表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/15

ラプラスの魔物 第二魔物 10

超絶展開急展開!御手洗 蓮花の出生の秘密が明かされるーーー!読む手が止まりません!是非とも読んで下さいね!

オルゴールが響く子供部屋。ぼおっと蓮花は目を覚ました。親が、誰かが、ざわざわとしている。


響く音も何処かねちっこい。遅くて、蜂蜜の様に甘ったるい。子供の声が、外から響く。蓮花は手を伸ばして窓を開いた。窓から落ちる夕日が、蓮花の手を掠めた。


「か…あ…さん…。」


ふと、そんな事を呟く。まるで寝起きの様に、思考回路がしっくりしない。今は何時なのだろう。何年で、何月で、何日で、何時何分なのだろうか。


ある筈のカレンダーにはノイズがかかっていて、窪んで何も見れない。蓮花はしっかりしない足を何とか持ち上げて、部屋を出る。


「何処…なんですか…朧さん、黎明、神無月さん…。」


頭をぐわんぐわんさせながら、蓮花は重い足取りで階段を降りる。リビングには誰かが居る。それを蓮花は認識する事が出来ない。


『ね、可哀想よね。』


『一体あの後はどうなるの?誰が引き取る事になってるの?』


『さぁ…あの子の母親自身、そんなに財産を持っていなかったのよね。だから誰かが引き取るって言うのは考えられないっていうか…。』


『もしかしたら児童養護施設に連れていかれるかもしれないわね。』


「…私の、話?」


蓮花はきょとんとして声を上げるが、2人は別の話で盛り上がっている。

「私は、認識されないんですか?どうすれば…。」


開いている扉から蓮花は外に出る。甘い、甘い、セピア色の世界。空には出来かけの世界だからだろうか、所々ヒビが入っている。


「何で私はこの世界が創られた事を知ってるんですか…?」


重く足を運びながら、そんな事を呟く。子供が走り回り、蓮花の側をすり抜けていく。


『ねぇ、あの子のお母さん死んじゃったんだって!死んじゃったんだって!』


蓮花の方を指さすが、それは蓮花では無い何かを指さしていた。

『かーわいそー!かーわいそー!』


珍妙な歌を歌いながら、子供たちは走って言った。


『あの子は本当に可哀想。』


『でも引き取りたくはない。』


『だって財産が少ないんだもの。』


『お金もかかるしな。』


耳元でそんな罵詈雑言を囁かれている気分になり、いたたまれなくなって蓮花は走り出した。


「やめて、やめて、もうそんな事言わないで。お願い、私が悪かったから、お願い。」


ふと、花畑が見えて、誰かが振り返った。蓮花はまた悪口を言われると思い、耳を塞ぐ。


『大丈夫だよ。可哀想に。怖かったよね。』

「…へ?」


間の抜けた声で蓮花は言った。相手は、逆光で良く見えない相手は言い出した。

『こっちにおいで。遊ぼうよ。』


蓮花はふと、声を上げる。


「でも、お母さんが…。」

『……大丈夫だから、おいで?』


何が『母親』なのだろうかと、蓮花は心の中で呟いた。相手は優しい澄み渡った声で言った。


『君の名前は、何て言うの?』


蓮花は子供のように答えた。

「蓮花。御手洗 蓮花。」


そっかぁ、と優しく相手は言う。

「蓮花かぁ…そうだね、蓮花嬢と呼ぶよ。」


蓮花は不思議そうに尋ねた。意味も分かっているのに、まるで定型文の様に。デジャブの様に。

「じょう、って何?」


優しく蓮花の頭を撫でる。

『あはは、難しかったかな?相手を上に見る言い方だよ。』


ふぅん、と蓮花は声を上げる。蓮花は問う。

「お兄さんの名前は、何というのですか。」


少し戸惑ったように、相手は答えた。何故、何故、私ではない彼女が、『彼』だと分かっている?何故、私が『彼』だと分かっている?


「……××、と言うんだよ。お兄さんなんて要らないから、名前だけで呼んでおくれ。」


それは、と彼女は否定した。

「お母さんが、上の人をちゃんと大切にしなくちゃって、言ってたから、お兄さんって呼ぶ!××お兄さん!」


そっかぁ、と相手は彼女を撫でる。

「うん。そうだよね。うんうん、いい子。じゃあさ、お兄さんの名前を次に呼ぶ時は、呼び捨てにしてくれると良いな。」


彼女は否定する。

「そんなのダメだよ!ちゃんとお兄さんって付ける!」


相手は頭をかく。

「蓮花嬢はちゃんと覚えてるかなぁ…どうかな?」


彼女は、幼女は元気に言った。

「うん!ちゃあんと覚えてるよ!次は、ちゃんとお兄さんって付けるから!」


相手は幼い蓮花を連れて行く。どうして、彼女はこの状態を、誘拐だと思わなかったのだろうか。そうだ、母さんに。まるで霧のように、2人は消えていく。行く場所は一つ。


「私は、思い出しました!あれは最初じゃなかった!二回目だった!」


朧が蓮花を救う為に、時空を開いたあの峠。彼処に言ったのは。風を斬りながら蓮花は走り続ける。墓地を切り抜けて、おかしな色合いの峠へ向かう。蓮花は叫んだ。


「滄助さん!…いや、真理!」


優美に真理ーーー滄助が振り返る。

「…約束を果たしてくれたね。蓮花嬢。」


蓮花は胸を掴んで言った。


「私は…あの時貴方に会った。私の母が死んだ、あの日に!まるで巡り合わせの様に!私はまだ記憶があやふやだけど、少し思い出しました!」


蓮花は手を大きく広げて言う。


「この、『飴細工の世界』は私が作りました!私が、母親の死を受け入れられなくて、この世界を作りました!私は、今まで逃げていた!」


貴方が、と蓮花は続ける。


「私の前に現れたのは、何かしら母との約束があったからでしょう?分からないけど、まだ自分自身が人間かどうかも分かりませんけど!」


蓮花はそのまま言った。


「私はこの世界を壊します。死んでも、何でも良いですから。もう、自分自身が死んでもいいと思うのは辞めにします。私は、私自身のため。あの人達の為。その為に生きます。この世界は終わりにします。」


滄助は笑う。

「もし死んじゃったら、君はもう彼等に会えないよ?其れでも良いの?」


蓮花は挑戦的に微笑んだ。それは良い自信に満ち溢れたものだった。


「だって、私は死にません。もう何にも痛くないんです。母親を失った悲しみに比べたら、全く。」


滄助は優しく笑う。


「そっか。強くなったんだね。」

「…はい。」


蓮花は言った。

「早くしないと、世界に取り残されちゃいますよ?」


滄助はクスクス笑う。

「そんなの大丈夫だって。何せ創造神だよ?世界になんて取り残されない。でもまぁ、抜けようかな。」


峠の方に体を委ねて、滄助は真っ逆さまに落ちていった。そんな中、一つ呟く。


「…御手洗さん、貴女の娘は大きくなりましたよ。もう心配する必要はありません。」


蓮花は大きく息を吸って、念を込める。卵の殻が破れるような音がして、世界の、時空の空気が入り始める。

「これで、元の世界へ戻れる…!」


何かが爆発する音がして、蓮花は静かに目を瞑った。










「兄様、それでね…お母様は…。」


黎明は珍しく買い物に付き合う朧と話す。蓮花が居なくなって早数日。なるべく蓮花の話はしないようにしていて、朧も元気な顔をしているが、矢張り突然消えてしまっては上手く行けるものも行けない。


「へぇ、そんな事を言ってたんだ。私、あんまり父上と喧嘩した記憶ないんだけど。」


黎明はくすくす笑う。


「抹消してるだけでは?」

「それはあながち間違えじゃないかもね。」


会話が切れて、少し気まずくなる。黎明はとうとう口を切った。

「…兄様、蓮花姉様は、一体何処へ…。」


朧が優しく黎明の頭を撫でた。

「黎明。その話はしないって言ったろ?絶対帰ってくる……え?

朧が突然話を切って、黎明も顔を上げる。


「どう致しました?兄様。」

「ほら…あれ…人が倒れてる。」


その衣服、容姿には、少々の覚えがあった。黎明がそれに駆け寄る。

「…蓮花、姉様?しっかり!息はしている様ですわ。でも、こんなに衰弱してしまって、一体何が…物凄い熱もありますし…。」


朧が蓮花を抱き上げて言った。


「…時空を超えてきたみたい。蓮花ちゃんは借り物の身体だから、かなりキツかっただろうに…。よし、取り敢えず寝かせるよ。多分薬は効きにくい体だ。安静が1番だし、一応薬は神無月を呼んでくれ。私が呼んだら彼奴は絶対来ないからね。」


黎明が何処か嬉しそうな兄を横目にこくりと頷いて、その場をあとにした。









「あ、やっと起きた?というか生きてる?」


私は、私は。これは、私の記憶だ。青い、水が流れる様な明鏡止水の空間で、紫髪の髪の長い青年は言った。髪をハーフアップにしており、後ろを銀のバレッタで止めている。蓮花に語りかけるような声で言う。


「大丈夫?あ、上手く創れたみたいだね。」

「あなた…は?」


蓮花は意識だけ、呟くように言った。相手は、真理は俯いて申し訳なさげに言う。


「ごめんね。君を創る理由が…あんまりにも辛いものだから。あのね、今から言う事をよく聞いて。忘れないで、なんて無理だから、何時かこの事を夢に見る。それを、忘れないで。」


こくりと蓮花は頷いて、真理が話し始める。


「いいかい?ええっと…何処から話したら良いかな…。うん。君は、御手洗 蓮花という少女として生を受ける。この事を忘れてね。幼い頃に、また僕と会うだろう。その事も忘れて、君は創られた事を思い出して狂ってしまうほど苦しむだろうけど、この事をちゃんと思い出してね。いや、夢に見る。……千年前、『月の都』と謳われた『月影帝国』は滅亡した。その時から、僕と初代女帝の約束、『千年の因縁』が解き放れて、運命の歯車は狂い出す。」


真理は蓮花の周りをくるくると回りながら言った。


「本当はね、僕と初代女帝の生まれ変わりとで『千年の因縁』を終わらすつもりだったんだけど、僕の生まれ変わりが僕を掌握しちゃったから……全くあれにはびっくりしたよ。だから、僕は身動きが取れない。生まれ変わり…滄助って言うんだけど、あれが死ぬまで僕は動けない。今回は上手く間を縫ってやって来たんだ。あ、それでね、君達がね、『千年の因縁』を終わらせてくれ。」


蓮花が不思議そうに真理に尋ねる。

「きみ、たち?」


真理が軽く笑う。

「そうだよ。君には大切な人が居るから。その人達の為に生きなさい。そして、大切にしなさい。」


蓮花は難しそうな表情をしながら舌足らずの口で尋ねる。

「ようするに、わたしは、うめあわせのそんざいなの?」


真理が何処か寂しそうに笑った。

「…そうだね。それでも、君には幸せな人生が有るつもりはしてるから。君は、1度身体を返さなくちゃだめだ。」


真理は一瞬だけ遠い未来を見て、軽く笑った。

「…いや、身体を返さなくてもいいかもしれないね。」


君はね、と真理は続ける。

「僕の、昔旅した人と似た姿にしたんだ。能力も、同じで。あの人は、あの人は、本当にすごい人だった。」


まるで、水が流れる様に蓮花の意識はまた変わった。今度は、誰かが彼女の為に話す時間。黒髪の菫色の目をした淑女、蓮花の母親が、公園で遊ぶ蓮花を見ながら、ベンチに座って、しかし険しい表情をしていた。


「…御手洗 みたらいすみれさん、ですよね?」


優しく澄んだ声が、蓮花の母親に声をかけた。何処か悲しげに母親は目を細めて言った。


「…朧月夜 滄助さんですね?お話ですよね。あの子の、将来についての。」


すくりと母親は立ち上がり、滄助は少し驚いて言った。

「そうです。やはり、貴女の能力は素晴らしいものですね。」


母親は目を伏せて答えた。

「お褒めに預かり光栄です。『全てを見通す能力』…まぁ、千里眼の能力がありますから。だからこそ辛いものも有るのですけけれど。」


母親は蓮花を見ながら口を開く。

「…あの子は、人間では無いのでしょう。それの落とし前を貴方が取りに来た。別に構わないんですよ。蓮花が消える道も。それも、あの子の『人生』だから。」


滄助が、その返答に驚きつつ、それでも、と母親は続けた。

「あの子は生きる道をきっと選ぶでしょう。その時に死ねと言うのは些かおかしいものだと存じます。……ですから、お力を貸して頂けませんでしょうか。」


滄助が軽く微笑む。

「勿論です。その為には、貴女の力が少しだけ必要になる。彼女が狂って、思い出して、また、生きようと思う為に。」


母親はこくりと頷いた。


「お願いします。これは、朧月夜さんしか出来ない話です。どうぞ、どうぞお願い致します。」

「勿論です。それでは、僕はこれで。」


滄助は礼儀正しく礼をすると、母親は駆け寄ってくる蓮花を撫でる。ふと横を見ると、もう彼は居なかった。

「ままー!ままもあそぼー!」


愛おしいそうに蓮花を撫でると、母親は言った。


「良いよ。でもかけっこはダメね。蓮花は早いんだもの。追いつけないわ。」


じゃあ、と蓮花は嬉嬉として笑った。

「お砂あそびしよう!それならままも出来るでしょ?」


ええそうね、と母親は優しく言った。景色は一変して、蓮花と小さな懐かしい人影が見える。


『ね、君はこんなにも恵まれているんだよ。』


何処かから、ふと声がする。


『だからもう、死んでも良いと思わないで。狂いそうに悲しかった事も、天に昇りそうなくらい嬉しかった事も、全ては君が為。』


あの子は、蓮花。幼い頃に母親を亡くして、寂しく泣いていたあの幼女が、今の蓮花に話しかけている。蓮花は流れ落ちる涙を拭わなかった。


「ごめんなさい、ごめんなさい。私は、私は…ちゃんと生きる。もう創りものだからって、死ぬ筈の人間だからって、絶対に死のうと思わないから。……最期まで足掻き続けます。」


だから、と蓮花は幼い彼女を撫でる。

「もう私は逃げません。母さんが死んだ事も、自分が創られた埋め合わせの存在だとしても、それでも生きます。だから、貴女はもう私の中に戻って下さい。」


蓮花は優しく、とびきり優しく微笑んで言った。

「今まで、今まで私の事を守ってくれて、本当に有難う御座いました……!」


その瞬間波に飲まれる様な感覚を味わう。その幼女の顔はとっても優しく、御手洗 蓮花が味わったその幼女の記憶は、とっても暖かくて、彼女を守る武器となっていたのだった。


「…ありが、とう…。」


蓮花はふと目を覚ます。伸ばした手はピンクのフリルで覆われていて、天井には寝台の天蓋が覗いていた。蓮花は此処は何処かと軋む体を起こす。


「…ここ、どこでしょう…。」


その部屋は寝室だろうか、随分と質素だった。緑を基調としたロココ調の部屋で、天蓋付きの大きな寝台と、可愛らしいベッドランプが付いている。木製の扉を金のドアノブで開けると、其処には、霧雨の街と雫が付いた窓、その前に少女が座っていた。少女は目を見開いて蓮花に言う。


「れ、蓮花姉様…良かった。私の事は分かりますか?」


蓮花ががんがんと鳴る頭を探りながら言った。

「黎明、ですよね。此処は、どこでしょう。」


全て深緑基調の豪奢なロココ調の部屋は朧が揃えたのだろうか。一体全体物凄く落ち着く部屋らしい。黎明が自慢げに言った。


「此処は私の家ですわ。良かった…もう目を覚まさないかと…本当に、無事で…。」


黎明は少し涙ぐみながら蓮花の手を握った。彼女は少し蓮花を気遣う様に言う。

「どう致しましょう。兄様達を呼びましょうか。蓮花姉様の体調にもよりますけれど……。」


蓮花が申し訳なさそうに言う。

「…ごめんなさい。もう少し休ませて貰っても良いですか。本当に、少しだけで良いので。」


それでは、と黎明がにっこりと笑って言った。

「紅茶とスープをお持ちしますわ。軽い物ですけれど、食べなくては駄目ですよ。」


蓮花が部屋に入る、その前に彼女は黎明に言った。

「…ねぇ、黎明。私の事を心配してくれるのは、とっても嬉しいんです。」


けれど、と蓮花は苦笑いした。


「ちゃんと黎明も寝ましょう?目の下に隈が出来て居ますよ。私が居るせいで、寝るに寝られないというのも分かりますけど…。」


黎明が一瞬びっくりすると、直ぐに気恥ずかしそうに言った。

「それは…お恥ずかしい限りですわ。でも、もう姉様がお目覚めになった事ですし、特に心配する事も有りませんわね。」


そんな元気な黎明を見て、蓮花が少し笑った。










「ええっと…ですね。」

「うん。」

「あのですね。そんな大した末恐ろしい話では無いんです。」

「じゃあこんなに私は怒ってないよね。どれだけ心配したか分かってるの?」

「すいません…。」


支度を整えた蓮花は、黎明の家に来た朧に叱責されている。俯きながら蓮花が黙っていると、勢いよく扉が開いた。

「蓮花!……無事で良かった…。」


4人は小さなテーブルセットの椅子に座って、蓮花の話しを聞き始める。


「…全て話しますね。……私は、滄助さんと、蓬莱さんの埋め合わせの存在として産まれました。ほら、滄助さんが転生を弄っちゃった訳でして。其処からはもう筋書きが用意されていました。私の記憶が及ばない頃、母と滄助さんは約束していました。私が末永く生きる為の約束を。」


蓮花が歯を食いしばって言った。


「私は…選んだんです。母親が死んだあの日に、滄助さんと。その事実を、何時か苦しんで見る事になるが、それまでは普通の生活を送ると約束しました。」


ふと、玄関のチャイムが鳴る。黎明が声を上げて玄関へと駆け寄った。


「何方でしょう?…あ!蓬莱様!ご機嫌麗しゅう御座います。」


随分とスポーティな格好をし、ポニーテールにした蚩尤が黎明の頭を撫でて、三人の元に現れた。


「こんな可愛らしい部屋に男が2人でこんなお通夜モードだとは……むさ苦しいのぅ。」


朧が冷たく蚩尤を見る。

「…冷やかしなら良いですよ。」


くすくすと相変わらずの扇で顔を隠して笑う。

「おマイさんの元に冷やかしなぞ来るか。」


沢山の荷物を持ったショートカットの赤髪の女性が、息も絶え絶えに蚩尤に言った。


「蓬莱様!私にこんなに荷物を持たせて…挙句の果てに朧月夜兄妹様の部屋に乗り込んで行って…!本当に、申し訳御座いません!」


必死に女性は謝る。朧は優しく笑って女性に言った。

「いや、気にしないで下さい。お久しぶりです、キリアさん。」


申し訳なさげにキリアと呼ばれた女性はお辞儀をしながら言う。


「本当に申し訳ございません、滄溟様、黎明様。…そうだ。自己紹介をしなくてはなりませんね。私の名前はキリアです。キリタンニリア・リクツリアゼンと申します。蓬莱 蚩尤様に仕えているお抱えメイドに御座います。」


蚩尤が見定めるように蓮花を見る。


「さて、蓮花よ。おマイさんはどうしたい?このままでは、本来還される身体が還されず、塵になってしまうぞ?」


蓮花はごくりと喉を鳴らして言った。

「…私は…生きたいです。」


朧が口を挟んだ。

「その言い回じゃあ…何か策を練ってある様ですね。」


ヒタヒタと蚩尤は笑う。

「勿論じゃ。」


すっと、真顔になって蓮花を指さして言った。

「朧。この少女の身体の時間を止めろ。さすれば助からんことも無い。」


けれど、と神無月が懸念を示しながら言った。

「それって…気休め程度にしかならないのでは?根本的に解決は出来ません。何か…それを解決する方法が無いと…。」


至極当然そうに蚩尤は続ける。

「それは勿論、うぬの言う通りじゃ。気休め程度にしかならん。だが、その間に事を進める事が出来る。それに、その力を持つ物がこの部屋に居るのだからな。」


朧が心の底から嗤う。

「……お師匠様は本当に私を扱き使うのがお上手な事で。」


蓬莱はゆっくりと笑った。

「それはあの娘の為じゃ。手前のせいではないぞ?」


そもそも、と神無月が声を上げる。

「『こうなる事を知っていた』人物は、一体何人居るんです?俺と、朧の父君と、貴女ですか?」


蚩尤は指折り数えていく。


「そうじゃな…手前と、あの陰険唯一神と、汝と、御手洗の母君と、真理ちゃんりぐらいか?まぁ、実質の所はよくわからんが…。」


取り敢えず、と蚩尤は続ける。


「蓮花の身体の時間を止めろ、朧。おマイさん程の魔力なら『ラプラスの魔物』の力を盗られていたとしても大丈夫だ。そして、時間を止めている間に滄助を倒せ。そして、蓮花の理自体を変えよ。出来るな?我が弟子よ。我が騎士よ。」


朧は仕方なさげに、だけれど自信満々に恭しく跪いて言った。


「…勿論です。私はお師匠様の自慢の弟子ですから。全ては月影帝国第一皇女、蓬莱蚩尤様の御心のままに。」


朧は立ち上がってにやりと笑った。蓮花も自信満々に言う。


「父の筋書き通りに行くのは癪だけど……君の為だもんね。さぁ、蓮花ちゃん。君の身体の時間を止めて、もう一度世界を救いに行こうか。」

「ええ!勿論です。」


蓬莱が腕を組んで妖しい目付きで言った。


「…蓮花の同行を見て保安院も動き始めている。気を付けるんだな。」


大切な物を取り戻す戦いが、今、始まる。

次回予告!

とうとう滄助と衝突する朧と蓮花。しかし、神無月と黎明にも悪の手が忍び寄って来ていて…?『ラプラスの魔物 第二魔物』11 八月中旬に公開予定!同時公開予定に、3代目『ラプラスの魔物』、朧月夜おぼろづきよ 凍蝶いてちょうと相棒アレンとのスパイアクションミステリー『ラプラスの魔物 番外編 蔵匿論者と究明信者』と、蓬莱 蚩尤と蓬莱 夕霧の前日譚、『ラプラスの魔物 外伝 黒白の皇女』も是非ともお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ