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ラプラスの魔物 第二魔物 4

「はぁーいこんにちはー!」

「はぁーいさようならー!帰ってねー。」


朧は棒読みに紅茶を啜りながら言う。クッキーが皿の上に置かれ、朧はそれを見詰めていた。


「話ぐらい聞けばいいじゃないですか。」


蓮花が言った。朧は面倒くさそうに答える。


「此奴が来るとロクな事が無いんだよ。」

「ねぇーぇ、むしるのやめてー?」

「髪なら毟ってあげようか。」

「えんりょしまっすぅー!」


朧の前には、扉を開けっ放しにして笑う、糸目の少女が居た。白髪の髪はあっちこっちへ飛び、服はナース服もどき。背中には長槍。無駄に無邪気な少女は続ける。


「んーん、だーかぁーれぇー。来てくださいってー。世界悪魔特別保安院委員会特別設置課78番、」

「長い!保安院で良いって!」


朧は少女の話を遮る。蓮花が不思議そうに問う。

「あの……朧さん、その『保安院』って何なんですか?」


朧は砂糖ではなく代わりにコーヒーが入ったクッキーを食べる。そして言った。

「ムショみたいなモンだよ。何回勧誘が来てる事か……。」


蓮花は呆れて言葉も言えず、朧は紅茶を啜ってドアに立っている少女を睨む。


「んー……だからさ、帰ってくれない?私はまだそんな所行きたくないんだよね。」

「仕方ないじゃーん。連れて来いって上のごめーれーだもん、僕は無下に出来ないしー。」

「はぁ……。」


朧は深い溜息を付く。そして少女を睨みつけて再び言った。


「しかも?今日は1人だけじゃ無いでしょう。本当に捕獲しに来たんだね。……まぁ、死ぬけど。今じゃないが。」


少女の後ろには沢山の警備員らしき人間が居る。

「ごめーんね!連れていかなくちゃなんなーから!」


少女は警備員から銃をぶんどると、朧の方向に銃口を向ける。


「撃っちゃうよ?」

「はいはい。」


蓮花は突然の事に声も出せない。蓮花が気付くか気付かないかの内に何かの紙を朧は渡す。そして銃口を持って言った。


「……銃の持ち方なって無いけど。銃は覚悟を持って命をかけるぐらいの面持ちでなくちゃ。」


朧はそう言うと、警備員に両手を出す。そして蓮花に振り向いて言った。


「じゃ、後は宜しく。」


蓮花はこくりと頷くと、朧は手錠をかけない警備員に言った。


「えー?手錠かけないの?え、もしかして怖い?ねぇねぇどんな気持ち?今どんな気持ちですかー?」

「あいかわらずのやばぶりだー。」

「君に言われたくないね。」


蓮花は渡された金地に両面とも黄色い虎百合が書かれた紙を見る。見えるか見えないかの位置に達筆な字で『神無月へ』と書かれているのを見て蓮花は立ち上がると、神無月邸へ向かった。






「それで?来たという訳か。」

「ええ。」

「この虎百合のカードを貰ったのか?彼奴に?」

「ええ。」


蓮花は神無月邸にこっそり忍び込むと、神無月を呼んで神無月宛のカードを渡した。


「…保安院に連れて行かれたのか。」

「よくお分かりで。」


神無月がため息を付く。何時も部屋で来ている袴に手をかけると蓮花に言った。呆れながら返答する。


「直ぐに着替える。五分待ってくれ。」

「わかりました。」


蓮花が立ちながら問うた。


「あの、保安院ってムショみたいな物だと朧さんが言ってらっしゃいましたが、ムショみたいな物なんですか?」


袴の衣擦れの音がする。


「まぁ朧からして見ればそうだろうな。基本的には悪魔や精霊等を管轄する街にある施設だ。最近はやり方が強引だのなんだの言われていてな、朧は最大犯A級犯罪者として認定されているからなぁ……追われたりはしていたが持ち前の魔力で返していたんだが、もう行くしかなくなったか。」


神無月がワイシャツを切る手を一瞬だけ止めた。そして蓮花に振り向く。

「朧は何か言ってなかったか?」


蓮花は顎を触りながら言った。

「特には。ただ何か呟いていた記憶は有りますけど……。あんまり聞こえませんでした。」


「不味いな。彼奴は何時も大切な事を呟いてから行く。急行するぞ。」

「了解しました。」


着替えた神無月は蓮花を引き連れて街へ向かった。







「……蓮花、黎明はどうした?」

「そう言えば…見てませんね。」


人通りが激しくなった時に、神無月は言った。

「それがどうかしましたか?」


少し間があった後、神無月が言った。


「…いや…それか、黎明の今日の予定を知ってるか。分からんよな……。」

「それは……少し…あ。」


向こう側に金髪の少女が現れる。数人かの人間に連れられて、白い建物に連れていかれるのが見える。凛とした声で、怖気づかせる為の物だろう。


「離しなさい。」


職員がまごついているのが見える。捕まったと言えど、女王の様な品格は絶えない。


「け、けれど、その。」

「何でしょう。」


女の職員が詰まるのを黎明はきりりと睨んだ。その光に周りの職員はぱっ、と手を離す。


「理解して頂いて有難う御座います。」


黎明はニコリと微笑むと、すぐ様先に歩き始める。


「間違いない。黎明だ。」

「行きましょう。」

「待て。下手に騒ぐとバレる。」


神無月は蓮花に言った。

「……助けるつもりだが、なるべく朧には見せんようにせんとな。」


蓮花はその理由を勘づいていた。







「貴様は…!」

「黙れ。」


蓮花達は裏口から忍び込んだ後に、先程からありとあらゆる職員や見張りを峰打ちにしてばかりだ。

「…そろそろ飽きないか。」


神無月が面倒くさそうに口を開く。

「峰打ちに飽きるも何も有るんですか。」


神無月がしゃがんで居る場所から立ち上がり、側にあるダクトをゆびさして蓮花に言った。


「ダクトに忍び込め、蓮花。恐らくこの保安院の地下の施設に朧はいる筈だ。直通の道は見張りが大量にいる。」

「分かりました。でも神無月さんは?」


一拍置いて神無月は答えた。


「…追いかける。だから先に行け。お前の腕なら見張りに出会しても早々困る事が無いだろう。」


蓮花がこくりと頷くと、白い大理石に埋め込まれた場違いな少し大きいダクトを通る。神無月は完璧に蓮花の足が見えなくなると、開けたダクトの口を閉めると、先へ急ぐ。一つ一つ足を踏み出す度に、何かが近付いてくるのが分かる。曲がり角を曲がった先に、小さな小部屋が沢山ある。


「…資料室。その割には人が少ないな。彼奴のせいで人員が割かれているのか…。」


警備員を背後から峰打ちすると、鍵をぶん盗って資料室へ入る。がちゃんと重い扉を開けて、厳かに足を進める。

「か…か。何処だ…!」


頭の中で警鐘が鳴る。知ってはいけない。知らない方が幸せだと。神無月はファイルの名前に絶望した。


「…『神無月 白羽』。う、そだ、ろ?」


分かっていたはず。恐る恐るファイルの中身を覗く。ばさばさと紙が落ちる音がする。


「本当の、父さん、母さんは…?俺を、子供と見てくれないのか?タダの、バケモノだと?」


遠くから足音が聞こえる。3人程だ。ゆらりと神無月は振り返る。


「何者だ!」


ぬらりと刀身翻し、神無月は言った。


「腹いせに、斬るか。………俺は、バケモノだ。」


孤独の龍が牙を剥く。







「早く吐け!」

「だから嫌だって。……痛いなぁ。」


朧と職員の問答の後に、鈍い音。かちゃりと何かの音がする。


「え。乱暴するの?エロ同人みたいに?」

「えろどうじん?」


職員の戸惑う声。朧が言った。


「…どうやら其処のお嬢さんは意味をご存知だそうだよ?聞いてみたら?あ、あとその人は腐女子だよ。でも腐女子っていい事じゃないか。好きな物があるってさ。…あー…でも聞けなさそうだね。」

「話が!長い!」


叫びながら蓮花は五、六人の職員に斬りかかる。しかし全て斬る前にバタバタと倒れる。


「おつかれさっまー!」

「…あのですねぇ。」

「何でしょう?」


目隠しされたまま朧は言った。


「私が斬る前に倒せるならそうして下さい…!」

「そんな事したら無駄に見張りが増えるでしょう。化学実験と拷問は御免だねぇ。あれ辛いんだよ。一番辛いのは化学実験。皆莫迦だから水銀とか飲ませるんだよ。」

「それは態とかと…。」


それにしても、と蓮花が続ける。

「…その傷は、痛くないですか?」


蓮花は包帯だらけの朧を見る。がしゃんと檻の柵に触れる。


「蓮花ちゃん、この檻の鍵は管理室に有るよ…と言いたいけど、面倒臭いからもう壊すね。」

「は、え?」

「退かないと死ぬよー?」


蓮花はギリギリ後ろに引き下がると、鉄柵ががこんと折れる。朧が目隠しを取った。『ラプラスの魔物』の紋章が刻まれた瞳にだけ包帯がかけられている。


「あの…朧さん…そっちは取らないんですか。」


朧は微笑んで言った。


「…嫌だろう?拳銃の弾が撃ち込まれた片目を見るなんて。R-18モンだよ。さぁ、取り敢えず逃げるよ。蓮花ちゃん1人じゃ無いでしょう。」

「ええ。神無月さんも。」


朧はにやりと笑った。

「…あと黎明も。」


うんざりして蓮花は言った。

「分かってるなら何とかしてください…というか怒らないんですか。捕まってる事に。」


朧はふふんと笑う。

「昔は怒ってたよ。たった1人の家族だもの。でも今はあの子も強い。手を出されたら流石に自分でもどうなるかは知らないけど。」


蓮花が短くため息を付いた。朧が厚い鉄の扉を蹴りながら話す。

「彼奴の場所は掴めてる。無事な事は確かだ。」


かつん、かつん、と革靴で歩く音がする。向こうから何かが走ってくる音が聞こえた。

「…神無月か。」


朧が短く言った。血塗れの神無月がゆっくりと現れる。

「まぁ酷い返り血だね。どうしたの?」


瞳に光が無い神無月は、短く言った。


「……聞かないでくれ。…早く行くぞ。」

「その状態で?無理だろう?」


蓮花が神無月に言った。

「怪我したんですね。その血液の量、返り血だけでは無いと思います。」


神無月は蓮花を見てふ、と笑った。


「…これだから賢い奴は嫌いだ。」

「…あの。止まられた方が宜しいのでは。少しの応急処置なら出来るかと…。」


朧は笑う。


「無理だよ。…神無月、それ、誰にやられたの?神無月の再生能力ならそれぐらい治せるでしょう。」

「恐らくは…クラーレ。」


蓮花が言った。


「…くらーれ?」

「くらーれ、って何。神無月。」


珍しく朧が神無月に問う。

「神経毒だ。筋肉が動かなくなり、…窒息死する。何とか俺の元々の治癒力を使って進行の進みを極限状態まで止めているが、…っ…何処まで…持つかは、分からん。…それなり…の、少量だったからな。持つが…。」


朧が目を見開いて言った。

「げ、解毒方法はどうやって!」


虚ろな目をして神無月が言った。


「あるにはある。…く…クラーレを使って、いる施設だし…な。朧。蓮花。気をつけろ。ここに、いる奴らは…。払い屋専用の…弾などではなく……毒だ。…走れ。もう…侵入者は分かっているはず…だ。」

「神無月さん、でも!」

「早く…行け!」


朧が俯いて言った。

「…分かったよ。行くけど、絶対に解毒薬を見つけて来るからね。」


神無月は壁にもたれて言った。


「…好きにしろ。」

「行くよ、蓮花ちゃん。」

「はい!」


神無月は2人の足音が遠くなるのを聞くと、ゆっくりと地面に座った。

「バケモノの名折れだな。」


神無月はくすりと笑った。







「だいぶパなくない?」

「だいぶパないですね。」

「ねぇこれどうする?」

「おい!何をしている!侵入者と脱獄者を捕まえろ!」

「蹴散らすしか無いでしょう。」


蓮花が仕方なさげに笑う。周りには大量の警備員。朧がかかってくる職員を見ながら蓮花に言った。


「なーんか、嫌な予感するんだよなぁ…警備員、何でか少ないんだよ。……ま、有難いんだけど。」


朧は蓮花をひょいと担ぎ上げる。


「はぁ?何してんですか!」

「大丈夫大丈夫。パンツとか見てないから。女子高生の下着って一番需要あるもんねぇ。」

「煩いです!あと離して下さい!」

「うんうん離すよー!」


朧は思いっ切り蓮花を投げる。職員がぼんやりとそれを見詰めて、蓮花は何とか受け身をする。


「蓮花ちゃーん!クラーレの解毒薬思い出したからそれ取ってきてねー!あとその先に薬品とかあるからー!」


朧は一人目の職員の顎に蹴りをかます。


「名前なんて分からないですよ!」

「メモに書いてあるからね!」


蓮花は何時の間にかポケットに入っていたメモを見る。


「んじゃ、後は任せたよ。注射器も忘れずに。」

「りょ、了解しました。」


蓮花は腑に落ちなさそうに頷いて走り出した。そして朧は呟く。


「神無月も私も蓮花ちゃんに手を挙げさせないのは、あの子の手を血で染めない様にする為。黎明もだけれど。蓮花ちゃんと黎明には何も知らせないつもりだったのに…。蓮花ちゃんは聡明だからなぁ…。」


職員が輪を作って朧を囲む。

「はいはい、捕まって上げますよ。」


朧は手を前に差し出す。びゅん、と何かが飛ぶ音がした。

「はいはーい。麻酔銃無しね。」


朧はそれを軽く避けると、短剣を取り出して一気に間合いを詰める。しかし、斬り付ける事はなく、職員の銃を奪い取る。


「何をさせている!」

「今仲間割れしてる場合?」


朧は容赦無くばん、と銃を撃った。


「…これオートマチックピストルだね。15発ぐらい撃てるやつ…なら此処に居る全員は余裕、か。」


朧は身を屈めて周りを撃っていく。

「遅いよ?私は一丁しか持っていないのにねぇ?…うげぇ、血で濡れたぁ…。」


1人の職員が何処かに連絡しようとしている。朧は何も言わずにそれを撃った。目の前には1人の男の職員が居る。


「あらぁ…残っちゃったね、君…あ、そう言えば、君って確か私を捕まえに来たあの野郎のお付だよね。何か知ってる?例えば…黎明の居場所、とかね。」


朧は冷徹な瞳で相手を見る。


「ご、5階だ!1番上!最上階だ!」

「…んー、ども。有難う。でも君、嘘ついてるよね。あの子が居るのは…。まぁ、知る必要も無いか。」

「やめろ!殺すのはよせ!」

「割と今更だよ?何人殺したか知ってるでしょう?…『神様』からの直々の断罪、有難く受け取れ。」


最後の一発が、職員の額にめり込む。







「えーと、クラーレの解毒薬、解毒薬っと… 。これですか。後、注射器も…ありましたね。」

「おい、見つけたら射殺しろ!」


蓮花は大量の化学薬品が置いてある大きな棚を駆け上がる。


「全く…高校生も駒にしているのか…あの殺人鬼は…!」

「親の顔が見たいものですね。」


女の職員と男の職員が愚痴愚痴言いながら歩いて行く。


「上にも道があるんですか…なら見張りが来る可能性があります…って、来てるじゃ無いですか…!」

「見つけたぞ!殺せ!」

「『金華』!」


蓮花は精霊収集器、『金華』を呼び起こす。相手は30人ほど。こういう時、朧ならどうするか。神無月ならどうするか。

「…考えろ…!考えろ!殺さずに逃げ切れる方法…!」


蓮花の真上にダクトが見える。『金華』は美しい蒼い鳥になり、蓮花の肩に乗っている。撃たれているのを何とか『金華』が青白い結界のような物を張り、抑えているが、もし、此処で結界を切ってしまえば、死ぬ事は確かだ。ふと、神無月の言葉が脳内を回る。


゛刀は弾丸を斬れるからな。蓮花の刀なら幾らでも斬れるだろう。”


「…もうこうなったら一か八か!やってやりましょうとも!」


蓮花は『金華』を刀に変えると、ざくりざくりと弾丸を斬っていく。一番間合いが近くなった時に、蓮花は麻酔銃に変えてばしばしと倒していく。


「3人…!」


そして撃っている職員の足元から切り崩すと、ばたばたと職員が下に落ちて行く。


「6人目…!」


射撃が少し収まると、ダクトの管や電線を登って入口を目指す。刀を持っていた蓮花は言った。


「…何で最初からこの方法を思い付かなかったんでしょう…。『金華』、ここに居る全員を蹴散らせ!攻撃を止ませる程度で構いません!」


『金華』は1度旋回すると、一気に下へ降りる。蓮花は一瞬の隙を見計らってダクトの梯子に手をかけて登った。滑り込んだ途端にまた攻撃が再開する。


「『金華』!」


美しい鳴き声と共に『金華』が現れる。

「薬と注射器は…大丈夫ですね。行かなくちゃ。」


蓮花は何処や何処など分からないままに無我夢中で足を進める。そして滑る。

「う、うわぁぁぁ!」


何とか掴んだ場所の下は、下水だった。

「ど、どうしましょう…。でも…下水って事は、地下って事ですよね。もう直ぐですね…!」


蓮花の何とか掴んでいる丸い入口の向かい側に、もう一つ入口がある。どう見ても届く距離では無い。

「行かないと…!お願い…届いて!」


それでも蓮花は手を伸ばす。その瞬間、蓮花は丸い入口に居た。

「『言った事が本当になる能力』…!よし、行きましょう。」


出口は直ぐに見つかり、ガタガタとダクトの蓋をこじ開ける。


「神無月さん!」

「…れ…んか…?」


ゆっくりと目を開いて、神無月は蓮花を見た。


「解毒薬を持ってきました!早く、これを!」

「…貸せ。」


蓮花は神無月の言われるままに解毒薬と注射器を渡す。手馴れた手付きで神無月は注射器を使った。


「…慣れてるんですね。」

「仕事柄、な。」


ゆっくりと神無月は立ち上がろうとする。蓮花が言った。


「だ、駄目ですよ!いきなり立ち上がったりしちゃ!まだ完璧に解毒は出来ていないんですから!」

「蓮花…朧から渡されたメモを見ろ。」

「メモ…ですか。」


蓮花は白い紙切れを出すと、驚いて言った。


「え…書いてる事が変わってる…何々…『神無月を連れて制御室まで来い』…なんと無茶苦茶な…!」

「…あの阿呆は仕方が無いな。行くぞ。」

「最上階、ですよね。」


蓮花と神無月は朧が収容されていた薄暗い地下を歩いて行く。


「確か…此処の建物は8階建てだったか。」

「ええ。…本当に大丈夫ですか?神無月さん。」


神無月は言った。


「大丈夫だ。情けない…。」

「気にしないで下さい。怪我でしょう?誰でもある事ですって。」


微笑む。それを見て蓮花も笑った。もう一度メモを出して、蓮花はそれを見る。


「…何ですかこれ。律儀に地図まで書いてあるじゃいですか。どれどれ…『地下の道を真っ直ぐ行くと制御室だよ♡』って…ハート要ります?」

「気にする必要は無い。行くぞ。彼奴はああいうやつだ。」

「そうですね。」


壊れた扉を潜っていくと、奥にいかにもな扉がある。蓮花が扉を触って言った。


「これ、セキュリティかかってますよね。カードキーとか要りますよね。あ。神無月さん、後ろ下がっていて貰って良いですか。」


神無月は何も言わず下がる。蓮花は『金華』を大型の銃に変えると、無心で撃ち込んでいく。扉ががたんと倒れて、精密機械が現れる。


「見事な物だな。」

「有難う御座います。」


蓮花と神無月がモニターを除くと、一番真ん中のモニターに朧と大きな白い扉が映っている。


「朧さんだ。」

『あ、着いたようだね。一番右端の大きい青いボタンを押して。そうすれば此処が開くから。最上階で待ってる。』


蓮花は容赦無くそのボタンを押すと、がちゃんと扉が開く音が聞こえる。神無月が言った。


「近くにエレベーターがある。それで上がるぞ。」

「…見張りとかが居るのでは…?」


神無月が歩きながら言う。


「…最早、この施設は『保安院』として機能していない。朧を殺す為の施設、死刑場だ。恐らく見張りは8階に集まっているだろうな。」

「何ですかその中二臭さは…。」

「知らん。壁に書いてあった。」

「…黒歴史ですね、それ。」


ぼんやりと神無月は言う。

「いや、そうでも無いだろう。恐らく死んでいるからな。残しただけで良かったじゃないか。」


ピンポーンと神無月がボタンを押したエレベーター降りてくる。


「8階、8階…。」


神無月はちらりと硝子張りのエレベーターを見て各フロアが血塗れになっているのを見る。

「彼奴…一階一階殺って行ったのか…。」


しかし蓮花は硝子に魅入っている。

「…蓮花、何も見えないのか?」


きょとんとして蓮花は返した。


「何も見えませんけど…。」

「まぁ、見えない事はいい事だがな。」


神無月にはばらばらの血肉が散乱している様に見えた。ぴんぽーん、とエレベーターの音がする。


「神無月さん、着きました。」


蓮花を抑えて神無月が先に外に出る。目の前には死屍累々。


「屍だらけだな…。」

「…あの?」


蓮花が足を踏み出そうとした瞬間、神無月は蓮花を脇に抱える。

「え?へ?はい?」


神無月が歩き始める。そしてぼそりと呟いた。


「…見えない事は、無い事と同意義ではないという事だな。走るぞ。」

「え、はい!」


神無月が蓮花を負ぶさり一気に駆ける。そしてあの巨大な白い扉の前に居た。


「この先もなかなか酷いな…。」


そして脇道が見える。恐らくはこの先の部屋の制御室だろう。死体が全く見えない。神無月は蓮花を下ろして言った。

「この先の道を真っ直ぐ行くぞ。」


蓮花は細長い階段をかんかんと登ると、一つの扉の先に部屋があった。床だけが白いタイルで覆われており、その他は硝子張りだ。

「これって…?」


蓮花が硝子の先を覗くと、其処には朧が居た。シミ一つない巨大な部屋に、朧と、あのナース服もどきを着た職員と、大きな鳥籠の中に眠っている黎明が居る。

「あ〜!蓮花ちゃんやっと来てくれた!見ててね!」


すると、職員が声を上げた。

「一応、紹介しておくかぁ〜…僕の名前は、クルメリア・アッシェン=ナルサリチェ・クロベルロート・アザレミリーアーナだよ!女!クルメリアってよんでね〜!」


蓮花が口をぽかりと開けながらそれを見る。


「え…あ、はい。」

「割りとまともな反応だな。」

「…名前、長いなと。」

「そっちか。」


ふと、神無月が言った。

「…クルメリアよりも、灰被りのクルメリアの方がいいんじゃないか。」


朧が口を挟んだ。

「おっ!流石神無月!其処に気付いたんだね。」


蓮花も言う。


「アッシェンって…アッシェンプッテルの事ですか。なかなかアレな名前を付けますね。」

「えっ!?なにそれー!?おしえてー?」

「……当の本人は分からないんですね。まぁ、私も先日の授業で先生が言ってただけの話ですけどね…。」


クルメリアが声を上げる。


「おしえてよぉ〜!気になるじゃん〜。」

「調べて下さい。多分言ったら調子に乗ると思うので。」

「容赦無いな、蓮花。」


蓮花が小声で言った。


「…アッシェンプッテルがシンデレラなんて、口が裂けても言えないですよ。」


何もわからないという顔で、クルメリアはぼんやりとしている。

「まぁ、いいや!さて!ぼくがどーしてこの人にしょーぶをいどんだかとゆーと!」


蓮花が目を伏せて言った。


「え?朧さんに故郷滅ぼされたとか云々じゃないんですか。or家族殺されちゃった系。」

「俺は家族が殺された派に一票。」

「えぇ…?此処は両方でしょう…。」

「其処!何呑気な話してるの!」

「そだよ〜!両方だよー!」

「やった!」

「凄いな…。」

「感心してる場合じゃない!」


朧がいじらしく騒ぐ。クルメリアがゆっくりと目を開いた。


「目…真っ白ですね。もしかして…。」

「失明しているのか。」

「恐らくそうでしょうね。」


クルメリアが俯いて言った。


「そうだよ。僕は、失明した。それでね、髪の毛も白髪!理由はね、ショックだよ。目の前で、僕を庇って死んだお父様とお母様の残像が今でも忘れられない!ぼくが最後に見たのは、僕を庇って死んだお父様達と、タダタダ嗤うお前だけだ!何で殺した!返せ!父と母を返せぇぇっ!」

「死んだ人は戻らないよ?何言ってるの。」


朧は淡々と言った。クルメリアは激昂して続ける。


「お前はっ!全部持ってるからだ!力も!家族も!だからそんな事が言えるんだ!ぼくが!どれだけ苦労した事か!」


その様子を見ていた蓮花と神無月の背後に、数人の職員が現れる。蓮花は言った。


「…話は後ですね。」

「了解した。」


制御室で乱闘が始まると、朧は俯いて言った。


「…分かるよ。君の気持ちは、家族を失われた気持ちは分かる。」

「なら…!どうして!」


朧は一気に顔を上げて嗤って上ずった声で言った。


「なぁんて言うと思ったのかい!?バッカだねぇ!糞莫迦だ!私がお前の虫けらと同然の気持ちなんざ、分かるわけないだろう!?崇高なる『神』の私が!お前の家族なんてどうでも良い!自分さえ良ければ良いに決まっているだろう!?」


朧の瞳の奥に、何かがどろどろと流れる。クルメリアが呆然として言った。


「…お…お前は……自分…の為、だけに?…人、を殺し……たと?」


にこやかに朧は言った。

「そうだよ!…じゃあ君。聞くけど、もし、今ここで、私を殺す事が出来、それで家族が蘇るなら?それで何かが救われるなら?」


心の底から嗤って朧が言う。


「……もし、それで、哀れんで哀れんでいる、『可哀想な可哀想な家族よりも大切な自分』が助かるとしたら…?」

「あ……あ…あ。」


そのまま朧は続ける。


「君はね、『家族の仇討ち』を盾にして、『可哀想な自分』を演じているに過ぎないんだよ、莫迦な事だねぇ…死んだ両親なぞ、割り切れば良いのに。」


朧は一瞬遠くを見ると、クルメリアに笑いかけた。


「さぞ気持ち良かったでしょう?周りに心配される気持ちは?」

「違う!ぼくは!ぼくは!お前を殺す為に!みんなの仇を討つために!」


朧はきょとんとして問うた。


「それで?仇を討ってどうするの?……結局君がしてる事ってさぁ、私としている事と何ら変わりは無いよね。」


クルメリアが悪魔の甘言を振りほどく様に言った。


「違う!ぼくはみんなの為にお前を殺す!未来のあった子供たち!優しくしてくれたおじさんおばさん!そして、父様母様!みんなの、みんなの為に……!そして、ぼくのために!」


まるで言い切った顔をしているクルメリアに、朧が吐き捨てる様に言った。


「じゃ、私がした事も許せるよね。『私も、みんなの為に君を殺そうか』?それは正義なんだろ?ムショの君が言ってるんだ、正しい事なんだろ?じゃあ、私も同じ事をしてもいいんだよね?」


朧が隠し持っている短剣を抜き出し、一気にクルメリアに襲いかかる。瞬時に首に短剣を突き刺そうとすると、クルメリアはぐるりと回って槍を抜き出だした。仇と偽善が混じり合う。








同刻、職員と乱闘している蓮花と神無月が居た。


「キリがないな…!」

「…おかしいですよね。先程から…っ!沢山の職員を、倒しているのに人の数が変わらない…なんてっ!」


ざくざくと蓮花が峰打ちしながら言った。神無月が目の前で職員の首をはねる。血は飛ばず、飛ぶのは蓮花の叫び。


「か、神無月さん!?」


途端、ぐちゃっ、という水音が神無月の耳には届いた。ゆっくりと足元に目線を合わせると、火であぶられた人形の様な人間の頭が、でろでろと肌色を広げて溶けていく。そして水に還元して逝った。


「…神無月さん?」


攻撃が止んだところで蓮花が恐る恐る尋ねた。

「いいか、蓮花。この職員はクローンだ。意識を失うか、死ぬと水に還元する。だから…。」


次々現れる職員を見て言った。


「…お前は朧を止めろ。彼奴を止められるのはお前しかおらん。」

「は…?無理ですよ!彼処まで崩壊してるのに!」


蓮花は目をやる。其処には左目を緋く光らせ、そして、右目には『ラプラスの魔物』を発動させている朧が居た。


「…崩壊しているから届くのだろう。行け。」


蓮花は承諾すると、『金華』を巨大拳銃に変えて撃つ。粉々に硝子は砕け散り、水鞠の様に跳ねた。蓮花は素早く受け身をとると、朧の傍に駆け寄った。








「もう、終わりかい?こんなにクサイ台詞吐きたくなかったんだけどなぁ…。」


朧はぼんやりと倒れているクルメリアを見る。時折見る、あの夢。否、こんな時に限って見るべきでは無いのだが。


"助 け て !"


"ど う し て 殺 す の ?"


"怨 み な ん て 、無 い で し ょ う ! ?"


嗚呼、何と五月蝿い事だろうか。所詮は虫けらの命。相手を殺せば自分が生きれる事ぐらい分かるだろう?何処まで愚図なのだろうか、莫迦なのだろうか。そして、そして、最後にあの夢を見るのだ。頭からこべりついて剥がれない、あの最悪最恐の夢。


"お 前 が 黎 明 を 守 る ん だ よ ? "


五月蝿い五月蝿い五月蝿い!ならどうして私達を見捨てた!?お前は、父上は、どうして?どうして?


「五月蝿い、五月蝿いなぁ…ゴミ屑が…存在すら危うい愚図どもが、どうして私に恨みなぞ持つ?生かしてくれるのを有難く思え…!この下等生物共が!」


私は、どうすれば良かった?どうすれば黎明を守れた?私を守れた?


「何をすれば良かったんだ…!私は、何を…?どうすれば良かった!?」


涙声で朧は髪の毛を掴む。ぶちぶちと髪の毛が抜け、蓮花は先程からの朧の鬼迫で足を1歩も動かせない。


「何を…?どうすれば…?私は…僕は、僕は、一体どうすれば良かったんだっ!何をすれば助かった!?何をすれば良かった!これが、これが、アンタらの望んだ未来か!運命か!そんな偽善ばっかりで、人が助かるなんて思うなよ!このクソ野郎が!死んでしまえ!」


僕は。僕は。


「僕なんていなくても良い…!みんな…みんな…死んでしまえ…!死ねよ…!何故!何故!僕だけがこんな思いをしなくちゃいけないんだよ!どうして!人殺しをずっとして、自分を偽り通さなくちゃなんないんだ!何を間違えた!?僕は、僕は!」




どうして神様なんかになったんだ!



「はー……はー……あ、はははっ、何だよ、怖いのか?仇討ちするんじゃないの。殺すんじゃないの。殺せよ。僕は、もう、無理だ。」


朧の指は、先程から噛んでいるために血塗れだ。ポタポタと血が滴り落ちている。


「…そうだ…!僕は、神様だ。そうだろ?なぁ…そうだって言ってくれよ。これも夢か?夢にしてしまおうか。朝起きたら、父上と母上と、黎明が居るんだ。みんなが居て、話すんだよ。そうだよね?そうだって言っておくれよ…。」


朧は顔を上げてぼんやりとして言った。


「可笑しいよ…何でなの…?凄い事をすれば、褒めてくれるんじゃないの?僕は…神様だ…だから、凄い事じゃないの?違うの?どんな宗教の教典にも書いてあるじゃないか。神様は凄いって。だから、凄いんだよね?僕は、凄いんだよね?『神様は人殺しなんてしません。聖なるものです。』って、綺麗事みたいに書いてあるもんねぇ!?」


もういい、と朧は続ける。

「もういい、もういいんだ。全部、全部、終わらせてしまおう。この世の恨みと共に、全部終わらせてしまおう。そうだよ、それが一番いい!世界を、壊すんだ。」


朧はぶつぶつとうわ言を言っている。もはや自分が誰で、何をしようとしているのかも分別がつかないらしい。蓮花は走る。


「朧さん!」


振り向いた朧は、目に感情という感情が灯っていなかった。何かに捕えられて、動けぬまま。寝言の様に朧は言った。


「…れんか…ちゃん…だよね…?なまえ…あってる…?」

「朧さん…。」


朧は膝を付いたまま、手をぼんやりと見ている。そんな朧を見て、蓮花はいたたまれなくなったのか朧に抱き着いた。そして、そのまま話す。


「私には…朧さんの苦しみは分かりません。でも、私は…。」


蓮花が一拍置いて言った。

「…貴方の悩みを、聞くことが出来ます。貴方には、頼る事が出来る人が居ます。もし、それが出来なくても。朧さんの周りには頼れる人が居るという大切な事を、忘れないで下さいませんか。」


蓮花は更に続ける。


「私は……私達は……貴方が、どんな法に、どんな人に裁かれようとも、大好きですから。これはエゴです。正直、貴方人を殺したなんて事実はどうでもいいんです。被害者側の人には、申し訳ありませんが……。私は、私は、貴方の事が、世界で一番、大好きですから。」


それだけでも、と蓮花が続けようとした時だった。


「…有難う、蓮花ちゃん。」


朧はぎゅうっ、と蓮花を抱きしめる。

「…情けないけど……今だけは、顔を、見ないでくれるかな。」


蓮花は目を伏せて言った。

「…特別に肩を貸してあげますから、感謝して下さいね。存分に、どうぞ。」


朧は小さく有難う、と言った。

「…っ…ふ…うぅ…怖かった…寂しかったよ…あぁ…。」


朧が啜り泣きをしながら、蓮花は朧の背中を握る。


「ごめんね…怖かったんだ…君達が…っ…何時…いなくなるかって…うぅ…れ、めいも、れん、かちゃんも、…あぁ…神無月も…皆…何時か…う…捨てて…しまうのではって…うぅぅ…!」


何時の間にか降りてきていた神無月が、朧の頭を撫でる。

「…捨てるわけないだろう。隣町だぞ?」


朧は顔をあげて言った。

「ぐすっ…そうだね。」


神無月が呆れて朧を見下ろす。

「全く…!貴様は阿呆か。黎明は家族だろう?そんな簡単に捨てるわけない。もうちょっと考えろ、阿呆め。」


それに、と蓮花が続ける。

「私も、絶対に見捨てませんから。」


にこりと蓮花が微笑んだ。

「あ、でも、お昼ご飯の時間に『黎明がご飯作ってないからご飯作って』って言って窓に張り付いてたりでも『また』したらどうなるかは分かりませんけど〜?」


蓮花はその表情のまま朧に言った。朧はくすりと笑う。

「…これからは自炊がなるべく出来るようにするね。」


朧は立ち上がる。そのまま倒れているクルメリアを避けて、黎明が眠ったままに居る鳥籠を開けて担いだ。ただ、黎明の顔を少しだけ見ると朧は口を開いた。


「…神無月、先に古書堂に行っててくれないかな?」

「分かったが…どうした?」


神無月がきょとんとして朧に言った。彼が余り驚くなんて事はあまり無い。蓮花は目を見張った。


「良いから。先に行ってて。」


朧達は保安院の前で、神無月は黎明をおぶさって行くのを見て、蓮花に言った。


「君は、元の世界に戻った方が良い。」

「それって…!バイトを辞めろって事ですか!」


朧が毛先を弄りながら言った。


「…君は…今物凄く間の存在だ。魔法使いや異形の生き物が住む世界と、人間の世界を跨いでいる存在。故に、そういう者は狙われやすい。だから…。」

「辞めろ、と?」


朧は無言でこくりと頷いた。


「君の答えは?」


蓮花は少し俯いた後、直ぐに言った。


「…私の…答えは…。」


顔を思いっきりあげて、朧に言う。


「…朧さん、指の怪我が酷いですよ。早く古書堂に戻りましょう?」


「…そうか。…良いよ!帰ろう!」


そして朧は手を広げて言った。


「ようこそ、魔法使いの世界へ!」








「今日も疲れたねぇ、蓮花!」

「えぇ…。」

「あ、じゃあ此処で。」

「さようなら。」


蓮花は昨日あったことを淡々と思い出していた。

「魔法使いの世界、か。」


すると路地裏から出てくる人影が見える。その人影は蓮花の前に止まると、蓮花は驚愕を隠せない。

「貴女は……!クルメリア…!」


しかし、あのしつこい声は帰ってこず、来たのは凛々しい声だった。

「あら、覚えていてくれたのかしら?有難いことだわ。」


蓮花はクルメリアを見て言った。


「…また何かしようと…!」

「そんな訳ないでしょう。面倒臭いじゃない。」


蓮花は少しだけ警戒を緩めると、クルメリアに尋ねる。


「…何用ですか。」

「歓迎されてないみたいね。安心なさい。この先あたしが貴女を襲う事なんてないわ。数ヶ月はね。」


蓮花は訝しげに眉を顰める。

「どういう事です?」


クルメリアはまだわからないの?と言うように手をひらひらさせて言った。


「…あのカミサマ、律儀な事に右脚を脱臼と、複雑骨折させて帰ったのよ。」

「え…じゃ、体の方は、大丈夫なんですか。」

「大丈夫じゃないわよ。…まぁ、人間だと死の境に居るぐらいでしょうけど、私は人間では無いから。」


ああ、そうね、とクルメリアが続ける。

「…要件は特に無いわ。ただ、伝えたいのは…弁明のつもりでは無いけれど、あたしはあのカミサマに故郷なんて滅ぼされてなんてないわ。寧ろ保安院の方。」


クルメリアは続ける。


「だって、無理でしょう?関係無い人をどうしてあたしが殺さなくちゃいけない訳?ましてや大量殺人鬼。どうでもいいわ。私は保安院を倒したいだけ。」

「どうして…保安院を?」


クルメリアが半ば蓮花を嗤いながら言った。


「ホントバカね。保安院は政府の権限を欲している。そして、その為なら殺人も厭わない。…結局、今回の件は、差別と偏見のせいで起こったのよ。貴女達を守る為にね。」


誰が誰を守るなんて、言われなくても蓮花には分かっていた。

「彼処まで行くと最早狂気の沙汰ね。怖いわよ。」


けれど、とクルメリアは続ける。


「…それで良いのかもしれないわね。いえ、そうでなくちゃいけないわ。相手の生命を、自分に置き換えて守る。…『守る』なんて軽々しく口にしちゃダメね。だって、預かっているのですもの。人の大切なものを。」


そう言えば、と蓮花が続ける。


「…もし、差し障りが無ければ保安院の事、教えて下さいませんか。そして、貴女の事を。」

「…良いわよ。保安院はね、悪魔や妖怪などを統括しているのはご存知?」

「はい。何だか色々聞きました。」

「なら話は早いわね。保安院は元々各地に点々としてあった。その頃の保安院は、良かったのよ。だけれど、勢力が拡大するにつれ、『もしかしたら世界征服出来るかもしれない』なんて訳の分からない事を考え始めたの。」


ふぅ、と息をついて続ける。


「……10年前、全てが狂ったわ。あたしは、ここより遥かに遠いグリチア……大グリチアラリマス王国の、王女に過ぎなかったの。」

「充分凄いと思いますけど…。」


呆れてクルメリアは言った。

「窮屈よ。そんなの。そして、戦争が始まった。面倒臭いから詳細は省くけれど、私と母と数人の召使いは難を逃れて山に逃げたわ。父の遺体は今も見つかっていないの。」


思い出してクルメリアは続ける。


「山の暮らしは辛かったわ。何せ家事ぐらいしか出来ない召使いしか居ない上、あたし達は何にも出来ないのだもの。……そして、そんな時に保安院はやって来た。」


俯いてクルメリアは続ける。


「…あいつ等、あたし達を勝手に雇ったのよ。母の分まで死ぬ気で働いたわ。何せ働かなくては、当時のグラチアの遠方の敵国に情報を売るなんて言い出したの。そして、不当な給金と休暇。あたし、あの時の事は絶対に忘れない。あの時、殺してやると決意したわ。」


そして、とクルメリアは話をする。


「今に至るわけ。上層部は恐がっているようね。今更遅いわ。絶対に、ぶっ潰す。……もう、これもいいわね。」


クルメリアはウィッグを取り、カラーコンタクトも取る。其処には、1人の王女が立っていた。髪は白髪だが、少しブロンドがかっていて、腰までの長さがある。目には翠玉の宝石が爛々と光っていて、今ある運命を睨みつけているような気がした。


蓮花が会った、あのおバカキャラのクルメリアはもう居ないのだ。ただただ、己の恨みを、己の誇りを取り戻し、晴らす為の、気高き王女が其処に居た。


「この姿で仕事はするつもりよ。暫くは無理だけれどね。…御手洗蓮花、気を付けなさい。貴女も保安院の調査ファイルの中に入ってる。単独でね。今は動きは分からないけれど…それでも気を付けて。」


蓮花が最後にクルメリアに尋ねた。

「あの…つかぬ事をお伺いしますが、あのバカキャラは…?」


クルメリアは振り向きざまにくすりと笑った。

「馬鹿の方が使い易いって学校で教えて貰わなかったのかしら?」









朧はぐにゃりと歪む空間で目が覚めた。母親の呼ぶ声が聞こえる。


「…またか。」


まさか自分の想像していたことが現実になるとは思いたくない。朧は重い体を引き摺って部屋に出る。廊下の窓から見えたのは、10年前のあの日から変わらぬ光景。


言われるがままにリビングに降りた。所々、再現出来て居ないところに黒いタイルが覆っている。皿が置いてあるが、それも黒いタイルが覆っている。


「私は……出された料理すら、もう覚えていないのか…。」


朧はゆっくりと手を翳すと、全てが消えた。真っ黒な空間に残るのは新聞を読んでいた父親だけ。


「…へぇ、僕の事はちゃんと覚えてたんだ。誉めて遣わそう。」

「相変わらず上から目線だね、父上。」


父親はくすりと笑う。


「それに?僕の悪口も散々に言ってくれたからね。お灸を据えてあげよう。」

「要らない。」


朧がバッサリと斬る。


「はぁ……全くの莫迦だな、お前は。まぁ良い。帰れ。元の世界に。」

「元からそうするつもりだよ。」

「…あと黎明の記憶消しすぎ。そんなに見せたくないものか?」

「父上には言われたくないね。母上の記憶割と消してたし。」

「…最愛の人にはやっぱり、見せたくないじゃないか。」


淡々とした会話が続く。そして父親は続ける。


「お前は…本当に、蓬莱と僕が居なくちゃなんにも出来ないからな。」

「何時からお師匠様が加わったのさ。」

「大丈夫、安心して。お前は父親と母親めっちゃ疎く思ってるけど実は家族大好きのツンデレキャラってお父さん知ってるから。」

「てめぇ…。」


朧が赤面しながら父親を睨む。


「こら、てめぇとか言っちゃダメだよ。内心は『くそっ!バレた!』とか思ってるもんね。バレてるよ。だから『お父さん大好き』って叫ばない?」

「叫ばねぇよ!」


朧がげんなりして言った。そして父親は朧の頭に手を置く。


「…良いか、お前は聡明だ。だから泣くなんてしないだろ?するんだったら女の子の胸にしろ。」

「また余計な事を…。」

「喜んでるくっせにぃー!」

「否定はしてない。」


真顔で朧は言う。父親も真顔で返した。


「お前のそういう所、お父さん大好きだよ。……話が脱線した。えっと、ほら、とりまお前は聡明だから頑張れ。」


朧が呆れて言った。


「『とりま』って…父上は一体何処から知ったの…?しかもむっちゃ適当じゃねぇか…。」


父親はにこやかに笑う。


「凄いよね!とりまって『取り敢えず、まぁ』の略なんだって!まぁなんて要るか?」

「…父上も知らない事があるんだね。」


父親は思いっ切り朧を嗤う。其の嗤い方は朧とそっくりで。瞳の奥には心底愉しそうにして、かつ憎しみを混ぜた色合いだった。


「はぁ?お前何言ってんの。この僕が知らない事は無いよ。…だって、知らないふりしないと人間っぽくないだろ?莫迦なのかい?」


朧は自分の失言に気付いた。この父親、朧月夜おぼろづきよ 滄助そうすけは、人から莫迦にされるのを死ぬほど嫌がり、何か知らない事でもあれば、偶にその知らない事自体の存在を消してしまう程に己の 知識外を嫌う人間だ。


そしてこの後は、父親の機嫌が異常に悪くなる。昔1度莫迦にした時に、朧は世紀末を感じたのだ。朧は心の中で、もしかしたら全世界から『とりま』という言葉の存在が消されるかもしれないと危惧した。だが、その予想は大きく覆る事となる。


「…まぁ、良い。今日は許して上げる。」


父親は、朧と見た目はなかなかにそっくりだが、ここまでくると性格の悪さが深刻になってくる。朧は何時か、蓬莱がお前の方が性格が格段に良い、と言われたのを思い出した。朧は心の中で、この人が本当の、朧月夜の祖、真理ちゃんりを凌ぐ天才で、恐ろしい人間だと思った。


良くもまぁ、こんな性根の悪い奴から生まれてなかなかに生きてこれたものだ。母親の温和な性格のお陰かもしれない。だが、父親の目は少し怒りの色が見える。


「何か色々考えてるね。……まぁ、見ないだけ感謝して。」

「……どうも。」

「というか、お前と僕って見た目が似てるよね。本当に。」


直ぐに目の色が暖かい子供を見る目に変わる。これがまた怖い。何が怖いかと言うと。


「…父上の心って、読めないよね。」

「なんたって、強いもの!」


子供の様にはしゃぐ父親をぼんやりと見詰める。朧が幼い頃は余り感じなかったが、恐ろしく怖い。心読術、心を読む術のありとあらゆる方法を試しても、何も見えない。心の断片も、感情の起伏も。『無い』のでは無く、『見えない』のだ。


要は、何を考えているか全くわからない。その上この性格で、恐ろしい思考の持ち主だ。直ぐに懐かしそうにこちらを向くと、朧の頭を撫でると、久々に朧は恐怖を感じた。


「…!」

「そんな縮こまらなくて良いのに。犬みたいで可愛いけど。まぁ、聞いておくれよ。」


こういう時は、何も考えぬ方が良い。朧は父親を見た。


「…さっきも言ったけど、お前は聡明だ。だから、僕達はお前の事を…。」


ざわざわと何かが流れる。朧は掠れた声で言った。


「…滄溟と名付けた。そうで……戻って来れたか…。」


だらだらと滝の様に汗が流れていく。心臓は早鐘を打ち、動悸が早くなっているのが分かる。

「……死ぬかと思った。」


朧は目を見開いて己の安心を確認する。


「黎明と一緒じゃなくて良かったけど…あの人は、本当に怖い。」


途端、からんからんとドアが開く。蓮花が目を見開く。


「朧さん…!?そんなに汗かいてどうしたんですか!」

「こ、怖い夢見た…。」


朧は反射的に言った。そして続ける。

「とりま、シャワー浴びてくるよ。」


蓮花が不思議そうに聞いた。

「…朧さん。『とりま』、って何ですか?」


その瞬間、誰かが愉快そうに笑った声が聞こえた気がした。

暑くなりましたね。皆様お元気でしょうか。直ぐに5話も投稿いたしますので、読んで下さると嬉しく存じます。

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