第2話 右も左もわからないしとりあえず食事でも
初回なので2話連続投下です。
どうせ夢のような世界なのだ。ステータス閲覧位あっても良いだろう。
そう、ふと頭によぎった瞬間だった。
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Name:【-----】
種族:ゼリー・天恵種
スキル:【●●の記憶】【言語理解】【無差別捕食】【消化吸収】
スペル:
称号:【転生者】【哲学する軟体生物】
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「は?」
頭にふと浮かび上がった情報に一瞬呆けてしまった。
まさか、本当にこんな風にステータスが表示されるなんて思わなかった。
どうやら僕はゼリーというらしい。天恵種というのは亜種かなにかなのだろうか。
それにしても、文字化けが不吉すぎる。スキルと書かれた部分の一部が読み取れない。
他の読み取れるスキルにしても、何かしらの詳細がでない事には始まらない。そう思い意識を向ければ詳細が表示される。
【●●の記憶】
このスキルは●●によって制限がかけられています。
開放するには特定条件を満たす必要があります。
【言語理解】
異なる種の言語であっても理解する事ができる。
【無差別捕食】
どんなモノでも捕食する事が出来る。
捕食時に捕食対象の持つ不利効果を無効化する。
【消化吸収】
捕食したものが如何なるものであっても消化する事ができ、その能力の一部を吸収する事ができる。
対象が自身よりも上位種である程能力獲得の確率が上昇する。
【転生者】
異なる前世を歩んだ者の証。成長率増加。
自己ステータスの閲覧が可能。【言語理解】取得。
【哲学する軟体生物】
歩みをやめない者の証。思考速度上昇。
意識が途切れる最後の瞬間まで、常に思考を続けることができる。
スキル詳細を見た後、なるほど、と。ない頭で頷いて【哲学する軟体生物】の称号効果を再読して、納得する。
そりゃあそうだ。僕のような一般人が、はちきれそうな感情と衝動の奔流の中であれだけ客観的に自分を評することができるわけがない。
……前世の僕がどんな人物だったかは知らないが、特段、異常な経験はないように思える。だから、たぶん僕の前世は一般人と暫定しておく。
それはさておき、他のスキル群についての思考を整理しつつ周囲を見渡す。
森の中の為、風は微弱。時折揺れる茂みも、風に流されて音を立てる以外は反応もない。
僕以外の存在がいないのを確かめ、再び湖に顔を向ける。
……溶けないかなぁ。僕。
恐る恐る身体の一部を、昨晩水を飲んだときのように水面に近づける。
触れた先で水が揺れて……伸ばした触手が水に浸ったまま、薄緑色の体液は滲むことなくそこにある事を教えてくれる。
暫く待って、手の変わりに伸ばした触手が溶けない事を確認し、そろそろと全身を湖に埋めてゆく。
……すっぽりと全身が水に沈んだ後でも息苦しさを感じず、特に身体に不自由もない。
これならいけるかもしれない。
海と違って水流がないのが幸いしているのか、地上よりも滑らかな移動で水中を彷徨っていると、お目当てのモノが見えてくる。
群れで泳ぐ魚の色は黒く、その大きさは鯛ほどもある。恐らくは生前の僕は魚類にはさほど明るくなかったらしい。
該当する名前が思い当たらないが、そもそも魔物自体元の世界には実在しなかったのだから、あの魚もこちらの世界特有のものなのかもしれなかった。
まぁ、どっちにしろ。食べられそうなら問題ないよね。
気配を押し殺して体を薄く広げるが、魚群は僕に気付いた様子もなく、悠々と近づいてくる。
魚の一部が、僕の身体の膜に触れ、異変を察した他の魚が逃げるが、触れたモノだけは逃がさず触手で包んで体内に引きずり込むことに成功する。
「いただきます」
食べ物への礼儀として、僕に捕まってくれたことを魚に感謝しつつ消化を行う。
味は白身魚の刺身、やや鼻――があるかは別として、味覚はあるようだ――にツーンと来るのは山葵をかけたような感じで中々美味しい。
3匹だけしか捕獲できなかったが、魚が学習するまでは同じ手であと何度かは捕まえられるはず。
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新たにスキルを獲得しました。
【猛毒耐性】
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……3匹目を消化し終えた所で、新たにスキルが増えたみたいだ。
キーンと頭――は、どこだかわからないけど。とにかく頭に。響くように通知が浮かび上がってきたんだ。
どうやら、ピリッとした山葵の味は毒だったらしい。
どうりで悠々と泳いでる訳だよ。そりゃ捕食者なんているわけないか。
危うく死ぬ所だったけど、どうやら食べる分には毒であろうと何であろうと消化できるようだ。
とりあえず、忘れないうちにスキルの詳細を確かめておこう。
【猛毒耐性】
毒と名の付くものに対して高い耐性を示す。
致死毒であっても解毒できる。
ようするに、食あたりしなくなった上にダメージを受けた時の毒も受け付けなくなったという事らしい。
思いがけない所で幸先の良いスキルが手に入ったのは素直に嬉しいけど、本来欲していたスキルとはまた違うので、素直に喜べない。
色々な種類を捕食しながら手に入れるしかないか。水中に適応できるようなスキルがなければ自分で適応していけばいいだけの話だしね。
そんな事を考えながら、ゆっくりと湖底に向かって泳ぎ始める。
程なくして湖底にたどり着くと、赤みを帯びたワカメの様な水草が一面に生えた場所に出た。
まるで水中の草原のようだと思いつつも、視界を巡らせて赤い草原を観察する。
時折赤い草葉の影から、先ほどの黒い魚が出てきては消えてを繰り返している事から、これが彼らの主食のようだと推察できる。
……ということは、これは毒なのか。
まぁ、食べてみれば分かる事かな。彼らに食べられて僕に食べられない道理はたぶんないし。
チャレンジしないより、チャレンジして得られる物に目を向けるべきだ。今の僕は何でもほしい。足りないものが多すぎるからね。
「――ッッッ!?」
口に運んだ瞬間に思わず吐き出しかけたそれを、味覚に相当する器官を一時的に封じる事で無理やり消化する。
こんなところで体に備わった機能の一部を使いこなせるようになる日が来るなんて誰が予想しただろう。なんと僕の体、任意の感覚器官を閉じることが可能なのだ。
今回ばかりはそれに救われた感じだ。
「ぅ、うぇえ……目の奥? までツーンとしたぁ……」
……単体で食べたいものじゃないね。山葵だ。完全に山葵丸かじりだこれ。
醤油と刺身の味のする物とセットで食べたい味だ。あとはご飯があれば言う事ないけど。さすがにそこまでは望むべくもない。
ただまぁ、スキルが手に入ったので、これ以上これを無理に食す必要も無いだろう。
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新たにスキルを獲得しました。
【毒素生成】
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今度こそ狙っていた通りのスキルが手に入り、思わず頬が緩む。……緩める頬があるのかというのは気にしたらいけない。ないったらない。
新たに手に入ったスキルの詳細をみれば、中々に面白いスキルである事が分かる。
【毒素生成】
体内で毒を生成することが出来るスキル。
生成できる毒は多岐にわたる。
あらゆる毒を生成できる能力、という事は、神経毒や肉を溶かす類の毒物も作れるのだろう。
毒を薬として使うという例もある。睡眠薬も麻酔も量を間違えれば毒物に違いはない。
新たに広がった生存戦略にぐっとガッツポーズを決めようとして、そんな事が出来ない体なのだという事実を思い出して軽く落ち込んだ。
だが、目標は定まった。
「変身スキルでもなんでもいいから人間っぽい体を手に入れる! 入れてみせる!! じゃないと不便すぎる!!!」
そのためには、何が何でも生き残らなければならない。この魔物が跋扈する未開の地で。
既に一日以上寝ずに活動していた所為か、この体にも睡眠欲というものはあるらしく、体全体が心なしか重く感じられる。
まどろむような、それでいて体がむずむずする様な感覚に身を捩りながら考える。これから活動していく為にも拠点は必要だよね。宿を探さないと。
意外にも深かった湖の底をゆらゆらと動きながら、ちょうど湖の真ん中にぽつんと突き出ていた孤島の下までたどり着いた様で、目の前に聳える土の壁を見上げて、今は遥か上に見える水面の日光に目を細めつつ、僕は地面を掘り出す。
水中で眠りこけるほど僕も無防備ではない。土の中に外敵がいないとは限らないが、見通しのよすぎる水中や陸で寝こけるよりは幾分かマシだと、眠気で霞む意識で必死に考えた結果なのだった。
幸い、この身体はこと作業する事に対しては長けているようで、すぐにも地面を掘るよりも食べて掘ったほうが早い事が体感で分かり、たいした味もしないがお腹は膨れる土をもぐもぐと取り込んでは出口に吐き出す作業を繰り返し、ほどなくして僕1人がぎりぎりで入るくらいの穴が完成した。
気が抜けた所為だろう。眠気が先ほどよりも酷くなっている。ああ。眠い。
明日は……何を食べよう。本当は、魚の尻尾が生えるような……スキルがほしかった……な……。
夢に落ち、まどろむ僕は、白く眩んだ病室の中で、しずかに、しずかに眠る夢を見た。
Name:【-----】
種族:ゼリー・天恵種⇒ポイズンゼリー・天恵種<New!>
スキル:【●●の記憶】【言語理解】【無差別捕食】【消化吸収】【猛毒耐性】<New!>
【毒素生成】<New!>
スペル:
称号:【転生者】【哲学する軟体生物】




