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第28話 誰かと食べる食事はおいしい

 湖の上を滑走するように進む僕の腕の中で子ゴブリンは黙ったままだ。

 はじめは早すぎて怖いのかとも思ったけど、どうやらそうではないらしい。

 背後へと移ろってゆく景色を楽しんでいるらしく、あちらこちらへと顔を向けている目が、心なしか輝いて見える。

 ただ、最後の最後、水の中をくぐって島の中へと入る段階はさすがに肝を冷やしたようだ。

 【水術】と【激流障壁】で水中に空洞を作って空気を保ったままの潜行だったのだが、事前に一声掛けたとはいえ、つい先ほど溺れ掛けた事がトラウマになっているらしい。


「もう大丈夫だよ。驚かせてごめんね?」

『ぅ……だい、じょうぶ……』


 口ではそういいつつも、僕が最初に掘った洞窟の中に足を付けているにもかかわらず僕から手を離そうとしない。

 ここまでくるともう人とかゴブリンとか関係なく、ただ純粋に子供の面倒を見ているようだ。


「奥の壁や床が変わってるほうは迷路になってるから、ここで待てるね?」


 暗に手を離せるかなと問いかければ、こくこくと頷き、ややあってから子ゴブリンはゆっくりと手を離してくれた。

 子ゴブリンの頭を軽く撫で、踵を返して湖へ。ゆっくりしてる時間はないからね。


 一人になったことで自由に水中を泳ぐ。

 身体は当然巨大魚のものに額に一角といういつものスタイルだ。

 水中ではこれが一番早いし、人魚姿に憧れがないかといわれれば嘘になるが、僕は上半身ゴブリンの魚人を人魚とは認めたくない。

 こんなのはただの僕の美的センスの問題なんだろうが、独り身、かつ自分のことだ。どうせならこだわりたいというのが本音だったりする。


 そんな事をつらつらと考えつつも、僕の身体は習慣を忘れず順調に魚を捕獲している。

 帰り際によってきたサメイルカを3匹ほど、小魚とは別の水檻に閉じ込めて持ち帰れば、子ゴブリンは一瞬驚いたように身を引いていた。


『あ、お、かえり、なさい?』

「ただいま」


 何故疑問系。そして僕の返事で明らかに安堵したのは何故だろうと首を傾げようとして、僕がまだ巨大魚のままの姿である事を思い出して上半身だけゴブリンに変える。


 分かりやすいぐらいに態度変わるな。やっぱりゴブリンにはゴブリンの格好のほうが良いという事だろうか。

 まぁ、それならそれでいいさ。

 ともあれ子ゴブリンを連れてもう一度湖の外へ――



 ぐぎゅるるるるるる



 ……僕じゃないよ?


『ぁ、ぅ……』

「ははは」


 子ゴブリンの腹の音が洞穴に木霊し、遺跡の奥へと溶けて消えてゆく。

 食事からしたほうが良さそうだね。


「食べる?」

『い、いいの?』

「うん。一緒に食べよう? といっても、ゴブリンが普段どんな風に食べてるか分からないからこのまま丸齧りになってしまうけど」

『だ、いじょうぶ、です』


 どうやらゴブリンにも生食文化はあるようだ。

 適当に、子ゴブリンでも食べやすいサイズの小魚を水の檻から引っ張り出し、そのついでに【高速鋭利化】によって作り出した短剣で仕留めてから渡す。


「それじゃあ、いただきます」


 手を合わせ、これからの移動も考えてサメイルカに齧り付く。

 移動しながら食べるにはサメイルカは少しばかり大きすぎるからね。

 慣れないゴブリンの口で噛み付いていた所、ふと視線を感じてそちらへ目を向ければ、子ゴブリンがこちらをじっと見つめて首をかしげていた。


「どうしたの?」

『いま、の。なに、ですか?』

「何ー……って、どれのこと?」

『いた、だきま、す?』

「ああ。それか」


 どうやらいただきますの意味が分からなかったらしい。

 説明してやれば、子ゴブリンはなるほどと首を縦に振って渡した小魚と向き合っているので、食事となった生命に感謝をという概念は存在するようだ。


『いただき、ます』

「どうぞ」


 僕に倣ってだろう。子ゴブリンが小さな両手をおずおずと合わせてから小魚へと齧りついた。

 子供でもゴブリンはゴブリン。人間の子供だったら躊躇うだろう魚の骨まで気にせず噛み切る様はまさに野生といった感じである。

 一心不乱に食べている様子からして、本当にお腹が空いているんだなぁと思うと同時、一匹じゃ足りないんじゃなかろうかという不安が頭によぎる。


「おかわり、いる?」

『くだ、さい!』

「お、おう」


 ばっと顔を上げたと思えば今までで一番強い断言で返されてしまった。これは満腹になるまで小魚を差し出すしか無さそうだ。

 幸い、量には困ってないしね。


 サメイルカを齧る傍ら、頭から尻尾の先まで残さず、その小さな身体のどこに入っているのだろうという具合で食べ続ける子ゴブリンを見つつ、そういえば誰かと食事を取ったのはいつぶりだろうかなどと、ぼんやり考えてしまうのだった。


「ご馳走様でした」

『ごちそ、さま。でした』

「うん、よくできたね」


 結局、僕はサメイルカ1匹と小魚――とはいえサメイルカや黒鯛モドキと比してなので、普通のサイズではあると思う――を3匹ほど。子ゴブリンは小魚5匹を平らげて食事を終えた。


「それじゃあ、行こうか」

『はい!』


 子ゴブリンの元気の良い返事を聞きながら抱きかかえ、魚を閉じ込めた水ごと湖の外へと向かう。

 ゴブリンの集落、どんな感じなんだろうか。出来れば友好的にいきたいものだ。

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