第8話 罠は実際甘かった
何か他に使えるものはないかと視界を巡らせては見るものの、あるのは箱と石の壁。
上を見上げても暗さの所為で天井が見えない。
……ふむ。
「見えないくらい高い天井、か」
ひとつ、案が浮かんだ。
僕が【鋭利化】を使いこなすだけの力がないなら、ほかのモノを利用すれば良い。
そう、例えば重力とか。
移動に制限が掛かるおかげで忌々しいと思っていたけど、なんだ重力結構いいやつじゃん。
「そうと決まれば早速チャレンジ……の、前に、一応保険かけておこうか」
現在の質量では重さに不安がある。もししとめられなかったら無駄骨もいいところだ。
なので一旦戻って水でも大量に含んでくる事にする。あとは吐き出した無駄な土とかも使えそうだ。
ミミックに動く気配はない。気が変わられても困るので、ミミックにぶち当たった箱以外をてきぱきと開封して空であることを確かめた上で脇へと避けてから来た道を戻る。
程なくして我が家へと通じる横穴へとたどり着けば、嗅ぎ慣れた土の匂いが嗅覚を刺激してちょっと心が和む。
やはり自宅は落ち着くな。いや、今は大穴が開いてしまっているから開放感溢れ過ぎててちょっと不安になるが。
それはさておき、準備に取り掛かろう。
まずは生簀を作る為に掘り起こし、脇に寄せただけだった土を体内に取り込む。
湿ったそれは特に味もなく、噛み終えたガムの様な、なんとも口に含んでいても楽しくない食感を与えながらも、きちんと質量を感じさせてくれる。
続いて水だ。これについては味は特に変わらないし割愛するが、土が水を含んで大分重くなったように感じる。これなら十分だ。
意気揚々と戻ってきた僕を出迎えるのはミミックの入った箱。
ほかの箱は何かに使える時が来るかもしれないのでいくつかを残して質量の足しに。
この部屋に来たときよりも倍近い質量になった体で壁をぬるぬると這って天井へと登ってゆく。
粘液の体だからね。壁伝いとか天井に張り付いたりとかはお手の物ですよ。元が弱いとこういう風に体が適応していくものなんだよね。
「ふぅ。壁のぼりも楽じゃないや。……位置よーし、重さよーし」
さて、大分時間が掛かってしまったが、漸くミミックの真上まで這ってこれた。後はこのまま身体全体を【鋭利化】してウニ状態になったまま落下するだけ。足りない力は落下で補う。
――ギチチチチチ……。
身体が見る見るうちに鋭い白銀に包まれて、僕の表皮がたちまち針の山と化す。こんなのが天井から降ってきた日には、普通の人間は死んでしまうのではなかろうか。
まぁ、人間相手にこれを使う日が来ないことを祈るのみだけど、とりあえずは目先の新しいご飯ということで、この一発で沈んでくれる事を願いつつ、ダイブ。
「そぉい!!」
ヒュン。という僅かな風切り音を鳴らして僕の体は垂直に、狙い通りにミミックに向けて落下してゆく。
何気に高い位置なので結構怖いが、今の僕は中身は粘液だし、表面は堅い剣の山だ。大した怪我はしないと思う。たぶん。
パキィ……ッ
しっかりと狙い通り、ミミックの入った箱を直撃したは良いものの。
同時に何かが欠けるような音が響いたかと思うと、僕の表皮を覆う白銀の棘の一部が見事に折れてしまっていた。
「っ、ぁー……痺れたー……これはダメかなぁ……ミミック硬すぎ。僕脆すぎ――っと、ほう?」
確認がてらミミックへと視界を向ければ、どうやら、そんなことはなかったらしい。
あちらも表面に僅かだが傷が入っており、何度も繰り返せば美味しくいただけそうな雰囲気を醸し出している。
よし。こうなったら壊れるまで何度でも紐なしバンジーしてやる。
「せぃやぁ!!!」
繰り返す事15回。見事に穴だらけになったミミックがそこにはあった。
さすがに僕も何度も何度も天井まで這っては落ちてを繰り返したのでお腹が空いた。外は恐らく日暮れだろう。
目の前のミミックは既に機能を停止した様で、僅かに宝箱の口が開いていて、動く気配はまるでない。
最後に刺さったときは結構深々と刺さった上に、苦しそうに蠢いていたのでたぶんとどめはさせているはずだ。
ちなみに落ちるたびに欠けた僕の刃はもったいないので回収して食べた。
自分の一部を食べるってものすごい倒錯的だったけど食べれない味ではなかったとだけは言っておこう。栄養にはならない気がするから、今回のようなことでもなければ食べたいとは思わないけど。
「さて、と。がんばった成果とご対面といきますか」
動かなくなった箱の中身、つまりはミミック本体が気になり、ギザギザの歯が並んだ口をこじ開けて中身を覗き込む。
暗くてよく分からない。外で見れば本体の姿がしっかりと見えるかもしれないが、さすがにそこまでして中身を見たいと思うほど余力もない。
既に普段の一日以上の労力と同等かそれ以上の労力をかけてしまっているので、それに見合っただけの美味しさとスキルに期待するしかないが、久々に苦戦して手に入れた食材を味わう事にしよう。
「いただきます」
ミミックだったモノに祈りをささげて、すっぽりと外面の箱ごと包み込んでゆく。
最初からこうして捕食しても良いのだが、捕食中に口をあけられて中から噛みつかれでもしたら嫌なのでしっかりと仕留めきってからの捕食を心がけている。
「むぐ。ふむ。ほう……これはなかなか」
ポリポリと外面を溶かしていくと、ポテトチップスに似た食感に味は肉まんの皮。中身も肉まんだったらいいなぁと思いつつ咀嚼。
漸く内面まで食べすすめると、仄かにごま油に似た香りが広がって、中から甘く黒いものが溶け出してくる。
肉まんではなく、あんまんだったようだ。まぁ、遠からずといった所だが、外面の食感さえ除けば普通にあんまんだったし、ここ暫く甘味がなかったのでとても美味しくいただけた。
パリパリの饅頭皮ってのもなかなか新しくて美味しいしね。労力と合わせて考えると、常食まではいかないが、時折食べたくなる味だ。
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新たにスキルを獲得しました。
【擬態】
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どうやら無事新しいスキルも手に入ったみたいだ。
スキルの確認をしつつ自宅の穴へと戻る。これ以上の探索をする余力も気力もないからね。
今日は思わぬ大収穫だったし、明日は引き続き遺跡の調査にしゃれ込むとしよう。
【擬態】
ミミックが持つ他の存在へ変身する能力。
自身より下位の存在への変身ができる。
同格より上位になればなるほど綻びが生じる。
中々面白いスキルが手に入ったので、これもまた後日試すとしよう。
いまはどちらかというと早く寝たい。
明日からの生活が一層楽しくなりそうだ。
Name:【-----】
種族:ポイズンゼリー・天恵種
スキル:【●●の記憶】【言語理解】【無差別捕食】【消化吸収】【猛毒耐性】
【毒素生成】【水中適性】【索敵反響】【鋭利化】【幽体特効】
【呪術耐性】【擬態】<New!>
スペル:
称号:【転生者】【哲学する軟体生物】




