第5話 自宅の拡張は計画的に
あれから幾日かが過ぎた。
索敵による早期警戒と食料の安定確保が実現したことにより水中での生活がぐっと安定したことで、ようやくその先の試行錯誤を行うことができるようになっていた。
せっかくゼリーという不定形の姿なのだから、いつまでもボール状でいるのも面白くないと思ったのが事の始まり。
ならば魚の姿にでもなれればもっと泳ぎやすくなるのではと考え、魚を模して身体を変形させてみたのだが……。
「むぅ……やっぱり他の生き物を真似るのは難しいのかな……」
どうにも、この体は曖昧に広く伸ばしたり、形状を変えることは出来るのだが、何かを長時間象る、という事が出来ない様だった。
むにむにする身体は柔らかい。人間の頃に比べると骨格もないので伸縮自在だ。
だが同時に骨格がないという点が一つの形で固定し続ける事を難しくしている。
そんな事を気にしていても仕方がないのだろうが、元人間という記憶は、数多のモンスターの幻想的な姿を僕に見せるのだ。
せっかく自由な体があるのに、それらになれないなんて勿体無い。そう思うのは仕方の無い事だ。
それに、最終的な目標は人間的な体を得て、この世界の人里を目指すという所なのだから、できないよりできるに越したことはない。
それはそれとして今日の予定としては、丸一日使って我が家の拡張を行うつもりでいる。
というのも、毎日狩りに出かけては、一日に決めたノルマ分の食料を得ることができれば残った時間は自由に探索にまわせるのだが、上手く群れとぶつからないと一日中ご飯探しで終わってしまう事があったからだ。
大漁だったときは我が家に持ち帰って貯蓄できる環境があれば、少なくても安心して毎日纏まった時間を探索に回す事ができ、余裕があれば湖が終われば湖の外へも探索の手を伸ばせるという算段である。
今日という日のために先日から2日分の食料を溜め食いしているから、準備は万全だ。
そういった訳で、ゴリゴリと地面を掘り進んでいる訳なのだが……。
ここで我が家の現状を紹介しておこう。
まず立地だが、何処とも知れない森、ここ数日で人間の影も形も無い事から、人里から程遠い山奥や未開の地の中である事が窺える。
その森の中にある巨大な湖、たぶんサイズは東京ドーム何百個分というやつだ。目測だが対岸が見えなかった事から、かなり大規模だと思う。さらに言うなら深さもあり、地球だったら海水魚レベルのサイズの魚が泳ぎ回っている。
湖の中心にはぽつんと孤島があるものの、鳥系モンスターの巣がいくつか纏まっている以外は何もなく、湖上の城が建てられそうなほどの土地が手付かずのまま残されている状態だ。
その孤島を水中からくり貫き、水中を入り口として土中に空気のある空間を形成する、さながらビーバーの様な穴倉。それが我が家という訳だ。
さて、主な拡張方法だけど、これは自分で土を掘り起こして外に捨てるなり、堀の如く掘った穴の周りに積み上げるというシンプルな方法をとっている。というかこれ以外の方法は僕には実行できない。
現在の食料は主に魚系なので、外に繋がらないが水を溜め込める場所を作り、そこに麻痺毒か催眠毒で動けなくした魚を放逐して必要なときにそのまま食べる生簀を作るのが今回の目的だ。
「……よし。生簀はこんなもんか。あとは水をバケツリレーして引っ張ってくれば……うん。いい感じ」
一通り、生簀としてのサイズは小型ながら確保できた所で水を入れてみてサイズや底を微調整。
道具も何もない状況でこれだけできたならば上出来じゃないかな。
あとは、体が成長した時に合わせてもう少し広めに睡眠スペースを確保したい所だ。
まさか二倍以上にまで膨れ上がる事は無いだろうけど、それでも、もし成長して骨格でも出来て自宅から出られなくなりました。とかでは笑えない。
そういった理由から改装を続けることおそらく数時間。
外は日が完全に真上に来る頃だろうか。
そろそろ外の様子が気になりだした頃だった。
――ぐに。
掘り進めている僕の触腕がなにやら堅い物に当たる。
しかも、ただ単に堅いのではなく、平面的に堅いのだ。
「……?」
堅さの違う層のような物を良く見る為に周囲を更に掘っていく。
すると、何ということでしょう。自宅に綺麗な石造りの壁ができたではありませんか。
「じゃ、なくて」
なんと、どう見ても人工物にしか見えない積み石でできた壁が目の前に現れたのだ。
これはもしかすると遺跡なのだろうか。となると、上陸したことがないから知らなかったけど、孤島に入り口があったのだろうか。
「これは、探索しろってお告げだよね。僕の記憶もそう言ってる」
拡張はこれ以上できそうにないのは非常に残念だが、その代わりに面白い発見があるかもしれない。
水棲の魔物が泳ぎ回る湖を渡り、鳥系の魔物の巣になっている孤島の奥に存在する遺跡に住み着く魔物もさすがにいないだろう。いないと思いたい。
探索の結果次第では自宅として改装して移住するというのも一つの手だと思う。
そうと決まれば早速突入準備だ。
やる事といえば周囲を均して水が入り込まない構造にしたうえで積み石をいつもの要領で【捕食吸収】するだけなのだが。
作業を再開すること十数分で道が開通し、ぽっかりと暗い遺跡の内部が僕の家と繋がる。
どうやら通路に横穴を空けた形らしく、左右に伸びた通路は薄暗い。
下手したら数百年単位で放置されている遺跡だろうし、明かりが未だにあるほうが逆に怖いからこれは想定済みだ。
適度に密閉された空間ならば水中と要領は違うだろうが、原理としては【索敵反響】で周辺把握位はできるはずなので、内部の構造の調査をする所からはじめようか。




