第21話 湖完全制覇
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お年玉企画、同日投下の3本目です。
「うー……まだ口の中に残ってる気がする」
シャリシャリと、持ち帰ってストックするつもりの氷鉱石を噛み砕いて甘味で中和してはいるが、どうにも蟹のエグ味ともいえるような、吐き気を誘発するような味が残っているような錯覚に顔を顰め……いや、顰める顔がないんだった。早く顔が欲しい。
ともあれ、水温も徐々に安定してきたことで蟹の姿も見えなくなり、代わりに見え始めるのは南の水域と似た構成の魚群だ。
水草はやはり赤い、あの山葵味の毒草が多いものの、所々に一般的だろう緑色の水草が群生している。
小魚もそちらの草の中に潜んでいたり、時折赤水草に隠れることを目的に進化しただろう体色が赤い小魚などもいて、水族館にきたような気分になってしまう。
「っていっても、前も来た時も思ったけど。植生があまり変わらないなら南と北はあんまり違いがない……のかな?」
どうやら目視で気づいたらしいサメイルカを軽く威嚇して散らしながらの探索は平和そのものだ。
いつもいつでも食べるわけではない。お腹がすいていないなら見逃すくらいでなければ野生の動物と変わらないと最近気づいたからだ。
「元とはいえ文明人だもんね。文化的にいかなきゃ」
それを名乗るためには最低でも他者と交流できるだけの外見と発声器官が必要になるから、そのあたりは早めに調達したいところだ。
いままでの進化の傾向的に、僕は不定形生命体から外れることはできそうにない。
ならば変身のバリエーションをどこまで増やせるかという方向性にかけるしかないのだった。
その後、湖北部の探索は大した収穫もなく――危険がない事が確認できたことが唯一の収穫だろうか――終わりを迎え、当初目的としていた湖の全制覇を成し遂げた。
「の、割には達成感が薄いんだよなぁ。まぁ、仕方がないといえば仕方がないんだけどさ」
ピークは巨大魚と死闘を繰り広げた時だったのだろうと思えば、怖い思いを先にしておいてよかったと思うべきか。
現在は改めて東部の冷水噴出孔からあふれ出してくる氷鉱石をまとまった数集めて自宅である遺跡最奥に保管し終えたところだ。
「どーしよーっかなー」
今日はとりあえずもうどこかへと出歩く気はないが、明日からどう動くべきかを改めて考えるとまた悩ましいものがある。
間食のような感覚で氷鉱石をつまみ、シャリシャリと、鉱石が溶けるように体内で消えてゆくのを堪能する。ちょっと癖になりそうだ。
「やること、っていうか、やらなきゃいけないことは、決まってるんだけどね」
今後の路線としては、陸地に上がることは確定している。
だが、それは同時にこの住み慣れた、適応しきった水中というフィールドを離れることを意味する。
スライム種になったことで以前より地上での動きが滑らかになったとはいえ、それでもやはり、水中ほどのポテンシャルを発揮できるとは言いがたい。
「問題はこのあたりをどう解決するかと、どこから探索するか、だ」
そう。この選択が非常に重要かつ、悩ましいのだ。
湖にしても、どこから探索するかでだいぶ難易度が違ったように思う。
だからこそ、最初に上陸・探索する場所を吟味しなければならないと思うわけだ。
「判断基準が設けられない時に悩んでも仕方ないのはわかるんだけどね」
それでも考えられるときに考えておきたいと思うのは僕の性格だろう。
いつ考える余裕がなくなるかもわからないのだから、その時になって後悔はしたくない。
ぐにょんぐにょん。と、体を伸ばしては縮めてを繰り返す。
仮にも地上である遺跡の中で運動する事で少しでも動きを地上になじませようという努力だ。
ついでに、地上での戦闘能力についての検証も再開する。
「【高速鋭利化】!」
ジャキンッ。
あらかじめ伸ばしていた触腕が一瞬にして白銀の両刃剣へと変わる。
「せぇい!」
ブンブンと振り回してみれば、以前よりは早いものの、【加速】を併用しなければ必殺の威力と呼ぶにはやや不安だ。
せめて別の生き物に【擬態】すれば多少マシになるのでは?
そう思い、数少ない水中外のレパートリーを思い返す。
「イノシシー。は、結構いい感じだねこれ。四足歩行っていうのがちょっと慣れないけど、元々ある牙を鋭利化すれば殺傷力高そうだし」
【極彩鎧鱗】が使えないのが痛いが、しっかりと足を踏みしめて地を走れるのは悪くない。
他に何か――って。
「ああ。うっかりしてた。コレがあるじゃん」
先ほどからちょくちょく使っていた、便利すぎてあるのが当たり前の印象になってしまっていた【加速】の持ち主。
鷹へと【擬態】すれば、地上といわず上空から探索する事ができる。
無論細かい探索は地上を歩かねばならないだろうが、その前に上空から大雑把にでも探索ができていれば傾向の判断基準にもなるというものだ。
「明日はとりあえず空からこの辺一帯を見回って、始めに探索する方向と、その探索だね」
やることが決まれば決意も自然と固まるもので、明日の英気を養うために、生簀に放り込んできた新鮮な食事を取るべく出入り口のほうへと向かうのだった。
一章は一応これにて完結。
そろそろストックがヤバいです。
当初イケると踏んでいた辺りまでに修正したい箇所がボロボロ出てきたおかげで、ただの改稿作業が大幅な加筆・修正作業へと変貌してしまったおかげでストックの半分ほどがパァになってます。ヤバい。




