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ラプラスの魔物 第二魔物 9

「な…何ですか、これ…。」

「蓮花ちゃん!これ!何なの!」

「私に聞かないで下さいよ!……にしてよ、これは大変ですね……。」


蓮花と苺飴朱めいしゅの眼前には、所々虚無が空間を巣食っていた。眼前だけでなく、至る所に黒い空間がある。その様はまるで、怪物。そして虚無が少しずつだが広がって来ている。帰り道のど真ん中で、蓮花は言った。


「苺飴朱!学校にいる方が安全な筈です……あ…!」


蓮花が振り返った時には、苺飴朱は黒に飲まれかけていた。手を掴もうと蓮花が差し伸べるも、振り払って言った。


「走って!蓮花ちゃん!貴女なら助かるから!早く走って!」


蓮花が唾をゴクリと飲んで、何も言わずに苺飴朱の元から走り出す。虚無に飲まれながら苺飴朱は言った。


「…良かった。蓮花ちゃんが物分りがイイコだって、知ってたから、私の事を置いていってくれるって、分かってくれたから。」


でも、と苺飴朱は続けた。


「…蓮花ちゃん、劉李りゅうり…どうか、無事でいて。」









蓮花は駆け出す。目指すはこの空間の支配を受けぬ宇宙、古書堂へ。蓮花は扉が壊れるぐらい激しく扉を開ける。


「朧さん!」


店内には彼の姿は見えない。つん、と臭う古書堂をずんずんと進み、目指すはカウンター。そして、その奥にある扉だ。

「…あった!」


レバーを引くと、あの大本棚に着く。沢山の光のなかで、其処には朧が居た。

「朧さん!やっと見つけた!今、外が大変なんです!」


苦く笑って朧は返す。

「知ってるよ。これが世界の終焉というやつかねぇ…。」


蓮花が唖然として言った。

「ちょ、…ちょっと待って下さい!世界の終焉って、終わるんですか!」


朧はそのままの表情で続ける。

「そうだよ。終わるんだ。こんな突然に来るとは夢にも思っていなかったんだが。」


蓮花が朧を見て言った。

「……止める事は、出来ないんですか?」


朧は蓮花に向かって指をピースサインにする。


「いいだろう。君に選択肢をあげようか。一つ目。このまま世界の終焉を見届ける。二つ目。時を戻して幸せに生きる。オススメなのは前者だ。後者は何も言えなくて辛いからね。」


蓮花が朧に言った。

「後者は…私で体験していますもんね。」


朧がにっこりと笑う。

「まぁ、そうだね。」


蓮花が決意を眼差しで朧を見た。

「…私は、三つ目の選択肢を選びます。」


朧は少し笑って言った。

「君ならそう言うと思ったよ。三つ目。世界を救う選択肢。君は決定した。この世界の終焉、蓮花ちゃんなら誰が起こしているものか分かるはずだ。作為的なもの。」


蓮花がごくりと唾を飲み込んで言った。

「…滄助さんですね。」


朧は自慢げに言った。

「ご名答!あんの阿呆父親は一体何をやってんだか!全く!」


その瞬間、のんびりとした声が辺りに響いた。

『やーっと気付いてくれたのかい?』


淡い水の様な物がスクリーンとなって、其処に滄助の姿が、薄く現れる。


「…父上。何故この様な事を起こしたんです。頭がおかしいとしか言えないですよ。」


くすくすと滄助が笑った。

『頭がおかしい…ふふっ…面白い事言うねぇ。僕は至極まともだ。それを何時か分かってくれれば良い。』


滄助は真面目な言い回しで言った。しかし、直ぐに無邪気な笑顔に戻る。


『さ、君達は世界を救いたいんだよね?僕のゲームに参加してくれよ!』


次の瞬間、蓮花の隣にはもう朧は居らず、あの『青い空間』に居たのだった。蓮花の目の前には滄助が居る。


「空間は空気と擦れるから、『青い空間』なるものが存在するらしい。まぁ、それは良しとして。」


彼は続ける。

「君が勝った暁には、プレゼントを上げよう。世界を元通りにする事、そして、君の出生の事を。」


蓮花が目を見開いて問うた。

「…貴方は私が誰なのか、知っているんですね?」


またもや滄助は笑った。

「もっちろん!例え知っていなくとも、神様なのだから、知る事は出来る。」


でも、と態とらしく笑う。

「良いの?これを知ったら君は戻れなくなる。今の生活が好きなんでしょう?」


蓮花はあまりの混乱に叫ぶ。

「どういう…どういう事ですかっ!」


気を取り直して滄助が取り直す。

「まぁまぁ落ち着いて。君の勝利は約束されている。」


益々不思議そうに蓮花は尋ねる。

「なら…どうして私が戦わなくちゃいけないんですか?」


滄助が嗤う。

「それが、筋書き通りだから。聡明なる君の脳を確かめてみたいんだよ。」


滄助が一回転すると、其処には大切な人のある顔があった。

「あ…ああっ…!」


蓮花は、空いた口が塞がらない。其処には、戦うには余りにも不利な人間が立っていた。


「…蓮花、久しぶり。元気にしてた?」


滄助はいつの間にか消えている。蓮花は絞り出す様な声で言った。


「母さん!」









「やぁ、白羽君。随分と久し振りだね。」


『青い空間』に飛ばされた神無月は、声の主に返す。やたらめったら落ち着いている。


「…朧の父君か。どうしました?」


くすくすと滄助は笑った。

「この状態でどうしたって聞く人は恐らく君しか居ないね!本当に、面白い。白羽君は見てて本当に面白い人間だ。」


神無月が俯いて言った。

「それは、どうも有難う御座います。」


さて、と滄助が言った。

「君も巻き込んで可哀想だけど、お呼びだからね。筋書き通りにしなくては。」


神無月が眉を潜める。

「筋書き…通り?何ですか、それ。」


滄助がくるくると回りながら言った。

「うふふ。君には世界の救いと、その筋書きの答えを賞品に上げよう。」


神無月は訝しげに言う。

「どういう事ですか。」


滄助は回って言った。

「それはこの子が答えを持ってる。」


神無月の顔の表情が一気に落ちた。

「ね、久し振りだね。白羽。」


彼は唇を噛んで言った。

「…苺。なぜお前がここに居る!?」


苺はにっこりと笑って神無月に向いた。









「さぁて、最後はお前か。興ざめするなぁ。」

「それは此方の台詞です。」


そう言えば、と朧の表情が一気に固くなる。

「…黎明は?あの子は、どうしたんです?もしあの子に何かあったら…!」


滄助は馬鹿にする笑いでくすくすと笑う。

「僕も一応父親だよ?自分の娘を殺すなんて事はしたくないよ。」


朧が嘲り罵るように言った。

「じゃあ、他の事はするんですね。」


やれやれと言った風で滄溟が言う。

「減らず口は相変わらずだなぁ。黎明には選んで貰っているんだ。……もしかしたら、この4人の中でも1番辛い…いや、辛すぎる試練かもしれない。」


だってあの子は、と滄助は付け加える。

「まだ両親の事について矛盾した想いを持っているんだろう?」


朧の表情は激昂に染まる。そして地を這う様なおぞましい声色で言った。

「ちょっと待て…!やめてくれ!それだけは!黎明が壊れてもお前は良いのか!?あの子がどれだけ今まで苦労してきたか…!今までどれだけ黎明が身を裂けるような想いをして生きてきたと思ってる!?」


そんな朧のざまを見て、滄助は腹を抱えて笑った。

「あははっ!焦ってる焦ってる!ひっさびっさにこんな面白いものを見たよ!愉しくて愉しくてたまらない!」


朧は益々激昂する。目は真っ赤な獣の瞳。

「お前だけは…!お前だけは、私が殺す!」


目を細めて滄助は笑った。手を横にして、あの豪華なタロットカードを盾にして、一気に朧を挑発する。


「やれるもんならやってみな。」


今、世界を巻き込んだ壮大なる親子喧嘩が始まる。









「おはよう、黎明。」


今までの夢は何だったのだろうか。夢なのか?黎明は微睡みの中で目を覚ます。

「…お母様?」


何かが、何かがおかしい。黎明は、起こしに来た母親を見て、ぼんやりと突っ立って居た。


「何をしてるの?早く朝ご飯を頂きましょう?」


黎明はにっこりと微笑む母親の手に連れられて、リビングに下りながら言った。

「お母様、お父様とお兄様は?」


きょとんとしながら食卓に座る黎明に、優しく微笑んで母親が返した。

「あら、忘れてしまったの?2人は少し買い物に行っているのよ。」


長い疑問はこれだったのだろうか。黎明は脳内で自問自答する。そして、思い付いたように返した。


「そう言えば。お母様、聞いて下さいまし。とても長い夢を見ましたのよ。」


くすくすと黎明が笑う。


「お兄様と…あれ?…何方でしたっけ…?強くて優しい、お兄様と一緒に私を育ててくれた方と、私のお姉様みたいな方…名前を忘れてしまいましたわ。」


少しだけ、ほんの少しだけ母親は悲しそうにすると、直ぐに負の感情を消して言った。


「ね、黎明。今日は少しお買い物に出かけましょう?服でも何でも買ってあげるわ。」


黎明は手を叩いて喜ぶ。

「やったあ!…でも、お兄様とお父様は?どう致しますの?」


誤魔化す様に母親が言った。

「2人は夜遅くに帰って来ますから、心配しなくても大丈夫よ。」


黎明はにっこりと笑うと言った。

「じゃあ、御粧おめかししなくちゃ駄目ですわ!直ぐに準備致しますので、お母様は此処で待っていて下さいね!」


幻想と泡沫に隠された矛盾に、彼女は何時気付くのだろうか。








「か、あ、さん…なの?」


蓮花は戸惑いながら言った。蓮花の母親、菫は巧笑する。


「ええ、貴女のお母さんですよ。いつの間にかこんなにも大きくなって…。だって、私が死んでから、もう10年以上たったのだものね。」


蓮花は顔を引き攣らせて言う。

「何で…何でいるの?死んだら、終わりでしょ?何で、私の目の前にいるの?母さんも、滄助さんの味方なの?」


酷く悲しげに、しかし冷徹に菫は言った。

「全ては筋書きが為。世を救う、筋書きの為なのよ。貴女の為でもある。」


蓮花は拳を作って叫んだ。

「わ、私の為って…それじゃ、何でこんなことするの!?おかしいでしょ!?」


そして、と菫は続けた。


「貴女の出生の秘密でもある。蓮花。まだ、貴女は『あの世界』の事を思い出してはいけないの。そして、自分自身の事も。」


ふと、菫は言った。音が薄れていく。

「…御手洗 蓮花、貴女は人間ではない。」


膝を付いて蓮花は突っ立つ。

「母さんも酷い嘘を言うんだね。じゃ、母さんは人間なの?父さんは?」


こくりと菫は頷いた。

「貴女の両親は人間よ。だけど、蓮花は人間だけど、皮を被っているだけよ。」


ふと、蓮花の目の前の景色がずれる。


『こーーーーーで。ーーうよ。』


『ーも、ーーーんー…。』


『……ーーーーーら、ーいでー』


ぶれる、ぶれる、セピアの世界。


「いやだ!やめて!」


叫ぶ蓮花を他所に、申し訳なさげに菫は言った。

「…終わりにしましょう、この、茶番を。」









「白羽!本当に久し振りだね!」


苺はくるくると回る。いつの間にか、10歳前後の姿だった少女が、緑がかった黒髪を持つ女性に変わる。神無月は特に動じることもなく、ただひたすらに淡々と。


「……そうだな。」


ぶう、と苺は膨れる。

「白羽ぁー!私が生き返ったっていうのに、どうしてそんなに淡白なの?」


それに、と苺は俯いて言った。

「…どうして、チャンスを与えられたのに、捨てちゃったの?」


神無月が言った。

「…チャンス、か。俺はアレを拷問だと思ったぞ?『生き返らせないか』。なんて。」


苺は続ける。

「…神様から、『葛根 苺を生き返らせないか。大好きだったんだろう?』って言われたんでしょ?知ってるよ、私。」


ゆっくりと神無月は笑う。

「…古来より続く理は、反転する事あらず。輪廻の円環は崩れ去ることなし。そういう事だ。どだい死人が生き返ったとて、それは俺の好きだったお前では無い。」


悲しく笑って彼女は言った。

「そっかぁ…。……っ…そ、だよね、もう、終わりにしよう。これで私は最後だよ。」


苺の背後には物が浮き始める。


「これね、白羽を殺す為に用意した物なの。短剣、毒薬、首を絞める為のロープ、突き落とす為の仕掛け。たっくさん、たっくさん、あるんだよ!」


屈託のない笑顔で苺は言った。

「さぁ、殺して上げる!」


神無月が一気に構えた。

「黄泉還しにしてやる。」











朧は浮遊して滄助の攻撃を躱す。あまりの速さに攻撃の音が先に聞こえる位だ。


「うーん、長い間生きている割には、それなりに強くないよねぇ。」


滄助の呑気な声。そして朧が返す。

「そんな事言ったって、父上はウン億年生きるんでしょう。」


うんざりして滄助は言った。

「…『前の僕』の年齢を合わせないでよ、ね!」


『戦車』のタロットカードが発動し、朧に向かって砲撃が始まる。朧はそれに水弾を当てる。辺りに煙が立ち込める。


「そんな事しても無駄……逃げたか。」


滄助は空を眺める。その頃朧は雲を突き抜けて、空間の上部分に有るコアを探す。


「あれを破壊すればこの白昼夢も終わるはず。」


背後からまたもや魔弾が飛ぶ。それを旋回しながら朧も攻撃をする。

「あった!あれだ!」


朧は近付きながら、攻撃を目標へ当てる。の、筈だった。

「っ…!これは!」


そのコアに触れようとした瞬間、超巨大魔道弾が炸裂した。しかし、それは見掛け倒しの様だったそうで。朧はコアに触れること無く落下していく。


「…くっそぉ…油断した…そんな訳無いもんなぁ…。」


朧は力の宿らない両手を見て笑った。

「…魔術回路を切られちゃったねぇ…。」


冷たい空気の中で、滄助が現れる。

「直ぐに終わっちゃいそうだね。お前もあんまり強くない。」


朧がどこか悲しく笑う。

「あはは、そうですね。」


じゃあ、と滄助が言った。

「終わりにしようか。良い暇潰しになったよ。」


滄助の周りに大きな魔法陣が現れ、砲弾かを出来る。朧は目を瞑って死ぬ『予定』だった。口だけで、滄助は笑っていた。


「大きくなったと思ったのになぁ…。」

「脳味噌も大きくなりましたよ。」


朧は焦点を自分の目で合わせて滄助の頭に引き金を引くが、それをギリギリで避ける。滄助が少し焦り気味に言った。


「な、何で生きてるんだ?今の攻撃は確かに当たっていたはずなのに…!」


自信満々に朧は言った。

「まぁ、そうですね。当たっていましたよ。流石にあれを上手く避けるとなると、魔力の消費量も半端なかったですけど。」


朧は銃を仕舞い、翠色の鉱石を出す。

「昔ね、お師匠様が言ってたんですよ。『魔法使いでも、魔法が使えなくなった時に他の手が無い奴は、三流以下』だって。だから私も沢山の手を用意しましたよ。」


滄助が懐かしそうに言った。

「その鉱石は、魔力を溜めるものだね。また小癪な真似をしてくれたものだ。それに、そのセリフは僕も言われたよ。」


そして、ぼんやり昔の記憶を見つめて言った。


「…それは、彼女がその世界に居たから。魔法に頼りっきりの世界だったんだよ。あの帝国ができたばっかりの頃はね。だから、そう思うのだろう。」


それに、と滄助は苦笑する。

「その拳銃は何処で?今のご時世買うのは難しかったろう?」


朧はニタリと笑う。

「お師匠様のところですよ。性能はお墨付きです。魔道弾、通常弾も出せるイイヤツです。」


そして、滄助は心底愉しく笑う。

「そうか……じゃあ、勝負の続きだ!もう僕を飽きさせないでくれ給えよ!」


朧も負けず劣らず言った。拳銃を一気に構える。

「飽きさせる?笑わせる!地獄の果てまでも悔しがれ!この阿呆親父!」












「ねぇ!御願い蓮花。私を殺して!」


蓮花はその母親の答えに目を見開く。

「嫌だ、嫌だ、母さんをもう1回なんて殺したくない!嫌だ!」


そうだ、彼女は気付いたのだ。滄助の言葉、それ即ち『母親は、抵抗をしない』と言うこと。蓮花が刀に変えた『金華』をもってすれば、母親はまた死者となる。


「嫌だ…嫌だ…。かあさん…ねぇ…どうすればいいの…何で…。」


あの人は、朧月夜滄助という人間は、一体何を考えているのだろうか。最早怒りなぞ湧かぬ。何故、何故こうなってしまったのか。


「母さん…何でなの…何で、こんな事に?私は朧さんと過ごして、その面々に見る不思議さを体験していただけなのに…どうして、一体どうして…母さん、教えて。」


目を細めて、母親は言った。

「…言えないのよ。ごめんなさいね。でも、貴女が私を殺してくれないのなら、貴女は終わる。何も出来ないまま、呼吸すら、苦しみすら味わうことも無く終わるの。」


それでも構わない、と蓮花がふと口に出そうとした瞬間だった。


『違いますよ。それは違います。お姉ちゃん。』


脳内に、懐かしい声が響く。それは続けた。


『それは死。永遠という物は残酷で、お姉ちゃんはそれがどれほど残酷な事か知ってる。けど、けど、お姉ちゃんはその道を選んだ。それは破滅の道。だけれどお姉ちゃんが助かる道はそれしかないの。ねぇ、だから。』


蓮花はぐちゃぐちゃの顔で前を見る。頭がぼんやりする。

「あぁ…あ、あたしは…殺さなくちゃ、駄目なんですね…母さんと、一緒に居られない…だって、死んだんだもの…そうですよね…。」


蓮花は優しく笑って刀を構える。

「母さん…私からの親孝行は、これだけしか無いの。…何処を刺されたい?」


母親は微笑んで何も答えない。

「分かりました。『死人に口無し』。…そうですよね。」


蓮花は一思いで母親の心臓を突いた。硝子の様な割る音がする。優しい声が頭上から降った。


「……蓮花…貴女、親孝行これだけって…そんな訳ないでしょう?貴女が産まれてきた事が、勝る事のない親孝行だわ。」


優しく蓮花の頭を撫でる。


「ねぇ、顔を上げて頂戴。そして、笑って。最後に見る顔は、笑顔が良いの。もう直ぐ私は、声もかけられなくなって、蓮花を見守る事しか出来なくなる。」


母親の体は所々綻びが出来て、光の粒となる。


「それでも、信じて生きて!貴女は絶対に幸せになるから!私とお父さんは、何時も貴女の事を思って居るからね。」

「母さん…有難う…っ…有難う!」


蓮花が叫ぶと同時に、母親の顔が綻ぶ。きつく抱き締められていた力が亡くなっていくと同時に、蓮花が握り締めていた力も無くなっていく。己の手を見て、蓮花は絶叫した。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


声は裏返って、辺りを劈くその悲鳴。それは、蓮花の耳にしか入らない物だった。











「…白羽、弱くなっちゃったね。」


神無月はふらふらと立ち上がるが、苺の回し蹴りであえなく散る。何も答えない、壁にぶち当たった神無月に、苺は屈んで言った。


「…死んじゃった?…死んじゃってる!やったぁ!これで私は生き返れる!やった!」


刹那、彼女の首に刀が貫通する。

「かはっ…!?」


ゆっくりと起き上がって、血を吐いて神無月は言った。

「死んだのはお前だ。」


首から血がどばどばと溢れている。神無月は笑顔で刀を引き抜き、一気に心臓を突き刺した。ふと思いついて半分よろこびながら神無月が言った。


「これはもしや……上手く心臓だけ取り除けた感覚がする…!」


苺の体から刀を引き抜き、地面に落ちた心臓を容赦無く斬り捨てる。


ひゅー、ひゅー、と上げられない声を上げながら、這いつくばって神無月の側まで苺は来る。


「…し…は…たすけ…て…。」


神無月はぼんやりとその様子を見る。

「済まない…俺は、もうお前を助けられない。死んだ人間は生き返らない。それだけだ。」


神無月は苺を抱き抱える。俯いて言った。


「…もう、お前も俺も、忘れるべきだ。俺の初めての恋心は、確かにお前だった。だけれど、俺はこんな事望んでいない……。済まない、本当に、俺は何にも出来なかったから……俺は、お前をまた黄泉に還す事しか出来なかった……。それで罪が……お前に対する罪が洗われるのなら、これで…。」


神無月の足元に東洋式の魔法陣が現れる。そして、苺は笑って消えて逝った。神無月は手を合わせて、深く、深く、血で汚れた手を合わせて言う。


「御冥福をお祈り申し上げます。……俺に感情を与えてくれた人よ。」












「お母様!とっても楽しかったですわね!」

「そうね。」


母親は短く切ると、黎明は自分の家の屋上に一気に駆け上がった。母親も着いてくる。


「…もう、こんな時間でしたのね。」


空は濃紺に澄み渡り、星がちかちかと光っている。ふと、黎明がぽつりぽつりと呟いた。


「昔…お父様と、お母様と、お兄様と、私で。星見を致しましたわよね。夏の日でした。私が、まだ三つの頃のお話です。」


母親が呟く。


「そうだったわね。とっても綺麗で、良かったわね。お父様が一つ一つ星に関する物語を言って下さって…それで、ねぇ。滄溟が時々それは違う、って反論して、2人で論議を醸していたわね。それで、私達は、その様子を見て笑ってた。」


その続きを黎明は続ける。


「そうですわね。それで…私は四つになだて、このマグノーリエを去った。お兄様と過ごして、蓮花姉様と神無月お兄様と一緒に暮らして…皆様とても危うい方ですけれど、とっても優しい人たち…私を助けてくれる人ですわ。」


母親が俯いて言った。

「…全部、全部、思い出したのね。」


黎明が少し涙に混じった声で言った。


「…はい。お母様…思い出したんです。今まで、私は逃げていましたわ。お母様とお父様が死んでいる事から。…み、認め、るなんて、怖かっ、んです…っ!…うぐっ…。」


黎明は水晶を拭う。

「…だって…だって、…あんな強い、お父様が、あんな優しいお母様が…死ぬ、だなんて…嫌だ…怖かったの…。」


でも、と黎明は母親に振り返って叫んだ。


「私は、もう終わりにしますわ。もう、逃げる事は辞めです。」


屋上のぎりぎりに立って、黎明は言った。

「ここから落ちます。そうすれば、元の世界に戻るでしょう?」


その危うい疑問と答えを制するように、母親は黎明に駆け寄った。


「…ごめんなさい。先に死んでしまって。とっても悪い事をしました。償いきれない罰だわ。それでも、私は黎明とまた会えて嬉しかった。久しぶりに笑って元気な顔が見られたのだもの。これ程幸せな事は無いわ。黎明。幸せにね。」


「はい!お母様!」


黎明は満面の笑みで笑うと、ゆっくりと体を逸らして宙に浮いた。そして、涙が溢れ出す。


「…私も、お母様と少しだけでも居れて、幸せでした…。」












白熱たる地上戦。そんな言葉が相応しい闘いだった。朧が弾幕を出しながら、滄助の攻撃を避ける。


「まだまだ!『魔術師』!」


鏡の様に朧を錯覚に陥らせる。その空間も拳銃で朧は逃げ出した。


「っ…面倒な奴…!」


その瞬間、滄助は笑った。

「油断は良くないよ?」


朧は吹き飛ぶ。打ってぼんやりする頭で、朧は思考をもがいた。だが、それすらも、それすらも。

「…今度こそ終わり?つまんないなぁ…。」


刹那、朧が滄助の足を引っ掴んで投げ飛ばす。

「いったいなぁ!」


朧が至極まともそうに返した。

「…いや、痛いのはこっちです。あと、一応返してもらいましたからね、『ラプラスの魔物』。」


という訳で、と朧は満面の笑みで相手に笑った。

「タロットカード、使えますよね。」


滄助の顔が青ざめる。

「お前の体にタロットカードの相性は良くないから、ね?ほら、お父さんに返そう?」


朧が鼻で笑う。

「嫌です。今さら体に悪いからって、もう別にいいですよ。それに、もうこの戦いも終わる。」


朧が横だちになって、魔道式を展開するそれに合わせて魔法陣も増えていく。


「魔道式展開。来たれ世界、周りは666(ろくろくろく)。全を以て一となし、一を以て全となれ。その名は来たれり暁の名、遥かなる古の名前よ!」


至る所にある金の魔法陣が、滄助を集中攻撃する。朧が冷徹に言い放った。


「…死にました?」


衣摺れの音がして、滄助が起き上がる。

「…まぁ、死んだ判定して上げてもいいよ。一応前の体は死んだ。だから、まぁ、いいんじゃないかなぁ…。」


朧が頭をかきながら言う。

「こんな喜ばしくない勝負で勝利も喜べない戦い初めてですよ…。」


滄助が鼻で笑う。


「だってまだ終わってないもん。」

「は?」


朧、黎明、神無月、蓮花が元の世界に集まる。滄助が蓮花に言った。

「もうそろそろ帰る気になった?」


蓮花が俯きながら言う。


「やだ…嫌だ…まだ帰りたくない…あの世界に居たくなんか無いです…。」


朧が慌てふためきながら蓮花に駆け寄る。


「れ、蓮花ちゃん?何言ってるの。帰るって…あの世界って、一体何なの…?」


朧は神無月が俯いているのを見て言った。

「神無月…?どういう事?君は知ってたの?ねぇ、教えてよ。」


神無月は俯いたまま続ける。

「…それが、彼女の弱点だ。ただその弱点は、言ってしまえば蓮花は消える。だから、言えない。」


滄助が神無月に言った。

「そうだよね、白羽君は言わない様に頑張ったんだもんね。」


その間も蓮花は何かを呟きながら頭を抱える。

「…嫌だ…帰りたくない…。」


みるみるうちに、蓮花の身体は魔道回路に覆われる。額には、『ラプラスの魔物』の太陽の紋章。黎明が呟く。


「兄様…あれは一体何でしょう?」


朧がそれに目を見張った。滄助が嗤う。

「案外早かったね。」


蓮花が一気に手を広げたその奥には、セピア色の世界が広がっている。黎明が叫んだ。

「兄様、あれは一体…!?」


朧が恐れ戦きながら言った。

「あれは…真理ちゃんりの紋章だ…彼女は、人間じゃなかった…真理の、創られた物だったんだ…なのに、何で…?もう、何も分からない…。」


滄助は何か一点を見つめている蓮花の手を引いて言った。

「お前にはちょっと甘過ぎるかも知れないね。蓮花嬢が創った『飴細工の世界』は。」


一気に空間の入口は無くなり、其処には普段のエレクトローネが残っていた。ただ、驚愕に塗れた3人を置いて。

怒涛の展開、ドキドキです!

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