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第4話 危機一髪というには髪がないよね

以降はストックがなくなるまで連日0時更新を予定しております。

 暫く泳ぎ、先日湖に飛び込んだ場所から孤島を挟んで丁度反対側を進んでいた所で、なにやら地面をつついている大型の魚の姿が視界に映った。

 その姿はイルカのような哺乳類に似ているが、どこかサメのような鋭さを持った顔立ちをしていて、口に覗く見るからに肉食っぽい牙が近づくのを躊躇わせる。


 ご飯中らしく、こちらに気付いていないのが幸いと言った所か。どうにかそのサメイルカ(・・・・・)に見つからないように遠回りに通り過ぎようとし――


「っ!?」


 キーン。と、僕の身体を揺さぶるような気持ちの悪い音の波が押し寄せ、思わず身震いしてしまう。

 その瞬間、半ば本能的に感じた嫌な予感に視界を振り向かせると、先ほどのサメイルカがこちらを見据えていた。


 ――ヤバい。


 本能的な部分がガンガンと警鐘を鳴らす。

 そんなものに促されるまでもなく、全速力でその場を離脱する。しかし、振り返るまでもなく後ろへ向けた視界には、サメイルカがぐんぐんと速度を上げてこちらを追いかけてくる姿が映っていた。

 スライムってこういう時便利だよね。頭ないから泳いだまま360度確認できるんだもん。

 ……って、あんな牙に噛り付かれたらそのまま食いちぎられる事間違いない。

 きっとこの体なら痛覚だって遮断できるだろうけど、そんな怖い目にあってまで確かめたくはない。


「ヤバい、ヤバい、ヤバいヤバいヤバい!!! めっちゃ怖いっ!!!!」


 依然として彼我の距離は縮み続け、そんな事言ってる暇もないくらいに切羽詰ってきている。

 昨日今日で水に慣れたばかりのゼリーともともと水棲として生まれた魚じゃ地の利もあった物ではない。


「見えた!!!」


 視界の先にいざという時に逃げ込もうと掘って置いた穴が見えてくる。

 とりあえずそこまで逃げ切れれば僕ひとり、しかもこの体の柔らかさでないと入れないような広さの入り口しかない穴だから、きっとこのサメイルカも這入って来れないはずだ。

 命がけの追いかけっこの最中、ひたすらに体を動かし続け、短いようで長い時間の後、目立たないようにあけられた小さな穴へと飛び込むように流れ込んでついでに少し奥まで掘り進む。


「あってよかった保険穴! 僕英断! 超英断だった!!!」


 これでひとまずの身の安全は


 ――キィィィィィン!!!


 耳はないけど聴覚器官を震わして、おまけに僕の感覚器官が痺れる様な感覚に襲われ、またかと穴の外の方へ視界を向ければ、サメイルカの鋭く尖った歯がすぐそこにあった。


「う、うわああああああああああ!?」


 逃げ切ったと思っていたのに、まるで逃げ切れていない。

 しかもガチンガチンと音を立てて地面を食い破って奥に、こっちに向かってきている。


「って馬鹿か僕は!? 誰だよ英断とか言ったの!! 僕だよちくしょう!!!」


 ……考えてみればそうだ。

 こいつは僕が最初に見つけたときに何をしていたのかを、ここへきて漸く思い出す。


 地面を掘って(・・・・・・)たじゃないか(・・・・・・)


 このままではすぐに捕まってしまう。

 逃げ込んだつもりがまったくの無意味。むしろ逃げ場のない袋小路に自ら飛び込んだ形だった。


「どうしよう、どうする、考えろ、死にたくないなら――!!」


 ……まだ、まだ僕は生きていたい。

 混乱する思考と、目の前でガチガチ噛み合わさり土を抉る牙が交錯して思考をかき乱す。

 着実に迫る死に対して、脳内が空白へと染まって行く。


『――』


 ……何故、だろうか。

 僕は、こんな――



 死の淵を、知っている気がする。



 ただ、その時は手も足も出なくて。待つだけだった。何も出来ない自分が苦しくて、嫌で……。

 今回もそうなのか。僕はまた、何も出来ないまま……?




 いや、違う。手も足もないけれど、それでも、それでも。


 僕にはまだスキルがある(・・・・・)


 考えろ。考えろ考えろ考えろ考えろ。

 今の僕に何が出来る?


 【●●の記憶】【言語理解】【無差別捕食】【消化吸収】【猛毒耐性】【毒素生成】


 これらの僕のスキルで、何が一番有効だ?

 決まってる。この中で攻撃に転用できるスキルは一つだけ、【毒素生成】だ。

 ただ、これは“体内で毒を作り出す能力”だから、僕が食べられたときでないと現時点では使い道がない。

 僕に毒を打ち込むだけの鋭い部位があれば別だけど、今回に限って言えばそれは必要ない。


「なんていうんだっけ。……死ななきゃ安いだったっけ?」


 あらかじめ痛いと判っているなら、後は覚悟の問題だと。僕の記憶は知っている。




 今の僕に出来る事も、取るべき事も、もうあまり多くはない。

 そう。ただ僕は体内で毒を作る。それも猛毒だ。出来ることなら苦しむことなく眠るように。感覚が最初になくなって、そのまま死んでしまうような強い麻酔のような毒を創る。

 恐らくは僕の体の核なのだろう。体液の中心で浮かぶ薄紫色の結晶を奥へ引っ込めて、体の一部をサメイルカに差し出す。

 僕の中で、ごぽごぽと音を立てて、体の色が薄紫色から、深く濃い血を思わせる赤紫色へ変わってゆく。そして……



 ――バツン。



「――っ!!!」


 うわぁ、うわぁ、うわぁっ。

 何だこれ何だこれゾワッとした!!!

 感覚が切断される、ないはずの背筋がゾワッと粟立つような気持ち悪さ。

 覚悟していた痛みというものはないのだけが幸いといえば、幸いだっただろうか。


「……さて、サメイルカがくたばってますよーに」


 恐る恐る。先ほど同様に伸ばした体の一部で外の様子を覗うように視覚を向ければ、僕の体を噛み千切ったサメイルカが、弱い痙攣を繰り返したかと思うとそのまま意識を失った様で、少しして力なく漂いはじめる。


「ふぅ……あれだけビビらせておいて呆気ない」


 ……いや、そう思えてしまうのは、僕が無事だからか。

 とにかく、目の前の危機は去った。

 そして、元凶は今まさに食べてくださいといわんばかりに僕の眼前に差し出されている。


「……」


 生きる為には食べなければ。食べる為に殺す。

 そう。そういう覚悟を持っていれば、僕はいくらでも殺していける。

 今の僕はもう人ではないのだから。生き物を食べて、生きる。それだけだ。


 心の中でサメイルカに冥福を祈り、僕の血肉になって僕の為に生きろという意味を込めて。


「いただきます」


 ……背びれはそのままフカヒレのそれだ。赤身はやや硬く噛み切りづらいというか溶かしづらいというか。だが、噛めば噛むほど味が出てくるというのは長く味わえるという事でもあるので特に気にしない。


 余裕を持って十数分くらいかけたかな。

 体感としてはゆっくりゆっくり味わって溶かしたのでもっと掛かっているかもしれないけど。

 とにかく、完食しきった所でスキル獲得の通知が来た。




 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 新たにスキルを獲得しました。


 【索敵反響】


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 どうやら僕の体を震わせて行動を阻害したあの音のスキルの様だ。

 名前からすると、本来は索敵用のスキルらしいが、はてさて。


 【索敵反響】

 特殊な音波を発し、反響から周囲の状況を把握するドンフィルのスキル。


 僕の体は水で出来ているに等しい。だからこそ、水中に音という振動を伝えるこのスキルがあのような行動阻害を発生させたのだろう。

 さっそく、手に入ったスキルを試運転を兼ねて使用してみる。


 ――ポーン。…………ポーン……ポーン……。


 どうやら、このスキルを使えば僕でも音を出す事ができるらしい。

 これはいい。そして、使った感触では、周囲の把握までをスキルの性能として括るらしく、周囲の魚群の位置や、やや大きめな魚の姿もイメージとして鮮明に浮かび上がってきた。

 今日から飢える事は無さそうだと満足して、僕はデザートを求めて大型の魚群の方へと泳いでいくのだった。

Name:【-----】


 種族:ポイズンゼリー・天恵種(てんけいしゅ)


 スキル:【●●の記憶】【言語理解】【無差別捕食】【消化吸収】【猛毒耐性】

      【毒素生成】【水中適性】【索敵反響】<New!>


 スペル:


 称号:【転生者】【哲学する軟体生物】

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