あぁぁぁぁぁぁ!」


醜い叫び声が蓮花の耳に届く。蓮花は現場に急行した。


「何が起きて…!…へ、ヘルハウンドだわ!助けて!死にたくない!」


蓮花と一緒に急行した女も、醜く叫び始める。人を押しのけ我先にと逃げる群衆を冷たく射抜きながら、蓮花は地獄炎狼へと近付いた。


「これが…ヘルハウンド…。」


蓮花の目の前に居たのは、体長が5,6,m程の巨大な狼だった。ただ、ただ、それを見て蓮花が言ったのは。

「…生きて、いますね。」


目は生への執着心で溢れ、身体からはその執念の熱が上がっている。無闇矢鱈に求めるのは、生命の渇望だった。蓮花はゆっくりと『金華』を刀に変える。唸っている相手を見るが、明らかに相手には敵意が無い。


「それでも倒さなくちゃいけないんですよね。」


蓮花が一歩踏み出した時だった。猛烈な勢いで地獄炎狼は吠えると、蓮花に噛み付こうとする。彼女は『金華』をショットガンに変えると、連発する。


「うるる…!」


唸って走ってくる相手を他所に、蓮花は地獄炎狼の腹の下を滑って反対側に出る。一応だらだらと血が出ている様で、息を荒くして蓮花を見ていた。


「…一応、効いているのか…?」


蓮花は少し呟くと跳躍する。片手に小さくレーザー砲を大量に出すと、まるで弾幕を出す様に、青いレーザーが地獄炎狼を貫く。が、


「ぐぅぅるる……うぉぉぉぉぉぁぁぁぁ!!」


長い咆哮の後、地獄炎狼の皮が裂ける。

「な…何なんですか、あれ!」


蓮花はぼんやりと相手を見る。まるで脱皮をする様に中から出てきたのは、確かに大きな狼だった。だが、熱い体は其処には無く、冷気が狼を覆っている。


歪曲した青くも紫色の様に見える角は額に2本生え、身体からは、人工物と思われる機械が突き出ている。あれ程まだ柔らかそうに見えた毛並みは、今はただの鉄の鎧だ。


「これが…ヘルハウンド…?」


奇々怪々な姿に蓮花は唖然とした。その瞬間にヘルハウンドだった者は蓮花に噛み付こうとする。

「…っ…!交わせない…!」


ぎりぎり避けた時だった。

回転木馬メリーゴーランド!」


蓮花の目の前には、やたらメルヘンチックな木馬たちが、蓮花を守る盾となった。

「天使お姉ちゃん!大丈夫!?」


心配そうな顔をして蓮花の顔を覗き込んだのは、朧古書堂の世界の受取人、ティアだった。


「あぁ、本当に心配した!お姉ちゃんが喰われたら僕、地底に埋められそうだし…。」


ベストに紳士服、シルクハットにうさ耳のついた、齢9歳頃の少年は、そんな事を呟いた。


金色のチェーンが黒地のベストに煌めいている。恐らく埋める相手は神様だろう。蓮花は笑って言った。


「助かりました…!私、本当に何も出来なくて…有り難うございます。」


怖気付いているヘルハウンドを他所に、ティアははにかんで言った。

「そんなに大層な事じゃないよ。本の世界なら僕も行けるし、それに…。」


蓮花の背後を見てティアは言う。

「来たのは僕だけじゃないよ。」


ティアの背後には突進して来た地獄炎狼が居た。しかしティアは動かない。響いたのは、冷静な声だった。


「…白水晶。」

「アイアイサァー!」


透明の空気に躍り出たのは、夢の主、獏と元気溌剌とした、獏とは正反対の存在の女騎士だった。騎士は少女と言える歳で、毛先はジャギースタイルで、頭には鉄の寂れた王冠を抱いている。


白布と鉄の鎧を身にまとい、片手には五芒星の大剣が握られていた。髪は、くすんだ白髪で、目は明るい性格を表した琥珀の瞳だった。


「…倒して。」

「了解ですよぉーっと!」


くるくると回りながら大剣を振り翳し、がぎん、と地獄炎狼の毛並みに傷がいく。獏は蓮花の方に寄って言った。

「大丈夫?」


蓮花は心底安心して答えた。

「えぇ、本当に助かりました…。」


『白水晶』と呼ばれた女騎士は、またもや獏に叫んだ。

「莫奇様ぁ!こんなんじゃ勝てませんよ〜!黒水晶を呼んで下さい!」


獏は少し呆れ笑う。すっ、と手を出すと、厳かに言った。

「…黒水晶。助けてお遣りなさい。」


獏の横から生まれたのは、少しおっちょこちょいな性格が現れた、小さな少年だった。


ベージュの髪はふわふわとしていて、瞳は濃紺の瞳で、おどおどと周りを見ている。ブレザーの制服の様な物を着て、片手に装飾が施された魔導書を持っている。黒水晶は口を開いた。


「莫奇様…。僕じゃ倒せないですよ…。」


獏は優しく黒水晶に言った。

「…いいえ、黒水晶。貴方の力は私が認めているのよ。倒せなくても構わない。白水晶と蓮花を助けて。」


しかし黒水晶は随分と調子が良い様で直ぐに意気込んで言った。

「わ、分かりました!莫奇様が言うのなら、僕、頑張りますね!」


その様子を見て、蓮花も意気込む。

「…助けられに来た訳じゃない。変われ。『金華』。私の大切な人を守るため、その身を高潔なる魂へと移せ!」


持っていた青と銀色の人工物の様な武器は、生きている武器へと変わった。柄の部分には長い装飾が付いている。ティアはその様子を見て笑った。


「…びっくりだよね、月の都の緑真珠様と、初代の主様。貴方達が、もしこの場にいたならば…いや、初代の主様はこの空間に居ないだけで、一応は存在してるか…この場にいたならば、きっと驚くでしょう。何故なら、貴方がたの全てが、彼女に引き継がれたから。珍妙な僕の格好も、主様の過去も、全てあの娘に引き継がれた。あの娘は、天使お姉ちゃんは、世界を統べる王にでもなり得る力が、彼女にはある。けれどそれは彼女は望まない。」


遠い日の彼方へと、ティアは言った。

「彼女はU.N.owenだから。何者か分からぬ者だから。彼女は平和を望む。」


でも、まさかとティアははにかんだ。

「…霊力の高いだけの娘に自分の秘宝が渡されたと知ったら、きっと貴女も驚くでしょう。」


蓮花の目の前にはすらりと伸びた刀身が、相手を睨む。緩やかに跳躍すると、狼の体に生えている人工物を切り刻む。びりびりと電気が放電し、誰1人と近付けない。


「黒水晶。攻撃を。」

「了解しました、莫奇様!…炎を、朱雀を、四神を!今我に力を与えたまえ!」


沢山の黒水晶の背後にある魔法陣が炎弾となって狼を襲うが。

「…強い…。」


獏はしみじみと言う。狼の毛は煤けて傷はあるが、其処までではない。途端、狼が蓮花に向かって駆ける。ティアが叫ぶ。

「天使お姉ちゃん!逃げなくちゃ。」


優しく蓮花は言った。

「大丈夫ですよ。……『金華』!」


手に持っていた刀は巨大な水色の鳥に変わり、蓮花の盾となる。冷静に蓮花は言った。


「…『金華』。一国の皇女を守れたのなら、その力を示してみなさい。邪の力を跳ね除けて、我が手に栄光を。」


『金華』は狼の炎で包むと、恐らく凄絶な熱さだろうか。狼は転げ回る。ティアはあんぐりとその様子を見ている。


「凄い……『金華』が言う事を聞いてる…。」


獏が指示を出す。


「白水晶、黒水晶!今なら通るはず!攻撃なさい!」

「合点承知!」

「仰せのままに!」


蓮花も直ぐに指示を渡す。

「『金華』。炎はそのままに。我が手に剣を、栄光を。彼の地を照らした光を、今、此処に。」


直ぐに剣が戻ってくると、蓮花の体に痛みが走る。

「…っ…痛い。」


きりりと恨めしそうに狼を睨む。其処からの蓮花の動きは滑らかだった。狼の腹に滑り込み、刀は腹を割く。反対側に出ると、刀はショットガンに変わり、白水晶が蓮花を高く上げる。


片腕で思いっきり引き金を引くと、弾は炸裂して胴体に当たる。白水晶はその瞬間を見からって、大剣を下げる。蓮花の炸裂した弾が楔となり、胴体はほぼ真っ二つに裂ける。


「まだ、生きてるの!?有り得ない…!」


白水晶は恐れ戦きそれを見る。蓮花は冷めた目でそれを見詰めると、向かって来る顔に動じることなく刀を抜く。動かなくなったと思った瞬間だった。ティアが叫ぶ。


「危ない…!珈琲陶器コーヒーカップ!」


ただ、それも意図も簡単に割られ、蓮花も表情を崩した時だった。

「貫け。」


黒水晶が前に現れて片手を上げる。長槍が完璧に脳漿を付く。沢山の魔法で創られた槍が、海栗うにの様に膨らんで、膨らんで。


「黒水晶。有難う。」


獏のその声で、黒水晶の魔法は止まる。ほっと胸を撫で下ろして黒水晶は言った。

「はぁ…本当に心配しましたよ…。」


途端、沢山の人間が集まる。


「凄い…!本当に化け物を倒してくれた…!」

「あれは使い魔じゃないのか…!?」

「やった!平和になる!」


人間が集まってくるのを、蓮花は疎ましく睨む。そして獏に言った。

「…何時、帰れるんでしょう。私は。」


直ぐに獏は答えた。


「貴女が望むなら、何時でも。」

「ならば今すぐ。此処は嫌です。」


祭りや宴会やらで集まってきた人間を他所に、蓮花が行こうと思った時だった。

「待って下さい!お祝いをしましょう!勇者様のお祝い!」


蓮花の服を必死に掴んでそんな事を言う、その人間の瞳を、蓮花は異常に恐怖を感じた。


「い、いえ、帰ります。」

「どうして?勇者様は宴会はお嫌いですか。」

「…違います。」

「なら、どうして?どうして?」


獏は一気に蓮花の手を引いて元の世界に返す。蓮花が次に目を覚ますと、あの大本棚の近くに、朧が呑気に座っていた。


「おー!お帰り!」


蓮花の服装も何時の間にか制服に戻り、乱雑に『勇者の服』が置かれている。彼女の足元には本が落ちていた。朧はそれを拾う。


「本当は彼奴に渡した方が良いんだが…。もうギニョールは終わりだ。」


朧は本をばたんと閉じる。そして、本は燃えた。塵は出ず、ただ燃える。全てが一方通行だった。朧はにたりと笑う。だが、蓮花はきょとんとして周りを見る。朧は大本棚の入口を開けた。勢い良くあの狼が現れた。朧が叫ぶ。


「蓮花ちゃん!この狼は何だった!?」


途端、蓮花の思考は止まった。何も、何も分からない。

「わ…分からない…それは…違う…!」


朧は笑って扉に凭れる。

「君の思っている事を言うだけで良いんだ。」


ふわり、蓮花の周りの物が浮いた。彼女に向かってくる狼を、二つの双眸が貫いた。


「…あの人達は、人間じゃなかった。偽物ばっかりで、飽き飽きしました。」


蓮花が口を開くと、狼は蓮花の目の前で停止した。

「舞台みたいだった。本物に見せかけた偽物で、あの人達の目も、何も無かった。」


ぴき、ぴき、と『勇者の服』の宝玉にヒビが入る。朧が口を挟む。

「…じゃあ、君が見たのは何だったの?君が行った世界は、一体何だったの?」


朧は蓮花に近付いて言った。

「あれは…。」


全ての音が止まる。

「強いて言うのなら…。」


宝玉は割れようとする。

「貴方は。」


そして、全てが動き出す。

「舞台装置。」


狼はシルエットの様に真っ黒になった。恐らく虚無がそれを支配したのだろうか。そして、完璧に宝玉が割れた時だった。


「なっ!」


蓮花は小さく悲鳴を上げると、狼は完璧に砕け散った。黒い硝子が辺りへと飛び散る。それは彼女にも飛んだ。朧は『ラプラスの魔物』を発動させて蓮花を庇う。


完璧に砕け散った後に、朧は疎ましそうに狼の残骸を見る。黒い塊が乾燥冷団子ドライアイスの様に黒煙を放っている。


「…なんじゃこりゃ。」


朧は間の抜けた声を出してそれを見た。蓮花が驚いた様に言う。

「朧さんでも…分からない事があるんですね。」


じっ、と太陽の瞳を細めて見詰めているが、何も言わない。朧はむすっとして言った。


「何だこれは…皆目見当が付かないんだが…。」


朧はそれをそっと拾う。そして呟いた。

「創られた物か…?分からないな…。」


彼は残骸を拾うと、大本棚の机の上に適当に置いた。そして蓮花に振り向いて笑う。


「蓮花ちゃん。黎明が来た。出てくれないかな?」

「え、あ。了解しました。」


少しの間呆気に取られていた蓮花は、朧古書堂に居た黎明を見た。微笑んで蓮花に言った。

「まぁ、蓮花お姉様!来ていらっしゃったのですか?」


蓮花は訝しげに黎明を見詰めた。朧が後ろから現れる。朧は蓮花の様子を見て軽く黎明に話しかけた。

「ねぇ、黎明。今日の夕飯はなぁに?」


すると満面の笑みで黎明は返した。

「えぇ、お兄様!今日はですね…!」


うきうきと話す黎明を他所に、朧は冷酷に言い放った。

「離れろ。」


思いっ切り朧は黎明にデコピンすると、彼女はふらりと朧に倒れ込む。

「……随分としてくれましたね。父上。」


朧は扉の向こう側でにたにたと嗤う父親を見た。

「いや、凄いね!蓮花嬢!」


全く、話が噛み合っていない。朧は隠す様に黎明を抱える。その様子を見て相手は笑った。


「そうでなくちゃ、滄溟!分からなくちゃ、これからどうなるか分からないよ?」


朧は太陽の瞳で相手を睨んだ。そして水弾を見舞う。鳴り止むことのない砲弾に、蓮花は恐れた。向こう側から男の声が再び聞こえる。


「うん、強くなったと思うよ!でも、今日はこの辺にしよう!」


蓮花はそれに驚愕した。朧も驚きを隠せない。それは、父親が砲弾に耐えた事でなく、それは、それは。

「何故…持っているんだ…!」


その一言を呟いている内に、相手は消えた。蓮花も苦しそうに言う。


「あれって…あの右腕の甲にあったのって、『ラプラスの魔物 』ですよね…。朧さんに受け継がれたんじゃ、無かったんですか。」


朧は困惑して言った。

「分からない…。」


これじゃあ、と朧は続けた。

「唯一神が2人居るって事か…?」


そして暫しの沈黙のあと、朧は言った。とても真剣そうに。異常に凄絶そうに。

「…お腹空いた。」


蓮花は呆れ笑って朧を見た。


「オムライスが食べたいってお腹が言ってる。」

「それって…。」

「黎明居るけど作れないし。どうしよっかなー!」


ちらちらと朧は黎明を抱えながら蓮花を見る。

「作らなくちゃなんないんですよね。私が。」


蓮花が半ば諦めた風に言った。朧はにたりと笑う。


「そう来なくっちゃね。卵は半熟が良いな〜!」

「…はいはい、分かりましたよ。」


朧は黎明をベッドに寝かせ、台所の方にレバーを回転させる。蓮花は料理の支度をしながら言った。


「冷蔵庫、失礼します……にしても、朧さん。お父様の事は良いんですか。」


朧はぎしりとリビングの椅子に凭れて言った。

「……君は∞+∞のちゃんと数字が出る計算が出来るのかい?」


蓮花が少しの間の後、言った。

「無理ですね。」


朧はちらりと蓮花を見て言う。

「あの人は無邪気な子供の頃のままだ。だけど、一部分が異常に大人だからね。」


まぁ、と朧は続ける。

「それは良い言い方だ。ぶっちゃけると父はド変人。ド変人の考えてる事なんて、私には図りかねるよ。」


蓮花がおちょくる様に喋る。

「そんなお父様から生まれてきた朧さんはどうでしょう?」


呆れ笑って朧は言う。

「…蓮花ちゃんも言う様になったねぇ…。」


蓮花は腰に手を当てて自慢げに微笑んだ。

「じゃないと此処のバイトはやってられません!」


朧はその笑顔を見て、笑った。

相変わらずの後書きは、コメントが欲しいです!何処の箇所でも、アドバイスでも構いませんので、是非是非宜しくお願い致します!前述の通りラプラスの魔物、第二魔物共々、閲覧数、読んで下さった方々にお礼を申し上げます。

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