第25話 南の森は調味料の香り
「んー。やっぱり、特に違いが分からないんだよなぁ」
【水中適正】等のように、身に着けた瞬間から感じる違いが特にないことと、入手元のイメージもあって、ひどく微妙な感じがしてしまう。
しかもだ。3匹も食べてこれということは、ゴブリンは本当にこういった微妙なスキルしか持っていないということになる。
「味は良かったんだよねぇ……」
……お腹を膨らませる為だけに狩る事になりそうだ。
本音を言えば、有用なスキルを獲得できてなおかつ美味しい獲物というのを探したいので、それ以外では積極的に狩りは行いたくはない。
今まで食べていた魚や鷹などは喋っていても単一の鳴き声ばかりだったり、そもそも喋っていなかったりなのでそんな感慨も沸かなかったが、どうにも何を言っているかが理解できてしまうのは辛い。
「まぁ、エゴなんだけどね」
人間が牛や豚を何の感慨もなく食べる事ができるのは、言語が通じないからだ。
彼らと明確な意思疎通が出来ないからこそ、あると分かっている意思を、あると分かっている感情を、それらを断ち切って奪い去る事に抵抗を感じる。
きっと鹿などが喋ったらハンティングといった娯楽は発達しなかっただろう。あれは人間が他者を理解できないからこそ許された娯楽だ。
今僕がゴブリン達を同じように追い回せば、それは街中で武器を振りかざす事に等しい。
比較的罪悪感が薄いのは、既にハーピーをしとめて抵抗が和らいでいるからと、やらなければやられるという自然の摂理の元、自分もまた、相手を倒して食べているから、自分は悪くないのだと、正当化までは行かなくとも、思えるからである。
きっと殺す事に悦楽を見出すようになったら、僕はヒトではなくなる。
肉体のみならず、精神までも、前世という生を陵辱した獣に成り下がる。
そんなのは絶対に許せない。僕は僕だ。それ以外の何者にも、僕はならない。
「ヒトを目指し、ヒトとして生きる。うん。僕は変わらず僕だ」
今一度自分の決意を再確認して、再び歩き出す。
幸いにしてお腹も膨れた事だし、次からは目新しい魔物だけを狙ってほかは威嚇射撃で追い払うのがいいだろう。少々ナイーブになってしまったことも手伝って、今はあまり食指が動かない。
「しいて言うなら甘い物が食べたいけどね。ミミックとかじゃなくて、こう、自然の恵み的でフルーティなやつ」
空から見た限りでは南は点々と開けた場所がある以外は特徴はない。
後は適当に木の実やら花やらをつまみ食いしつつ、海を目指して散歩するとしよう。
「んー。これはアタリ、こっちはハズレかな」
時折見かける木の実や花が僕の知っている世界にはないものばかりで、ただの散歩にも関わらず、僕は結構楽しんでいた。
真っ黒な茎に咲いた、これまた黒色一色の鳳仙花や、真っ赤な絵の具をそのまま使って描かれた様な目に優しくない鮮やか過ぎる紫陽花。
頭上の木の所々に実った真っ青な桃に、地面に落ちた栗のような深緑色の木の実など、色とりどりの植物が歩くたびに目に入り、その都度食べようか迷っては口に運ぶ。
黒鳳仙花はそのまま胡椒で、一気に口に含んだのを後悔したし、真っ赤な紫陽花は唐辛子の様に口の中が焼けるような辛さに見舞われて、二度と単体で食べるものかと思いつつも、魚の味付けとしては悪くないなどと思ってしまう。
真っ青な桃はこれまでと逆に甘く、果汁がたっぷりと含まれていて口直しには大変よかったのだが、チラッと目に入った小動物が落ちてきたのだろう桃をかじって死んだ後が見つかって、改めて【猛毒耐性】に感謝することになった。
深緑色の栗はぽりぽりと食べれる上、味がジャガイモに似ていて食べやすかった。おまけに特に毒などもない様で、ハムスターと猫を合わせたような動物が口いっぱいに頬張っていて微笑ましかったりと、新しいものばかりに気をとられていてすっかり時間を忘れていた。
「あちゃー……」
どうやらちょっと遠出しすぎたようだ。気づいたらすでに頭上にあったはずの太陽は遠く西へと傾いて、日が暮れようとしているところだった。
初めての場所で心が踊りすぎた。次からは気をつけよう。
ある程度慣れたとはいえ、まだ夜間に動き回るのは危ない気がするし、今日はこの辺で帰宅するのが良さそうだ。
のそのそと来た道を引き返しつつ空を見上げると、朱色に染まった空がだんだんと黒で塗りつぶされていくように、柔らかなグラデーションで移り変わってゆく所だった。
帰りにいくつか黒鳳仙花と桃を拾っておく。甘味と調味料は大事だ。
「明日の目標は、とりあえず南の端で海を見る、かな」
帰宅途中、3匹ほどで固まったゴブリンが遠巻きにこちらを覗っていたが、あえて無視して帰路を行く僕を追ってくる様子もなかったためお互いに不幸なことにならずにすんだ。
おそらく昼間遭遇したゴブリンと同じなのだろうが、あちらと違ってこちらは多少なり頭が回るようでよかったといえる。
「ただいまー。つかれたー!」
ぼよん、と。横たえれば身体が弾む。
そもそも横も縦もないわけだけど、そこはまぁ気分だ。
生簀に放してある魚を寝そべったままの姿勢で触手をつかって絡めとり、黒鳳仙花と共に食べる姿はどこか怠惰さが漂うけど、まぁ、ここ僕の家だし。僕しか気にしないからたまにはいいよね。




