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ラプラスの魔物 第二魔物 3

第2シーズンですが、何も知らなくても読めます。感想などをお待ちしてますよ♪

「でね!その子は死んじゃってたの!」

「そんな事があるんですか…?」


蓮花と、蓮花の親友苺飴朱めいしゅは初夏のエレクトローネを歩いていた。苺飴朱は、薄い苺の様な長い髪を腰まで伸ばした少女だ。


「うんうん!有るんだよ!突然死しちゃったらしくて!虐めとかも無かったし、服毒自殺も考えられたんだけど、体内からは何も検出され無かったみたいだよ!病気もしてなかったし。外傷も無かったんだって!」


それにね、と苺飴朱は続ける。


「このエレクトローネには昔からそういう怪事件がいっぱいあったんだって!中には明らかに殺人事件として処理された物もあったんだけど、犯人はまだ捕まってないの!怖いよね。近くの事件なんだよ。物凄く怖いね。」


蓮花は半信半疑で苺飴朱を見る。一方で苺飴朱はにこにことして、目の前の謎に夢中だ。


「まぁ…死ぬには何かしらの理由がある訳ですよね。何時かは犯人が捕まるんじゃないんですか。」


苺飴朱が叫ぶ。


「そういう事を言うから蓮花はモテないんだよ!此処は素直に怖いっ!って言っとかなくちゃ!」

「もう何でもいいですよ。謎が解けると良いですね。あ、じゃあ私は此処で。」

「じゃあね、蓮花!」

「さようなら、苺飴朱さん。」


蓮花は十字路で苺飴朱と別れると、『朧古書堂』を目指す。そして蓮花は呟いた。


「理由、ですか。」


ガチャりと扉を開けて蓮花は言った。


「朧さん、来ましたよ…って、本読んでるんですね。」


蓮花は、何時もの時間に『朧古書堂』に来ていた。埃の臭いと暗闇。奥のカウンターには朧はいつに無く真剣な顔つきで、紫色の本を読んでいる。そして顔を上げると、蓮花を見た。


「…あぁ、来てたの。」

「朧さん本を読み出すと集中力凄いですもんね。」

「…………まぁね…これ…仕事…だ…から。」


朧はまた本へ視線を戻すと、ページをざらざら捲る。そしてぱたん、と閉じた。蓮花が荷物を置いて問う。


「この古書堂、人来ませんよね?何の為にあるんですか?」


朧は本を閉じて肘を付いて答えた。


「『リィーブルトラベラー』の為の店だよ、此処は。…まぁ『リィーブルトラベラー』なんて今どき少なくなったけど、まだ需要が有るからねぇ…辞めるに辞められんのだよな…。…でもね、『リィーブルトラベラー』よりも、『世逃げ』の方が、最近多い気がするけど…。」


蓮花がきょとんとして問う。


「『リィーブルトラベラー』って何です?あと夜逃げってあの夜逃げですか?」


朧はくすくす笑う。


「うふふ…その夜逃げじゃないよ。世界の世に、逃げると書いて『世逃げ』。…死にたくても死ぬのが怖い。だから違う世界へ『世逃げ』する。又は新しく人生をやり直したい!って言う人が偶に来るんだよねぇ…そういう人ほど、まだやり直しが可能なのにね。」


そして朧は続ける。


「『リィーブルトラベラー』というのは、本の旅人さん。色々な本の世界を渡り歩いている人さ。…まぁそんなのは幾らでも居るけど、私が取り扱っているのは、魔法使いの『リィーブルトラベラー』。本は世界。世界を行き来する魔法使い。わかる?」


朧が蓮花に言った。蓮花はきょとんとしている。朧が言った。


「…もう、この話をしてもいいか。……この古書堂は、全ての世界だ。本の一冊一冊が世界を形作り、それの終着点がこの古書堂。そうだなぁ、わかりやすく言うと…この古書堂全体は宇宙だ。そして、本は星の様なもの。まぁ、見た方が早いね。」


朧は蓮花に読みかけの1冊を渡すと、蓮花は本を開いた。そして瞬時に閉じる。


「…へ?」


朧はその様子をさも可笑しそうに見る。

「そのまま見て。面白いでしょう?」


蓮花はゆっくり本を恐る恐る開けると、目の前に情景が踊る。笑ったり、泣いたり、怒ったり、仲直りしたり、買い物に行ったり、などの情景が早送りの様に再生される。蓮花は本を閉じて朧に返した。


「…これが、世界?」

「そうだよ。世界は本だ。本は世界。それ以上それ以下もなく、可もなく不可もなく、プラマイゼロで世界は進む。真ん中なんて無いとか言うけど、私からして見れば世界は普通の状態で進む。全て真ん中の割合で、変動する事は無い。……私が手を加えぬ限りはね。」


朧は本を取って立ち上がると、背後に有ったダイヤルを黒に変えて扉を開いた。

「蓮花ちゃん、おいで。」


蓮花は恐る恐る、カウンターの脇から入ると、その扉の中へ入る。


「これは!」

「凄いでしょう?これがこの古書堂の蔵書だ。そして全ての『せかい』の数。」


一つだけの明かりは不思議に食物倉庫の様な棚をすべて照らし、部屋の真ん中には机。そしてその上には白い羽ペンが置いてあった。周りには三方向が本棚で埋まっている。朧は紫色の本を仕舞うと、同じ紫色の本を出した。それを蓮花に差し出す。が。


「…な、何ですか、それ。触りたく、無いです。それ、本ですか?本当に?」


朧は目を細めて笑う。その中には蓮花の反応を楽しむ光と、ほんの一交じりの闇が孕んでいた。朧が言った。


「見れば分かるでしょう?…これは、本だよ?」


蓮花が怯えきった顔で言った。


「その、明らかに朧さんを怨んでいる本が……タダの本だと言うんですか?…朧さんを覆っている、『黒いモヤ』の様な物が?」


朧の肩あたりまで、『黒いモヤ』は、何故か肩までしか動かない。恐らくは『ラプラスの魔物』の影響だろう。朧は表情を固定したまま、蓮花に本を差し出している。しかし朧は少し表情を崩して言った。


「蓮花ちゃんには…何か見えるんだね。やっぱり恨んで怨んで憾んでいるんだな…。神無月邸のあの一件も此奴が原因だね。」


神無月邸ーー神無月という払い屋青年の家で、少し怪異が発生した。結局何が原因か不明だったが、そのまま家に帰った事を蓮花は思い巡らしていた。


「恨んでって…朧さん、恨まれる事をしたんですか?」

「この子が『本の虫』になりたいと願っての事だよ?全く、人間の願いなど奇々怪々だ。それで恨まれるこちらの思いも考えて欲しいのだけど。」


蓮花が恐る恐る問う。


「…何ですか、何があったんですか?」


朧は本を直しかけた手を止めて、蓮花を見る。


「…知りたい?」


それは酷く甘さを含んだ声だった。朧は蓮花の手に本を開かせると、朧は1行目の文をなぞる。少しずつ、蓮花の視界が本の景色へと剥がれ落ちた。朧は指を手に当てて目を閉じて蓮花に言った。


「それの闇を晴らしてほしい。君にしか出来ない仕事だ。宜しく頼んだよ。」


蓮花が最後に見たのは、朧の深淵の闇を孕んだ目だった。朧は蓮花が触っていた本を拾うと、机の上に乗せる。


「さて、彼女は何を思うのかな。…全く面倒な仕事を私は作ったものだ。」


その声はひんやりと、しかし紙の匂いがする倉庫へと広がった。







「はぁ…朧さんに会ってからこんな事ばっかですね…まぁ、嫌じゃ無いですけど。楽しいですから。」


蓮花は何時ぞやのエレクトローネの『朧古書堂』の前に居た。蓮花はふと、でエレクトローネが古い『ルーン語』で『光』という意味を思い出した。


「まぁ、どうでも良いですね。」


蓮花が暫く様子を伺っていると、黒髪の青年が現れた。年頃は蓮花と同じぐらい。背丈は蓮花の倍くらいあった。蓮花の事を視認していない様だ。少年は扉を開けると奥の店主へと話しかける。その扉の間へ蓮花はするりと入る。奥にはいつも通り朧が居た。少年が良く通る声で短く言った。


「助けて下さい。」


少年の声は悲壮だったが、目はまだ生きている。ならば。

「まだ、戻れるじゃないですか。」


蓮花がぼやく。店主は相変わらず足をカウンターに乗せてだらりとしている。店主は問うた。


「…この店の事は?」

「黒髪の方に。」

「あの野郎…。」


蓮花はため息を付いた。恐らく『黒髪の方』というのは、朧の師匠、蓬莱 蚩尤ほうらいしゆうの事だろう。朧は言った。


「まぁ、良いでしょう。それで、君はこの世界から逃げたいの?」


声色は変えたが目線は如何にも興味が無さげに少年に視線を朧は投げた。すると突然少年は叫んだ。


「そうだ!助けてくれっ!もう俺はムリなんだ!苛められていると話しても、親はマトモに取り合ってくれない!だから、」

「この世界の外へ逃げたいと?死ぬのが怖いから?」

「そうだ!」


少年が叫んだと同時に朧は指を回すと、金の粉が吹いて紫色の本を出した。


「紫色……!」


蓮花は少し声を上げるとその本を見つめる。朧はそれを取ると少年へ差し出す。


「良い?この本を5頁まで書くんだ。1頁目迄は書いてあるから、2頁から5頁まで頑張って書いて。」

「それで、出られるんですね?」

「勿論。」


朧は面白そうに笑うと、少年に差し出した。そして言った。


「そうそう、忘れてたよ。その本は午前午後問わず2時には書いちゃダメだよ。」


あとそれと、と朧は続ける。


「2時と言うか、その本は「2」と相性が悪い。2の付く日や時間は書くのをやめた方がいい。……絶対にチャンスを無駄にしちゃ駄目だ。」


少年は本を受け取ると、朧に礼を言って古書堂から出る。少年は嬉しそうに本を眺め、しかし朧は淡々と言った。だらりと腕を伸ばす。


「…フラグが立っちゃったね。まぁ、こんなルールをを守るというか、まぁそんな人間の方が可笑しいけど。……喜劇極まりないお話だ。」


その凍てついた声は、少年に届く事は無かった。







蓮花は唯ひたすら少年を見ていた。当たり障りも無く過ぎていく毎日。時間をきちんと守って、日にちも守る。友達とも話していた。全てが普通だ。虐められている訳でも無く。ここまで普通だと寧ろ怪しくなってくる。だが少年は普通の人間で、平凡に日々を過ぎていた。しかし、少年は体が弱いらしく朝昼晩と薬を飲んでいた。


「別に変な所はありませんね…。恨む理由は一体何なんでしょう…。」


ある時少年は、古書堂へ行った。朧は其処で、本を書きすぎて「本の虫」にはなるなと言った。それだけだ。少年はそれを充分忠告を受けて、家へ帰ったのを蓮花は見た。


少年の部屋はこじんまりとしていて、白を基調とした部屋だ。道路側に窓が付いており、傍に机がある。荷物をその当たりへぶちかますと、少年は机に直行した。薬が机の上にあった。少年が薬の瓶へと手を伸ばした須臾しゅゆだった。


「だーめ。チャンスは無駄にしちゃ駄目って言ったでしょ?学生さん……と言った方が良いのかな。まぁ、学生さんは学生さんか。」


朧はその窓の淵にのんびりと座っている。少年は朧の手に掴まれた『薬の瓶』を必死に取ろうとするが、何故か地面に這い蹲っている。


「あーあ、やっぱり君はそうだったみたいだねぇ。ほら、現実を見てご覧よ。」


蓮花が次に目を開けた瞬間、部屋は廃墟だった。景色が溶けるようにしてどろりと流れ現実が訪れたのか、少年は明らかに痩せ細っている。


「……ねぇ、これ麻薬でしょ?」

「麻薬!?」


と蓮花は声を上げた。麻薬の常習者が見つかると、このエレクトローネでは死刑だ。何故ならこの街を管轄している偉い人が、麻薬を死ぬ程嫌いだからである。


80年程前、麻薬街と呼ばれ、そして今は運河の街と呼ばれていたエレクトローネでは、脱・麻薬街をスローガンに街興しをしていた時期もあったらしい。そして、朧は続ける。


「昔ねぇ、知り合いの麻薬商が居たんだけど、この街の麻薬の質は物凄く良いらしいね。助けてくれたらタダでやると言われたのだけれど、私にはちょっとしたモノが有るからねぇ。要らないと言って滅多打ちにしたんだよ。」


少年は叫んだ。


「だ、だから違う世界に!もう麻薬は辞めたいんだ!」

「もうトリップしてるじゃないか。」


朧は淡々と言った。少年がまた叫ぶ。

「何時から気付いていた……!」


朧は本をペラペラと捲り続けていく。


「最初から……って言ったら格好良いんだけど、そんな一発で見抜けられるわけないからね、ここ最近だよ。君、作り笑い上手いよね。表情筋全く動いてないけど。あと目尻の筋肉。動いてる風に見せてるだけ?なのかな?……まぁ、私も人の事は言えんのだよねぇ。」


朧は興味無さげに言う。蓮花がボヤいた。

「いや良く見抜けましたね。普通無理ですよ。」


朧は本から視線を離さず、 少年が握りしめていた本を取り上げる。少年は最早盲目状態で、辺りを這っている。


「……大変だね、警察の人も。麻薬関連の事件があると自分が消されるから、オカルトの事件で終わらせる……真実を知るのは神のみぞって……そんなの神も知りたくないよ。私も。」


朧は自分の持っている本を片手で閉めると、少年が書いた本を読む。


「やぁっぱり、マトモに書けていないじゃないかぁ。」


朧は面白くなさそうに本を開くと、其処には文字は無く、時々挟まれている何かの絵と、棒線がずっと引かれていた。


「はぁーあ…だから『世逃げ』の面倒を見るのは嫌なんだよねぇ……マトモに逃げて行く人なんて100人に1人くらいだよ。まぁそれを見るのも面白い、か。」


棒読みで朧は問うた。

「ね、どうしたい?」


ただ、その目は相手の返答が分かっている様だった。少年は答える。


「た、助けてくれ!」

「具体的に。」

「死にたいっ!殺せ!」


朧はにたりと笑った。

「良いよ。全ての救済は死だからねぇ。」


少年は暫くして動かなくなると、朧は『薬の瓶』を砕く。薬は綺麗に溶けて消えると、少年の体に異変が起こる。ヘドロの様なバケモノが、本へ向かって飛ぶ。朧はそれを人差し指で止めると、それは四方八方に散って消えた。


「ねぇ、どうだった?」


蓮花は朧の声で我を取り戻した。


「闇も晴らせたしね。有難う、蓮花ちゃん。」

「……あの人は?」


蓮花が恐る恐る問う。

「死んだよ。」


朧は淡々と答えた。


「じゃあ、あのヘドロみたいなのは?」

「人間の深層心理みたいなもの。心の闇とか、願望とか。あの人は、違う世界に行くのが願望だったんだけど、もうトリップしちゃってるしねぇ。沢山世話をするのは私の主義に反するんだよね。」


朧は呑気に答えると、蓮花はまた問う。

「あ、あの……もしかして、昔からあるオカルト事件の殆どは……麻薬絡みという事ですか?苺飴朱が言ってた殺人事件も?」


あー、と朧は言った。


「殺人事件、ね。あれはね、普通にオカルトだよ。キャンディマンとか切り裂きジャックもどきとか。良く出くわしちゃうんだよねぇ。殺すところとか見たくないし。第一彼らの殺し方は美しくない……でね、君の推測通り、全ての事件は麻薬絡みだ。とまぁ、そんな事は置いといて。凄いでしょ?この古書堂。」

「そう、ですね……。」


蓮花が少し口篭る。しかし思い出したように言った。

「そうだ!あの、ベッドの下の男の怪談は?最近学校で流行ってて…。」


朧は面白そうに言った。


「あの人ね、別に良い人だよ。良く遊びに来てたね。驚かそうとしたらへましたんだって。また新しい驚かし方を考えてるってさ。……もしかして、蓮花ちゃん怖いの?」


蓮花は淡々と答えた。


「まぁそれも有りますけど……もし朧さんの知り合いなら強制わいせつ罪と不法侵入の罪で起訴出来ないなぁと思いまして。」

「……今度会ったら気を付けてねって言っとくよ。」


朧はくすくすと笑って言った。


「さぁ、闇も晴らせた事だしもうひと仕事頑張りますか。」

「まだ何かあるんですか?」


蓮花はきょとんとして問う。朧は奥の本棚に付いている無駄に急な階段を指さした。


「此処はね、基本的に地面を歩いて本を探す場所じゃないからね。てかムリ。流石に此処の本は覚えられないよ。」

「でも朧さん、その本は何処かから取ってきたものですよね?」


朧は階段を上りながら言った。


「もう探すのが面倒くさくなってね。ちょっとした魔法を掛けてあの入った時の本棚に自動的に収納させる様にしたんだ。……それまでは普通に探してた。大体の場所は分かるけど、ねぇ……。」


蓮花が階段を上がりきった時、向こう側には水平線に似た霧の様なモヤがかかっていた。

「あの……あれは?」


蓮花の問に、朧が答える。

「あれねぇ、この本棚の端なんだよ。見た事ないけど。広すぎて。」


朧がそんな事を言いながら、巨大な本棚の上にある、一つの白い扉へ向かって歩く。

「入るよ、ティア。」


返事は来ず、朧は黙ったまま扉を蹴破る。

「さっさと出ろって言ったろ?今度破ったら地底に埋めてやろうか。」


扉の先は、劇場だった。仏蘭西のガルニエ宮の様で、光が四方八方に煌めいている。だが、舞台上の幕は上がり舞台装置で吊り下げられた三日月がかかっていた。その三日月はかなり大きく、三日月の内側に小さな少年が座っている。齢は9歳頃。


「……主様か。何の用?」

「本っ当に、口が悪い可愛くない奴だね、お前は。」

「主様が勝手に僕の事を嫌ってるんだろ。」


少年は三日月から降りて舞台に座る。朧が言った。


「蓮花ちゃん、此奴はティア。ティア=アスベルト=テアトル・キー。まぁ、宜しくしてやって上げて。」

「随分上から目線だね。その子が前言ってた子?」

「そうだよ。」


朧は無愛想に返した。ティアはうさ耳が付いたシルクハットに、白い少しフリルのシャツ、リボンタイにステッキを持ってポケットには懐中時計のチェーンが見えていた。


「じゃあ主様は神様だから、その女の子は天使ちゃんだね。」

「……天使ちゃん、とは。」

「どうして検索機能みたいになってるの。」


ティアが答える。

「あー…主様の御先祖の野郎が僕に『人の名前』を呼ばせない呪いをかけたんだよ。あと此処から出られない呪い。」


朧が声を上げる。

「そんなに私を恨めしく見ないでくれないかな?封印したのは真理ちゃんりなんだから。」


真理は初代『ラプラスの魔物』。だが、なんやかんやあって、朧は真理の事が嫌いだ。まぁその話はまた別の話。

「別に僕からしたら同じ様な物だよ。」


朧がため息をついて言った。


「無駄話は此処までにして。早く『本』を渡してよ。」

「はいはい。」


ティアは面倒くさそうに返事すると、緑の表紙の本を持ってきた。正しく言うと投げつけたの方が良いが。朧が言った。


「…やっぱり、蓮花ちゃんが持ってきて。それ。」

「どうしました?」

「お腹が痛くなった。」


朧は短く言い切ると、扉へ戻る。ティアはため息を付いた。

「全く。主は不器用な奴だ。」


ティアは悲しそうに蓮花を見ると、土下座をして言った。

「誠に、申し訳御座いませんでした。 」


蓮花が驚いてティアに言う。


「な、何を言ってるんです?私は、」

「モルテ=ディー・グレンツェ。」


ティアが顔を上げてそれだけ言った。

「その、名前は。」


モルテ。それは死の狭間の主。以前蓮花達と勝負をし、今でも蓮花の心に傷を残している怪物。


「僕は、モルテの弟だ。」

「モルテの、おとうと……!」


ティアが話を続ける。


「昔……。この世界を創った朧月夜おぼろづきよ 真理ちゃんりは、僕とモルテを造った。双子のオートマタとして。魔法のオートマタ、対になる者。」


蓮花が問う。

「あ、の……オートマタって……?」


ティアはキョトンとして答えた。

「……?オートマタはオートマタだよ。……そうか、通じないのか。天使ちゃんの時代にもオートマタは居るはずだよ。機械仕掛けのお人形さん。」


蓮花が思い付いて言う。


「モルテが死の狭間の主だから……貴方は、ティアさんは命の狭間の主……になるのですか?」

「……そうだよ。僕は、命の狭間の主、ティア=アスベルト=テアトル・キー。……少し前の名前は、ディア=アズベルク=ワールドズ・キー。」

「少し前の名前……?」


蓮花が不思議な声を出す。


「…鏡と現実の空間、«アリーナ»。その支配人、ディアは少し前に死んだ。とある少女によって。鏡の神と現実の空間の神、ディアは死んだ。」


蓮花は驚いた声を出す。

「凄いですね。鏡の神と現実の空間の神って。」


ティアは呆れて言った。

「名ばかりだよ。そんなの。やっぱり死と生の番人……神が、僕達がそれなりに偉い。まぁ一番偉いのは主だけど。」


蓮花がくすりと笑った。

「私の知り合いは神様が多いです。」


まぁそんなことよりも、とティアが言った。

「謝って許される事じゃないのは分かってる。でも、形式上でも。」


蓮花が言葉を遮って言った。

「私は、貴方に謝ってほしくないです。もう、良いの。私は、良いです。」


それと、と蓮花は髪をいじりながら言った。

「その……天使ちゃん、はやめてくれませんか。何か恥ずかしくて……。」


ティアが驚いた顔をすると、暫くの間の後に彼は言った。


「じゃあ……天使お姉ちゃん!」

「はい!」


蓮花は元気良く返事した。






「朧さんってば、物凄く口下手ですね。あ、此処に本置いておきますね。」


蓮花はティアから貰った本をカウンターに置くと、中の部屋がキッチンに変わって立っている朧に言った。

「……そういうの、言うのが苦手なんだよ。」


少しだけ、頬を染めているのが分かる。蓮花は笑いながらため息を付くと、朧が作っている物へと目をやる。


「チョコアイスクリームじゃないですか……もしかして、これ、朧さんが作ったんですか。」


口を尖らせて朧は言う。


「私、一応スイーツ作るのは得意だからね?」

「その容量で料理は無理だったんですか。」

「脳に空きがなかった。」


朧は蓮花に器に乗ったアイスクリームを渡す。蓮花は椅子に座ってぱくりと食べると、歓声を上げた。


「美味しいです!」

「……うん、今回はなかなか上出来かも……。」


朧も食べて歓声を上げる。蓮花が言った。


「どうしてタッパが2つあるんです?……まぁ明らか色が違いますけど。」


朧はにたりと笑って自分の器を差し出す。蓮花は不思議そうに掬って食べると悲鳴を上げた。


「えっ……普通の奴じゃ……ない!何これ!?まっず!にっが!は!?無理無理!水!お砂糖!グラニュー糖を!にがい!」


朧は笑って言った。


「私、甘いのが苦手だから、チョコレートのアイスクリームを作る時はいつもカカオ100%で作るんだよね。」

「それはカカオです。よく食えますねそんな物。」

「これでも甘いくらいだよ。」

「は?」


朧は喜んでぱくぱくと食べる。蓮花が言った。


「この私のアイスクリームが甘く感じますよ……。というか、どうしていきなりスイーツを作り出したりしたんです?」


朧がむしゃむしゃ食べながら言った。


「んー……?もうちょっとしたら私の誕生日だから。それと黎明の誕生日忘れてたから祝わないと可哀想だしね。」

「あら、そうなんですか。朧さんと黎明の誕生日は何時なんですか?」

「黎明は5月18日で私は7月7日。蓮花ちゃんはお雛祭りの時だったよね。」


蓮花が一拍置いていった。


「誕生日プレゼントは、何が良いでしょう。」

「黎明かい?黎明はね、」

「朧さんのと黎明の分です。」


蓮花は無心でアイスクリームを食べている。


「黎明は、要らないって言ってた。私も要らないんだ。というか黎明の誕生日プレゼントは私が買ったんだよ?何なんだよあの流行のモデルが欲しいとかもう……。」


蓮花がスプーンの手を止めて問う。


「黎明には何を買ってあげたんです?」

「ドレス。緑色の可愛い奴。前々から欲しいって言ってたし、まぁ良いかなぁ、なんて。……むっちゃ高かった。あんなのタダの布切れじゃん?なのに何であんなに高いの?巫山戯てるでしょ。 」


朧は愚痴愚痴言いながらアイスクリームを食べる。蓮花はまたも

や問う。


「朧さんは、どうして誕生日プレゼントが要らないんですか?」


キッチンに突っ立って、ぼそっと呟くのを蓮花はギリギリ聞き取れた。

「欲しいものは…幸せ……だったから……要らないんだよ。他に、何にも。」


蓮花は声を上げて笑った。

「うふふ!そんな事ぐらい普通の声で言えばいいのに!恥ずかしいんですか?」


蓮花の方を向いた朧は顔を真っ赤にして言った。


「煩いな!恥ずかしいの!分かる?」

「耳まで真っ赤ですよ!あははっは!」


蓮花はお腹を抱えて笑っている。


「駄目だ、面白過ぎて涙が出てきちゃいました。……でも、欲しいものが手に入って良かったですね。」


俯いて朧は答えた。


「……うん。」

「あーもう!離しなさいったら!」


鈴を転がした声が当たりに響く。黎明は古書堂前の道路で、齢は5歳頃の数人の近所の男子に囲まれていた。兄の姿を見つけると、魔法で扉を開けて言った。


「この阿呆愚兄!また余計な事を教えたのですね!」

「べえっつぅにぃ〜?特に?変な事は?教えてませんよーだ。口説き方だけね。」

「……。」


黎明は朧をじろりと睨む。蓮花は黎明の傍に駆け寄り男子達に言った。


「良いですか、あんな人だけにはなっちゃ駄目ですよ。根はいい人ですけど。女誑しにはなっちゃ駄目ですよ。」


男子の1人が声を出す。

「どうして?」


それはですね、と言って蓮花は店から引きずり出される朧の姿を見る。黎明は笑顔で容赦なく叩きのめす。

「ああなるからですよ。」


男子達は顔を引き攣らせている。蓮花が同じ高さに屈んで言った。朧の絶叫の前で。

「良いですか、恋に必要なのは勇気と優しさです。それさえ有れば絶対に幸せになれますから。」


しかし、蓮花は遠い目をして言った。


「……でも、過度の優しさは人を傷つけますから、気を付けないとですね。」

「おねーちゃん、どうしたの?」

「……いいえ。」


そんな雰囲気をぶち壊してあー!と向こう側からピンクの髪を振り乱しながら走ってくる少女が居る。


劉李りゅうり!こら!」

「……苺飴朱?」


蓮花は立ち上がると、こちらに駆けてくる中華風の服を着た青い髪の男子が居る。後ろには苺飴朱。柘榴色の可愛らしい中華風ワンピースを着て劉李と呼んだ男子を追いかける。蓮花は上手く劉李を捕まえた。


「こら劉李。お姉ちゃんの言う事を聞かなくちゃ駄目でしょう。」

「はー…はー…どうも有難う、蓮花。りゅぅ〜りぃ〜?」

「うぅ……。」


と劉李は苺飴朱に耳を引っ張られながら唸っている。苺飴朱が言った。


「ね、蓮花。どうしてこんな所に居るの?もう5時半だよ。そろそろ暗くなるし……。」

「そういう苺飴朱は何をしてたんです?」


苺飴朱は照れ臭そうに言った。


「あ、あのね、劉李と一緒に遊べとお母様に言われたから遊んでいたら、突然劉李が駆け出してね……あはは。」


黎明のため息と共に朧が苺飴朱に声をかけた。

「これはこれは美しいお嬢さん。お名前は?」


途端、笑顔のまま朧が崩れ落ちる。苺飴朱はついていけなさそうに頭にはクエスチョンマークばかりだ。


「……済まないな、手間をかけさせた。無事か?」

「は、はい。」


白髪の青年、神無月が朧を峰打ちして苺飴朱に声をかけた。

「では、花桃の可愛いお嬢さん。」


微笑んで神無月は朧に引っ張り上げると、首を掴んで真顔で店の中に入れる。神無月が蓮花に言った。


「帰るのか?」

「ええ、ここ暫く帰るのが遅くなっているので。叔母さんに心配させるのも可哀相ですしね。」

「お互い面倒な身だな。送ってやろうか?」

「全くです。大丈夫ですよ。苺飴朱がいるので。」

「そうか。ではな。」

「はい。それでは。」


神無月が店に入る。黎明も礼儀正しくお辞儀をすると、途端に朧の断末魔が聞こえる。苺飴朱が言った。

「つ、つ、つかぬ事をですね、伺いしますが……。」


蓮花が不思議そうに言った。


「何でしょう?」

「あれは朧さん、だよね?」

「……まぁ、そうですね。」

「口説かれてないの?」

「それを話すには聞くも涙、語るも涙ですよ。」


苺飴朱が劉李の手を取って苦笑いした。


「……何となく想像はついたよ。」

「それで抑えてもらって本当に有難いです。」


苺飴朱と蓮花は別れ、蓮花はガちゃリと扉を開けて、中に居る叔母へと声をかける。


「ただいま、梢叔母さん。今日のご飯は何?」

「今日はシチューよ〜。待っててね、すぐ出来るから!」

「うん!」


蓮花はテレビの前に自分のバッグを置くと、恐る恐る話す。


「あの、さ。」

「どうしたの、蓮花ちゃん。」


叔母の返事とは裏腹に、蓮花の声は低く澱んでいる。


「私が帰りが遅いの、怒ってたりする?」


梢は少しだけ手を止めると、蓮花に振り向いて言った。


「……最初は心配したわ。何たって姉さんの一人娘だもの。私の大切な家族だわ。でもね、全く蓮花ちゃんは我儘を言わなくて、それを最近やっと言うようになって。敬語もやめてくれて。…だからもうちょっと我儘を言ってくれてもいいのよ?」


蓮花は梢に微笑む。そして言った。


「じゃ、着替えてくるね。」

「もう直ぐしたら、出来るからね。」

「はぁーい!」


蓮花は階段を駆けて、荷物を床に置く。そして銀の月が見える自分のベッドに乗って、灯りもつけずカーテンを開ける。蓮花はベッドの隣のテーブルにある写真へ手を伸ばした。其処には、今は亡き両親と蓮花の3人が笑って写真に写っている。


「……お母さん、お父さん。私、とっても幸せだよ。」


暖かい声の響きは、暗闇に包まれている部屋に谺響こだました。

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