第27話 誘拐ですか?いいえ、保護です。
流れで助けてしまったものの、さて、どうしようか。
『……』
小柄なゴブリンが僕を見上げたまま固まってしまっている。
そりゃさすがに、一度助けられたからと言って、はいそうですかといきなり打ち解けるには無理がある。
明らかにゴブリンじゃないのにゴブリンの上半身だけとってつけたような格好だもんな。
改めて自身へと目を向けると、そこにはどう控えめに表現しても“ブッサイクな人魚”か“出来損ないの半魚人”としか形容できない謎の存在がいた。……僕だよ。
とはいえ、相手もゴブリン。美醜なんて人種ごとに異なるというし、この辺りはただ単に僕が気に入らないだけだといえばそれで終わりである。
そろそろ現実逃避から建設的な思考へと切り替えていこう。
僕が思考に耽っている間に逃げてくれないかなぁとも思ったけれど、どうにも、未だに固まったままであるらしい。
これは僕のほうからアクションを起こさねばならないということだろうか。
「……僕の顔、何かついてる?」
『っ!?』
主に僕の顔をじっと見ているものだから、ためしに問いかけてみたら小柄ゴブリンがものすごい勢いで首を横に振った。
そんなにあわてたら首がもげるんじゃないだろうか。
「まぁいいや。それはそうと、勢いで助けてしまったけど、この後どうしたい?」
『え、あ。え……どう……?』
「うん。帰る場所とかないの?」
『あ、う……』
困ったように、追究から逃れるように。小柄なゴブリンは顔をうつむけてしまった。
その仕草がどうにも子供っぽくて、思わず視線を合わせるために水の中へと腰を落とし、岸に肘を突くようにしてゴブリンを見上げる。
「何か言ってくれないと、僕はこのまま君をここに放置するしかなくなる」
『っ!?』
「だからせめて、これからどうしたいのかくらいは教えてくれると嬉しいな」
『わ、たし……あの……その……』
子供のように――いや、たぶんだが、子供なんだろう。見かけた中では一番華奢で、一番おどおどしていて、一番弱そうな小柄なゴブリンがぽつぽつと話し出した。
『むら……だまってでてきちゃった』
「村があるの?」
聞けば、こくんと肯定が返ってきた。
『かえり、たい。けど、おこられる』
「村から勝手に出てきたから?」
『こども、そとにでる、きけん。ダメって、いわれてる』
それもそうか。野生動物だって、独り立ちできるまでは親の庇護下で過ごすものだ。
僕にそんな記憶はないけどね。
単に忘れているだけかもしれない。けど、親の顔、思い出した中にひとつもなかったから。
……あれ? 勢いで大柄なゴブリン追い払っちゃったけど、大丈夫かな。
「ね、さっきのゴブリンは敵だって言ってたけど、同じ村のひとじゃないの?」
『ちがう。あれ、べつのむら。てき。こわい』
なるほど。ゴブリンにも色々あるわけか。
となるとこの子一人を送り出してはいそうですかというのも薄情な話だよね。
「……それじゃあ、一緒に村に行こうか」
『え……?』
「だって、ひとりで帰ったら怒られるんでしょ? なら僕と一緒に村にいこう?」
『でも、ぬしさま、あしが』
「ああ、これね。でも大丈夫。こうすれば、ほら」
【激流障壁】で水を持ち上げ、足元で一定量の水を循環させるようにしながら陸地へと乗り上げれば、子ゴブリンはびっくりした顔――そろそろ見慣れてきたおかげか、多少の機微であればなんとなく察しがつく――をしていた。
「これなら問題ないと思うんだけど、どう?」
『ぬしさま、すごい』
本当なら先日のように霧を纏う形での移動が好ましいが、濃霧の中でこの子に道案内しろというのは酷だろう。
多少お腹は空くが、そこはそれ、あらかじめお弁当を用意しておけば良い話である。
「っと、それじゃあ、ちょっとだけ出かける準備してくる――んだけど、どうする?」
『う?』
「ここで待っててもらっても良いと思うけどさ、また変なのに絡まれるとも限らないし、君さえよければ準備が終わるまで僕の家で待ってるかい?」
『っ!』
驚いたような顔、からの、僕の顔と、下半身を何度も見比べて、おろおろしだす子ゴブリン。
……?
「やっぱり知らない人についていっちゃダメみたいな?」
ふるふると首を振る。
うーん。もともと流暢な喋りではないし、言葉数も少ないものだからどうにも意図が掴みづらい。
「じゃあ、ここで待ってる?」
『!?』
再度、子ゴブリンがふるふると首を横に振る。
……どうしろっていうんだ。
『あ、の。ぬしさま』
「うん?」
『ぬしさま、おうち……どこ……?』
「……ああ」
なるほど。さっきからじぃっと下半身を――魚の身体を見ていたのはそういうことか。
「大丈夫だよ。移動中は湖の上を泳ぐし、家はほら、あそこに見える孤島だから。ちゃんと空気もあるし」
『!』
「どうする?」
『いき、ます!』
「わかった。じゃあ……おいで」
湖に再び腰を沈め、岸辺へと手を伸ばす。
おそるおそるといった具合に伸びてきた華奢な手を取り、小さな身体を受け止めて抱きかかえるようにして湖面を泳ぎ、僕と子ゴブリンは帰路へとついた。




